2013/4/8

2580:窓  

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 A氏邸のリスニングルームは半地下の部屋である。天井や壁が漆喰で仕上げられている。漆喰は室内の空気の清浄効果があるのであろうか・・・独特の空気感が部屋を占める。

 小さな正方形の窓が天井の近くにあり、外の光を神妙に室内に導いている。その明り取りの窓からの光は白い漆喰の壁に反射し青い光となっていた。

 音楽を聴く時にはその青い光と、リスニングポイントのすぐ脇に置かれた白熱灯のスタンドが淡く放つオレンジ色の光のみが、部屋全体をうっすらと照らし出す。

 この光の演出により、部屋の両コーナーに設置されたTANNOY GRFは深遠な雰囲気に溢れている。リスニングポイントに置かれたル・コルビジェがデザインした皮のソファは柔らかい座り心地である。そのソファに深く腰掛け、足を組んだ。

 まずはラベルのピアノ協奏曲のレコードがかかった。音楽がかかると、淡い光の中に浮かぶ漆喰の壁は徐々に消えていく。

 その漆喰の壁の前に置かれたTANNOY GRFも音楽の進行に連れて、その姿を消していく。よく、オーディオマニアが使う表現として「スピーカーが消える」とか「壁がなくなり、その向こうまで音場が広がる」というものがあるが、そういったオーディオ的な意味合いとは全く異なる次元での意味合いで、壁が消え、スピーカーが消えていく。

 それらのものが消えていった先に見えてくるものは、「風景」である。優れた音楽や演奏というものは、脳内になにかしらの化学反応を起こさせて、実際には見えていないものを脳内の淡く白いスクリーンに映し出すかのようである。

 私は目を開けながらぼんやりと浮かぶ白い漆喰の壁を見ていた。でも脳内では全く別の風景が流れていた。

 ラベル、ドビッシー、シベリウス、そしてブルックナー・・・素晴らしい演奏家による貴重なレコードが次々にROKSAN XERXESのターンテーブルに載せられた。

 シベリウスの交響曲第4番・・・指揮はKurt Sanderling。エテルナ・レーベルらしく紙質の良くない薄いジャケットに収められていたレコードには、実に素晴らしい演奏が収められていた。

 ブルックナーの交響曲第5番・・・指揮はオイゲン・ヨッフム。こちらのレコードもエテルナ・レーベル。今日聴かせていただいた多くのレコードのなかで、この2枚のレコードは、特に素晴らしかった。どちらも私の大好きな曲である。

 壁も消え、スピーカーも消え、オーディオ装置も消えた。そして、演奏している指揮者やオーケストラも消えた。優れた芸術が私の脳内の特定の部位を刺激する。すると、刺激された脳は、不思議な映像を生み出す。夢の中で見るような映像である。深みがあり、複雑な色合いである・・・目を開いていても、閉じていても、見える。

 小さな正方形の窓から漏れ入っていた青い光はやがて薄暗い光に変わり、そして真っ暗になっていった。A氏邸のリスニングルームに着いて3時間が経過していた。

 100km以上のロードバイクでのロングライドを経て、音楽を聴いた。体は疲労の極にあるはず。しかし、意識が遠のくことは全くなかった。脳内にはきっとロードバイクで空気で切り裂いていた時とは、同種に見えて全く別の脳内麻薬が分泌され続けていたようである。



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