2013/4/6

2578:第4番  

 昼前には、水に黒いインクを垂らしたような雲が空に広がってきた。それを確認して、強い低気圧が近づいてきているのが分かった。

 雨が本格的に降り出したのは午後の3時頃。天気予報よりも降り出したのは遅かった。窓には雨が吹きつけてきて、ガラスを曇らせた。

 雨で曇ったガラス越しに見える風景は、歪んでいた。その風景にシンクロするかのように、Quad ESL989から流れ出していたのは、シベリウスの交響曲第4番の第1楽章である。

 この第4番は、それ以前の交響曲第1〜3番までとは曲調が大きく変わっている。とても内省的というべきか、深く暗い瞑想的な様相を呈しているのである。

 シベリウスはちょうどこの第4番の作曲に取りかかっていた時に、喉にできた腫瘍で手術を受けている。結果的にはその腫瘍は良性であったが、この経験は「死」というものを身近に意識する大きな経験であったようである。

 その影響がしっかりと刻みつけられたのが、この第4番である。そのため、第1〜3番に比べて、難解な曲となった。私も最初のうちはどうしてもなじめないというか「どこが聴きどころなんだろうか・・・」という困惑感に満たされた。しかし、辛抱強く何度か聴き返すうちに、その魅力に惹きつけられるようになった。

 この第4番は、シベリウスの母国フィンランドの冬を想起させるものがある。フィンランドの冬は重く厳しく長い。空は凍てつくような寒さの空気の中、薄暗い。陽光はほのかで力なく、木々は身を凍らせながらピンと張りつめて立ちつくしている。そんな延々と続くと思われる北国の冬の景色そのもののような音楽である。

 今日の午後、窓ガラス越しに見える風景と見事にマッチするこの曲を聴いて、暫しの間心は大きく内向きに航路を変えた。

 演奏は、パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル。録音は1986年。その澄み切った音は、この厳しい冬の景色を思わせる曲調と実にマッチしている。その内奥には豊かな詩情を秘めながらも厳然とした構成美を崩すことなないとても良い演奏である。

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