2013/4/20

2592:スポーツカー  

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 そのスピーカーは初めて見るスピーカーであった。「musikelectronic geithain」というドイツのメーカーの3ウェイスピーカーである。バーズアイメイプルの突き板が美しい仕上げを見せる。

 このメーカーのスピーカーは、スタジオでモニター用として使われることが多いとのことである。オーディオ雑誌の広告で見かけた記憶がかすかにある程度で、詳しくは知らない。その面構えからして、相当な実力を秘めている雰囲気が滲み出ていた。

 システムの送り出しはdcsのスカルラッティ。それにエソテリックのクロックが添えられている。ただしクロックの内部はかなり手が加わってオリジナルとは違う仕様になっている。

 今日は、真冬のような寒い曇天をついて圏央道をひた走り、オルフィさんのお宅を訪問した。圏央道の終点が桶川・北本I.C.まで伸びたおかげで、我が家からは1時間の道程である。

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 スピーカー以上に気になったのが、そのスピーカの前に置かれているパワーアンプである。巨大な真空管が据えられていて、仕上げが凄くかっこ良い。

 話を伺うと、これもスピーカー同様ドイツのメーカーのものとのこと。メーカー名はSilvercore。日本には正規に輸入されていないので、メーカーとの直接取引である。仕様や仕上げをオーダーメイド的に選択することができるそうで、発注してから納品まで半年ほど待たなければならなかった。その存在感はスピーカーをも凌駕するほどである。

 まずは、クラシックを何曲が聴かせていただいた。その後ジャズや歌謡曲も聴かせていただいた。

 「これはスーパースポーツカーの世界である・・・」そう思った。高出力のエンジン、軽くで高剛性のシャーシ、高速でカーブに突っ込んでもグリップを失わない足回り。ファットなタイヤは路面の状況を細大漏らさずダイレクトにハンドルに伝えてくる。

 そのスピード感は凄い。着座位置が低く路面に近いので、最初は目がくらむが、その魅力に嵌まると抜け出せない世界が確かにある。

 高いポテンシャルを持った機器が組み合わされ、メカニックの精魂込めた調整が功を奏しマシンの調子は良いようである。ドライバーであるオルフィさんの高度な要求に充分に応えているようであった。

 オルフィさんの探究心は留まるところを知らない。完成まで最終段階に入りつつある仮想アース装置「グランド・ボード」の効果のほども検証することができた。完成版ができたなら、我が家にもぜひとも導入したいと思わせる効果であった。

 ドアを開け、オルフィさんのスーパースポーツカーの助手席から降りた。そして、自分のMerceds-Benz E350に乗り換えた。エンジンスタートボタンを押した。ディーゼルエンジン独特の少しくぐもった音が響いた。オルフィ邸のフェラーリを彷彿とさせるような高精度なサウンドではなかった。

 天気予報どおり雨が降り始めていた。ワイパーを作動させた。雨ではあるが、帰りの圏央道では少し飛ばしたくなった。アクセルに置いた右足に少し力を込めた。

2013/4/19

2591:大瀑布  

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 サントリーホールのカラヤン広場には滝のような仕組みになっている造形物がある。普段は白糸の滝のように細い水が下に向かって落ちている。

 しかし、時折その落ちてくる水の量が急激に増えることがある。普段は白糸の滝状態であるが、ナイアガラの大瀑布なみに全面的に水が落ちてくるのである。そのタイミングに出会うとちょっとしたスペクタル気分を味わえる。

 金曜日の夜、7時前にその入口付近に到着した時、ちょうどその大瀑布状態であった。それを脇目に見ながらサントリーホールの中へ入っていった。

 チケットに記載されている座席番号に従って2階席へ向かった。今日のコンサートのプログラムは、前半はシベリウス交響曲第4番。休憩を挟んで後半はシベリウス交響曲第2番。演奏はピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団。

 ピエタリ・インキネンはフィンランド出身。シベリウスはフィンランドを代表する作曲家である。インキネンにとっても、最も大切な作曲であるに違いない。NAXOSレーベルからニュージーランド響を振ったシベリウスの交響曲全集もリリースしている。

 まずは第4番から。第4番は晦渋な作品である。演奏される機会は比較的少ない。確かにとっつきにくい作品である。しかし、繰り返し聴き、脳内に徐々に沁み込めせてゆくと独特の魅力を醸し出してゆく。

 インキネンと日本フィルの演奏は丁寧で実直である。派手さよりもしっとりとした落ち着き感で聴かせる。その音からは、土の香りがする、あるいは木々の・・・さらには木々の落ち葉が堆積し、微生物に分解され腐葉土となってゆく、その過程を連想させるような感じである。

 15分の休憩後、後半の第2番の演奏が始まった。第2番はシベリウスの交響曲の中で最も人気のある曲である。演奏される機会も一番多い。

 その冒頭部が始まって、どうしてこの曲の人気が高いのかすぐに納得される。特に第4番を聴いた後にこの第2番を聴くと、独特の解放感がある。気持がすっと高揚していくのが判る。

 清澄でいて有機的、印象的なメロディとリズム。聴衆を魅了し惹きつける要素が満載であり、しっかりした構成がその吸引力を決して低下させない。まさにダイソンの掃除機のような交響曲である。

 なかなか、良いコンサートであった。実は最近我が家ではシベリウスがブームなのである。昨年はイタリアン・バロックがブームであった。今年はシベリウスがブーム。ちょうどそのブームに合わせる形でサントリーホールでシベリウスを聴けた。どちらの交響曲もお気に入りの曲である。当然の帰結ながら、気分的には大瀑布状態で聴き終えた。

2013/4/18

2590:ジェニファー  

 今日は初夏の陽気であった。午後からは強い南風が吹き始め、砂埃を大気中に巻き上げていた。日中はスーツを着ていると汗ばむくらいで、車に乗って移動するときにはエアコンで冷房を効かせた。

 夕方になっても風は治まらず木々を断続的に揺らし、八重桜のピンク色の花弁をどこからともなく運んできていた。殿ヶ谷庭園の前を通って、ダンス教室があるビルへ向かって歩いていった。

 そのビルは国分寺駅の南口から徒歩で5,6分のところにある。小綺麗なビルである。そのビルの3階に、ダンス教室が入っている。

 3階は二つの部屋があり、もう一方は一般の会社の営業所のようであった。ダンス教室の入り口はガラス張りの扉である。なので、その扉を開ける前に中の様子が窺える。

 一瞬立ち止まって深呼吸した。中の様子をそれとなく窺った。7,8名の人々がいた。踊っていた。先生が3名。あとは生徒のようである。

 腕時計を確認した。予約していた時間の2分前であった。意を決してそのガラスの扉を開いた。中の様子を窺いながら受付で立っていると、女性が近づいてきた。

 「予約していた○○と言います。」

 と伝えると、その女性は「はい、聞いています。ウィンナ・ワルツを教わりたいという方ですね。私が担当させていただく講師の○○○です。お名前は○○○さんですよね、私と一字違いですね・・・」と笑顔で答えてくれた。少しばかり緊張がほぐれた。

 そして、入会の経緯について再度要点を話した。「2ケ月後にセミフォーマルの舞踏会があるのですが、それまでにとりあえずウィンナ・ワルツの音楽に乗って踊れるまでになりたいのですが・・・」私はその女性の目を見ながら、ちょっと自信なげに説明した。
 
 フロアには初老の女性講師が、男女のペアにレッスンをしていた。そして、比較的若い男性講師が数名の女性グループにグループレッスンをしていた。レッスンを受けている人々の平均年齢はかなり高め。やはり社交ダンスをする人々の年齢層は想像通り高い。

 私の担当となった講師の女性は30代前半であろうか。さすがに社交ダンスを真剣にやってるので、贅肉は全くと言っていいほどない。スレンダーで優雅なプロポーションである。そして、優しげな瞳が印象的な美人である。

 思わず映画「Shall we dance?」のことが思い起こされた。オリジナルの日本版では役所広司が偶然電車の窓から見かけた草刈民代に惹かれ、そしてハリウッド版では、リチャード・ギアがジェニファー・ロペスの悲しげな瞳の魔力に魅入られて、ダンス教室の扉をくぐった。

 私は、何の因果かウィンナ・ワルツを踊る機会を得ることとなり、ダンス教室のガラスの扉をくぐったのであるが、そこには草刈民代かジェニファー・ロペスと比べてもそれほど遜色ないのでは思わせるような女性がいた。

 やる気が俄然出た。男なんて幾つになっても可愛いものである。まずは基本のステップから・・・そしてナチュラルターンへ・・・約30分のレッスンであった。

 初回なのでゆっくりとしたテンポで基礎の基礎を教わった。実際にはかなり早いテンポで踊ることになる。まだまだ道のりは長い。

 来週の火曜日の夜に次回のレッスンの予約を入れて、そのダンス教室を後にした。「初めてにしては、良い感じですね・・・運動神経が良いんですね・・・何かスポーツでもされているのですか?」

 「ジェニファー」が訊いた。「いえ、あまり、たまにするゴルフとテニスぐらいです・・・」と私は照れながら答えた。心のうちではなにかしらにんまりしていた。講師が生徒のやる気を引き出すための常套手段にすぎないお世辞であるのに・・・やはり男って可愛いものである。

2013/4/17

2589:Eames Lounge  

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 我が家の2階のリスニングルームには、椅子が縦に二つ並んでいる。どちらもビンテージの北欧家具で、50年ほど前に製造されたイージーチェアーである。

 リスニングポイントが二つあるので、その時の気分に応じて前の椅子と後ろの椅子を使い分けられると思っていた。しかし、音が遠くから聴こえる感じの後ろの椅子に座ることが多かった。

 そして最近では、前の椅子はその向きを変え、後ろ向きになっている。両足を伸ばして置くオットマンとしての役割を担うようになっているのである。

 脚を伸ばして座ると、よりリラックスできる。リクライニングチェア的な感じである。これなら二つの椅子ではなく、大きなリクライニングチェアを設置した方が良かったのかもしれない。

 オットマンとセットになったリクライニングチェアで気になる存在と言えば、Charles & Ray Eamesがデザインした「Eames Lounge」である。

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 豊かなデザインである。きっと座り心地も包み込まれるようで心地良いに違いない。くつろぎ感のあるその椅子に座ったなら、きっと夢見心地で音楽を聴くことができるであろう。しかし、そのまま熟睡して無意識の深い領域へ落ちて行ってしまう可能性も高いような気もする。

 この「Eames Lounge」は、良き時代のアメリカを想起させる。我が家のデンマーク製のイージーチェアとは対照的である。こちらはもっと素朴である。木と布の造形である。座り心地もより素朴で、さりげない。

 まあ、我が家には「Eames Lounge」は似合わないかもしれない。ちょっと大仰過ぎるように感じられる。もっと広い部屋でもっと高級なオーディオに対峙させるなら「Eames Lounge」でも良いのかもしれない。

2013/4/16

2588:クロスカントリー  

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 4月はコンペが多い月である。顧問先の会社のコンペ、銀行のコンペ、税理士会のコンペ、異業種交流会のコンペなど。今日もそんなコンペに参加した。

 場所はレイク相模カントリークラブ。中央高速の上野原インターから10分ほどのところにあるゴルフ場である。

 天気は快晴。風も比較的穏やか。芝も色づき始め、ゴルフをするには絶好のコンディション。遠くに見える山々も春めいた表情をしていた。

 ゴルフ場は当然ゴルフをするところであるが、私にとってはゴルフ兼ランニングの場でもある。今ではゴルフ場のほとんどが乗用カートを導入している。しかし、極力乗用カートに乗らずに走るようにしている。

 ティーショットを打ったら、セカンド地点まで走る。セカンドを打ったらグリーンそばまで走る。グリーン周りで走りまわることはないが、ちょっとしたクロスカントリー気分を味わえる。

 もちろん走ると言っても全力疾走ではなく、ジョギング程度に走る。走っては止まって打つ。走っては止まって打つ。そういった繰り返しとなる。

 距離にするとどれくらいになるのであろうか。18ホール回れば、累計でそれなりの距離になるはずである。離れているホール間の移動時のみ乗用カートに乗るようにした。

 すると、当然のことながら結構疲れる。夏は脱水症状になる危険性があるが、今日のような春の陽気においてはその心配はない。

 さて、今年3回目のゴルフのスコアのほうであるが、前半は「47」といまひとつ。後半は「44」と私としてはまずまず。ショットの安定度は今一つであったが、パッティングはまずまずであった。

 前回は富士桜カントリー倶楽部の難しいグリーンに泣かされたが、ここのグリーンンは「8.5」とやや遅め。まあ、これくらいが普通なのであろう。距離感が合わせやすかった。

 春の陽光のもと、ゴルフを楽しみ、クロスカントリーもどきを楽しんだ。ゴルフを終えて風呂に入り、ささやかな表彰式をすませて、車に乗り込む頃には陽は西に傾いていた。体には結構な疲労感が溜まっているのが感じられた。

2013/4/15

2587:トンネル  

 ロードバイクでとあるトンネルの中を走っている時であった。私はひとりで走っていた。トンネルの中はとても暗い。若干の照明は付いているが、随分古くに作られた山の中のトンネルであるので、その光はかすかなものでしかない。ロードバイクのハンドルに取り付けられている小型のLEDライトを点灯させる。これも心許ない光しか発しない。

 トンネルの中では、車やバイクが通るとそのエンジン音が盛大にトンネル内で反響して轟音に近い音量で迫ってくる。なにかしら怪物めいた音がまず身に降りかかり、そしてやや遅れてライトを光らせた車やバイクが通り過ぎていく。

 さらに前日に強い雨が降っていたりすると、トンネルの天井から水が漏れていたりする。さっさとやり過ごしたいトンネルであるが、思いのほか長い。

 ちょうど中間地点ぐらいに差し掛かった時であった。後方から轟音が響いてきた。それは後方から追い風に乗ってやってきて通り過ぎていくかのように響き渡ってきた。きっと後ろから来る車のエンジン音であろう。

 そう思った時、遠く前方の方から車のヘッドライトらしい二つのオレンジ色の光が目に映った。すると今度は前方からの獣の唸り声のような反響音が送り出されてきた。

 その逆方向の二つの爆音の流れがちょうど私のところでぶつかり合うような感じである。まさか、その爆音同士が打ち消し合ったわけではないであろう。一瞬音が止んだ。まだ後方の車も前方の車も私のロードバイクをかすめて通り過ぎてはいない。

 音が止んだと思ったら、周囲の景色の色合いが変わった。今までは薄暗い黒が占めていた周囲の空間の色合いがすっと灰色に変わったのである。灰色に塗り込められたといったほうが適切であろうか。

 そして、ペダルが妙に重くなった。平坦な路のはずである。「上りに変わったのであろうか・・・」いぶかしく思った。しかし、脚は重い。なにかしら重力の値が変わったように感じられた。

 不思議な時間と不思議な空間であった。「もしかして、何か見えたり、何か聞こえたりするのであろうか・・・」私は身構えた。幻影なり、幻聴を取りこぼさないようにしようとした。

 時間してどのくらいであったのであろうか、数秒か、数分か、きっと現実の時間の流れとしてはごくわずかなものであったのであろう。しかし重くなった重力に引っ張られるように時間も歪むのか、わたしには長い時間に感じられた。

 結局、何も見えなかった。そして何も聞こえなかった。再び前方から来る車のヘッドライトが大きなって目に入ってきた。よみがえった爆音を響かせながらすれ違った。それとほぼ同時に後方から来た大型バイクが低音の巨大なうねりを残しながら、追い越していった。

 しばらくするとトンネルの出口の丸い光が見えてきた。脚の重さも消えた。私は脚に力を込めた。トンネルを出た。そこは光の世界であった。季節は春である。新緑の緑がまぶしい。その色合いは、生命そのもののように思われた。

 トンネルは不思議な空間である。どこか別の次元に繋がっているような、そんな不安定な空間である。明るい陽光の中を走りながら、映画「千と千尋の神隠し」のあのトンネルのことが思い出された。「帰りは別ルートで帰ろう・・・豚にされてはかなわない・・・」そう思った。

2013/4/14

2586:インターバルトレーニング  

 今日の予想最高気温は22度。天候も穏やかそうである。絶好のロングライド日和である。本来なら朝の7時ごろ、ORBEA ONIXにまたがって、自宅を後にするところであるが、今日は違った。

 自宅を出る時に手にしていたのは、テニスラケットが入ったバッグ。Mercedes-Benz E350に乗り込んで向かった先は立川市のとあるテニスコートである。

 今日は多摩社会人リーグ16部の2回戦であった。シングル三つ、ダブルス五つで争われる。シングルは8ゲームマッチ。ダブルスは3セットマッチと結構本格的。

 先日行われた1回戦は7-1と圧勝であった。2回戦は日程の調整が難しく、結局2日に分けて行われた。先週の日曜日にシングル2試合ダブルス4試合が既に行われた。結果はシングルで1勝したのみであとの5試合は負けてしまった。相手のサークルは相当な本格派が多数いたようである。

 なので、団体戦の勝敗はもう既に決まってしまっている。今日は、残りのシングル1試合、ダブスル1試合が行われた。私はそのダブルスの方に出た。

 まずはシングルから、残念がら実力は相手チームの方が一ランク上であった。善戦するも2ゲームとるのがやっと。2-8で落とした。
 
 次は私が出るダブルス・・・対戦相手のひとりは学生時代国士舘大学のテニス部であったとのこと・・・ボールのスピードが全然違う。目がそのスピードについていかない。

 第1セットは、3ゲームとるのがやっと。第2セットも次々サービスをブレークされ、2ゲームしかとれなかった。結局 3-6 2-6 のストレート負け。その結果、団体戦も1-7と完敗。

 消化試合であったが、結構楽しかった。実力はどう見ても相手側が上であった。しかし、レベルの高い相手と試合をするのは楽しいものである。なんだか自分も少し上手くなったように錯覚するからである。

 2試合だけであったので昼前には終わった。自宅に帰り着いて、家族と一緒に昼食を食べに行った。そしてまた自宅へ戻った。

 「ロードバイクに乗りたいな・・・でもこれから、ロングはきついな・・・風も出てきたし・・・となると『坂練』か・・・」

 テニスの試合を終えて少々体は疲れていたが、サイクルウェアに着替え、OEBEA ONIXにまたがった。そして、多摩湖の周遊道路を少しばかり走った。そして東大和市郷土博物館へ向かう坂を下りていった。

 この坂は400mほどであろうか・・・緩やかな斜度である。車もあまり通らない。この坂を上る。しかもスパート気味に上る。そしてゆっくりと体を休めながら下る。そしてまた上る。上りの練習兼インターバルトレーニングといったところである。10本上ると心に決めてきた。

 1本目、2本目・・・まだまだ余裕がある。3本目、4本目・・・かなり脚にきた。呼吸が苦しい。5本目・・・ようやく半分。もう一人の自分が「誰だこんな練習しようと言いだした奴は・・・」と怒り始める。「もう、止めよう・・・馬鹿馬鹿しい・・・」しかし、その誘いにはのらない。

 6本目、7本目・・・脚だけでなく、上体も苦しい。8本目、9本目・・・後半頑張りきれずに、少々だれてしまう。10本目・・・ようやく最後、脚に小刻みな痙攣が、でも最後なのでダンシングで漕ぎまくる。

 疲れた・・・家に帰りついてシャワーを浴びた。ぐったりした。「このトレーニング、きっと効果があるのだろうな・・・」そう思った。でももう一人の自分が呟いた。「もう二度とやりたくない・・・」

2013/4/13

2585:ワルツ  

 日本ヨハンシュトラウス協会が主催する「ダンス講習会(初心者・初級者向け)」の初回が今日行われた。合計4回予定されていて、hijiyanさんとともに申し込んだのである。

 私は、hijiyanさんと五反田駅の改札で1時半に待ち合わた。そして、五反田の駅を後にして講習会が行われる日本ヨハンシュトラウス協会を目指して歩き始めた。
 
 気候は暑くもなく寒くもなく、心地よい。hijiyanさんはスマートフォンの画面に表示された協会までの地図を見ながら、「線路に沿って歩いて行き、首都高に突き当たったら右に曲がってすぐのようです・・・」と話されていた。

 しばらく歩くと首都高に突き当たった。そして右に曲がった。しかし、それらしいビルが見当たらない。しばらく行ってもない。

 「あれっ・・おかしいな・・・」

 hijiyanさんが日本ヨハンシュトラウス協会に電話した。そして来た道をまた戻った。説明を受けたがどうも要領を得なかったようである。どうしても、それらしいビルが見当たらない。時間はどんどん経過して講習会が始まる2時に迫ってきた。

 「これでは埒があかないのでタクシーに乗りましょう・・・」ということになった。タクシー運転手に日本ヨハンシュトラウス協会の住所を告げると「線路の向こう側ですね・・・逆方向に降りたみたいですよ・・」と告げられた。最初から間違っていたのである。

 タクシーを降りて協会にようやくたどり着いた頃には、講習時間の半分近くが過ぎ去ってしまっていた。

 「すみません・・・道に迷ってしまいまして・・・」お詫びしながら、講習会が行われている会場に入っていくと、そこには20名前後の人々がいた。

 途中からの参加になった。するとまずは左手の組みかた、そして右手の位置などを教わった。前半はきっと基本のステップの講習であったはずであるが、そこを飛ばしてしまった。

 続いて、男女がペアとなり基本ステップで実際に踊ってみる段階に入ったが、ステップに関しては全くのちんぷんかんぷん・・・その場で教わりながら進めるが、足の動きはまるで操り人形かロボットのようにぎこちなく、かっこが悪い。

 しかも一旦頭に入れたつもりのステップも体の動きに合わせてすぐに振り落とされるのか、途中でこんがらがってしまう。

 「これは、相当練習しないと・・・」少々気落ちした。

 頭で「右・左・右」と考えながらやっていたのでは、リズムがめちゃくちゃになり、結局ステップもはちゃめちゃになってしまう。

 参加している方のなかで全くの初心者の方はごく少数で、それなりの経験を積まれた方の方が多かったので、ますます気後れしてしまう。

 hijiyanさんと私は目を白黒させながら、とりあえず1回目の講習会を終えた。あと3回あるのであるが、とてもあと3回の講習会だけでは、音楽に合わせて踊るところまでたどり着くのは無理のように思えた。

 hijiyanさんとは五反田駅で別れた。帰りの電車の中、私はすぐさま携帯を操作した。そして国分寺駅の近くにあるダンス教室を検索した。南口にあった。新宿で中央線に乗り換え、国分寺で降りた。そしてまっすぐそのダンス教室へ歩いて行った。

 ビルの3階にあるそのダンス教室は清潔で広かった。受付にいる女性に入会したい旨告げた。そして、とりあえず個人レッスンでウィンナワルツを集中的に教えて欲しい、とこちらの要望を伝えた。そのダンス教室でのレッスンの初回は来週の木曜日に決まった。

 ダンス初体験は散々な結果であった。でも、それはある程度予想もしていた。あと3回の講習会とダンス教室での個人レッスンを相当な回数受ければ、6月23日に学士会館で行われる予定のセミフォーマルパーティーに参加しても恥ずかしくない程度になるのであろうか・・・そうなって欲しいものである。

2013/4/12

2584:サルビアの花  

 一足先に浴室を出た私はベッドにうつ伏せになりながら、ベッドの上部にあるコントロールパネルの有線放送のボタンを押していた。アルファベットのボタンと数字のボタンがあり、それらを組み合わせることにより、チャンネルを選ぶ。

 相当数の組み合わせがあり、ボタンを押すごとに様々な音楽がこのホテルの部屋の天井に設えられたBOSE製の黒い小さなスピーカーから流れてくる。

 そして「C」と「7」の組み合わせにした時に流れてきたのが、「サルビアの花」であった。

 「いつもいつも 思ってた。サルビアの花を 君の部屋の中に投げ入れたくて・・・」
 
 女性の声であった。「これは『もとまろ』という女性フォークグループのバージョンだな・・・」そう思った。この曲は何人かのアーティストがカバーしている。

 もともと「サルビアの花」は、日本のロックバンドの草分け的な存在と言われているジャックスのリーダーだった早川義男が、1969年に出したソロアルバム「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」に収められていた曲である。

 早川義男が歌っているオリジナルだと、この歌の背後にうごめく狂気に近い感情が恐いくらいにひしひしと伝わってくるが、もとまろのカバーでは、その恐ろしいまでに狂おしい感じは薄められ、幻想的な雰囲気によりシフトする。

 「そして君のベッドに サルビアの紅い花 しきつめて 僕は君を死ぬまで 抱きしめていようと・・・」

 その歌詞はやがて、変調してゆき、最後にはなにかしら心に影を落としてゆく。確か、この曲は井上陽水もカバーしていたはずである。井上陽水のカバーもなかなか味わい深いものがあったような記憶がある。

 「とびらを開けて出てきた君は 偽りの花嫁・・・」

 曲は終りに近づいてきた。「寧々ちゃん」がバスタオルを巻いて浴室から出てきた。

 私はコントロールパネルの照明ボタンを選択した。AからEまで五つのボタンが並んでいる。そのボタンごとに照明の雰囲気が変わる。

 あまり暗くなり過ぎない照明パターンを選んだ。もとまろが歌う「サルビアの花」は終わった。しかし、私の頭に中ではその印象的なメロディーと歌詞が繰り返し流れていた。

 この広すぎないホテルの一室に置かれた大きく清潔なベッドにはサルビアの花はしきつめられてはいない。そのベッドに彼女はバスタオルをとって、横たわった。私のすぐ隣に・・・

2013/4/11

2583:ホテル  

 郊外型の大型喫茶店の駐車場にはVW POLOとArfa Romeo Mitoが仲良く並んでいた。どちらも色は黒である。彼女はリモコンキーの小さなボタンを押した。すると、Mitoのハザートランプが2回ウィンクした。ピッピッと音が軽くして、ドアロックが解除された。

 私がMitoの運転席に座った。彼女はその隣に。彼女からキーを受け取りエンジンをかけた。Mitoはその小柄な体に似合わないような図太い音を発した。サイドブレーキを解除して、アクセルを軽く踏むと、Mitoはするすると進み出した。VW POLOをその駐車場に残したまま、私たちはMitoに乗ってホテルへ向かった。

 4月としては少し肌寒かった。雨の心配はないようであったが、空には所々灰色の雲がかかっていて、太陽の光を弱めていた。

 ホテルにはすぐに着いた。平日の午後3時半・・・そのホテルの駐車場は3分の1ほど埋まっていた。車を降りて、入口を入った。入口を入るとすぐに部屋番号と部屋の写真が飾られた大きなパネルがある。明りが付いているところが空いている部屋である。休憩料金と宿泊料金も部屋ごとに表示されている。半分以上の部屋が空いている状態であった。

 空いている部屋のうち、内装の色合いが明るめの部屋を選んで、部屋ごとに並んでいるボタンを押した。すると、その部屋の番号を記した紙がするすると下のところから出てくる。その紙を取ってエレベーターでその部屋がある階まで上がる。

 部屋に入った。清潔に清掃されている。大きなベッドがあり、有線放送によるBGMが小さめの音量でかかっている。二人掛けのソファとテーブル、薄型テレビ、クローゼットに小型の冷蔵庫、そういったものが、効率的に配置されていている。

 電気ポットもあり、お茶や珈琲も飲めるようになっている。インスタントのコーヒーを彼女が手早く入れる。私は浴室に行き、浴槽にお湯を入れる。

 浴室の手前には洗面台があり、大きな鏡が壁に置かれている。ふと自分の姿と対面する。もう若くはない。くたびれた中年の男がそこには映し出される。自分のその姿に一瞬足を止める。

 彼女も若いとは言えない。彼女は1968年6月の生まれである。もうすぐ45歳になる。その年齢の割には体のプロポーションは保ってはいるが、若い女性のそれとは当然異なっている。

 男性も女性も年齢とともにくたびれてくるもの。ホルモンの分泌は減っていくので、性欲も減退していく。しかし、性愛による快楽への欲求は、青白い炎のように執拗に灯され続けるようである。そしてそこから得られる快楽の質感もそれほど減退しないように感じられる。

 コーヒーを飲み終えると、二人して歯を磨く、洗面台の大きな鏡には二人の姿が・・・彼女とは同じゴルフスクールに通っている。知り合ってからもうどれくらいであろうか・・・確か4年以上の年月が経過したはずである。

 その間にはいろんなことがあった。彼女は数年の間軽い欝病の症状に苦しめられた。しかし、今はその症状も治まり落ち着いている。

 こういう場所に二人で来るようになってからは、まだそれほどの月日は経っていない。鏡の中で彼女と目が合った。彼女は微笑んだ。私も微笑んだ。空いている左手を彼女の左肩に置いた。彼女も空いている左手でその私の手に触れた。その薬指には銀色のリングが妖しく光っていた。



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