2012/12/31

2482:ESL989  

 昨日までは「風邪気味」であった。大晦日である今日になってその「気味」が落ちた。そして「風邪」になった。その本性を現したのである。

 これでは、「走り納め」はどう考えても無理である。天気は快晴であったが、体調は最低状態に転落。市販の風邪薬を飲んだが、まったくその効能は効きめがなく、むやみに眠たくなるばかりである。

 結局、昼間は夢と現を行ったり来たりの時間を過ごすこととなった。風邪で体調を崩すのは久しぶり。「ああ、こんな感じだよな・・・風邪のときって・・・体が軽く痺れたようになって、重い。」

 夜は近く住む母の家に行ってすき焼きと紅白で大晦日を過ごすのがここ数年の恒例である。夜までに体調を回復させようと、ベッドで過ごした。

 「昨日の風邪気味のうちに直すべきだったか・・・」と少々後悔したが、「覆水盆にかえらず」である。

 家族そろって大掃除の時に大黒柱が風邪で寝込んでいるわけにもいかず、ついついがんばった。大掃除が一段落して皆がまったりしているときにも、リスニングルームに籠って、とある思いつきを実行に移した。

 それがたたったのか・・・今朝は朝起きた時から、体が本来のバランスから相当ずれた状態になっていた。高熱が出るわけではないのでインフルエンザではないようである。普通の風邪である。

 昨日は、その思いつきに従ってESL989のセッティングを大幅に変えた。ESL989は見た目は大きいが、重量は軽量である。スピーカーの下に木製のオーディオボードを敷いているので、移動は極めて簡単。少しの力でもすいすいと進む。

 ESL989の移動に伴い、ソファーセットも移動した。こちらはデンマーク製。重量級の革製ソファーはどうしても好きになれず、この古いデンマーク製のソファーは長年愛用している。製造されてから50年ほど経過していて、その色合いは艶やかである。

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 肘掛部分の独特な曲線など、ついつい「良いね・・・」と呟きたくなってしまう。特に豪華な感じはしないが、自然な落ち着きがあり、癒し効果もあるような気がする。

 さて、セッティング変更後の音についてであるが、昨日確認したところ、「良いんじゃないの・・・」という印象を受けた。セッティングセオリーからすると「これじゃまともな音はしないはず・・・」と思ってしまうが、目をつぶって真摯に音にのみ神経を集中させると、良いような気がするのである。

 しかし、風邪気味で耳の神経は多少本来のバランスからずれている可能性は否定できない。今日はとても真摯に音に耳を傾けられる体調ではない。なので、本来的な意味で良いのか否かはいまだに謎である。

 年をまたぐこの時期にまったく新たなセッティングとなったESL989・・・この新しいセッティングで、新たな年を迎えることになる。

2012/12/30

2481:大掃除  

 事務所は28日で仕事納めであったが、私は29日もやり残した仕事をかたずけるため事務所にこもった。問い合わせなどの電話もなく、仕事がはかどった。

 そのため、自宅の大掃除は30日となった。午前中いっぱいかけて家族4人で掃除した。綺麗にかたずくとやはり気持の良いものである。散らかり放題となっていた子供部屋も綺麗にかたずいた。まあ、この綺麗な状態も数日の命であろうが・・・

 家が片付いて気持が良いのであるが、体調は少々低迷気味。軽い風邪のようである。体が熱っぽくだるい。天気も雨・・・大掃除が早めに片付いたらロードバイクにでも軽く乗ろうかな、と目論んでいたが、これでは無理である。

 「晴耕雨読」という。晴れたらロードバイクで汗をかき、雨が降れば、リスニングルームで音楽を聴く。これが自然の摂理に従った生活というものであろう。

 ということで、大掃除が終わって一息ついてから、リスニングルームに入った。スピーカーは外振り、スピーカー間には木製のキャビネットが鎮座する変則的なセッティングは変わっていない。

 この木製のキャビネットは1960年代に製造されたデンマーク製のもの。流麗なラインを描くその姿は華奢である。本来の目的はライティング・デスク。

 背の高いQUAD989に挟まれると、少々心許ない。「う〜ん、なんとなく圧倒されているという感じがするな・・・」と思った。

 「共振・・・共鳴か・・・QUAD989からは盛大なエネルギーが放出されている・・・それを完全に受け止めさらなる大きなエネルギーに転換してくれるものがあれば良いのであるが・・・」

 そんなことを何気に考えていると、ふととあることを思いついた。「あった・・・あったな・・・その存在は従来はマイナス要素と思ってきたが、あれなら全てのエネルギーをきっちり吸い込み、そして盛大に反射するはず・・・でも、まったくいと言っていいほどセッティングルールを無視し、その正反対に向かうことになるが・・・まあ、やってみてダメなら戻すだけだ・・・」

 窓から外をのぞくと、雨は本降りとなっていた。が、気温は真冬ほど低くない。雪に変わる心配はないようであった。

2012/12/29

2480:ストレートフラッシュ  

 昨日のOFF会の時に珍しい現象が起きた。「ストレートフラッシュ」である。これは確率的に相当難しい手役である。

 ポーカーの手役で、5枚のカードの絵柄が全て同じであるものが「フラッシュ」。そして、5枚のカードの数字が「4・5・6・7・8」のように連なっているのが「ストレート」。そして、5枚のカードの絵柄が同じでしかも数字が連なっているのが「ストレートフラッシュ」である。

 メイン会場でGRFを聴かせていただいている時であったであろうか、ゲストとして集まった夜香さん、Dolonさん、チューバホーンさん、そして私が生まれた年の話となった。

 デコラが作られたのが1963年、その関連であったのであろうか・・・「みんな1960年代生まれですよね・・・」といった話になったのであろう・・・

 すると、夜香さんが1961年生まれ、Dolonさんが1962年生まれ、私はデコラと同じ1963年生まれ、そしてチューバホーンさんが1964年生まれであった。

 「いや〜並んでいますね・・・奇遇ですね・・・」という話となった。私は心の中で「もう一枚手持ちのカードの数字が並び、しかも絵柄が揃えば、ストレートフラッシュだな・・・」と思った。

 A氏さんがサンドイッチとチーズをもって会場に現れた時、私は新たな1枚のカードを引いたような気持となった。そして、すぐに確認した。「A氏さんは、西暦で何年生まれですか?」

 「1960年です・・・」その答えを聞いて、その場にいた人々が歓喜したことは言うまでもない。「揃った・・・」みんな綺麗に揃った5枚のカードを見てにんまりである。

 「1960・1961・1962・1963・1964」数字が揃った。そして「音楽好き・オーディオ好き」という絵柄も揃った。

 その「1960年代ストレートフラッシュ・ゲスト」にあびせられたのはデコラ光線である。これも1960年代の光線・・・デコラは一気に半世紀の時間を超越して、ゲストを見事にもてなしてくれた。そしてこのささやかな奇跡も、この高貴な電蓄の贈り物のような気がした。

2012/12/28

2479:忘年会  

 今日は今年最後の忘年会であった。お題は「デコラを囲む忘年会」。場所は言わずと知れたGRF邸。参加人数はホストであるGRFさんを含めて7名。ゲストはA氏さん、夜香さん、Dolonさん、チューバホーンさん、O氏さん、そして私というメンバーである。

 仕事からの帰り道、愛車POLOを飛ばしてGRF邸についた時には時計の針は6時になろうとしていた。降り出した雨は、車の窓をしっかりと濡らし、ワイパーの間欠の間隔を強にしなければならないくらいの降りになっていた。

 GRF邸のコースメニューは、UNICORN・・・GRF・・・デコラという具合に時代をさかのぼるコース設定である。私が到着した時にはUNICORNの最終段階であった。夜香さん、Dolonさん、チューバホーンさんが既にいらしていて、私も加わって7畳の和室に5名が連なった。

 Marantz CD34(改)は、いつもに増してエンジンの吹き上がりがスムースで、ド迫力のエキゾーストノートを響かせていた。UNICORNの外装はそれに応えるかのように美しいバーズアイ・メイプルを揺らすように輝かせていた。

 やがて会場は本会場へ・・・シャンパンや白ワインも出てきて、いよいよ忘年会モードに入った。まずは「助さん」「格さん」の登場である。

 「助さん」「格さん」は絶対に悪者に切られたりしない。さらりさらりと身をかわし、悪者を成敗する。それも切り殺すのではなく、峰打ちである。その安心感はなにものにも代えがたい。

 いつの時代の「助さん」「格さん」が良いかというと、里見浩太郎と大和田伸也の黄金コンビの時代が最良であろう。GRFは、その時代の「助さん」「格さん」を見事に演じきった。自然と拍手が起きる。

 A氏さんが、サンドイッチとチーズをもって、会場に現れた。それが合図となり、いよいよ忘年会はハイライトへ・・・水戸黄門の登場である。

 先ほどGRFで演奏された越路吹雪のレコードがデコラのターンテーブルにセットされた。出てきた音を聴いて、みんなが「こう来るか・・・」という感じでうなずきあった。

 立ち上る香りがぐっと濃厚になった。音楽の内面に切り込む深さが深くなった。妖艶なまでの人肌感が感じられ、ぐっと迫るものがある。

 ワインは白から赤に変わった。残念ながら私は車での参上であったので、堪能できなかったが、きっとスピーカーの味わいの変化とワインの味わいの変化はリンクするのでは・・・と思った。

 香り・味わい・舌触りや喉越し・・・それは個人の好みがあり、合わせる料理(ソフト)との相性もあり、白ワインと赤ワイン、あるいはGRFとデコラ、そのどちらが優れているか、という議論は全く無意味であろう。

 しかし、深酔いしやすいのは明らかに赤ワインである。みんながその赤ワインに酔っぱらっていると、デコラ復興の立役者であるO氏さんがみえられた。O氏さんは「三角帽」を被っていた。その「三角帽」はステレオ盤でオリジナルである。非常に高価なものである。

 その「三角帽」をデコラで聴いた。その音の様はDECCAのオリジナル盤にだけ秘められたエネルギーに溢れていた。思わずみんな「ファリャ・・・」と呟いてしまった。

 良い夜であった。良い忘年会であった。デコラはやっぱり完結した世界を見せてくれた。「勧善懲悪」の一話完結。「この紋所が目に入らぬか・・・」という決め台詞は、やはり気持の良いものである。

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2012/12/27

2478:妄想  

 「話の展開に無理がありますね・・・話を作りすぎですよ・・・あれでは誰も本当のことかなって思わないですよ・・・それに話が暗い・・・根暗でスケベはたいがいの人の傾向ですが・・・暗いです・・・」

 先日のOFF会の時の会話の一部である。何について話しているかといえば、このブログに時折登場する「妄想話」についてである。

 ブログネタがない時に登場する「妄想話」・・・主要な登場人物は「寧々ちゃん」「taoさん」「Coreさん」「Nさん」「鈴木プロ」など。

 この「妄想話」実はけっこう年数が経過している。確か4年ほどになるであろうか・・・今では「寧々ちゃん」と「taoさん」は定期的に「逢瀬」をし、ダブル不倫の泥沼にはまってしまっている。

 その間には紆余曲折があったのであるが、あまりにもその紆余曲折が非現実的すぎたのかもしれない。当初は「寧々ちゃんって本当にいるんですか?」とオーディオのOFF会のときに訊かれたものであるが、今では「いつまでやってるんですか?収拾がつかなくなっているんじゃないですか・・・いっそのことどっちかが自殺して、終わらせたら・・・」なんてコメントもいただくようになってきた。

 ということで、少々反省モード・・・「確かに話の展開が暗いよな・・・それに無理がある。taoさんはいつの間にか離婚経験者になっているし、幻聴まで・・・これからは軌道修正して、もっとリアリティーを持たせなければ・・・不倫は人の道から外れていると二人が気付き、それぞれの家庭にしっかりと戻っていく・・・という展開はどうであろうか・・・」

 などと思っている今日この頃である。しかし、その日の思いつきで話を構成していくので、どっちに向かうのかまったくわからないのである。

 ブログネタがないから「妄想話」で行くか・・・といった軽いノリでしかも時間をかけずに書くので、展開がいびつで方向性がどっちを向かうのかその日の気分次第という、いい加減さである。

2012/12/26

2477:鉛筆  

 顧問先の会社の事務机を借りて作業をしているときに、その机のペンスタンドに鉛筆がささっていた。自前のシャーペンでワーキングペーパーに数字を羅列していたのであるが、何気にその目についた鉛筆を手に取り、それに持ち換えて作業を進めた。

 鉛筆の書き味はシャーペンのそれよりも柔らかく感じられた。数字を書き込み、必要に応じて文字を書き込んでいく。単純な作業であるが、その単純な作業を鉛筆を使って行うと、少しばかり丁寧に進められた。気持が落ち着くのである。

 「鉛筆って癒し効果があるのであろうか・・・一文字一文字を丁寧に書こうという気持に自然になる・・・」そう思いながら、作業を進めた。

 少し芯が丸くなってきた。同じペンスタンドにカッターもあったので、それを取り出し芯の先を削った。見る見る鉛筆の芯はシャープなラインを取り戻した。そうして、新たな切っ先を得た鉛筆はまた紙の上を滑るように走り出した。

 「鉛筆とシャーペン、どちらが優れた筆記用具であるか?」という質問をしたならば、やはり「シャーペン・・・」という答えの方が多いであろう。

 シャーペンの芯の太さは0.5mm。それが延々続く。途中で太くなることはない。鉛筆削りや、カッターで芯を砥ぐ必要はない。

 芯が足りなくなったら一、二度頂上をノックしてやれば、充分な芯の長さを保つ。今の芯は丈夫でよっぽど筆圧が強い人でない限り、書いている途中で芯が折れて、飛んでいってしまうこともない。

 芯は金属勢の筒によりそっと包まれ、さらにその外側はプラスチック製のボディが包む。小さな消しゴムが内蔵されていることも多い。実に機能的であり、値段も安い。

 0.5mm以外にはもO.3mmの芯や0.9mmの芯もあり、幅広い用途に対応する。今や、筆記具の主要なポジションを占めるに至っている。

 鉛筆は芯を木で包んでいる。六角形の断面をもつものが多く、鉛筆を削るには専用の用具かカッターナイフが必要である。手動の鉛筆削りで鉛筆を削ると、独特の香りがする。

 その書き味は柔らかさがある。一般的な作業においてはHBが主流であろうか。鉛筆で文字を書く時、紙に芯が吸いつくような感覚がある。その密着感が気持良い。

 しかし、書き進むうちに芯が丸くなってくるので、必要に応じて鉛筆を削る必要がある。何度も削っていくと、鉛筆自体が徐々に短くなっていく。うっかり机から落としてしまうと芯が折れることもままあり、不便な点も多い。

 作業を終えて鉛筆を元の位置に戻した。そういえば鉛筆で作業することは最近少なくなった。文字を手で書く作業自体も減っているうえ、そういう必要性があるときには、ボールペンやシャーペンを使う。鉛筆を右手で握ることはめっきり減ったのである。

 ひさしぶりに鉛筆を握り、その書き味を再認識した。少しばかり丁寧であわただしくない時間がもたらされた。「鉛筆とシャーペン、どちらが優れた筆記具であるか?」その問いはあまり意味がないように感じられるが、「鉛筆・・・」と答えたい気分になった。

2012/12/25

2476:320d  

 連休明けの初日はどうも心も体も重い。なかなか仕事モードにならないのである。しかも、「クリスマス寒波」の襲来で朝の気温はマイナス表示である。エンジンが快調に吹き上げるにはそれなりの時間が必要となってきてしまう。

 エンジンと言えば、ディーゼルエンジンと付き合うようになって、2年半の時間が経過した。走行距離は5万キロに徐々に近づいている。

 分厚いトルクと、素晴らしい燃費・・・長所は確かにある。しかし、エンジンをかけた時の音と振動は、ディーゼルエンジンのそれである。走行時にはほとんど気にならなくなるがアイドリング時には、そのエンジン音は爽快ではない。

 当初はその音と振動に違和感を覚えた。今はさすがに耳も慣れ、それほど気にならなくなってきた。人間は環境に適応する能力が優れた動物なのであろう。

 ドイツでは、販売される乗用車の半分はディーゼルエンジンである。日本ではまだまだ市民権を得たとは言えない状況ではあるが、少しづつ変化しつつあるようである。

 日本のメーカーではMAZDAがディーゼルに力を入れている。New Modelにディーゼルエンジンを搭載し、これが結構成功しているのである。

 ドイツ勢では、Mercedes-Benzに続いてBMWが日本市場にディーゼルエンジン搭載車を投入してきた。5シリーズと3シリーズに、ディーゼルエンジンを搭載したモデルを新たに出したのである。

 3シリーズというBMWの屋台骨を支える量販モデルにディーゼルエンジンを載せてきたのは大英断であろう。このモデルが日本でどのくらい受け入れられるのか、興味は尽きない。

 そう思っていたら、今日とある顧問先の会社を訪問した時「私も換えましたよ・・・ディーゼルに・・・」とその会社の社長に言われた。

 その社長はBMW 130iに乗っていた。1シリーズに馬力のあるエンジンを搭載したモデルで、俊敏な身のこなしが魅力の車であった。その130iから320dに換えたのである。

 「エコですよ・・・エコ・・・でもトルクがありますね・・・エンジン音は確かにディーゼルですが・・・燃費も良いですよ・・・」とその社長は相好を崩した。

 その社長は車好き。頻繁に車を買い換える。その社長があえて3シリーズのディーゼルエンジン搭載モデルを選択した。「もしかしたら、この3シリーズのディーゼルエンジン、結構売れるかも・・・」そんな気がした。

2012/12/24

2475:ディナー  

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 クリスマス・イブの夜は、恋人のいる人は恋人と、家族のいる人は家族と過ごすべきであろう。私も家族を引き連れて、プレゼントを買い、ささやかなクリスマス・ディナーのテーブルを家族そろって囲んだ。

 この時期のデパートは、人でごった返しているのかと思ったが、それほどの混雑ではなかった。長引く不況の影響であろうか。イルミネーションはあちらこちらで、華やかな光を放っているが、街中の様子には景気の影が色濃く落ちている気がした。

 私が20代であったバブル経済の時代は、底の抜けたような享楽主義が蔓延し、このクリスマスの時期はそれがピークなった。

 高額な宝飾品やブランド品が飛ぶように売れ、高級なレストランには不似合いに若いカップルが溢れていた。

 あの時代が異常なのであって、現在の状況が本来であるのであろう。しかし、あの時代を経過している者にとっては、あの異常なまでの享楽主義が懐かしくなることもある。

 家族にそれぞれささやかなプレゼントを購入した。もう下の子も中学生であるので、「偽サンタ」を演じる必要性はなくなった。

 それは少々寂しくもある。クリスマスの朝になって「サンタさん来たよ!」と大きな声をあげてはしゃいでいた子供たちは、今はもう暇さえあればスマホを指で操作する年齢になった。私も年をとるはずである。

 今年ももうすぐ終わろうとしている。私たち家族にとっては比較的穏やかな1年であった。「来年も出来れば穏やかなものであってほしい・・・」家族の顔を見ながら、心の中でそう願った。

2012/12/23

2474:全力中年  

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 岩蔵街道に入ったあたりであったであろうか、ウィンドブレーカーに細かいものがぶつかる乾いた音がした。

 「あれ、雨かな・・・」と、ちょっと意外な感じがした。今日の天気予報は「晴れ」。昨日は冷たい雨であったが、今日は晴れて暖かくなるという予報に、にんまりしていた。

 しかし、空にはどんよりとした雲が居座り、サイクルコンピューターの気温表示も3度から一向に上がらない。そして、パラパラと雨まで・・・「聞いてないよ・・・」というのが正直な感想である。

 今日は今年最後のチームでのロングライド。目的地は正丸峠。軽く降り始めた雨は通り雨であったようで、やがて止んだ。

 太陽はまだ顔を出していない。気温は低いまま。岩蔵温泉郷を抜け、名栗川沿いの道を駆けた。しばらく行くと上りなれた山伏峠の上り口に到着。

 すると多くのチームが「納会」をしているのであろう。いつもよりも多くのローディーが集結していた。少し前に行った「ヤビツ峠」を彷彿とさせる盛況ぶりである。

 集合時間に遅れたメンバーをそこで待っていたが、到着までにはもう少しかかるようで、「上りはじめますか・・・」ということになり、上りはじめた。

 上りはじめるとすぐに、遅れていたメンバーが到着。そのメンバーは、そのまま合流して山伏峠の頂上を一緒に目指した。

 ここは上りなれた峠なので、いつもタイム計測をしている。17分台ならまずまず、18分を超えると今一つ・・・というのが私の分岐点である。とても遅いタイムであるが、自分の実力であるのでしょうがない。

 前半はそれほど飛ばさず、とはいえゆっくりでもない・・・といったペースで上った。前回は前半のオーバーペースがたたったので、今回はその反省を踏まえて上った。

 まずまずのペースで終盤へ・・・上級者はどんどん速いペースに移行していくが、私はペースを維持するのがやっと。

 最終盤、ちょうど同じ年代のチームメンバーとデッド・ヒートになった。抜きつ抜かれつでもつれたが、最後で離されてしまった。

 でも、そのおかげで終盤のペースが落ちずに済んだ。タイムはどうにか18分を切れた。まずまずの締めくくりである。

 齢50歳になろうかという中年オヤジが、心拍数の限界付近で喘いでいる様はあまりみっとも良いものではないかもしれない。しかし、やっている本人は大真面目・・・かすかに青春の残り香のようなものを嗅いでいる気になっている。

 その様を少し遠くで見ている自分がいた。「馬鹿だな・・・」とは思いつつ、微笑ましくもあった。そして「全力中年といったところか・・・」少々自虐も入っているが、そんな言葉が頭をかすめた。

 目的地の正丸峠に着く頃には、重ぐるしかった雲も少し薄くなり、空には少しばかり明るさが出てきていた。もう数時間もすると晴れるのではないか・・・という期待をもたせるような雲行きに変わっていた。

2012/12/22

2473:外振り  

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 スピーカーはお互いそっぽを向いている。しかもスピーカーの間には木製のキャビネットが置かれている。木製のキャビネットには三段の引き出しが備わっている。その中身は全て掻きだされていて、中身は空っぽである。そのため盛大に共振するはずである。キャビネットは背後の壁からは一定の距離で離されている。キャビネットと背後の壁ではきっと音が行ったり来たりしているはず。

 スピーカーは外振り。かなりの角度が付けられている。スピーカーとキャビネットの間には少しの空間が確保されている。ESPは前面と同じ音圧で背後にも音が出ている。その背後から出た音はキャビネットや背後の壁に思いっきりぶつかっている。

 いろんな意味あいから、「どうなんだろう・・・」と首をかしげたくなるセッティングである。通常のセッティングセオリーからすると、逆行する点が多く、良い結果を望むのは難しそうである。

 恐る恐る音を確認した。小編成のバロック弦楽曲、ピアノ独奏、バイオリンソナタ、ブルックナーの交響曲、そういった普段良く聴いている曲をかけてみた。

 あくまでも個人的な感想であるが、とても好ましく感じられた。極めて変則的なセッティングである。出てくる音も変則的・・・と思った。しかし、その音の感触は自然に感じられた。ホール感も出やすいようである。

 澄みきった精緻な空間というよりは、ふわっと広がる自然な空間といった印象。音の手触りも柔らかく感じられる。

 オーディオはやってみないと分からないものである。この変則的なセッティングを思いついたのは、先日デコラを聴いてから。

 デコラはコンソール型。プレーヤー、アンプ、スピーカーが全て一緒のキャビネットに納まっている。現在のオーディオは分業化が前提。細かく分業化されて、どんどん機器は別れて行ってしまった。しかし、いろんな点で劣っていると思ってしまうコンソール型のデコラは素晴らし音の魔術を見せてくれた。

 誤った思い込みがいろんな可能性を阻害しているのかもしれない・・・そんな気持になって試してみた「なんちゃってデコラ・セッティング」である。我が家の狭い部屋でESPという少々気難しいスピーカーを使って試してみたところ、思いのほかに良い印象を抱いた。このセッティングは、我が家のリスニングルームに定着しそうな様相である。



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