2012/10/19

2409:夜  

 食事を終えてから、再び露天風呂に向かった。夜の露天風呂は、また別世界であった。やはり、他に入っている人はなく、この広々とした空間を独占していた。

 山奥にあるので周囲は当然真っ暗である。露天風呂にはわずかな照明が灯されていた。そのほのかな灯りのみが視界を提供している。

 お湯につかりながら、漆黒の四囲を眺めていると、自分がひとりであることが強調される。その沈み込んでいくような孤独感は、多少の緊張感を強いるが、心地よいものでもあった。

 風にそよぐ木々の葉の囁きや、鳥か何かの小動物でろうか、甲高い声で時折山の方から聞こえる声が、湯から立ち上げる湯けむりを揺らす。

 「得体のしれないものか・・・」「寧々ちゃん」の言葉が思い起こされた。彼女は夜の露天風呂は気味が悪いから入らないと言って部屋でテレビを観ていた。

 吸い込まれるような闇の中には確かに彼女の言う「得体のしれないもの」が潜んでいそうに思われる。陽の光のなかでは生きられないものが這い出してくるのか・・・あるいは、日中も浮遊しているものが、夜の闇の中ではそのうっすらとした輪郭を表示するようになるのか・・・

 そういった不可思議なものが見えないかと、闇に目を凝らして周囲を眺めていたが、特別なものが目に入ってくることはなかった。

 部屋に戻った。彼女は相変わらずテレビを観ていた。

 「良かったですよ・・・真っ暗な露天風呂・・・でも少し不気味と言えば不気味でした・・・」

 「でしょう・・・私怖がりだから・・・」

 彼女は、そう言って微笑んだ。

 「見える方ですか・・・」

 私は意味深な含み笑いをしながら訊いてみた。
 
 「いえ、見えるわけではないんです・・・単なる怖がり・・・」

 「なるほど・・・私も見たことはないんです・・・」

 そう言って、濡れたタオルをタオル掛けに掛けた。部屋はふすまで二つに仕切りられていた。座卓やテーブルがある方は8畳。その隣に6畳の和室がある。そちらには布団が二つ綺麗に敷かれていた。

 二つの部屋を仕切っているふすまを開けた。ややひんやりとした空気がその空間から流れ込んできた。



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