2012/3/31

2207:直感  

 そばの後は、そばぼうろが出た。懐かしい味わいで、自然な甘さである。カリッとした食感で、口の中でさくさくと砕けていく。

 「良い料理人の条件って知ってますか?ちょっと前にテレビで観たことがあるんです・・・」「寧々ちゃん」はそばぼうろを口に含みながら訊いてきた。

 「手先が器用なこと・・・舌が敏感なこと・・・記憶力が優れていること・・・そんなとこですかね・・・後は根気があるとか・・・」

 私は思いつくままに、良い料理人の条件を並べてみた。まあ、どれもこれも一般論というか、ありふれたものではあったが・・・

 「良い料理人の条件は、直感と理性のバランスがフィフティー・フィフティーでバランスがとれていることなんですって・・・」

 「なんですか・・・それ・・・直感と理性ですか・・・料理と関係ないような気がするけど・・・」

 「直感は、閃きですね・・・それを構成し、再現性を持たせるのが、理性です・・・どちらかに偏っていても、いけないようなのです。直感に偏りすぎていては、いろんなアイディアが湧いてはきますが、それを再現性のあるものに構成できない。理性に偏りすぎては、きらめき感のないありきたりのものしかできない・・・」

 「なるほど・・・良い料理人の条件ではないですが、それに似たようなことをNHKか何かの番組で観たことがあります。確かどこかのアメリカの大学の講義を紹介するものでした。人生の目的を幸福になることと定義した場合、その目的を達成するためにはどうすればいいか・・・直感と理性のバランスが重要だと、説いていました。直感はすぐ間近、目の前にある幸福を追求する・・・理性はより未来の幸福を追求する性向があるようです。たとえば、目の前にチョコレートケーキがある。直感はそれを手に取り食べれば幸福感に浸れると訴えます。しかし、理性は今チョコレートケーキを食べてしまうと、カロリーオーバーで太ってしまう、と警告する。その直感と理性の間で人は様々な選択をする。その選択の多くが直感でなされた場合、幸福感を味わうことができるが、永続性のあるものになりにくい。一方理性により多くの選択がなされると、幸福感を実感しにくく、豊かな喜びとは縁遠くなってしまう・・・確かそんな内容だったような覚えがあるいます・・・」
 
 「チョコレートケーキの例えは分かりやすいですね・・・直感はチョコレートケーキを手にとって口に運ぶべきと主張し、理性は今は食べるべきではないと主張する・・・どちらも正しいように思えますね。」

 そばぼうろを食べ終えて、暖かいお茶を飲みながら、そんなとりとめのない話を続けていた。「寧々ちゃん」は湯呑を両手で軽くつかみながら、その湯呑を軽く左右に揺らすような仕草をした。その左手の薬指には銀色に光る指輪が静かに納まっていた。

 「そういえば、何か私に頼みたいことがあるって前回言ってましたね・・・なんですか・・・」そう訊くと、彼女は視線を湯呑の中に落としたまま、呟くように言った。

 「直感はチョコレートケーキを食べるべきだと・・・そう私に言っているのです・・・とても甘く、滑らかなチョコレートケーキを・・・すぐ目の前にある快楽に浸るべきだと・・・」



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