2012/3/7

2183:目黒エンペラー  

 雅叙園を出たときには、雨は少しだけ緩やかになっていた。しかし、気温は全く変わらず低いままであった。雅叙園の出口を出て、右に曲がれば、行人坂が待っている。その急な坂を上がっていくと、目黒駅に出る。

 左に曲がれば、目黒川にかかる太鼓橋が待っている。目黒川はゆったりと流れている。川の水はエメラルドグリーンに鈍く光り、無数の雨粒を音もなく呑み込んでいた。

 私たちは出口をでて、タクシーが数台停まっているエントランスを過ぎ去った。そして、右へは曲がらずに、左に曲がった。

 太鼓橋を渡りながら、ふと振り返り、雅叙園の建物を仰ぎ見た。円盤のような造形物を頂に置いた近代的な建物がそびえている。あのガラスの巨大な建造物の中に、あのような純和風の内装や建物が豪華絢爛に設えられているとは、想像がつかない。

 その太鼓橋を渡って、渡りきったすぐを右に曲がった。雨は一定の調子で降り続いている。川に沿って少しだけ歩くと、「目黒エンペラー」の、西洋の古城をまねた建物が見えてくる。川に沿っては多くの桜の木が植えられている。桜の季節であったなら、きっと見違えるように美しい景色が広がっていたであろう。

 「目黒エンペラー」は、1973年の開業。一世を風靡したが、時代の流れに置いていかれて一旦は閉店した。しかし、1997年に内外装がリニューアルされて再出発した。

 リニューアルにより内装は、ガラッと変わり、豪華で清潔なものになった。そして、古城風の外装に合わせて、すべての部屋の内装は欧州風である。

 私たちが入った部屋は401号室であった。何年も前からこういう関係にあるかのような雰囲気で二人はホテルのエントランスに吸い込まれていった。

 「寧々ちゃん」はエントランスに入る瞬間は、ちょっと恥ずかしそうな表情を見せたが、入ってしまうと、ほっとしたような感じで軽く微笑んでみせた。

 部屋に入ると、彼女は「とてもきれいですね・・・なんだか、ペンション風・・・あんまりけばけばしくないですね・・・くつろげちゃう・・・」と、ちょっとはしゃぎ気味。

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 二人は、ホテルの部屋に入っても、激情に任せて抱擁することもなく、なすべき手順を効率よくこなすかのように、歯を磨き、お風呂にお湯を入れ、部屋に用意されていたミネラルウォーターを飲んだ。

 そして、少しばかり話をした。

 「結婚前はよくこういうところに来ましたか?ちょうどバブルの頃ですよね。○○さんが短大生の頃って・・・」

 「そうですね・・・正直に言いますと、結構来ました・・・あの頃は、みんな浮ついていて・・・結構もてたんですよ私・・・一番のモテ期だったかも・・・19、20歳の頃って・・・」

 「いや、それは恐ろしくもてたでしょう・・・合コンやサークル・・・引く手数多だったんじゃないですか・・・」

 「あの頃はなにも怖いものがない感じでした・・・」

 「ご主人とは、学生時代に知り合ったんですか?」

 「いえ、主人とは職場結婚です。私よりも7歳も年上で・・・知り合った当時は、とても頼りがいを感じたんです・・・私ってちょっとファザコンなところがあって、結構年上が好みだったんです。小学校5年生の時に両親が離婚して、それから父親とはほとんど会っていないんです。傍にいたらそんなことはないんでしょうが、いないと理想化してしまうようなところがあって・・・異性に父親的なものを自然に求めるところがあるのかもしれません・・・」

 彼女は1968年の生まれである。誕生日は6月であるので、今43歳。もう若いとはいえない。しかし、老けきってしまう年齢でもない。

 「じゃあ、結婚する前に男性経験はそれなりにあったんですね・・・」

 「まあ、それなりにです・・・何人かの大学生と付き合いましたが、長続きはしませんでした・・・」

 「同じ年代では子供っぽく感じちゃたんですかね・・・」

 「そうかもしれません・・・」

 「お風呂、一緒に入りますか?」

 彼女は、微笑んだ。「もう一度見られていますからね・・・taoさんには・・・」



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