2012/3/6

2182:渡風亭  

 渡風亭の建物は、建物の中に建物があるという二重構造となっている。渡風亭の純和風の建物の上にはガラス製のドームのような屋根があり、天気が良ければ陽光が降り注ぐ。

 建物の中にあるとは思えない純和風の家屋は厳かな雰囲気をたたえている。そこに池や日本庭園、さらには滝までもが設えられているのである。自然を尊ぶ精神からすると、やや首をひねりたくもなるが、その豪勢で威厳溢れた佇まいは、訪れるものを一呑みで呑み込んでしまうような雰囲気に溢れている。

 それは店の中に入り、個室に通されても同様である。その内装や、調度品のひとつひとつが、この空間が特別であり、非日常の極みにあるということを声高に語っていた。

 「ここって、ちょっとこっちが萎縮しちゃうほど豪華ですね・・・」

 「寧々ちゃん」は通された個室に入り、その席に座るとぐるっと周りの装飾や調度品を見渡して、つぶやいた。

 通されたのは10畳の和室であった。これよりも小さな部屋はなかった。料理の代金とは別に室料もかかるので、二人で2万円ほどの出費となる。

 10畳で2人ではいささか広すぎる感があるが、その分贅沢度はぐんとアップする。食事はランチメニューのなかから、最も安いものを予約しておいた。1日20食限定で、値段は3,500円。室料が別途11,500円かかる。

 何かのお祝いの席に使われるのが一般的だと思う。この部屋は最大6名まで、何人でも室料は変わらないので、6人でくれば食事代も含めて一人当たり約6,000円ほど・・・そう考えると、法外ではないような気にさせてくれる。

クリックすると元のサイズで表示します

 穏やかな色合いの京壁からは、独特の清澄な香がした。2人では大きすぎる座卓である。掘りごたつのようになっているので、足は楽である。足下からは暖房による暖かさが感じられ、雨で冷たくなった足先を暖めてくれる。

 メニューは炙り寿司と稲庭蕎麦・・・どちらも上品で美味であった。ビールで乾杯して、それらの珠玉のような食べ物を少しずつ胃袋に納めていった。

 「最近、ロードバイクで走っています?」「寧々ちゃん」が訊いてきた。

 「ええ、だいたい毎週ロングライドに出かけています。まだまだ寒いですけどね・・・○○さんは走っていますか?」

 「いえ、Nさんからも誘われているんですけど、2月は一度も・・・あまりに寒くって・・・もう少し春めいてきたら、走ります。また、3人で檜原村に行きたいですね・・・なんて言いましたっけ・・・あのお豆腐屋さん・・・おからドーナツ、美味しかったです・・・」

 「『ちとせ屋』です・・・香ばしくて、美味しいですよね・・・」

 この空間では時間は速く流れるのであろうか・・・それともゆっくり流れるのであろうか・・・どちらか判別がつかないような空間である。

 1時間以上はその空間の中に居たはずである。会話は止めどなく流れていった。ロードバイクのことや、ゴルフのこと、子供のアルバイトのこと・・・しかし、先日会ったときに話した、彼女とご主人との関係については、触れることはなかった。

 彼女は、そのことに関して何も言わなかった。「Coreさんは、例の女性との関係を本当に清算したのか・・・」そんな疑問が自然と頭には浮かんだが、言葉にして彼女に訊くことはなかった。

 「寧々ちゃん」の表情は穏やかであった。不思議なくらいに落ち着いた色合いに満たされていた。この特別な空間のたおやかな光に照らされて、その白い肌色はより透き通って見えた。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ