2012/3/5

2181:行人坂  

 今日は朝から雨であった。その雨はむらなく降り続き、体感気温を下げ続けた。朝の気温は5度前後で、その気温は上がることなく、昼ごろになっても低いままであった。春に季節は移り変わろうとしているが、ちょっとした停滞の一日である。

 目黒駅の西口を出て、行人坂のほうへ向かうときにも、雨はまだ止んではいなかった。折りたたみ傘を開き、人の流れに乗って、横断歩道を渡り、坂の下り口にさしかかったころ、ほんの若干空が明るくなってきた。「もうそろそろ止むだろうか・・・」そんな期待を抱かせる空の具合であった。

 行人坂は急な坂である。上ってくる人は、みな一様に息を切らしながら上ってくる。下り口から坂の行方を眺めると、傘の花が不定期に揺れて動いているように見えた。

 坂を下りきったところに目黒雅叙園はある。その建物は近代的な装いをまとい、威容を天にとどろかせんばかりに高い。

 坂の途中には、五百羅漢像で有名な「大円寺」がある。その五百羅漢像は江戸時代にこの大円寺が火元となって発生した大火の犠牲者を追悼してつくられたものと言い伝えられている。

 時間に少し余裕があったので、その門を入り、五百羅漢像を眺めた。雨に濡れたその数多くの羅漢像は、とても人間味のある表情をしていた。悟りをひらいた仏ではなく、煩悩に揺り動かされる人間の生き生きとした表情が見て取れた。

 大円寺を通り過ぎると、もうすぐ雅叙園である。何台かのタクシーが客待ちしている傍を通り、その大きな入口に向かった。

 時間はもうすぐ12時。約束の時間には間に合った。入り口を入って、あたりを見回した。「寧々ちゃん」の姿はまだ見えなかった。

 前に一度雅叙園には来たことがあると言っていたので、道は分かるであろう。入口から少し入ったところにあったソファに腰掛けて、携帯をチェックした。着信の履歴はなかった。待ち合わせに遅れるのなら、携帯に連絡が入るはずであるが、メールも着信もなかった。

 平日であったが、館内は思ったより多くの人がいた。年配の女性が中心で、雅叙園での食事を楽しみに、グループで来ている人が多かった。

 12時を数分過ぎたところで、「寧々ちゃん」の姿を認めた。彼女も私の存在にすぐ気がついたようで、明るい笑顔を見せながら、近づいてきた。

 気温はまだ冬のそれであったが、彼女のコートの色合いは淡く明るめのベージュで、春を思わせる色合いであった。黒い革靴は雨でその黒い色合いを深めていた。

 「待ちましたか・・・」その口調は明るかった。「あの坂、急ですね。下りはまだいいけど、上るときにはしんどそう・・・」彼女の笑顔が妙にまぶしかった。

 「あの坂は『行人坂』っていうんです・・・行人って修行僧のことでしょうか・・・昔はそういった人がよく通った坂だったんでしょう・・・お腹は空いてますか・・・混まないうちに行きましょう・・・」

 雅叙園の中にある「渡風亭」までは入口から少し歩く。彼女と並んで、その店に向かった。館内の内部へ向かって歩く廊下の両脇には見事な調度品や絵画などか綺麗にディスプレイされていて、とても華やいだ空間を形作っていた。

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