2012/3/11

2187:そば三昧  

 「あの日」から1年が経った今日、午前11時に保谷駅の南口に4人の中年男性が寄り集まった。Naruさん、tackさん、チューバホーンさん、そして私の4名であった。

 これから、Naruさんご推薦の、お蕎麦屋さんに行こうという計画である。そのお蕎麦屋さんは保谷駅から徒歩で10分ほどの距離にあるとのこと。駅からそうは遠くないのであるが、所在場所が全くの住宅地の中にあり、まさに「知る人ぞ知る」的なお店のようである。

 確かに、そのお店は土地勘のある人ではないとなかなかたどり着けないようなきわめて分かりづらいところにあった。保谷駅は少し歩くと、商店街は早々に途切れてしまい、完全なる住宅街になる。そのなかを分け入るような感じで進んだ。

 妙に広々としている幼稚園の脇を通って行くと、忽然とその店は現れた。外観はさりげない。しかし、そのさりげなさの中にも、何かしら芯の通ったセンスの良さを感じさせるたたずまいである。

 店の名前は「そばきり すずき」。店に入る際、入り口の脇には「本日は、予約で蕎麦は売り切れました」との表示を見た。開店時に既にこれである。予約必至の店のようである。

 店の内装は、とても落ち着いた質感で、隅々まで神経が生き届いた配慮がなされている。生け花一つとっても、その繊細優美な感性は、「研ぎ澄まされた」という形容詞を使いたくなるくらい、ハイレベルなものを感じさせてくれる。

 「そば三昧」という蕎麦会席を食したのであるが、客の食の進み具合に合わせてゆっくりとした絶妙のタイミングで出てくる料理の品々はどれも素晴らしく、作り手の魂がこもった温かみを感じさせてくれるものばかりであった。

 ビールをグラスで2杯、そば焼酎をロックで2杯・・・アルコールに弱い私としては、結構な量を飲んだ。それは、ここの料理の素晴らしさに心がほだされかつ満たされた結果であろう。

 他の3人は、ビールの後は日本酒に切り替えた。みな一様に料理のおいしさに舌鼓を打ち、お酒の量もすいすいと進んだ。

 そして、いよいよそばの登場である。そのそばがまた、素晴らしい。「感動」という表現を使わざる得ないような素晴らしさであった。そばも付け汁も、薬味の辛味大根も・・・まさに非の打ちどころない完成度の高さである。

 そして、その値段を聞いて、驚いた。信じられないくらい安いのである。その倍の値付けでも喜んで払うと思えるくらいに安い。

 我が家からなら、車を飛ばせば1時間以内には着くはず。これはリピーターになること必至のお蕎麦屋さんである。惜しむらくは、「寧々ちゃん」を連れていきたいのであるが、先日「二人きりで会うのは今後は控えましょう・・・」という話をしてしまったことである。彼女もきっと感動するはずである。

 「そば三昧」でお腹と心を満たした後は、Naruさんのリスニングルームへ・・・その様子は明日にでも・・・ 

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2012/3/10

2186:虎バター  

 「虎たちのケンカはまったく収まりません。相手を食べてしまおうと、あいかわらずお互いのしっぽをかんだまま、木の回りをぐるぐると回るばかり。虎の輪はだんだんとスピードをあげていきました。輪の速さはぐんぐんと上がっていき、いまや、どれが足でどれが頭かさえ分からないほどです。それでも虎たちは早く早く走り続け、そのままとうとう溶けてしまいました。椰子の木の回りに、溶けた虎のバターができたのです!」 

 「ちびくろサンボ」のクライマックスは、何といってもちびくろサンボから赤い服、青いズボン、紫の靴そして緑の傘を取り上げた四匹の虎たちが、「俺がこの森で一番偉いんだ!」と言って争うシーンであろう。

 四匹のトラは互いの尻尾にかみついて椰子の木の周りを猛スピードで周りはじめる。そのスピードが常軌を逸したものであったためか、虎たちはすっかり溶けてバターとなってしまう。

 子供向けの絵本であるので、物理学の法則を無視した物語の展開であっても許されるべきだとは思うが、子供心にも「そんなことあるのかな・・・」と少々疑問に思ったことが記憶に残っている。

 しかし、そうは思いつつも、「虎のバター・・・どうな味だろう・・・ちびくろサンボが169個も食べたという、虎のバターで焼いたホットケーキを食べてみたいものだ・・・」とも思ったのも事実である。 

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 今日はpontaさんと連れだって、エム5さんのお宅にお邪魔した。エム5さんのお宅を訪問するのは3度目である。我が家の4倍以上の容積があると思える広い専用のリスニングルームには、黒いB&W N801とN802がフロントに設えられていた。

 その威容は、ちびくろサンボが森で出会った虎のように、猛々しかった。その足元にはCLASSEのモノラルパワーアンプが控え、その虎たちにさらなるアグレッシブな勢いを与えているようである。

 私は、リスニングポイントに座ると、その三つの獰猛な虎に見据えられた形となった。真黒な体の上部には黄色いスコーカーが瞬きもせずこちらを睨んでいた。

 「見るからに凄い音が出てきそう・・・」そう思って、体を強張らせたが、第一音を耳にして、その音の質感に、心の緊張感が思わず緩んだ。

 音の肌合いが実に有機的であったからである。低音の質感がとても澄んでいる。量感や伸び具合に不足があろうはずもないが、そのうえで低域の透明度が実に高い。

 その上質な低音を基礎として、彫が深く伸びやかな中高域がスムースにつながり、音楽の躍動感を細大漏らさずリスナーに届けてくれる。

 エネルギー感やスピード、音の立ち上がりや消え際の静けさ、正確無比な位相・・・そういったオーディオ的な諸要素が高次元でバランスしている。そのうえで、音の表面のとげとげしい毛羽立ちが全く感じられない。

 それは、もちろん使われているオーディオ機器の能力の高さに起因するところもあるであろうが、その多くの要因は、部屋とスピーカーとの協調体制の完璧さにあるのであろう。

 部屋とスピーカーとの協調体制がしっかりと取れているので、低音が深く沈むが、決して濁らない。スピーカーに送り込む音楽信号にも不要な濁りや滲みが入り込まないための多くの工夫が積み重ねられているので、スピーカーは実に心地よく歌を歌っているようである。

 pontaさんは一週間前にもエム5さんの音を聴いている。そのpontaさんが「先週と全然違いますね・・・また一段と凄いことに・・・」と驚いていた。

 エム5さんは、「スピーカーの高さを微調整したんです・・・ほんの数ミリですが・・・」とおっしゃられていた。その数ミリの微調整が、部屋とスピーカーとの協調体制をより万全なものにしてくれたようである。

 エム5さんがお使いのオーディオ機器は超高性能機器である。B&Wのスピーカーをはじめ、CLASSEのモノブロック・パワーアンプ、EMM LABSのデジタル機器、そして、力強さをスポイルしない高級なケーブル群・・・それらはややもすると「俺が一番偉い!」と喧嘩を始めそうであるが、エム5さんのリスニングルームでは、喧嘩を通り越して、猛烈なスピードで回り始めるようである。そして、四匹の虎のように溶けてしまう。

 その黄色く、なめらかなバターは、音楽をとても美味しく調理してくれる。これであれば、ちびくろサンボでなくても、169個を食することもできるであろう。

2012/3/9

2185:坂の上  

 今日は一日冷たい雨であった。気温は朝の気温のまま上がらず、10度には全く届かずじまいであった。春は近いはずであるが、今日はその歩みがピタッと止まってしまった。

 あの日も同じようであった。同じように朝から雨が降り続き、気温は低いままであった。あの日のことはほんの数日前のことである。今日は金曜日であるから、指折り数えてみると、4日前のことにすぎない。しかし、なぜかしら遠い日の出来事のような気がする・・・

 目黒駅の西口を出て、行人坂を下り、目黒雅叙園の「渡風亭」で「寧々ちゃん」と一緒に昼食をとった。そして、ひっそりと目黒エンペラーに入った。

 お風呂に一緒に入り、とりとめのない話をした。お風呂を出て、バスタオルで体をふき、ベッドに向かった。照明を落とし気味に調整し、二人は大きめのダブルベッドに横たわった。そこまでの記憶は比較的鮮明である。

 それ以降の1時間ほどの間のことについては、それなりには覚えているが、ところどころどのような経過でそうなったのか、不明なところもある。そのわずかな時間の経過について詳細に記そうとしても、「どうだったんだろう・・・確かこうだったような・・・」といった不確実性が入りこんできてしまう。なので、ゆがんだスクリーンに映った映像のように、現実と異なった形にデフォルメされているかもしれない。

 洗ったばかりのシーツは少しひやっとした感触であったが、お風呂でほてった肌には心地よかった。二人は、ベッドの上で柔らかく軽い羽毛布団にくるまるようにして、抱きあった。お互いの肌の暖かさをめいっぱい感じ取れるようにしっかりと肌を密着させた。

 私は、しばらくの間抱き合ったまま彼女の肌の感触を私の体の内部に沁みこませた。そして、右手の人差指、中指、薬指を使って、彼女の背中をそっとなぞった。

 その動きは、とてもゆっくりであった。触れるか触れないかのかすかな触感で、彼女の肌の上を滑らせたのである。その三本の指の先には何かしらのセンサーが付いていて、そのセンサーは極めて敏感であるので、かすかな接触でないと正常に機能しないかのように、その指のわずかな質量だけがその重みに加わっていた。

 抱き合っていた体勢は徐々に変化していき、当初右手の三本の指だけであったセンサーの役割には、左手の人差し指、中指、薬指が加わり、そして唇と舌も加わった。 

 彼女の呼吸は徐々に乱れ気味になり、あるポイントを超えてからは、明らかに声を発するようになった。その音は、私が勝手に想像していた音域よりも高かった。

 彼女の声が漏れ始めると、センサーの役目は、右手の指と左手の指から、舌先に重点が置かれるようになった。舌先はその触れる箇所に応じて、大きさや硬さや動きの速さを微妙に変えた。

 彼女は、38歳のとき子宮頸癌を発症し、子宮と卵巣を摘出している。医者からはホルモン療法を受ければ性生活に支障はないと言われていたが、術後しばらくしてからのご主人との性行為において痛みを感じた。そういったことが何度かあり、それが原因となり、ご主人とはセックスレスになったようである。

 なので、ベッドの上で性的な愛撫を受けるのは数年ぶりのはず・・・彼女は目を閉じていた。口は声を発するたびにかすかに開かれた。

 乱れぎみな呼吸の渦に引き込まれるように彼女は快感の深みに入りこんでいった。彼女の甘い吐息をより身近に感じたいという衝動に駆られて、私は耳を彼女の口元のそばに移動させた。

 その時改めて彼女の表情をのぞき込んだ。すると彼女の閉じた目の端からは一筋の涙が流れ出ていた。「悲しいのだろうか・・・嬉しいのだろうか・・・」一瞬そんな疑問が頭をよぎった。きっとはっきりと定義付けできる感情ではなく、何かしら意味のない衝動的な感情の表出がその涙の原因なのであろう。

 そして、私を驚かせたのが、ピークを迎えたときの彼女の体の反応であった。体をまっすぐに支えることができないかのように、体を横にねじり、膝を抱えるような体勢になるのである。

 2度目に彼女がその独特な体勢になったとき、「こんな風にされたのは、初めて・・・」と彼女はことばを漏らした。

 「こんな風って・・・そんなに変ったことはしていないけど・・・」と私は答えた。

 「すごい、ソフトですね・・・不思議な感覚・・・何だか気が遠くなってとろけちゃう感じ・・・」

 「じゃあ、最後まで試してみる?」私は彼女の目を見ながら訊いた。

 「ええ・・・大丈夫なような気がする・・・」「寧々ちゃん」は、はっきりとそう答えた。

 目黒エンペラーを出た時には、雨はほとんど止んでいた。傘を差さないでも大丈夫なような雨であった。二人は傘をささずに並んで歩いた。目黒川にかかる太鼓橋を渡ると、あの急な行人坂が待ち構えていた。

 「行人坂」という名前がぴったりとくる坂である。そこを上がっていく人はみな一様に何かしらの苦しみを抱えながら歩んでいくように見えた。

2012/3/8

2184:儀式  

 お風呂の形状は一般的には長方形である。しかし、目黒エンペラーの401号室のお風呂の形状はほぼ正方形である。横幅が広い。二人が並んで入ってもゆったりしている。縦はほぼ平均か平均よりも少し長めであろうか。私は身長があるので足を完全に伸ばすことはできないが、「寧々ちゃん」は足を伸ばせた。二人は向かい合わせになって、横に並んで入った。

 「やっぱり、寒い日にお風呂は最高ですね・・・」

 「気分がまったりします・・・」
  
 「日本人のDNAには『お風呂好きの』の情報が根強く刻まれているのでしょう・・・」

 「そうかもしれませんね・・・」

 私は、足を完全に伸ばせないので、膝を軽く曲げていた。私の右手は、「寧々ちゃん」の右足の足首に軽く添えられるように置かれていた。

 「私、男の人の曲げられた膝を見ていると、『これは象の頭だ・・・』って思ってしまうの・・・ここの膝小僧の丸いところが象の頭で、ここの窪んだところが目の部分。そして、この真ん中の部分、脛にむかってが象の鼻・・・象の頭蓋骨と、曲がった膝って、構造的に似ている気がする・・・」

 そう言いながら、「寧々ちゃん」は、私の右膝を、その右手の人差し指と中指で2,3度上下になぞった。

 「象の頭蓋骨か・・・そう言われて改めて見てみると、そんな感じに見えますね・・・」

 「寧々ちゃん」の右足首に定位置を定めていた私の右手は、その位置をずらしていき、そのふくらはぎに移った。彼女のふくらはぎのやわらかい肉を包み込むように、ふくらはぎのまろやかな曲線に合わせて、手のひらの形は丸くなった。

 「スヌーピーに出てくるライナスって知っていますか?」

 彼女のふくらはぎの感触をそっと手のひらに感じながら、不意に彼女に訊いた。

 「ええ、知っています・・・あの毛布をいつも頬にあてて、親指をしゃぶっている子でしょう・・・」

 「そうそう・・・私にも小さい頃、『ライナスの毛布』があったんです・・・実際には毛布ではなく、タオルケットでしたが・・・それを手で触っていないと寝付けなかったんです・・・確か黄色い色でした・・・とても柔らかくて、それを手で触っていると、気持が落ち着くんです・・・それが近くにないと不安で・・・眠れなかったようです・・・確か4,5歳の頃かな・・・」

 「もしかして、私のふくらはぎが、その安心タオルケットの感触と似ているのですか・・・」

 「そうそう・・・似ていますね・・・この柔らかさ・・・」

 「眠くなってきましたか・・・」

 「ええ、とても・・・」

 「じゃあ、taoさんが眠ってしまう前に一つお願いがあるんですけど・・・」
 
 「なんですか・・・」

 「私の後ろに来て背中から抱きしめてくれませんか・・・」

 彼女の希望は大胆というか、無邪気というか、少々虚を突かれた感があった。

 私は彼女の背後にまわり、ふとももで彼女の腰を挟み込むような感じにして両腕を回した。しっかりと抱くように手に力を込めて、その背中をこちらに引き寄せた。

 「名前で呼んでくれますか・・・下に『ちゃん』を入れて・・・」

 彼女の本名は「寧々ちゃん」ではない。これは私が勝手につけたあだ名である。彼女の本当の下の名前は「知佳」である。どうもその音感は彼女の雰囲気に合わないような気がしていた。

 「知佳ちゃん・・・」何度か彼女の耳元で囁いた。

 「馬鹿馬鹿しいでしょう・・・ごめんなさい・・・」彼女は目を閉じているようであった。この儀式にどのような意味があるのかは不明である。しかし、彼女にとっては、重要なことなのかもしれない。

2012/3/7

2183:目黒エンペラー  

 雅叙園を出たときには、雨は少しだけ緩やかになっていた。しかし、気温は全く変わらず低いままであった。雅叙園の出口を出て、右に曲がれば、行人坂が待っている。その急な坂を上がっていくと、目黒駅に出る。

 左に曲がれば、目黒川にかかる太鼓橋が待っている。目黒川はゆったりと流れている。川の水はエメラルドグリーンに鈍く光り、無数の雨粒を音もなく呑み込んでいた。

 私たちは出口をでて、タクシーが数台停まっているエントランスを過ぎ去った。そして、右へは曲がらずに、左に曲がった。

 太鼓橋を渡りながら、ふと振り返り、雅叙園の建物を仰ぎ見た。円盤のような造形物を頂に置いた近代的な建物がそびえている。あのガラスの巨大な建造物の中に、あのような純和風の内装や建物が豪華絢爛に設えられているとは、想像がつかない。

 その太鼓橋を渡って、渡りきったすぐを右に曲がった。雨は一定の調子で降り続いている。川に沿って少しだけ歩くと、「目黒エンペラー」の、西洋の古城をまねた建物が見えてくる。川に沿っては多くの桜の木が植えられている。桜の季節であったなら、きっと見違えるように美しい景色が広がっていたであろう。

 「目黒エンペラー」は、1973年の開業。一世を風靡したが、時代の流れに置いていかれて一旦は閉店した。しかし、1997年に内外装がリニューアルされて再出発した。

 リニューアルにより内装は、ガラッと変わり、豪華で清潔なものになった。そして、古城風の外装に合わせて、すべての部屋の内装は欧州風である。

 私たちが入った部屋は401号室であった。何年も前からこういう関係にあるかのような雰囲気で二人はホテルのエントランスに吸い込まれていった。

 「寧々ちゃん」はエントランスに入る瞬間は、ちょっと恥ずかしそうな表情を見せたが、入ってしまうと、ほっとしたような感じで軽く微笑んでみせた。

 部屋に入ると、彼女は「とてもきれいですね・・・なんだか、ペンション風・・・あんまりけばけばしくないですね・・・くつろげちゃう・・・」と、ちょっとはしゃぎ気味。

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 二人は、ホテルの部屋に入っても、激情に任せて抱擁することもなく、なすべき手順を効率よくこなすかのように、歯を磨き、お風呂にお湯を入れ、部屋に用意されていたミネラルウォーターを飲んだ。

 そして、少しばかり話をした。

 「結婚前はよくこういうところに来ましたか?ちょうどバブルの頃ですよね。○○さんが短大生の頃って・・・」

 「そうですね・・・正直に言いますと、結構来ました・・・あの頃は、みんな浮ついていて・・・結構もてたんですよ私・・・一番のモテ期だったかも・・・19、20歳の頃って・・・」

 「いや、それは恐ろしくもてたでしょう・・・合コンやサークル・・・引く手数多だったんじゃないですか・・・」

 「あの頃はなにも怖いものがない感じでした・・・」

 「ご主人とは、学生時代に知り合ったんですか?」

 「いえ、主人とは職場結婚です。私よりも7歳も年上で・・・知り合った当時は、とても頼りがいを感じたんです・・・私ってちょっとファザコンなところがあって、結構年上が好みだったんです。小学校5年生の時に両親が離婚して、それから父親とはほとんど会っていないんです。傍にいたらそんなことはないんでしょうが、いないと理想化してしまうようなところがあって・・・異性に父親的なものを自然に求めるところがあるのかもしれません・・・」

 彼女は1968年の生まれである。誕生日は6月であるので、今43歳。もう若いとはいえない。しかし、老けきってしまう年齢でもない。

 「じゃあ、結婚する前に男性経験はそれなりにあったんですね・・・」

 「まあ、それなりにです・・・何人かの大学生と付き合いましたが、長続きはしませんでした・・・」

 「同じ年代では子供っぽく感じちゃたんですかね・・・」

 「そうかもしれません・・・」

 「お風呂、一緒に入りますか?」

 彼女は、微笑んだ。「もう一度見られていますからね・・・taoさんには・・・」

2012/3/6

2182:渡風亭  

 渡風亭の建物は、建物の中に建物があるという二重構造となっている。渡風亭の純和風の建物の上にはガラス製のドームのような屋根があり、天気が良ければ陽光が降り注ぐ。

 建物の中にあるとは思えない純和風の家屋は厳かな雰囲気をたたえている。そこに池や日本庭園、さらには滝までもが設えられているのである。自然を尊ぶ精神からすると、やや首をひねりたくもなるが、その豪勢で威厳溢れた佇まいは、訪れるものを一呑みで呑み込んでしまうような雰囲気に溢れている。

 それは店の中に入り、個室に通されても同様である。その内装や、調度品のひとつひとつが、この空間が特別であり、非日常の極みにあるということを声高に語っていた。

 「ここって、ちょっとこっちが萎縮しちゃうほど豪華ですね・・・」

 「寧々ちゃん」は通された個室に入り、その席に座るとぐるっと周りの装飾や調度品を見渡して、つぶやいた。

 通されたのは10畳の和室であった。これよりも小さな部屋はなかった。料理の代金とは別に室料もかかるので、二人で2万円ほどの出費となる。

 10畳で2人ではいささか広すぎる感があるが、その分贅沢度はぐんとアップする。食事はランチメニューのなかから、最も安いものを予約しておいた。1日20食限定で、値段は3,500円。室料が別途11,500円かかる。

 何かのお祝いの席に使われるのが一般的だと思う。この部屋は最大6名まで、何人でも室料は変わらないので、6人でくれば食事代も含めて一人当たり約6,000円ほど・・・そう考えると、法外ではないような気にさせてくれる。

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 穏やかな色合いの京壁からは、独特の清澄な香がした。2人では大きすぎる座卓である。掘りごたつのようになっているので、足は楽である。足下からは暖房による暖かさが感じられ、雨で冷たくなった足先を暖めてくれる。

 メニューは炙り寿司と稲庭蕎麦・・・どちらも上品で美味であった。ビールで乾杯して、それらの珠玉のような食べ物を少しずつ胃袋に納めていった。

 「最近、ロードバイクで走っています?」「寧々ちゃん」が訊いてきた。

 「ええ、だいたい毎週ロングライドに出かけています。まだまだ寒いですけどね・・・○○さんは走っていますか?」

 「いえ、Nさんからも誘われているんですけど、2月は一度も・・・あまりに寒くって・・・もう少し春めいてきたら、走ります。また、3人で檜原村に行きたいですね・・・なんて言いましたっけ・・・あのお豆腐屋さん・・・おからドーナツ、美味しかったです・・・」

 「『ちとせ屋』です・・・香ばしくて、美味しいですよね・・・」

 この空間では時間は速く流れるのであろうか・・・それともゆっくり流れるのであろうか・・・どちらか判別がつかないような空間である。

 1時間以上はその空間の中に居たはずである。会話は止めどなく流れていった。ロードバイクのことや、ゴルフのこと、子供のアルバイトのこと・・・しかし、先日会ったときに話した、彼女とご主人との関係については、触れることはなかった。

 彼女は、そのことに関して何も言わなかった。「Coreさんは、例の女性との関係を本当に清算したのか・・・」そんな疑問が自然と頭には浮かんだが、言葉にして彼女に訊くことはなかった。

 「寧々ちゃん」の表情は穏やかであった。不思議なくらいに落ち着いた色合いに満たされていた。この特別な空間のたおやかな光に照らされて、その白い肌色はより透き通って見えた。

2012/3/5

2181:行人坂  

 今日は朝から雨であった。その雨はむらなく降り続き、体感気温を下げ続けた。朝の気温は5度前後で、その気温は上がることなく、昼ごろになっても低いままであった。春に季節は移り変わろうとしているが、ちょっとした停滞の一日である。

 目黒駅の西口を出て、行人坂のほうへ向かうときにも、雨はまだ止んではいなかった。折りたたみ傘を開き、人の流れに乗って、横断歩道を渡り、坂の下り口にさしかかったころ、ほんの若干空が明るくなってきた。「もうそろそろ止むだろうか・・・」そんな期待を抱かせる空の具合であった。

 行人坂は急な坂である。上ってくる人は、みな一様に息を切らしながら上ってくる。下り口から坂の行方を眺めると、傘の花が不定期に揺れて動いているように見えた。

 坂を下りきったところに目黒雅叙園はある。その建物は近代的な装いをまとい、威容を天にとどろかせんばかりに高い。

 坂の途中には、五百羅漢像で有名な「大円寺」がある。その五百羅漢像は江戸時代にこの大円寺が火元となって発生した大火の犠牲者を追悼してつくられたものと言い伝えられている。

 時間に少し余裕があったので、その門を入り、五百羅漢像を眺めた。雨に濡れたその数多くの羅漢像は、とても人間味のある表情をしていた。悟りをひらいた仏ではなく、煩悩に揺り動かされる人間の生き生きとした表情が見て取れた。

 大円寺を通り過ぎると、もうすぐ雅叙園である。何台かのタクシーが客待ちしている傍を通り、その大きな入口に向かった。

 時間はもうすぐ12時。約束の時間には間に合った。入り口を入って、あたりを見回した。「寧々ちゃん」の姿はまだ見えなかった。

 前に一度雅叙園には来たことがあると言っていたので、道は分かるであろう。入口から少し入ったところにあったソファに腰掛けて、携帯をチェックした。着信の履歴はなかった。待ち合わせに遅れるのなら、携帯に連絡が入るはずであるが、メールも着信もなかった。

 平日であったが、館内は思ったより多くの人がいた。年配の女性が中心で、雅叙園での食事を楽しみに、グループで来ている人が多かった。

 12時を数分過ぎたところで、「寧々ちゃん」の姿を認めた。彼女も私の存在にすぐ気がついたようで、明るい笑顔を見せながら、近づいてきた。

 気温はまだ冬のそれであったが、彼女のコートの色合いは淡く明るめのベージュで、春を思わせる色合いであった。黒い革靴は雨でその黒い色合いを深めていた。

 「待ちましたか・・・」その口調は明るかった。「あの坂、急ですね。下りはまだいいけど、上るときにはしんどそう・・・」彼女の笑顔が妙にまぶしかった。

 「あの坂は『行人坂』っていうんです・・・行人って修行僧のことでしょうか・・・昔はそういった人がよく通った坂だったんでしょう・・・お腹は空いてますか・・・混まないうちに行きましょう・・・」

 雅叙園の中にある「渡風亭」までは入口から少し歩く。彼女と並んで、その店に向かった。館内の内部へ向かって歩く廊下の両脇には見事な調度品や絵画などか綺麗にディスプレイされていて、とても華やいだ空間を形作っていた。

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2012/3/4

2180:おからドーナツ  

 今日は真冬並みの気候にもどると、昨日の天気予報では言っていた。最高気温は10度に届かず、久々にひとけた台にとどまり、相当に肌寒いとのことであった。

 朝の7時にORBEA ONIXにまたがり、走り出したときには、「思ったよりも寒くないな・・・天気予報では真冬並みと言っていたが、これは真冬の寒さではない・・・もうすぐ春がちかい・・・今朝の空気の中には春の成分が2割ほど混じっている・・・」と思った。
 
 しかし、その思いは、残念ながらずっとは続かなかった。五日市街道、睦橋通り、そして、檜原街道と進むうちに、体感気温は下がってきた。

 檜原村役場を通るころには、「やはり真冬並みかな・・・太陽が顔を出さないと、ほんとに寒い・・・」と天気予報が正しいことを認めざる得ない気分であった。

 今日のバイクルプラザR.T.のロングライドの目的地は「時坂峠」である。昨年の6月に初めてロングライドに参加して、向かった先も「時坂峠」であった。その時は足を着かずに上り切るだけで精一杯であった。

 それから9ケ月が経過した。長い距離を走りとおす体力はだいたいついたようである。しかし、峠の上りとなると、まだまだ初心者を逸脱できないでいる。そろそろ、芽を出したいところであるが・・・

 時坂峠の上りは約4km・・・急峻な斜度と緩やかな斜度が繰り返し現れる。それなりにタフな峠である。上り始めはゆったりとしたペースで始まった。

 今日は比較的足が軽い。ケイデンスの数値をそれほど気にしなくても、それなりのペースでクランクは回った。他のメンバーが比較的抑え気味に走っていたので、自然に先頭に立った。

 上級者は後半になるに従ってペースを上げてくる。私のような初心者は後半になるに従ってへばってしまう。「どうせ抜かれるなら、行くとこまでいてまえ・・・」と、先頭にたってからは、私としては早めのペースで上った。

 「今日は足が回るな・・・心拍数が170を超えてもそれほど苦しくない・・・少しはジムでのトレーニングの効果が出たのかもしれない・・・」そんなことを思いながら、幾重にも折り曲がった坂を上がる。

 3kmほど上ったであろうか・・・さすがにスタミナが切れてきた。まだ先頭であったが、足が徐々に鉛のように重くなってくる。呼吸も心拍数も限界に近いことが分かった。

 結局、3名のメンバーに抜かれ、最後の1kmはだれてしまった。この最後の1kmをペースダウンせずに上りきれる体にはなっていないようである。

 しかし、走り出しから3kmだけをとってみれば、今までの私としてはかなり速いペースであった。まだ、芽は土の上には顔を出ていないが、ほんの少し芽生えの予感のようなものを感じることができた。

 峠の頂上から見える景色はもやに霞んでいた。そして寒かった。汗が冷えて体の熱を奪っていく。峠からの下りでは、さらに体は冷え切った。

 下りきったところにある豆腐屋「ちとせ屋」で揚げたてのおからドーナッツと暖かい豆乳をいただいた。冷え切った体にこの温もりは嬉しかった。この店は辺鄙なところにあるのに有名なようで、ひっきりなしに車が停まって豆腐を買っていた。

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2012/3/3

2179:C3PO  

 スターウォーズに登場するロボット、背の高いC3POと背の低いR2D2は、この映画にとってとても重要なキャラクターである。ロボットではあるが、その性格は極めて人間的であり、ユニークである。

 C3POは、神経質で心配症、いざというときあまり役に立たないが、憎めないキャラクターである。一方、R2D2は勇猛果敢で、行動が素早い。メインキャラクターを助ける大活躍を見せることもしばしばで、小さくてかわいらしい見かけであるが、実に颯爽としている。

 このユニークな2体のロボットは、時にはメインキャラクターを圧倒するような存在感を見せつけ、この映画の面白みを引き出す重要な役割を果たしている。

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 今日はずいぶんと久しぶりに、hiroさんのお宅を訪問した。hiroさんは、私が今使っているTANNOY CHATSWORTHの前のオーナーである。譲っていただいたのは、確か4年ほど前になるであろうか・・・その当時、私はGERMANPHISIKSのHRS-120 CARBONというスピーカーを使っていた。

 結局、しばらくしてHRS-120 CARBONは我が家を去り、その座はCHATSWORTHに明け渡されたのである。価格的にはHRS-120 CARBONの7分の1にすぎないCHATSWORTHであったが、私にとっての存在感は、はるかに大きなものになっていたのである。

 hiroさんのリスニングルームは、4年前に初めて訪問した時と同様に、ビンテージのオーディオ機器で溢れかえっていた。ちょっとしたビンテージ・ショップ並みの在庫量である。

 今日は、3つのラインで聴かせていただいた。一つ目はガラード・・・マッキントッシュC22・・・マッキントッシュMC240・・・アルテックのMAGNIFICENT・・・というライン。こちらは、明るく、屈託のない音の出方である。伸びやかさがあり、「アメリカの音」という印象を受ける。

 二つ目はQUAD CD67・・・QUAD QC2・・・QUAD U・・・TANNOY VLZ・・・というライン。こちらは純粋英国ラインとも言える。陰影感が濃いめに出る。からっとはしていない。ちょっとひと癖あるが、そのひと癖が、タラの芽のてんぷらの苦味のように癖になる美味しさである。

 そして三つ目のラインは、ちょっと変化球であった。i-POD・・・エソテリックのDAコンバーター・・・マッキントッシュC8・・・マッキントッシュMC60・・・TANNOY オートグラフというライン。

 これが、もっともモダンですっきりとした味わいであった。キリンレモンに最近「大人のキリンレモン」という商品が発売されたそうであるが、イメージはそんな感じ。

 そんな数多くのビンテージ機器の中で、わたしの目を最も惹きつけたのは、マッキントッシュのC8であった。

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 ゴールドに輝くそのフロントパネル・・・モノラル構成で双子のように2台が重なっている姿・・・左右対称に配置されたノブやスイッチ類の絶妙な構成・・・そして、全体として醸し出すどことなくユーモラスな表情・・・その小ぶりな肢体・・・そのすべてが魅力的に感じられた。

 「こんなオーディオ機器が手元にあったら幸せであろうな・・・」そう思わせるプリアンプである。私はそのC8をしげしげと見ていると、「C3POのような顔をしているな・・・」そんな風に思えた。

 そして、映画で見たC3POのややユーモラスな動きや物言いを頭に思い浮かべて、にっこりとした。さらに、C8の音に触れて、またにっこりとした。このプリアンプは人を幸せにしてくれるプリアンプである。

 C3POは敵を倒すという点ではほとんど役には立たないが、人を幸せにしてくれるという点では、大きな功績を残したキャラクターであった。このC8もそんな幸せ感をもたらしてくれる機械のような気がする。

2012/3/2

2178:雅叙園  

 「5日の月曜日の予定は、どうなっていますか?実は5日の午前中に確定申告の仕事で目黒に行く予定が入っています。たまには気分を変えて、郊外ではなく、都心のほうで会いませんか?目黒雅叙園に『渡風亭』とい名前の日本料理店があるのですが、そこの『炙り寿司と稲庭蕎麦ランチ』が結構おいしいのです。景色も豪華です。仕事のほうは12時前には終わります。目黒雅叙園で12時の待ち合わせでどうですか?拝島駅まで車で行って、高田馬場経由で目黒まで約1時間です。目黒雅叙園は目黒駅から徒歩で5分程度です。」

 携帯でメールを打った。文面を何度か読み直した。しばらく、送信ボタンを押さずにぼうとしていた。すると一定の時間が経過すると、節電モードになるのか、画面がすっと暗くなった。

 あわてて、手元のキーを押した。すると、また画面は明るくなり、先ほどのメール画面に戻った。それを目で確認してから、送信ボタンを押した。

 「寧々ちゃん」は専業主婦である。昼間は特別な用事がなければ時間の都合はつくはずである。子供はもう大学生であるので、子供関連の用事もほとんどないはずである。

 「彼女はきっとOKするであろう・・・」漠然とそんな気がした。二人きりで会うのは、今度が最後になるかもしれない・・・いや、きっとそうなるであろう。

 となると、特別な時間と空間で贅沢にひとときを過ごしたい。目黒雅叙園はそういう意味では、うってつけである。その内部は、まさに別世界・・・豪華でいささかやりすぎではと思えるほどに華美な装飾を凝らした空間を有している。

 その趣向は、見るものを圧倒する。江戸文化の持つ、独特な装飾美を制限を設けずに豪勢に取り入れている。

 そこには、慎み深さはまったく入り込む余地はない。あくまで、目で見える表面的な美しさ、豪華さが全面に押し出されている。

 ここまで、やりきってしまうと、むしろさわやかですらある。「まったく下品きわまりない・・・」と評する向きもあろうが、これはこれで一つの世界として見事に完結している。

 そして、その貪欲さすら感じさせる別世界では、きっと私達も躊躇することなく、貪欲に欲望を貪ることもできるであろう。

 30分ほど経過したであろうか・・・返信が届いた。

 「目黒ですか・・・雅叙園には数年前に一度短大の時の同窓会で行ったことがあります。内装がとても豪華で特徴的でした。確か建物の中庭に滝のようなものがあって、日本庭園があったような記憶があります。ちょっと遠いですが拝島から1時間ちょっとならそれほどでもないですね・・・楽しみにしています。」

 とても、さりげない文面であった。そのさりげなさの裏側には・・・決してさらりとはしていない情念のようなものが潜んでいるのかもしれないが・・・



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