2012/2/24

2171:手袋  

 スターバックス青梅店の店内には、オレンジ色のシェードがかけられたライトが幾つか規則的に並んでいた。テラス席も用意されていたが、この時期にテラス席を利用する客はあまりいない。

 でも今日の気候であれば、テラス席でも十分に快適に過ごせるのでは、と思わせるような陽気である。「春はちかい・・・」そう思わせてくれる。もちろん、このまますんなりとはいかないはず・・・また寒い日々が戻ってくるのであろう。

 頼んだコーヒーを右手に持って店内をくるっと一周したが、「寧々ちゃん」の姿は確認できなかった。

 しょうがなく窓よりの席に着いた。開口部を大きくとっているので、明るい日差しが店内を照らしていた。オレンジ色のライトの光は、その日差しの光に寄り添うように暖かな色合いを添えていた。

 Mサイズのコーヒーを半分くらい飲み干したところで、「寧々ちゃん」が店に着いた。その姿を認め、目で合図を送った。彼女はホットではなくアイスのものを頼んだようで、ストローの着いたやや大きめのカップを左手に抱えながら、私が座っている席の前の席に座った。

 「この前はすみませんでした・・・この時期は仕事が立て込んでいて・・・いつも期限に追われながら仕事をしているもんですから・・・」

 彼女の様子をそっとうかがいながら、席に着くと同時に彼女に話しかけた。先日のことに関して、実は私がその現場に一瞬居合わせたことを、彼女が気づいていないかどうか確かめるためでもあった。

 「実は・・・taoさんが来れなくて良かったんです・・・とても・・・ちょっと信じられないようなことがあったんです・・・」

 「信じられないようなこと・・・何ですか・・・」内心「やはり・・・」とは思ったが、それは表には出さずに、彼女の次の言葉を待った。

 「実は、ゴルフスクールを終えて、待ち合わせ場所のジョナサンに入っていったら、ばったりと会ったんです。目と目が合って、はっとしました・・・お互いに・・・」

 「えっ・・・誰と会ったんですか・・・」

 「主人です・・・女性と一緒でした・・・ぱっと目が合って、あの人の驚いた表情を見て、全て一瞬に分かってしまいました。その女性が誰か・・・なぜここに居るのか・・・今朝、今日も遅くなりそうだ・・・と言っていたその言葉と、それを言った時の主人の表情が頭の中にすっと浮かんできました・・・」

 「えっ・・・ご主人と相手の女性と会ったんですか・・・」

 「ええ、図らずも・・・少しの間その場に立ち尽くしてしまいました。くるっときびすを返してその場を立ち去るべきだったのかもしれませんが、それもできずに呆然としていました。向こうも、どう対応すべきか決めかねていたようで、滑稽なくらい動揺していました。」

 「数分も経ったでしょうか・・・主人は席を移って、私を空いた席へ座るよう促したのです・・・」

 「なんだか、力が抜けてしまって、どうにも自分の体がうまくコントロールできない感覚で、言われるままに座りました。向かいには、主人と女性が座っていました。女性はちょっと青ざめた表情をしていました。俯き気味で、ほとんど話しませんでした。」

 「それで、ご主人はなんて・・・」

 「正直に話してくれました・・・うすうす気づいていたかもしれないけど、と前置きして、数年前から、ここに居る女性と不倫の関係を続けていたことを・・・すまない、という言葉を何度かその間に挟みながら・・・」

 店内に客は私たち以外は2組ほどで、思ったよりも閑散としていた。私は「寧々ちゃん」の話を聞きながら、左前方の視界の隅、店内の床に不自然な形をした茶色の小さな塊が見えるのが妙に気になっていた。

 「何だろう・・・小さく、茶色で、どことなく自然でない形をしている。まさか、雀の死骸ではないはずだが・・・」心の中にそんな思いがよぎった。

 その物体に視線のフォーカスをゆっくりと合わせていった。すると、それは婦人ものの手袋であった。片方だけ落ちていた。落ちてぐにゃっとゆがんだ形でこわばっていた。客の誰かが、片方だけ落としていったのであろう。

 その茶色の物体が手袋であることを確かめると、ちょっと安心したような心持ちになって、その視線を「寧々ちゃん」の大きな瞳に移した。移して、その中をのぞき込むようにした。その色合いを確かめるかのように・・・



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