2012/2/8

2155:生命力  

 昨晩は昭和の森ゴルフ練習場でのゴルフスークルであった。最近は寒い日が続いていたが、昨晩は比較的暖かかった。「寧々ちゃん」は2週間ぶりにゴルフスクールに出席した。

 彼女と顔を合わせるのは「あの日」以来である。「あの日」は、何故かしらもっと前の出来事のような気がするが、現実にはつい先週のことである。

 そして、その日に私と彼女の間に起こったことは、とても不思議で現実感のないことのように今では思えてしまう。

 彼女は私の二つ前の打席であった。ゴルフクラブを振っている後ろ姿を見つめていると、彼女のほの白い裸体が目に浮かんでくる。

 彼女は40代半ば・・・当然20代の頃のような肌の輝きも弾力感溢れるハリも既に失われている。しかし、その全体のラインはけっして醜いラインを描くことはなく、昔日のシルエットをしっかりととどめている。

 やや小さめな乳房は少々くたびれかけててはいるが、重力にしっかりと逆らい、そのふくらみをまろやかに維持している。

 腰から臀部へ流れるラインはコカコーラの瓶のラインを連想させる曲線で、両の手で優しく上から下になぞると、緩やかな二つのSの字を左右対称に描くようである。

 ゴルフクラブによって放たれたボールは照明に照らされて、そのボールの周りに白い光の輪を放ちながら遠い彼方に飛んでゆく。

 その飛球方向への緩やかな曲線は音もなく描かれていく。昨晩はドライバーのつかまりが良く綺麗なドローボールが打てた。そのドローボールの緩やかな曲線は、彼女の太ももからお尻、そして背中へ繋がるラインを思わせる。

 斜め後ろで見ていた鈴木プロは「良い感じでドローが打てていますね・・・上半身の力みが今日はありません・・・その調子です。」と褒めてくれた。

 「あの日」ふたりはその体温を分かち合い、お互いの体を暖めあった。確かにその心地よい暖かみは、二人の心と体にとって貴重であった。しかし、お互いに与え与えられたのは、体温だけではなかったのかもしれない。

 異性はその体に触れ合うことによって、何かしらのエネルギーを交換しているのであろうか。お互いが必要としているエネルギーを相手が持っていて、それを触れ合うことによって受け取ることができる。そのエネルギーを受け取ると、生命力がアップする。そんな考えが頭に浮かんでくる。

 「寧々ちゃん」は、あの日の帰り道、すっきりとした表情に変わっていた。気軽なドライブの帰り道で家まで送ってもらっているといった風情であった。何かしら、彼女の内面において満たされたものがあったのかもしれない。 



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