2012/2/9

2156:山崎  

 Naruさんから「アビーロード、手にいれたよ・・・」と連絡が入ったのはちょうど1週間前のことであった。

 レコードに関しては、コレクターでない私は目利きがいまひとつ心もとない。高価なオリジナル盤を購入するに当たっては、その道の達人に依頼するのが一番ということで、ビートルズの「アビーロード」の購入をNaruさんに依頼してあったのである。

 今日はちょうど近くの顧問先に行く予定が午後入っていたので、「アビーロード」を受け取りがてら、Naruさんのリスニングルームに寄った。「アビーロード」を受け取り、その後数時間、Naruさんのリスニングルームのセンター位置を独り占めして、素晴らしいサウンドを聴かせていただいた。

 前回お邪魔した時にも感じたことであるが、ここへきてサウンドの質感の熟成度が一段と上がった。サントリー「山崎」の12年ものの味覚にたとえられるであろうか・・・あるいは「山崎」に18年ものがあるのなら、その18年ものの熟成度のようですらある。

 味わいの深いこくがあり、一段と染み入る香りと舌触り・・・・しっかりとしているのに舌に優しい。生硬なとげとげしさが、すっかりと溶け切り、全体として融合した有機体が心をずんと酔わせてくれる。

 以前、チューバホーンさんとNaruさんと3人で下井草で飲んだときに、「山崎」のハイボールを頼んだことがあった。

 その前に「角」の入ったハイボールを飲んでいたのであるが、「山崎」の入ったハイボールを飲んで、その味わいの良さに「やっぱり、違うもんだ・・・全く別物・・・」と驚いた。ウイスキー好きに言わせると「山崎をハイボールでのむなんて邪道だ・・・」と怒られそうであるが、「山崎」のハイボールは美味であった。

 調子よく三人で「山崎」のハイボールを頼んでいたら品切れになってしまった。しょうがないので、銘柄は忘れたがスコッチウィスキーのハイボールを頼んだ。これが「山崎」よりもぜんぜんレベルが低かった。「山崎」は日本が誇る素晴らしいウィスキーであると、その時感じ入ったのであった。

 「山崎」の18年ものを思わせるNaruさんのサウンドであるが、その熟成にはたゆまぬ努力と修練が隠されているのであろう。ウィスキーが長い年月の間に樽の中で熟成していく過程においては、盛大な「天使の取り分」が支払われるように、このサウンドの熟成度合いに応じた労力と無数の選択が、長い時間のなかで費やされたはずである。

 アビーロードのLPは大事に抱えられて我が家に到着した。熟成度合いはまだまだ浅い我が家のオーディオシステムであるが、この貴重な黒い円盤を歓待すべく、できるだけの鍛錬はこれからするであろう。いつもはたおやかな表情が多いTANNOY CHATSWORTHであるが、今晩はその表情が少し緊張しているように見えた。

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2012/2/8

2155:生命力  

 昨晩は昭和の森ゴルフ練習場でのゴルフスークルであった。最近は寒い日が続いていたが、昨晩は比較的暖かかった。「寧々ちゃん」は2週間ぶりにゴルフスクールに出席した。

 彼女と顔を合わせるのは「あの日」以来である。「あの日」は、何故かしらもっと前の出来事のような気がするが、現実にはつい先週のことである。

 そして、その日に私と彼女の間に起こったことは、とても不思議で現実感のないことのように今では思えてしまう。

 彼女は私の二つ前の打席であった。ゴルフクラブを振っている後ろ姿を見つめていると、彼女のほの白い裸体が目に浮かんでくる。

 彼女は40代半ば・・・当然20代の頃のような肌の輝きも弾力感溢れるハリも既に失われている。しかし、その全体のラインはけっして醜いラインを描くことはなく、昔日のシルエットをしっかりととどめている。

 やや小さめな乳房は少々くたびれかけててはいるが、重力にしっかりと逆らい、そのふくらみをまろやかに維持している。

 腰から臀部へ流れるラインはコカコーラの瓶のラインを連想させる曲線で、両の手で優しく上から下になぞると、緩やかな二つのSの字を左右対称に描くようである。

 ゴルフクラブによって放たれたボールは照明に照らされて、そのボールの周りに白い光の輪を放ちながら遠い彼方に飛んでゆく。

 その飛球方向への緩やかな曲線は音もなく描かれていく。昨晩はドライバーのつかまりが良く綺麗なドローボールが打てた。そのドローボールの緩やかな曲線は、彼女の太ももからお尻、そして背中へ繋がるラインを思わせる。

 斜め後ろで見ていた鈴木プロは「良い感じでドローが打てていますね・・・上半身の力みが今日はありません・・・その調子です。」と褒めてくれた。

 「あの日」ふたりはその体温を分かち合い、お互いの体を暖めあった。確かにその心地よい暖かみは、二人の心と体にとって貴重であった。しかし、お互いに与え与えられたのは、体温だけではなかったのかもしれない。

 異性はその体に触れ合うことによって、何かしらのエネルギーを交換しているのであろうか。お互いが必要としているエネルギーを相手が持っていて、それを触れ合うことによって受け取ることができる。そのエネルギーを受け取ると、生命力がアップする。そんな考えが頭に浮かんでくる。

 「寧々ちゃん」は、あの日の帰り道、すっきりとした表情に変わっていた。気軽なドライブの帰り道で家まで送ってもらっているといった風情であった。何かしら、彼女の内面において満たされたものがあったのかもしれない。 

2012/2/7

2154:ジム  

 ロードバイクでのロングライド・・・軽い負荷のときは調子に乗るが、負荷が重くなるとどうしても心肺機能がついていけない。何度かそういった体験をした。

 週に1回程度ロードバイクで長い距離を走るだけでは、この弱々しい心肺機能を強化することは難しいようである。体力はそれなりについたが、強度の負荷にさらされた時の踏ん張りは、どうしてもきかない。

 この年になって、心肺機能を強化するといっても、難しいような気がしていた。そんな時とある経営者向けの会合で、イチローのトークショウのDVDを見た。

 そのなかで、オフのトレーニングの話となった。自主トレは一人ではなく、必ず複数の人間とするようにしているとのこと。自主トレのメニューは相当に負荷の高いものに設定するので、一人ではなかなか続かない。しかし、複数の人間を巻き込むと、自然と続けられる。

 そのメンバーのなかには、イチローよりも年上の人もいるようで、トークショーのなかで「人の体は変わります。それは40代でも50代でも変わります。それは見違えるように・・・それを実際に目の当たりにしてきましたから・・・」と、イチローは話していた。

 それを聞いて、「変われるのか・・・40代でも50代でもか・・・40代の後半、もうすぐ50歳に手が届く私でも変われるのであろうか・・・峠の上りの後半でだらだらとペースダウンするような私が、いつしかしっかりと一定のペースのまま上りきれるような体に変われるのであろうか・・・」ちょっと希望の光が見えた。

 そこで、自宅のそばのスポーツジム「RONDO」に入会した。そこにはジムがあり、様々なトレーニングマシーンがある。プールもあり、エアロビなどをするスタジオも複数ある。大きな風呂にサウナもある。結構豪華である。

 会費は月10,500円。けっして安くはないが、使用頻度が高ければ安上がりである。月に10回行けば1回あたりの単価は1,050円。そう考えるとそれほど高くないような気がした。

 目的は、心肺機能の強化、体重の減少、足の筋肉の強化といったところ。まずはルームランナーで30分、時速6kmのスピードでの早歩きをした。これだけでも汗が流れてくる。

 その後バイクで30分ほどペダルを漕ぐ。心拍数・ケイデンス・パワー・走行距離・消費カロリーなどが表示されるパネルがついている。そのパネルはボタンひとつでテレビに早変わり・・・飽きないよう工夫が凝らされている。

 ペダルの重さはボタンひとつで何段階にも変更可能である。やや重めで10分間漕いだ。心拍数は150〜160ほどで推移、その後さらに何段階かペダルを重くして10分漕いだ。心拍数は170まで上がる。汗が滴り落ちる。呼吸が荒くなる。

 さすがに疲れてくるので、ペダルを軽めにしてクールダウンしながらさらに10分間漕いだ。合計で30分・・・汗は相当な量が噴出した。

 その後は筋力トレーニング・・・何台ものマシーンが置いてある。そのなかから3台を選択・・・太ももの裏側の筋肉、太ももの表側の筋肉、そして腹筋を鍛えられるマシーンである。それぞれ10分づつで30分ほど。

 全部で1時間半・・・とりあえずいきなり無理をすると続かないので、このくらいから始める。これを週に何回か・・・「数ケ月したら、それなりの効果が出てくのでは・・・」と期待しているのである。

2012/2/6

2153:趣味  

 妻は最近バレエに凝っている。明日もバレエの公演を上の子と一緒に見に行く予定でわくわくしているようである。

 何度かクラシックのコンサートに連れて行ったが、途中で熟睡状態に陥ってしまった。「音楽だけ聴いているってつまらない・・・クラシックって本当に眠くなっちゃう・・・」とどうにも興味を示さない。

 「でもバレエは、見ていてとても楽しい。それに想像力も要求されるし、ぜんぜん眠くならない・・・」と、妻の中では、バレエ公演>クラシックコンサートという公式が歴然と成立しているようである。

 妻とはなかなか趣味が一致しない。ゴルフは私がゴルフを始める時に一緒に初心者向けのゴルフスクールに通った。週に1回で、全部で8回のスクールのコースであった。

 その8回のコースが終わったとき「どうする、続ける?」と訊くと、妻は「もう、やらない・・・」とゴルフに興味を示すことはなかった。あんまり運動神経が良くない妻はボールの手前をゴルフクラブで何度も叩いてしまい、腕が痛かったようである。

 クラシックのコンサートに関しては前述したように、すぐさま熟睡状態に陥ってしまう。これでは連れて行く気にもなれない。

 そして、最近私が始めたロードバイクに関しては、「何が楽しいのかさっぱり分からない・・・転んで怪我しないでよ・・・これから忙しくなるんだから・・・」と、つれない。

 真冬の寒さの中、ロングライドを終えてぐったりして返ってくると、「この寒いのに・・・よく自転車に乗る気になれるわね・・・」とあきれ気味である。

 いわんや、オーディオなど「これが趣味なんて・・・ちょっと変じゃない・・・」と、オーディオが趣味として成り立つことにすら懐疑的である。

 今のところ妻の趣味はピアノとバレエ鑑賞・・・ピアノは小学生の頃6年ほど習っていたようである。子育てが一段落した7年前ぐらいから、ピアノ教室に通い始めた。もちろん本格的なものではなく、気に入ったポピュラー曲を演奏するのである。

 そして、バレエ公演の鑑賞・・・値段は結構する。S席で18,000円もする。私も誘われたが、値段に少々ひいた。それとどうもバレエの良さがいまひとつ分からない。テレビ中継で見ただけで、本当の公演を目にしたわけではない。どうも入っていけない。

 残念ながら趣味に関しては、夫婦は全く和合しないようである。まあ、無理に合わせる必要もないであろう。

2012/2/5

2152:トランス状態  

 先週のロングライドと違い、今日は風がなかった。天気は快晴・・・気温は朝は別として、走り出せば、まずまず暖かく感じられた。

 真冬対策として新規に購入したパールイズミのヒーター付きグローブとシューズカバーであったが、早速グローブの片方の充電器が故障してしまった。充電しても電源が入らない。これでは使い物にならない。ということで、通常の冬用グローブで今日は参加した。

 幸い朝の30分以外は指がかじかむこともなかった。「こんな大仰なものはいらなかったかも・・・」と、少々反省モードであった。

 道路脇の氷の塊はほとんどなくなった。たまに見かけると前を走っているメンバーが手でその方向を指差し、人差し指をくるくる回す。「障害物あり」という意味の手信号である。それと同様の手信号をすることで後続のメンバーにも知らせる。

 ちょうどいいくらいの負荷がかかっている状態で走っていると、徐々にトランス状態に入っていく。心拍数で言うと160ぐらいであろうか・・・あまり軽い負荷ではだめで、当然重過ぎる負荷でもだめである。

 斜度で言うと4%程度の緩やかな上りなんかがちょうどいい。その程度の負荷で軽めのギアを90〜100ぐらいのケイデンスでまわしていると、脳内麻薬が分泌されるのである。

 すると、全く楽に足が回る。物理的には足に疲労成分は蓄積しているのであろうが、脳が疲労を認識しないのである。このトランス状態に入り込むと、ついついペースが上がってしまう。

 トランス状態ではクランクはまわすのでなく、勝手にまわる。自動車にでも乗っているような錯覚を覚える。腰から下の感覚が自分のものではないようである。

 しかし、このトランス状態は斜度が上がると、ガラガラと崩れ去ってしまう。峠の上りに入ると心拍数はぐんぐん上がり、呼吸は苦しくなる。弱々しい心臓と肺は、強度の負荷に耐えるだけの血液と酸素を送り込む能力を欠いているようである。

 約4kmの山伏峠の上り・・・後半はすっかりだれてしまった。「アスリートのような心肺機能が欲しい・・・」そうは思うが、月に数回のゴルフとテニスだけの数十年を過ごしてしまった中年親父の願いはむなしいものである。

 今日は往復で103km、消費したカロリーは4770キロカロリーであった。先週のロングライドは、距離はほぼ同じであったが、強風のなかでのロングライドであったためか、消費カロリーは5000キロカロリーを超えていた。

 「そんなに疲れていないな・・・」今日は家に帰り着いてもそれほど疲労した感覚はない。ヒルクライムでのスピードアップはまだまだであるが、体力だけはついたようである。

2012/2/4

2151:OFF会 tao邸  

 部屋に入るには、30cmほどの段差があった。その段差に注意しながら部屋に入ると、木の香りがした。床も天井も壁も木である。部屋の広さは8畳ほどであろうか。決して広くはない。床を下げることにより30cmほど天井高を高くしたようである。

 taoさんのリスニングルームは、石井式リスニングルームである。もともとは普通の部屋だったものを数年前にリフォームされたとのこと。

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 そのリスニングルームの片方の壁にはアップライトピアノが置かれ、反対の壁にはスピーカーが置かれていた。taoさんが使われているスピーカーはTANNOY CHATSWORTH。1960年代に製造されたもののようで、いわゆるビンテージに分類される。

 近くで見せていただいたが、横幅は40cmほど、高さは90cmぐらいであろうか、コンパクトなスピーカーである。印象的だったのは、奥行きが25cmほどととても浅いということである。現代のスピーカーのプロポーションとはかなり異なっている。

 これを駆動するアンプはQUADの真空管アンプ。1950年代に設計されたもので、とてもコンパクト。現代アンプのがっしりとしたつくりからすると、やや心もとない感じがするのはいがめないが、独特な存在感がある。

 CDプレーヤーは、LINN CD12。レコードプレーヤーはLINN LP12。送り出しはどちらもLINNの製品を使われている。

 今日はオルフィさんと一緒にtaoさんのお宅を訪問した。taoさんは使われているオーディオ機器からするとベテランマニアかと勘違いしたが、実際はオーディオ暦は6年ほどとのこと。私とそれほど変わらない。

 さて、その音であるが・・・アナログ、CDともに共通のテイストが感じられた。温度感は高め・・・真空管の温かみが感じられる。スピーカーのエンクロージャーやリスニングルームの壁材の木が効いているのか、音に木の響きがしっかりと乗っている。

 スピーカーのサイズからすると低域もがんばっている。高域はロールオフしているはずであるが、それほど詰まった感じはしない。

 ハイエンドオーディオのような、ハイファイ調ではないが、聴き疲れしない温かみの感じられる音である。それと印象的であったのは、弦楽器などを聴くと如実に感じる音の艶やかさである。

 隣で聴かれていたオルフィさんは、「嫌な刺激成分がないですね・・・艶やかでウォームな音の質感です・・・」と評されていた。私の感想もほぼ同じである。

 ビンテージのオーディオ製品を聴くのははじめての体験である。SNやスピード感など確かに劣る面もあるが、深みのある味わいには、独自の魅力があることが認識できた。

 「ぜひ、ちかいうちにNEOさんのお宅にもお邪魔させてください・・・」とtaoさんに言われた。どうしたものか・・・私の好みとtaoさんの音の方向性とは少々違う気がしないでもないが・・・その旨を率直に伝えると「違うからいいのですよ・・・」とtaoさんは返答された。「そういうものかもしれないな・・・」taoさんのお宅を後にする時にはそう思えた。

2012/2/3

2150:ホテル  

 VW POLOの助手席に座った彼女はやや疲れた表情を見せていた。「耕心館」の駐車場をゆっくりと出て、圏央道の入間インター方向へ向かった。

 高速道路のインターのそばには必ずといっていいほどラブホテルが点在する。古いものから新しくカラフルなものまで様々である。

 そのうちのひとつ、明るめの色合いのホテルの駐車場に車を滑らせるようにして停めた。ホテルの入り口を入ると、部屋番号と部屋の写真が表示された大きな掲示板がある。電気がついているところが空いている部屋であった。客は空いている部屋番号のボタンを押す。すると、部屋番号が印字された紙がプリントアウトされるので、それを受け取り、部屋へ向かう。ホテルのスタッフと顔を合わせることはない。

 ホテルの一室では、聞こえてくる音は有線放送のBGMのみである。その電源をOFFにすると、エアコンの送風音が静かではあるが、その存在感を主張してきた。

 こういった類のホテルの一室で繰り広げられる行動パターンというものは概ね決まっている。ディテールにおいては当然のこととして差異はあるが、定型的なパターンというものは厳然としてあるはずである。

 しかし、私が一昨日経験した行動パターンは、その厳然として存在するパターンからは大きく逸脱したものであった。

 このような行動パターンをとった・・・いや、強いられたというべきか・・・のは、初めての経験であり、そういう意味では貴重な体験ではあった。

 お互い裸となり、ベッドに横たわり、肌を合わせた。エアコンは効いていたが、肌寒かったので、柔らかく軽い羽毛布団をかけてベッドに沈みこむようにした。

 彼女の頭は私の左の腕の上にあり、体はぴたっと寄り添っていた。彼女はこちら側を向いて、私の右の胸には彼女の左手が力なく置かれていた。

 彼女が求めたのは肌をしっかりと密着させること、頭を優しくなでること、そして時折背中を子供をあやすかのように軽くトントンと叩くことであった。

 このような状況で通常繰り広げられる性的な愛撫は、「今日は、ゆっくりと眠らせてください・・・」という彼女の哀願に似た言葉によって、しっかりとガードされてしまった。

 私は小さな子供をあやし寝かしつけるように、彼女に接することを求められたのである。羽毛布団に包まった二人は、そのお互いの体温で暖めあった。

 その暖かさにほだされたのか、目を瞑った彼女はやがて本当に寝入ってしまった。「不可思議だ・・・現実というものは・・・実に・・・」そんな思いがしばらく私の頭の中を駆け巡っていたが、私もいつしかその心地よく暖かい静謐の中に溶け込んでいった。

 どのくらい眠ったのであろう・・・ふっと気づくと、彼女はベッドにいなかった。お風呂のほうからシャワーの音が聞こえてきた。

 サイドテーブルに置いてある腕時計を確かめると6時を回っていた。お互いそれぞれの家に向かうべき時間である。

 私の車で彼女を耕心館の駐車場まで送っていった。その短い時間、彼女は穏やかな表情で話をした。ほんの気軽なドライブをした帰り道、家まで送ってもらっているという風情であった。

 その日一日は結局彼女に振り回されて終わった。彼女は実につかみどころのない不可思議な存在である。「天使なのであろうか・・・悪魔なのであろうか・・・」そんな疑問がふわっと泡のように浮かんだ。 

2012/2/2

2149:不眠  

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 耕心館の内部は太くがっしりとした梁がダイナミックなラインを描き、漆喰の白い肌地は清潔感溢れる空気を送り出しているようである。

 3時過ぎにその中の店舗に入った時には、他に客はいなかった。4人掛けのテーブルが幾つか店内には並んでいた。

 今日は南風が吹き、ここ数日のなかでは異例といえるほど暖かかった。夜には風は北風に変わるとの予報であったので、きっと気温もぐっと下がるであろう。

 「寧々ちゃん」は窓辺のテーブルの席に座っていた。窓からはところどころにまだ雪の残る庭が一望できた。その雪も今日の暖かさでずいぶんとその勢力範囲を縮めたことであろう。

 テーブルについて、「寧々ちゃん」の表情をしっかりと確かめた。その顔色は少し青かった。もともと色白で血色の良い方ではないが、今日はさらにその色合いが透き通って、澄んでいるように感じられた。目には充血の名残が垣間見えた。

 「急にごめんなさい・・・」

 「よかった・・・ちょうど外を回っていたんです・・・」

 店員が床のきしみ音とともに、水とおしぼりを運んできたので、会話を中断してコーヒーを注文した。他に客がいない。天井がとても高い。声がいつもよりも通るような印象を受けた。

 「で、どうかしたんですか・・・」やや声のトーンを落として訊いた

 「不眠症のようなんです・・・それが続くと、どうしようもなく心細くなって・・・つい、電話してしまいました・・・」

 彼女はおどおどした表情を見せて、静かな口調でそう話し始めた。その後、子供と最近喧嘩したこと、親しかった親類が急死したこと、ここ数日間不眠症に悩まされていること、そのほか最近の彼女の身近で起きた幾つかの出来事やそれにまつわる自分の感情を吐露するように話した。

 冷静に見つめなおせば、それほど彼女の心に重く負担がかかるようなことには思えない事柄が多かった。大学生になった子供と些細なことで喧嘩することは、どの母娘にも起こりえることだし、小さかった頃とてもかわいがってくれた伯父さんが、検査入院していた大学病院で急死したことだって、社会一般という広いくくりでみれば特別な出来事でもないように感じられる。

 しかし、彼女にとっては、それらの出来事は安らかな睡眠を奪うような出来事であったようである。私は相槌をうち、彼女の視線を真正面からとらえるように心がけながら、その話に耳を傾け続けた。しばらくそうしていた。時間にすると1時間ほどであったろうか・・・

 そうこうしていると、徐々にではあるが、彼女の顔色にはほのかなピンク色の色合いが加わり始め、目つきにも穏やかな光がともり始めた。

 彼女の眼ははっきりとした二重である。大きめの瞳は茶色がかっていて、本来は柔らかな光が漂っている。

 空になったコーヒーカップの底には黒い液体の残りかすが動くことなくへばりついていた。相変わらず、店内には客はいなかった。ガラス越しに降り注ぐ日の光は時間とともに弱くなってきた。

 「寝むりたい・・・ゆっくり、安心して・・・」彼女は私の眼を見つめていた。そして、ゆっくりとした口調でさらに続けた。
  
 「一緒に寝てください・・・」

 庭の大きな木にはヒヨドリが来ていた。独特の鋭い鳴き声が聞こえた。つがいなのであろう、一羽が鳴くと、やや離れた場所でもう一羽の鳴き声が聞こえた。

2012/2/1

2148:着信  

 人生も長い年月を経過してくると、これが現実なのか夢想の中での出来事なのか、分からないほどに、不可思議なことや、非現実的な出来事に出会うことがある。

 私も今までに「これが現実なのか・・・」と思わずつぶやくような出来事に出会うことがあった。後で振り返ってみれば、確かにそのような出来事が私の身近に起こり、それを目の当たりにしたということは分かるが、その出来事を体験していた時点においては、奇妙なことにあまり現実味がないのである。今日私が体験したことも、そのような種類の体験に分類できるのかもしれない。

 先週「寧々ちゃん」と昼食をともにした時には、彼女の様子はとても穏やかなものに見えた。確かにその表情は多少うつろというか、どこか生気のないもののような気はした。しかし、彼女は屈託なく話をしていた。話題は次々に展開し、とりとめもなく転がり続けるようであった。

 私が風邪気味であったこともあり、いまひとつ会話が組み合わないような印象を受けた。その時のつかみどころのない感じは、私の体調のせいであると思っていたのである。しかし、今冷静に思い出してみると、そうとばかりは言えなかったようである。

 「寧々ちゃん」との連絡はそのほとんどがメールである。携帯電話で直接会話することはほとんどない。なので、私の携帯に着信があることを示す振動があり、携帯を開いてその送信元が「寧々ちゃん」であることを示す表示を見たとき、少々違和感を感じた。

 「どうしたんだろう・・・何か急ぎの用であろうか・・・いつもはメールで連絡がくるのに・・・」心の中でそう思ったが、切れてしまわないうちに出た。

 「こんにちは・・・どうしたんですか・・・珍しいですね、携帯にかけてくるなんて・・・」

 「寧々ちゃん」は、ややくぐもった声で話した。

 「ごめんなさい・・・仕事中ですねよ・・・」

 「ええ、でも・・・今ちょうど外に出ていますから、大丈夫ですよ・・・何ですか?」

 「会えますか・・・」

 「えっ・・・これからですか・・・」

 「無理ですよね・・・」
 
 「いえ、大丈夫ですよ・・・今すぐでなければ・・・」

 その声のトーンは、明らかに心が動揺している様子であった。ちょうど外回りの途中で車で移動していた。訪問予定をずらせば多少時間を作ることは可能ではあった。

 「1時間後に、耕心館でどうですか・・・」

 「分かりました・・・すみません、無理言って・・・」

 耕心館は彼女の自宅から車で数分のところにある。古民家を瑞穂町が譲り受け、展示館や多目的ホールとして活用している。小さなレストランが入っていて、昼間は喫茶タイムとなる。その時間帯は来館者はほとんどいないはずである。



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