2012/1/31

2147:補欠  

 「オーディオ巡礼」で有名な五味康祐氏は、一時QUAD22とQUADUのセットを3セット所有されていたそうである。その中で一番良いと思われるペアを使われていたようである。

 今現存しているQUAD22とQUADUは、製造されてから相当な年数が経過している。当然その間何度かメンテナンスを受けているはずである。

 そのメンテナンスにおいてオリジナルではない部品が使われることが多いため、同じQUAD22とQUADUであっても、その醸し出す音には結構差がある。我が家にはこのセットが2セットある。

 通常稼動しているセットとは別にもう1セット、「補欠」という形で保存しているのである。しかし、通電せずに保存していると部品の劣化が進んでしまうので、時折取り出して鳴らす。

 今日も「補欠」を取り出してきて、鳴らしてみた。移動とケーブル接続に要する時間はそれほどかからない。コンパクトで軽いので移動はとても楽である。

 その音を改めて確認しながら「やっぱり違うもんだ・・・」と感じた。外側の見た目はほぼ同じであるが、この半世紀の間にたびたび行われたであろうメンテンスの際に使用された部品が異なっているため、内部はぱっと見ても結構差がある。その結果、出てくる音も、大きな括りでは似通ってはいるが、微細に検証するとやはり差がある。

 こちらの「補欠」の音は、「レギュラー」に比べるとシャープな印象。高域方向への伸びやかさはこちらのほうがある。しかし、低域の力強さは「レギュラー」に軍配が上がる。

 オーケストラを聴いていて、その躍動感は「補欠」のほうが感じられるが、どっしりとした安定感は「レギュラー」のほうがある。

 音の好みから言うとやはり「レギュラー」を選択してしまう。一日鳴らしたら、「補欠」は元の位置に戻すことになる。

 実はTANNOY CHSTAWORTHにも「補欠」がいる。こちらも時折鳴らさないと、ユニットが錆付いてしまう。外観上の見た目はほぼ同じではあるが、微妙に音が違う点もQUADと同じである。

 聴き比べは数回しているのであるが、結局今使っている「レギュラー」のほうがその座をなかなか譲らない。

 どちらも「レギュラー」が固定化している。「補欠」は、そのほとんどの日々をベンチを暖めて過ごしている。この状態が続くようなら、「補欠」組は移籍させて別途活躍の場を探らせるべきであろうか、という気がしている。 

2012/1/30

2146:魚の小骨  

 月曜日の午前中はなかなかエンジンがかからないもの。不完全燃焼気味に時間をやり過ごしてしまうことが多い。

 今日も昨日のロングライドの疲れもあってか、いまひとつ反応が鈍い。頭の回転がスムースに回らない。体がどうにも重い。

 そんな鈍った回転状態の頭の中では、とあるスピーカーのことが、のどにひっかかった魚の小骨のように気になっていた。

 そのスピーカーのメーカーはワーフェデール。イギリスのスピーカーメーカーである。ワーフェデールというと「エアーデール」が有名である。「エアデール」はスピーカーの天板部分にもユニットが設置されていて、その当時としては珍しい音場型のスピーカーだったようである。

 しかし、その魚の小骨は「エアーデール」ではない。「エアデール」ではなければ何かと問われれば、残念ながら分からないのである。

 昨晩何気にインターネット上で、「入荷しました・・・」という文章とともに、とあるワーフェデールのスピーカーの写真を見つけた。

 しかし、その短い紹介記事の中には型番が記入されていなかった。さらに販売金額も記載されていなかった。これからコンディションを吟味してうえで、正式に発表されるのであろうか・・・少なくとも型番くらい記載があればいいのであるが。

 写真で見る限り、コンディションは素晴らしく良いようである。もちろん表面上の見た目であり、ユニットやネットワークの状態が良いのかという肝心なことは残念ながら分からない。

 私の目は、一瞬にしてその写真に釘付けになった・・・実に良い表情をしている。ビンテージのイギリス製品に共通するなんとも言えない上品で奥深い慎み深さが表れている。

 我が家のCHATSWORTHよりも多少大きそうなサイズである。「エアデール」同様、天板部分にもユニットが設置されていて、上に向かっても音が放出されるようである。「エアデール」はビンテージショップに並ぶととても高価なプライスタグがつくことが多いが、このスピーカーはどうなのであろう。

 「どうにも、その魚の小骨が気になる・・・」結局、その誘惑に抗しきれずショップに電話した。「HPの記事を見たんですけど、最近入荷したワーフェデールのスピーカーの型番と販売価格を教えてください・・・」

 すると分かったことは、その型番は「W3」であるということと、販売価格はまだ未定であるが「60〜70万円」ぐらいになる予定とのこと、という2点であった。

 すぐにインターネットで「ワーフェデール W3」で検索すると、1959年に発売された製品のようである。

 「価格は60〜70万円か・・・」我が家のCHATSWORTHの倍である。購入する可能性は低いかもしれないが、一度自分の耳で聴いてみたい。

 「事前に電話いただければ、試聴できますよ・・・」そのショップの人はそう電話での会話を締めくくった。売れてしまう前に一度聴きに行こうかと画策しているところである。

2012/1/29

2145:5200キロカロリー  

 先日降った雪は氷の塊となり道端の所々に点在していた。そのため、ロードバイクで走るのには、普段よりも車道側に膨らむ必要があった。狭い車道などでは、その氷の塊と車に気を使いながらの走行となる。

 今日のロングライドは、そのためにより慎重な走行をすることが要求された。さらに今日は寒い上に、風が強かった。

 もちろん寒い北風である。往路で五日市街道を走っているときには、強烈な向かい風であった。風をかいくぐるようにして進んだ。ほぼ平坦な道であるが、向かい風だと疲れる。心拍数も普段よりも高くなる。さらに体感気温がぐっと下がる。氷の固まり同様、今日の風は強敵であった。

 今日のロングライドの目的地は相模湖。往復で100kmほどの距離である。五日市街道を西へ進み、天王橋で左折して八王寺方面へ向かっている途中でアクシデントがあった。

 8名で隊列を組んで走行中、私の少し前を走っていたメンバーが道路脇に渾然と現れた氷の塊に乗り上げてしまい落車したのである。

 幸い本人は軽い打撲のみで怪我はなく、車体にも大きなダメージはなかった。ロードバイクで氷に乗り上げてしまうと、まず落車する。タイヤが完全にグリップを失ううえ、氷の表面はでこぼこしていてバランスを崩すからである。

 そのアクシデント以降、皆一様に氷の塊に注意し、慎重に進んだ。高尾山の脇を抜け大垂水峠の上り口に差し掛かると、風景は一変した。まさに雪国を思わせるような風景である。

 路面の端には氷と化した雪の残骸が盛大に残っていた。さらに道路の周囲には真っ白な世界がまだ残っていたからである。

 大垂水峠は緩やかな斜度の上りが続く。登坂スピードは普段の峠の上りよりも速くなる。上っていくに連れて徐々に心拍数が上がってくる。パワーのないエンジンの回転数は早々と180を越え、危険水域の190に近づく。

 ケイデンスも90から80、80から70、そして後半は60台へと落ちてくる。心肺機能はまだまだ脆弱なままである。

 峠を上り終えると、相模湖までは雄大な景色の中をぐんぐんと下っていく。峠を越えると風景は穏やかなもの変わった。

 そして、相模湖に着くと、ここに辿り着くまでの厳しい道のりをすっかり忘れさせてくれるような穏やかな風景が広がっていた。

 太陽がゆったりと湖面を照らし、ほとんど観光客の乗っていない遊覧船がしずしずと出航してゆく。風はぴたりと止んで、陽光を浴びていると暖かく感じるほどである。

 相模湖でしばらく英気を養い、帰路についた。途中までは比較的順調に進んだ。しかし、府中街道に入り、北上を始めると、また強風が吹き荒れるようになってきた。

 向かい風や横風など縦横無尽に吹き、その強弱も刻々と変わった。100km近く走ってきて、もうすぐゴールというところでのこの風は、疲労した体に堪える。

 怖いのは瞬間的に吹く横風である。車体が煽られるように流されるのである。急に開けたところに出た時など突風気味に横風が襲ってくる。何度かヒヤッとさせられた。

 それでもどうにか無事に到着した。寒さ、氷、強風・・・今日は結構厳しいコンディションでのロングライドであった。家に辿り着いてサイクルコンピューターを見てみると、消費カロリーの数値は5200キロカロリーと表示されていた。カツ丼何杯分のカロリーであろうか・・・苦闘の結果であろう。

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2012/1/28

2144:EIDOLON  

 広々としたリスニングルームに入った瞬間「あれ、変わりましたね・・・」と思わず声が出た。使用機器が変わったわけではない。しかし、目に入ってくる光景は確かに変わった。

 AVALON EIDOLONの立ち居地が前回と変わっていたのである。ずずいと前に出た。おそらく数十センチほど前に出た。

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 今日はpontaさんと連れ立ってDolonさんのお宅を訪問した。昨年新築されたDolon邸はコンクリート住宅で有名なパルコン。極めて頑丈な構造で床を足でどんどんとしても全くびくともしない。「この床・・・効いていますね・・・」思わず心の中でつぶやく。

 その広さは24畳・・・十二分なエアボリュームである。LDKも兼ねている広く美しい部屋はきわめて整然としている。そこにEIDOLONは「主役」として実に堂に入った様子で立っていた。その主役度が今回はさらに際立っているように感じられる。

 「なんだか、良い感じだな・・・スターという称号が似合うようなオーラがその背後から発散されているようだ・・・」

 最初に聴かせていただいたのは、べートーベン交響曲第3番「英雄」。演奏はケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団。その第一楽章・・・音の出方の足取りが軽い。空間がふわっと広がる感じが耳に心地よい。

 「ホール感が如実に出てくる・・・コンサート会場の臨場感がしっかりと感じられる・・・前回訪問時よりもその空間表出能力は明らかに高い・・・」

 続いて聴かせていただいたのは、ストラビンスキー「春の祭典」。ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団。

 激情溢れる熱い演奏である。うねりせめぎあうような奔流の流れが混濁することなく広がる。グランカッサがホールの中で響き渡る様が爽快である。

 「低域の安定度が実にがっしりとしている・・・そのしっかりとした土台のうえに音楽が構築されるから、これほど激しい演奏でもぐらぐらしない・・・剛性がきわめて高いボディがもたらすしっとりとした乗り味の高性能セダンのようだ・・・」

 その後も様々なクラシックのソフトを聴かせていただいた。そのいずれも「納得・・・」と心のうなずきが無条件で引き出される音の質感であった。
 
 見た目同様、その奏でる音の様相も変わった。空間表出能力がさらに高まり、ホールで聴いているような臨場感がアップ。音の質量は重すぎず、適度な量感と軽やかさを兼ね備え、耳に不愉快な要素がない。AVALONの空間表出能力と上品で美音系の音の響きが音楽を心地よい清流のように部屋全体に流出させている。

 EIDOLIONは購入されから12年ほど経過している。その間Dolonさんはこのスピーカーと真摯に向き合い、その美点を引き出し、磨き上げてこられた。その積み重ねは、この部屋を得て一気に高みに上りつめたようである。 

2012/1/27

2143:微熱  

 風邪は少々ぶり返してきていたようである。「寧々ちゃん」と一緒に「そば処 ごろう」でそばを食したが、味わいがいまひとつ鈍く感じられた。きっと風邪で鼻が詰まりがちであったことが大きかったのであろう。

 食事をしながら、話題は種々に及んだ。最近よく観るテレビドラマのことや、ゴルフクラブのこと、ロードバイクのことや子供のアルバイトのこと・・・それは脈絡なく綿々と続いた。

 日常生活の何気ない側面がくるくるとその面を変えて表を見せるように、話は核心をつくことなく展開した。

 そのうち話は車のことにたどりついた。

 「今度、ジュリエッタが出ましたよね・・・どうですか、Mitoの次の候補としてジュリエッタは・・・」

 「どうでしょう・・・Mitoと比べるとちょっと大きいですねよ・・・質感は従来のアルファロメオと比べるとかなり良くなっているようですが、それだけ普通になったような気がします・・・個性が薄れたような・・・」

 「そうかもしれませんね・・・標的をゴルフに定めて一から開発したそうですから・・・それだけにイタ車感は後退したのかもしれませんね・・・」

 「Mitoは確かに実用性という点で見劣りするところはあります。質感も上質とは言えないところもあります・・・でも、それでもかけがえのない味わいがあるんです・・・上手く言えませんけど・・・」

 「味わいですか・・・アルファのツボにはまるとすぐには抜けられないんでしょうね・・・味といえば、今日は風邪気味でいまひとつそばの味がよく分かりませんね・・・また少しぶり返してきたみたいです・・・」

 「これから忙しいんでしょう・・・」

 「そうですね、今日もこれから3社も回らなければ・・・これからが1年で1番の稼ぎ時ですからね・・・風邪気味程度では休めません・・・」

 「熱はあるんですか・・・」そう言うと「寧々ちゃん」はその右手を私の額に当てた。「微熱ですね・・・」彼女は軽く微笑みながらそう言った。

 「インフルエンザではないようです・・・でもこの軽くけだるい感じは、しんどくもあり、ちょっと心地よいところもありますね・・・しっかりとはがんばれないって感じです。思いっきりぐでっとしたいですね・・・」

 店にいたのはそれほど長い時間ではなかった・・・二人の会話はとりとめなく、当たり障りのないものに終始した。彼女の心の具合は表面上は平静で、穏やかに感じられた。彼女と会うのは今年初めてであった。今年もこんな風などっちつかずの感じに終始するのであろうか・・・まるで私の微熱状態のように・・・

2012/1/26

2142:待ち合わせ  

 2日前に大雪が降った。道に残った雪はほとんど氷となり、日陰の道端などにところどころまだ残っている。大半は溶けてしまい、日常生活に支障をきたすことはなくなった。

 今日は、吉野街道にある「いもうとや」で「寧々ちゃん」と昼食を一緒にとる約束をしていた。しかし、「いもうとや」へは行かずに急遽東村山にある「そば処 ごろう」に変更となった。今朝「寧々ちゃん」からメールを受け取ったからである。

 「今日の昼食の場所、変更しませんか?たぶん大丈夫だとは思うのですが、『いもうとや』のある、吉野街道の奥のほうは、相当に寒いエリアです。一昨日降り積もった雪は氷の塊となって所々残っているはずです。車の運転にトラブルがあっては困るので、いつか連れていってもらった『そば処 ごろう』にしませんか。あそこのそばは優しげでなんとなく心落ち着くものがあります。」
 
 確かに、吉野街道は奥へ行くほど、浮世離れした奥地感が濃くなってくる。それにつれて気温も低くなっていく。おそらく吉野街道には車の運転に支障が出るような雪や氷は残っていないとは思ったが、何かしらトラブルがあっては困るのは確かである。ここは「寧々ちゃん」の忠告どおり、場所を変更したほうが賢明な選択と言えるであろう。

 ということで、12時半に「そば処 ごろう」の駐車場で待ち合わせることとなった。この店はとても分かりづらい場所にある。大きな通りには面しておらず、奥まった住宅街の一角にひっそりとたたずんでいるのである。

 今日は天気は良かった。しかし、寒波が上空を覆っているのか気温はあまり上がらず、肌寒かった。

 「そば処 ごろう」の駐車場についたとき、まだ「寧々ちゃん」の車は来ていなかった。ここのこじんまりとした駐車場には、他に車が1台しか停まっていなかった。全部で4台分の駐車場があるので、どうにか大丈夫そうである。
 
 車の中でFM放送を聴きながら、「寧々ちゃん」の到着を待つことにした。周囲には住宅が並んでいる。近くにある中学校からは校内放送が聞こえてくる。時折生徒達の歓声も流れてくる。

 駐車場で待っているほんの短い間・・・時間の流れがゆっくりとした変拍子で進んでいるかのような感じがした。FN放送のアナウンサーの声がどこかしら現実味のない空虚なものに聞こえる。耳に入ってくる校内放送は、現実のものではなく遠い記憶から沸き起こってくるかのようである。

 「風邪はだいたい良くなったが、まだ本調子でないのかも・・・どこか頭が重くけだるい感じが抜けない・・・」そんな風に思っていたとき、左側のウィンドウから黒いMitoの姿が目に入ってきた。

2012/1/25

2141:レギュラーサイズ  

 錦織圭は、テニスの四大大会のひとつである全豪オープンでベスト8に進出した。しかし、男子テニス界の上位をしっかりと固めているビッグ4の一角を占めているマレーの前には、善戦及ばず0-3のストレートで敗れてしまった。

 世界で充分通用する実力があることは証明されたが、ビッグ4との実力差はまだまだあるようである。現在男子テニス界は、ジョコビッチ、ナダル、フェデラー、マレーの4名の選手が実力的に頭ひとつふたつ抜け出ている。今年もこの4名が四大大会で覇を争うであろう。

 私がテニスを始めたのは大学1年生の時。約30年近くも前の話である。そのころはボルグやマッケンローがまだ活躍していた。ラケットはレギュラーサイズと呼ばれる、今のラケットのサイズからするとふた周りほど小さいサイズのものを使っていた。

 素材は主に木で、ボルグが使っていたドネーやマッケンローが使っていたダンロップなどに人気が集中していた。

 大学2年になると、ラージサイズと呼ばれる大きなサイズのラケットがテニス界に出てきた。そして、あっという間に広がった。プロの世界でも、その大きなサイズのラケットが主流となり、いつしかレギュラーサイズのラケットはすっかり見かけることがなくなってしまった。

 私もすぐにラージサイズのものに換え、レギュラーサイズの木製ラケットはいつのまにかどこかへいってしまった。今では、レギュラーサイズのラケットでは、まともにテニスは出来ないであろう。

 時折リスニングルームに座って、TANNOY CHATSWORTHを眺めていると「これって、レギュラーサイズのテニスラケットののようなものかも・・・」という気になる。

 奥行きはほんのわずかしかない。エンクロージャーに使われている木は薄く軽い素材である。指でコンコンとノックするように叩くと、軽く明るい響きが盛大にする。現代のがっしりとした筋肉質のスピーカーエンクロージャーとは全く異質な存在である。

 レギュラーサイズのラケットは当然スウィートスポットが狭い。またボールを叩くパワーでもやはり見劣りがする。

 そんなレギュラーサイズのラケットであるが、その狭いスウィートスポットでボールを上手く捉えると、得も言われない快感があるのである。TANNOY CHATSWORTHもそういったスピーカーである。

 オールマイティーとはいえない。パワフルでもない。しかし、スウィートスポットに嵌ると得も言われない快感がある・・・少なくとも私の耳にはそうである。

2012/1/24

2140:白銀  

 朝、ベッドの中で目を覚ました時、ある程度は覚悟はしていた。昨日の夜から降り続いていた雪がそれなりに降り積もっているであろうことは、充分に予想できた。

 目を覚ました時はまだ外は明るくなってはいなかった。耳を澄ますが、全く音がしない。鳥の鳴き声も聞こえない。積もった雪がかすかな音も全て吸音してしまっているのであろう・・・無音という意味合いが否応無しに理解できる程の静寂である。少々不気味さをも感じさせる。

 目覚まし時計に目をやると6時半でであった。あと3O分ほどでベッドを出なければならない。その前に窓の外の景色を確かめようかと思うが、真っ白な別世界が広がっているのを目にするのはどうにも気が重い。

 真っ白な世界はある意味美しい世界である。しかし、通勤のことや、雪かきのこと、さらに仕事への影響なども考慮すると、小さな子供のように心からはしゃげる景色ではけっしてないからである。

 7時になってようやくベッドから出た。そして窓のブラインドを開けて外の景色を見た。予想していたとおり白銀の世界である。

 新聞をとりに外に出て雪を踏みしめてみると、積もった量は凄くはないが、低温のせいかシャリシャリとシャーベット状に凍っている感じである。

 「これは、滑るな・・・車での通勤は危険だから止めておこう・・・歩く時も気をつけて歩かないと、すってんころりんってことになりそうだ・・・」

 結局、今日は車のハンドルをにぎることはなかった。自宅から駅まで歩き、電車に乗ってさらに駅から事務所まで歩いた。

 「確か、かかとから着地するように歩けば滑らないだよな・・・」そんなことを考えながら駅まで歩いた。その途中で目にした、晴天の明るい光に照らされた真っ白な世界は、独特なユートピア感に溢れていた。現実的にはいろいろと困ることの多い積雪ではあるが、そのときばかりは「たまにはいいかも・・・」と少々現実世界を離れた考えも浮かんだ。

 今日は日中天気が良かったので帰る頃には雪は概ね消滅していた。「どうやら明日は車で通勤できそうだ・・・」自宅周辺の道路の状況を確認して少しほっとした。

 それにしてもこの冬は結構本格的である。厳しい寒さに近年珍しい積雪・・・個人的には暖冬が好きではあるが、本来冬はこういうものであろう。

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2012/1/23

2139:対策  

 「えっ・・・そんなことでも結構影響があるんだ・・・」という経験には、オーディオを趣味としていると時々出くわす。

 オーディオにおける対策というと、どうしてもお金がかかるものを連想しがちであるが、お金がかからない対策でもその効果は侮れない。侮れないというか、時にはお金をかける対策よりもはるかに効果的であったりする。

 「オーバーハングが合っているのは当たり前・・・そのうえで端子部分以外のリード線がカートリッジやシェルに全く当たっていないのが理想・・・」と先日Naruさんが話されていた。

 わが家のEKOS SEとRUBYはオーバーハングは合ったが、リード線がカートリッジのお尻に押されるような形で触れていたのが気になっていた。そこで、あれこれと試行錯誤してみた。

 端子部分の後ろにも金属の部分がある。そこから「えいやっ・・・」一気に曲げるとスペース的には十分な空間を確保できそうであるが、下手に曲げるとパキンと折れてしまう。一度曲げるだけなら何とかその形状を保つのであるが、そこに再度別方向に力が加わるとすぐさま分断してしまうのである。

 結局12本のリード線がゴミ箱行きとなってしまった。それでも、どうにかこうにかカートリッジにもシェル部分にもリード線のケーブル部分が触れず結線できた。その空いた空間はほんの数ミリではあるが・・・

 オーバーハングも合っている・・・そろりと針を下ろしてみる。なんだか抜けがいいような、どことなく収まり具合がいいような・・・意味もなくすっきりとした気分になる。

 その良い気分に浸っていた時、ふと先日チューバホーンさんから聞いた話を思い出した。「先日GRFさんがいらして、パワーアンプを少しだけ壁から遠ざけたら音が結構変わりました・・・真空管は壁に近いと音圧の影響を受けるそうですよ・・・」

 我が家のQUADUはクワドラスパイアのラックの最下段に鎮座している。壁からは比較的近い位置にある。ラックはあまり前に出したくはないので、ラックの棚板の中で前のほうに移動した。

 移動距離は5,6cmといったところであろうか。「これで変わるのかな・・・」といった気持ちで、先ほどかけていたレコードの同じ曲をかけてみると、これが変わった・・・「ありゃ・・・これは変化があったというしかないでしょう・・・」思わずぽかんとした表情になった。

 OFF会のときに得るこういった情報は貴重である。大事なことは、たいがいオーディオ雑誌には載っていないものである。

2012/1/22

2138:曇天  

 葉の落ちきった木々の枝々には、水滴が透明な実のように連なっていた。灰色の空を向いて目の焦点をカメラのレンズをしぼるように徐々に合わせていくと、細かな雨の粒が空間を漂いながら落ちているのが見えた。

 「今日のロングライドは中止だな・・・」心の中でそうつぶやいた。路面は濡れている。さらに霧雨が細かやかな斜線をところどころに描いている。これではロードバイクに乗るのは危険である。

 窓を閉めて、またベッドに戻り、ぬくぬくとした布団の感覚に溶け切った。結局8時過ぎまでベッドの中の住人となっていた。朝食をとってから、昼までのあいだ、今度はリスニングルームの中の住人となった。

 いつものようにバロックのレコードをLP12のターンテーブルに乗せて聴き始めた。ビバルディ、コレッリ、トレッリなどの協奏曲のレコードが次々にジャケットから出されてはしまわれた。

 コレッリ(コレルリ)と、トレッリ(トレルリ)とは名前が似ている。アルファベットで書くと「CORELLI」と「TORELLI」となり、一文字違いである。

 CORELLIは1653年生まれ、TORELLIは1658年生まれで、ほぼ同時代に活躍した。両者は面識はあったのであろうか。同時代に同じイタリアで活躍していたのであるから、多少の面識はあったのかもしれない。

 TORELLIの合奏協奏曲ト単調 作品8-6を聴いていると、今朝の曇天の空にぴったりである。暗く沈鬱というほどには重くはない。雨は降っているが、空は鉛色と言うよりも明るめの灰色・・・透き通ってはいないが、暗く沈みきってはいない。やや鈍い中間色的な雰囲気を持っている。

 この曲を聴きながら、そういえばイタリアの現代の画家で、コレッリやトレッリと同じような名前の作家いたことを思い出した。

 マルコ・ティレッリである。彼の作品が醸し出す雰囲気も、このトレッリの合奏協奏曲を思わせるものがある。彼の作風も、やや沈んだ色調が支配的である。しかし、そこには静かな英知としっかりしとした意思が大げさではなく沈着している。この人の描く緑にはトレッリのこの曲に通じるある感覚が感じられる。

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