2011/12/31

2116:ラストラン  

 午前中は大掃除のやり残しを手際良くこなし、父親のお墓参りに行った。早いもので父親が亡くなって12年が経過した。ここ数日空は晴れ渡っている。湿度は低く、空気はとても乾いている。

 墓参の後、いつもどおり昼食は外で食べた。家に帰り着いたのは2時ごろ。気温は10度を超えていないはずであるが、天気が良く風はないので、体感気温は高め。夕方まで少し空き時間があったので、その暖かさにほだされて、サイクルウェアに着替えORBEA ONIXをサイクルスタンドから降ろした。

 多摩湖の周遊道路を2週ほど走った。昨年までは、休日の朝にこのコースを走っていた。長い距離を走ることはなく、1,2月の真冬の時期はまったく走らなかった。

 今年は、100kmを越える長い距離も走るようになり、4〜5kmの険しい上りが続くヒルライムにもチャレンジした。ロードバイクは、私の生活においてその比重がぐっと高まった。

 多摩湖の周遊コースは軽いアップダウンはあるが、比較的平坦である。車道と分離されているので走りやすく、信号がないのでノンストップで走れるのも良い点である。ジョギングやウォーキングをされている方が時折居るので、その手前では十分減速して避けて通る。

 大晦日の午後・・・ロードバイクで来ている人は少ないのではと思っていたが、暖かく優しい陽光に誘われたのか、結構な数のロードバイクとすれ違った。

 1時間弱で2周して自宅に戻った。走り終えた直後は疲れはほとんど感じなかった。昨年はこのコースを2周しただけで、結構体にきていたが、今はスタミナがついたようである。

 走り終えて、今年大活躍したORBEA ONIXを綺麗に掃除した。専用のクリーナーをつけたクロスで拭き、ワックスを塗る。チェーンは専用の用具を使って洗浄・・・真っ黒であったチェーンはその本来の輝かしい色合いを取り戻した。

 すっかり綺麗になったONIXをサイクルスタンドに戻し「来年もよろしく・・・」と声をかけた。実際今年はこのロードバイクには世話になった。

 100kmを越える距離を走るとさすがに疲れる。峠の上りは心拍数を限界近くまで引き上げ、脆弱な脚の筋肉に過酷な苦役を課する。

 しかし、ローバイクには「救われた・・・」といった気持ちを抱く。50歳が間近に迫る年齢になって・・・体の衰えは着実に迫っていた。

 ロードバイクはその緩やかな衰退の歩みを止める効果を体にもたらしてくれたようである。さらに、自然と心の奥底にたまる「精神の澱」を、ロードバイクは体外に発散する効果が高いようなのである。

 下半身と上半身をつなぐラインは贅肉のないすっきりとしたものとなり、腹筋の存在もそれと分かるまでになった。

 来年もORBEA ONIXは心優しい相棒として私と共に風を切って走ってくれるであろう。明日は元旦である。おせち、お雑煮、初詣・・・そういった元旦行事を家族と共にこなしたら、また走りたい。

2011/12/30

2115:Accordo  

 Accordoを駆動するのはEINSTEINのプリメインアンプであった。このプリメインアンプは真空管をデバイスとして用いている。そのデザインはつややかなブラックアクリルを使ったいかにもドイツ製と思わせる重厚な美しさに溢れている。その音色の色合いはとろりとした濃い目のものと見受けられる。

 そして送り出しはsoulutionの一体型SACDプレーヤー。スイス製らしいきっちりとした躯体で、いかにも高性能を予見させる外観である。冷徹で精緻な音情報を眉毛をピクリともさせずに送り出すサイボーグ的な機械に見える。

 EINSTEINとsoulutionは水と油的な存在・・・両者を混ぜ合わせると中和されてゼロポイントに針が合うのではないかと勝手に想像した。

 となると、この両者で駆動するAccordoは、その本来持っている性格を見事に表出する仕掛けとなっているのでは・・・これも勝手な想像に過ぎない。

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 今日はPontaさんに誘われてダイナミックオーディオの4階にお邪魔した。お目当てはAccordoである。フランコ・セルブリンが新たに送り出す小型2ウェイスピーカーを試聴するのが目的である。

 間近に見るAccordoは思ったよりも細く、独特の形状である。今まで見たことのない姿かたちであるためか、心持ち安定感にかけるような気がした。

 しかし、時間の経過と共に徐々に目にも心にもなじんできた。その独自の形状も天才の発想と音響的な理論に基づいたものなのであろう。

 11時に試聴開始・・・結局12時半までの1時間半・・・二人が持ってきたCDをとっかえひっかえして、じっくりとその音の姿形を堪能した。

 私が持ち込んで聴いたのは、ハイドンのバイオリン協奏曲第1番第1楽章、ベルリーズ幻想交響曲第4楽章、ビバルディ四季から夏・・・

 Accordoはおろしてから充分な時間が経過していないので、多少音の生硬さは感じるところがあったが、精緻で反応の速さを持っていながら、歌心をけっして忘れない甘みがその音の根底にしっかりと根付いている。

 編成の小さなものから、オーケストラまでしっかりとこなし、ブラインドで聴けばこの大きさのスピーカーとは思えない器の大きさを感じさせる。

 これは優れた逸材である・・・相当な可能性の高さを感じさせる。オーディオ的な諸要素を高次元でしっかりとクリアしながら、音楽を音の分解羅列に終わらせることはない有機的な生命感を感じさせてくれる。

 Accordoは「調和」という意味であるそうである・・・なんとなくその名前に込められたフランコ・セルブリンの意気込みというか、心意気というか、自信のようなものが感じられた1時間半であった。

 Sonus faberのelecta amatorをお使いのPontaさんにとっては、このAccordoはとても気になる存在であるはず。Pontaさんは日頃自分のシステムで聴きなれたCDを次々に取り出し、じっくりと耳を傾け「これはうちのほうが良いな・・・」「これは完敗です・・・さすがだな・・・」と一喜一憂・・・試聴が終わった頃には、目つきが相当逝ってました・・・近未来に広がる「調和」の世界を覗き込んでいるかのように・・・

2011/12/29

2114:リード線  

 昨日が事務所の仕事納めであった。しかし、私は仕事が残ってしまい、今日も出勤となってしまった。

 仕事がなければ、単独でのロングライドを計画していたのであるが、恨めしそうに晴れ渡った空を見上げながら、事務所へ向かった。

 結局、日中は事務所で忙しく過ごし、ようやく夕方になって帰宅した。帰宅すると玄関に小さな段ボール箱が置いてあった。

 「きた、きた・・・」とその小さな段ボール箱を1階のリスニングルームに持ち込んだ。カッターを使ってダンボールを開ける。中からは小さなビニール袋に入ったリード線が2種類出てきた。

 ひとつはSUMIKOのとても細いリード線。もうひとつはMy Sonic Labのもの。現在RUBYとEKOS SEとの間は、LINN純正のリード線で接続している。

 LINNのものはそのままだとオーバーハングが合わないので、リード線先端部分の保護用熱収縮チューブを一部カッターを使ってカット。これでカートリッジの稼動範囲が広がり、どうにかこうにかオーバーハングが合った。

 LINN純正のリード線は、まったりとした音質。切れのある冴えはないが、落ち着いた感覚・・・我が家の慣れ親しんだ味といったところ。

 これをSUMIKOに換えてみた。SUMIKOのリード線は細く、しかもリード線先端の端子部分の長さが短い。加工なしで十二分にカートリッジの稼動範囲が取れる。

 音質は繊細でクリア・・・まったり感は後退するが、爽やかで広がりがでる。馴染んでくるとまた音質は変わってくるはずである。なかなか好印象で・・・繊細な感じは見た目同様である。

 My Sonic Labのリード線はしっかり感のある外観。精巧にくみ上げられているという印象を受ける。メッキなども凝っているようである。

 My Sonic Labのリード線に付け換えてみた。先端部分を加工しなくてもぎりぎりオーバーハングは合った。ほっと一息・・・加工するとなると結構手間がかかるし、リード線を駄目にする可能性も高い。

 こちらは一聴して、別世界。My Sonic Labのカートリッジは試したことがないが、きっと同じ傾向の音質であろうと思えるような、変化具合である。

 蛇口の栓をぐいっと時計回転方向に回したような感じで、レコードの溝にはまだまだ埋もれていた音情報があったんだと思わせてくれる。

 少しハイ上がりになる傾向があるので、アームの高さ等で微調整する必要がある。カートリッジを取り付けるネジの締め具合も少し緩めたほうが良いかもしれない。

 このMy Sonic Labのリード線は、音に少々硬さがあるが、調整を進めれば良い感じにこなれてくるであろう。潜在能力は一番高いような気がする。「しばらくこれで調整を進めてみよう・・・」そんな気にさせてくれる。

 将来的に入れ替わる可能性はあるが、とりあえずMy Sonic Labでいってみよう・・・LINNとSUMIKOのリード線は小さなビニール袋に入れられて、リスニングルームに置いてあるサイドボードの引き出しにそっとしまった。

2011/12/28

2113:調和  

 フランコ・セルブリンがソナスファベールを離れて、自らの名前を冠したブランドを立ち上げた際の最初の作品は「クテマ」である。このスピーカーをダイナミックオーディオの試聴室で聴いたのは1年以上前のことであった。

 想像していたよりも、きりりとした表情で音楽を雄大に鳴らす印象的なスピーカーであった。そしてそのデザインからは、優雅さだけでない突き詰めた厳しさも感じられた。

 そのフランコ・セルブリンが新たに第2段となる製品を発表した。それが「調和」という意味の「アッコルド」と名づけられた小型の2ウェイスピーカーである。

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 見るからに彼の美意識がこの小さなスピーカーの隅々にまで行き渡っていて、どこから見ても非の打ちどころのない絶妙なバランス感覚で仕上げられている。

 まさに工芸品的な美しさに満ちたスピーカーである。「アッコルド(調和)」と名づけた彼の心意気がそのスピーカーからは、芳香のごとく濃厚に発散されている。

 スタンド内部にはクロスオーバーネットワークがセットされているようで、スタンドと一体で一つのスピーカーという構成である。デザイン的にもこのスタンドの果たしている役割は計り知れない。きっと音響的にもこのスタンドが「調和」の要石でもあるのであろう。

 エンクロージャーには無垢のウォルナット材が使われ、寄木手法で完成させている。フランコ・セブリンはソナスファベールの初期の作品に見られるように木の特質を活かした仕上げのとても美しい工芸品的なスピーカーを作る名手である。

 その形は平行面を作らないように工夫されていて、音響理論的にも相当に考え抜かれた造形がなされている。

 このスピーカー、近いうちに試聴してみる予定である。最近は新しく出るオーディオ製品で気になるものがほとんどないという状況であったが、唯一例外の製品が「アッコルド」である。その造形だけでなく、響かせる音楽も「調和」に満ちたものであるような気がしているのである。

2011/12/27

2112:サブシステム  

 2階の寝室は広々としている。オーディオシステムがこの部屋を去って数ケ月・・・デンマークで1960年代に造られたソファセットがぽつねんと置いてある。

 SOLIDSTEELのラックにはQUAD22とQUADUが四つに仕切られた空間の二つを占めている。残り二つは空虚な空隙が占めている。

 予備として持っているTANNOY CHATSWORTHは、納戸の中で向かい合わせにされて布がかけてある。

 ビンテージのオーディオ製品はそのコンディションが狂いやすい。時折、メンテナンスの旅に出る。そこでCHATSWORTHとQUADの真空管アンプは予備としてもう1組持っているのである。

 ソファの前に広がる何もない空間を見て「この空間もったいないよな・・・」とは思うのであるが、寝室からオーディオシステムを追い出して清々している妻にとっては「広々して気持ち良い・・・」空間である。

 CDプレーヤーを1台購入すれば、2階に再度サブシステムを構築することも可能である。しかし、現実的な思考回路を行使すれば、それは妄想の範疇に収めておくべきことであるという良識ある結論に至る。

 そこで、妄想の領域で新たなCDプレーヤーを模索してみる。インターネットでオーディオの中古市場を覗いてみると、結素晴らしい製品が中古市場に出ている。あらためて見てみると、オーディオ機器の中古相場は下がっているようである。

 この景気であるので、中古市場でも高額な製品は動きが少ないようである。動かないとじりじりと価格は下がってくる。それは市場経済では当然のことである。

 「MARK LEVINSONのNO.390SLがあるな・・・これってデザイン最高・・・SOLIDSTEELのラックに入れたら見栄えするだろうな・・・こっちには私が現在使っているLINN CD12が・・・価格がとても安い・・・私が購入した時の半分ほどの価格まで下がっている・・・少々複雑な心境である・・・こちらにはGOLDMUND EIDOS36が定価の半額ほどで出ている・・・そういえば、ステラボックスはGOLDMUNDの取り扱いを止めたようである。ステラボックスにとってドル箱だったはずのGOLDMUNDであるが、どういった理由であろうか・・・」そんな取り留めないことを思いながら少しばかりの時間を無為に過ごした。

 時間の無駄かもしれないが、これはこれで楽しい・・・それにお金はかからない・・・妄想の中で、私はMARK LEVINSONの390SLを選択した。そして、SOLIDSTEELのラックに収めた。手に持つとどっしりとした重みの感じられるリモコンを操作すると、優雅なアルミ製のトレイはゆっくりと音もなく手前にせり出してきた。「優雅なサブシステムへようそこ・・・」そう語っているかのように・・・

2011/12/26

2111:LOTUS Elise  

 AXIOM80はイギリスのグッドマン社のスピーカーユニットである。非常に凝った構造をしたフルレンジユニットで、銘器の誉れ高い。

 しかし、その稀有な構造ゆえか、組み合わせるアンプを選び、さらにエンクロージャーに関しても、このユニットを活かすためには指定のデザインのものが要求されたりと、使いこなしは難しいとされている。

 名前は以前より聞いたことはあったが、その音に触れるのは始めてである。昨日はishiiさんとたくみ@深川さんと一緒にYさんのお宅を訪問した。

 Yさんのお宅に新たに導入されたAXIOM80は復刻版ではなく、オリジナルとのこと・・・非常に入手の難しいもののようである。

 ユニットの口径は25cmほど。その大きさのユニットに対してエンクロージャーはゆとりのある大きさである。

 エンクロージャーは、グッドマン社の指定のデザインに基づいて日本のメーカーが作成したもののようである。正面から見ると、大きさは我が家のCHATSWORTHをふた周りほど大きくしたようなプロポーションである。

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 プリアンプはMARANTZ 7。パワーアンプはWE300Aを使用したシングルアンプ。AXIOM80には真空管のシングルが合うようである。能率は極めて高いので、小出力のシングルアンプで充分な音量が得られる。

 さて、気になるその音であるが、まず最初に聴かせてもらったのはスコット・ロスのチェンバロである。1975年にSTILレーベルから発売されたRameauのチェンバロ作品全集である。

 冴え渡るチェンバロの音が、煌いた音楽の織物をひらめかすように、響き渡る。古城の一室でいつくしむように音をつむぎだす天才奏者の息遣いが感じられるような演奏である。

 古城に響き渡るオリジナル楽器の音色は軽やかで流麗である。AXIOM80はその音の綴れ織に遅れることなく、むしろ率先してリードするかのように音を放ち続ける。

 軽やかで速い・・・これはフルレンジユニットの特徴であろう・・・車にたとえるならLOTUS Eliseのような乗り味あろうか・・・車両重量が軽いということが、ワインディングロードを駆け抜けるのに、いかほどに喜びをもたらすのか・・・Eliseは如実に語りかけてくれる。

 それと同様にAXIOM80は、軽く反応の早いユニットは音楽をロスなく伝達してくれるということを雄弁に語りかけてくれる。

 その後、ジャズのレコードを何枚か聴かせていただいた。カーブを曲がる時の身のこなしが優雅で軽やかである。けっして不安定感やピーキーな挙動を見せずに、すっとこなすさまは心地よい。着座位置が低く、路面状況をとてもダイレクトに感じる。

 ハイパワーエンジンで武装した現代の重いスポーツカーにはない独特の爽快感である。能率の低い重装備のスピーカーをハイパワーアンプで強力に駆動するオーディオとはまた別の爽快感のある音の綴れ織に、ひと時酔いしれた。 

2011/12/25

2110:三つの峠  

 今日も寒かった。寒かったが、真冬並みの寒さがここしばらく続いているので多少は体も慣れてきたようである。

 目覚まし時計がなったのは、6時半である。すぐさまスイッチを押して止めた。バイクルプラザR.T.のロングライドに参加するためには自宅を7時に出ないと間に合わない。ベッドの中のぬくもりが恋しかったが、もう時間がないのでがばっと勢いをつけて起き上がった。

 バイクルプラザR.T.の今年最後のロングライドは、峠の三つ越えであった。小沢峠、山伏峠、正丸峠・・・今日は三つの峠を越えた。

 参加者は7名・・・7台のロードバイクは冷えた空気を引き裂くようにして進んだ。風はほとんど吹いていなかった。この気温で風が吹き始めたら結構辛いはず。体感気温がぐっと下がるからである。天気予報では午後から寒い北風が吹くとのことであった。幸い午前中は風に吹かれることはなかった。

 小沢峠を越えて、しばらく行くと山伏峠の上り口である。小休止した後、上り始める。最初はゆったりとしたペースであるが、徐々にペースが上がってゆく。

 上りは各々の力に応じたスピードで上っていく。徐々に集団はばらけてゆく。初心者の私は途中からちぎれて、後方からマイペースで上った。

 いつものように心拍数とケイデンスの数字をにらみながら、オーバーペースにならないようにする。ヒルクライムにもだいぶ慣れてきた。しかしスピードはなかなか上がらない。着実には上れるがもう一歩上のスピードを獲得したい。そのためには、かなりハードな訓練が必要となってくるであろう。来年の課題である。

 山伏峠を上りきると次は正丸峠・・・山伏峠からのルートでは正丸峠までの上りは1kmほどと短い。しかし、足には疲労が蓄積しているのでなかなかスムースに回らない。

 ようやくという感じで、目的地の正丸峠に着いた。前回この正丸峠に来たときには、冷たい風が吹き荒れていたが、今日はおだやかであった。峠のかなたには東京スカイツリーが小さくかすんで見えた。

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 帰路に入ると、予報どおり風が吹き始めた。寒い北風である。体感気温がぐっと下がる。帰路は下り基調なのでペースが上がる。しかし、冷たい風に吹かれてなかなか体は暖まらない。ようやく体が暖まり始めたころ、家にたどり着いた。

 落車もパンクもなく、今年最後のチームでのロングライドは終わった。三つの峠を越えた足はすっかり疲弊していた。しかし心は実に爽やかである。この爽やかな気分を味わうと、真冬のような寒さであっても、ロードバイクにまたがってしまうのである。

 帰宅後暑いシャワーを浴びた。生き返るようであった。そして休むまもなく車に飛び乗った。今日はもう一つイベントがあるのである。「アクシオム80」である・・・名前は聞いたことはあるが実際に聴くのは初めてのスピーカーである。その様子は明日にでも・・・

2011/12/24

2109:タイムトリップ  

 「丹三郎」の入り口には暖炉の火が赤々とした暖かい光を放っていた。この家屋は200年以上前に建てられたもので、懐かしい造形があちらこちらに見受けられる。

 隅々まで丁寧に磨き上げられた室内はとても心地よい。休日には予約しておかないと、しばらく待たされる。あらかじめ予約を入れておいたので、すぐに案内された。

 案内されたのは、入り口から右手に少し入ったやや奥まった部屋である。部屋の広さは6畳ほどであろうか・・・昔ながらの日本家屋のつくりで、その部屋に二つの炬燵が置かれていた。

 窓の外には冬の里山の風景が、ガラス戸の枠に区切られるようにして見えている。炬燵に入るとゆるりと暖かい。身も心もほっこりと暖まる空間である。

 けして贅沢な空間ではない。豪奢とは無縁の世界であるが、とても心満たされる。その空間で食する「蕎麦膳」・・・一種の蕎麦会席である・・・は、なんともいえず心に響くものがあった。

 稚鮎の天ぷらや蕎麦掻など、蕎麦が出るまでに幾種かの、この店の鄙びた風情にマッチした料理が出た。その後に出た蕎麦は細くきりりとしていてとても美味である。

 「寧々ちゃん」は炬燵に大はしゃぎ・・・「炬燵に入ると、なんだか子供心が出てしまう・・・意味もなくわくわくした気持ちになる・・・そんなことないですか?」

 「確かに・・・その気分、分かるような気がしますね。炬燵に入ると心が無防備になりますね・・・子供時代に戻ったような気になります・・・それにしても、ここの蕎麦掻、自然で素朴な味ですね・・・」

 蕎麦の後はデザート。蕎麦ぜんざいは、小豆の味わいがしっかりと感じられるもので、甘さを抑えた上品な味わいである。

 一通り食事を食べ終わった。店に着いたのは1時ごろ。既に時計の針は2時に近づいていた。時間の流れはゆったりではあるが、確実に流れ去っていく。

 炬燵のゆるやかな暖かさは徐々に体に染み上がってくる。指の先にも血流の流れのよさが感じられるようになった。

 「炬燵に入っちゃうと、抜け出したくなくなりますね・・・このままぼっとしていて、いつの間にかうたた寝してしまう・・・そんな時間を過ごしたくなります。」お茶をすすりながら「寧々ちゃん」に話しかける。

 「寧々ちゃん」の頬もやや上気していた。不意に彼女は私に質問した。「子供の頃幸せでしたか?」

 そして、少しの間を置いて言葉をつないだ・・・「きっと幸せだったんでしょうね・・・両親から愛されて・・・」

 不意の質問に少々戸惑った。「寧々ちゃん」の表情は、先ほどとは変わって、どことなく哀愁に満ちていた。

 「子供時代に戻りたいと思うことはありますよ・・・何かもかも夢の中での出来事のようで・・・濃密で暖かい乳白色の時間の中にいました・・・」ほだされるようにそう答えていた。

 「私の子供時代はけっしてバラ色ではなかったの・・・家庭環境が少し複雑で・・・両親が早くに離婚しちゃって・・・今では珍しいことではないのでしょうけど・・・私の子供時代には、そうではなかった・・・」

 「そうだったんですか・・・」

 「やめときましょう・・・こんな話は・・・炬燵のせいですね・・・そしてこの美しくも悲しげな古い部屋のせいでしょう・・・」

 食事を終えて、会計を済ませ外に出た。寒かった。炬燵で少しばかり暖まった足も、その熱がいともたやすくはがされるような感じであった。

 この店独特のタイムトリップするような感覚は、心の奥底に沈殿している朽ちた落ち葉のような思い出を、するりと思い起こさせる力を持っているようである。

2011/12/23

2108:長屋門  

 吉野街道を奥多摩方面へ向かうにしたがって、車のオンボードコンピューターに表示される外気温は下がり始めた。

 車内の温度との差が大きいためか、Alfa Romeo Mitoのフロントウィンドウは曇りがちで、時折デフロスタのスイッチを押した。

 青梅市梅の公園を過ぎる頃から周囲の風景は一気に鄙びた風情になってくる。予約を入れてある「丹三郎」までにはもう少しである。道は一本道、徐々に木々の色合いが鬱蒼としたものになってくる。

 助手席に座った「寧々ちゃん」は、「外は寒そうですね・・・」と窓の外を過ぎ去る風景を眺めていた。

 今日は12時にとある食品スーパーの駐車場で「寧々ちゃん」と待ち合わせた。いつもは私のMercedes-Benz E350に乗って出かけるのであるが、今日は「寧々ちゃん」のMitoに乗った。

 Mitoの運転席はタイトでスポーティー。なにかしらやる気を起こさせる造形である。ステアリングは予想していたよりも軽やかである。エンジン音は低いギアを引っ張る傾向があるため、やや大きめ。その音の味付けはやはりラテン系であり、おおらかな感じである。

 アイドリングストップ機能もついている。この機能もきっちりしているというよりは、結構がさつかな印象。ブルッと止まって、ブルルッ・・・とエンジンがかかる。スマートな感じではない。

 ATはマニュアル操作もできるが、通常のDレンジで充分スポーティー。VW POLOの味わいはスマートでインテリジェンスあふれるものであるに対してMitoの味わいはスポーティーでホットな人間味溢れるもの。まさにゲルマン対ラテンといった構図であった。

 そんなMitoの印象を「寧々ちゃん」に話していると、「丹三郎」に着いた。趣のある長屋門の手前に車を停めた。

 車を降りて何気にナンバープレートとみると「・3 10」であった。思わず笑顔になった。「寧々ちゃん」に笑顔でナンバープレートと指差すと、「寧々ちゃん」は「少しべただけどお洒落でしょ・・・」と笑った。

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2011/12/22

2107:冬至  

 冬至にはかぼちゃを食べる。そしてゆず湯に入って体を暖める。今日は冬至であった。そしてその名に恥じないほどに寒い一日であった。

 ここ数日真冬なみの寒さが続いている。寒波が居座っているようで、明日からのクリスマス三連休も相当に冷え込むようである。

 子供達は既にサンタの存在を心から信じる年齢ではなくなった。何か欲しいかを聞き出してこっそりとプレゼントを買って隠していおく必要もなくなった。

 25日の明け方3時ごろに起き出して、隠してあったプレゼントを手に子供部屋に静かに入る。ぐっすり熟睡しているのを確認してから、枕元にプレゼントを置く。音がしないようにそっとドアを閉める。

 朝になって子供達が「プレゼント持ってきてくれたよ!サンタさん・・・」と喜ぶ声が妙にこそばゆい。もうそんなクリスマスは我が家にはやってこないのである。

 しかし、子供達にはプレゼントが必要である。「何がいい・・・」と聞くと、二人ともi-podに絡んだものであった。そういう時代なのであろう・・・

 そんな時代にもかかわらず、私はi-podも持たず、PC-Audioにも取り組まず、アナログプレーヤーばかりを働かせている。

 プラッターを指で押して揺れ具合を確認し、アームの高さを試行錯誤し、針圧やインサイドフォースを少々変えてみたりしている。

 その日は「これでいい感じかも・・・」と思うが、翌日になってみると「あれ、こんなもんだっけ・・・ちょっとハイ上がりじゃない・・・」と思って、また修正・・・こんな感じである。

 深夜には魔物がすむ・・・感覚が鋭くなるのであろうか、それとも麻痺して鈍くなるのであろうか・・・深夜に「これでよし・・・結構来てるんじゃない・・・」と思ってベッドに入る・・・翌日普通の時間帯に確認してみると、「こんなはずでは・・・」ということは、ありがちなのである。

 我が家のクリスマスは時間の経過と共に様変わりしてきたが、我が家のリスニングルームで繰り返される試行錯誤は以前のままである。



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