2011/6/30

1933:納豆車  

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 シトロエンC3は、異次元空間を創出する効果があるようである。そこだけ、ぽっかりと日常とは異なった空気感が占有している。

 今日の午前中、シトロエンのディーラーの営業マンが試乗車を持ってきてくれた。事務所の周囲を約30分ほど試乗させてもらった。試乗車の色は水色・・・その色合いもあって、どことなくりゾート気分にさせてくれる。

 乗り込んで、まずはシート調整。シート調整は前後、座面の高さ、背もたれの角度調整の三要素で行う一般的なもの。比較的容易に調整できる。

 シートの出来は、やはり良い。このへんは国産車とは別次元のクオリティー、優しく体を包むようにホールドしてくれる。表面は柔らかいがしっかりとした芯が感じられ、頼りない感じはない。

 エンジンスタートは、今では多少古臭く感じられるキーを差し込んで回すタイプ。エンジン音は思いのほか静かである。1.6Lの直4エンジンはBMWと共同開発したもの・・・その点では安心感がある。

 足回りのセッティングはまろやか。シートの感触とも相俟って、まったりとした安心感に溢れている。表面的には柔らかいが、ねばりがあり、しっかりと路面を捉えている。角張ったショックをけっして感じさせない懐の深さがある。

 心配された古色蒼然とした4速ATも日常使いの範囲においては、それほど大きな欠点とは思えない。プログラミングも改善され、従来のフランス車のようなギクシャク感は払拭されている。切れのある小気味良さは感じられないが、許容範囲のなかに上手く収まっている。

 ドライバーの頭上にまで延びるフロントウィンドウは、見晴らしがよくて開放感満載・・・しかし、今日のような天気では暑いのでカバーをする・・・すると視覚的にはまったく普通の車になる。

 インテリアは少々チープである。素材もデザインも多少投げやり感が感じられる。突き詰めて吟味されたというよりも、「こんなんでどう・・・」といった軽めのノリで一気に仕上げたという感覚。

 30分乗って、C3のドライバーズシートを後にしたとき「これは納豆車だな・・・」と思った。結構後をひくのである。乗り味やパワートレインには、シャープな切れはない。しかし、全体としてまったりとした開放感・安心感のある乗り味である。切れ者ではないが、妙に心を許せる車である。この味わいこそがシトロエンなのであろうか・・・

 今度の土曜日にはVW POLOを試乗する。こちらはある意味C3とは対照的な切れ者・・・1.2L直噴ターボエンジンと7速DSGの組み合わせが見せるシャープな走りに期待が高まる。

2011/6/29

1932:C3  

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 事務所の営業車として使っているのは、日産マーチ。既にモデルチェンジしてしまったため先代モデルとなった。使用期間は7年半。乗用車の税務上の耐用年数は6年である。減価償却は既に完了している。

 時折、そろそろ買換え時かと思うのであるが、いまひとつこれっといったモデルが見当たらなかった。

 コンパクトな5ドアハッチバックというカテゴリーのなかには、競争力のあるモデルがひしめいている。

 国産車ではHONDA FITがトップをひた走る。デザイン・実用性・価格・・・どれをとっても首位を走っているのが納得させられる内容である。

 そして、そのターゲットを世界へと広げると、このカテゴリーで圧倒的な強さを誇るのがVW POLOである。1.2Lの直噴ターボ・エンジン、電光石火のような7段DSG、素晴らしい燃費、インテリアのクラスレスな質感の高さ・・・まさに王者の風格である。

 国産のコンパクトカーに比べると幾分価格が高くなるが、その質感の高さを考慮すると、その選択は「賢者の選択」と呼べるものであろう。

 そして、POLOと立ち位置が正反対ともいえるコンパクトハッチバックが、シトロエン C3である。こちらはシトロエンらしいやや難解な構造物である。

 全体としてはキュートな姿であるが、アバンギャルドなディテール。個々のラインは統一感なく描かれ、破綻しそうな寸前で取りまとめられている。

 1.6Lのエンジンに4速ATの組み合わせは、POLOに比べると古色蒼然としている。燃費も相当に水をあけられている。ハード的な優秀性では逆立ちしてもPOLOにはかなわない。価格はほぼ同一・・・となると真っ向勝負では勝ち目はない。

 そこで、パノラマミックな開放感を味わせるビジオドライブ-コンセプトをまとい、足回りの味付けはハイドロっぽく仕上げた。

 わかり易い価値観ではないが、ONLY ONEの味付けがあるのは確かである。今日の午後、田無の顧問先を訪問した帰りに、小平市にあるシトロエンのディーラーに寄った。目的はC3である。あいにく試乗車は出払っていたので試乗はできなかったが、展示車をしげしげと眺めた。運転席に乗り込んでみたり、周囲をぐっと回ってそのエクステリアを検証したりした。

 この小さな車には、ドイツ車にはない難解な文法に基づく価値観がしっかりと根付いていた。「これに乗ったら、理屈を超越した愉悦感を感じられるかもしれない・・・」そんな気がしてきた。そこで試乗の申し込みをして帰ってきた。その魅力の一端を味わいたくなったのである。

2011/6/28

1931:真夏ゴルフ  

 今日のラウンドの最中に何度「暑い・・・」という言葉を発しただろうか・・・恐らく18回以上はその言葉を発したはずである。

 朝のうちは曇っていたので、それほど気温の上昇具合は激しくなかった。しかし、ラウンドを始めると、すぐに晴れ渡ってきた。太陽が顔を出すと気温が一気に上がった。すぐさま30度を超え、ピーク時には芝の照り返しも加味すると35度以上にはなっていたはずである。

 湿度も恐ろしく高いなか、不快指数は大胆な数字をたたき出していたであろう。まだ6月であるが、ほぼ真夏並みの気候であった。攻略すべきは、コースだけでなく、暑さも大きな敵となったラウンドであった。

 武蔵丘ゴルフクラブは名門コースのひとつである。比較的広く、距離もある。戦略性に富んだコース設計がされていて、それなりの技量がないと、簡単には攻略できない。

 出だしは静かであった。ボギーが6ホール続いた。グリーンはあまり短く刈ってないようで遅かった。いまひとつその遅いグリーンに距離感が合わず、パーパットがことごとくはずれた。

 我慢比べのような様相を呈してきたが、7ホール目でアプローチショットのミスからダブルボギーが来てしまった。結局前半はパーなしに終わり「46」であった。

 昼食休憩の後、OUTのスタートホールへ向かった。その頃から気温は完全に真夏仕様。水分補給をこまめに行わないと熱中症の危険があるような天気である。水に濡らして首に巻くと涼しいというバンダナのようなものを購入して、後半に臨んだ。

 後半はパーが二つ先行した。暑さに茹だりながらもどうにかこうにか崩れずに進んでいたが、最終ホールに落とし穴が・・・最終ホールはロングホールであった。

 ティーショットはやや左方向へ・・・深めのラフにすっぽりとボールは埋まった。この時期のラフは結構強い。相当なパワーがないとクラブが負けてしまう。セカンドショットは強いラフに負けて右方向へ力なく飛び出すだけであった。

 まだグリーンまでは200ヤード以上残った。ユーティリティーで打った第三打は、グリーン右のガードバンカーにつかまった。

 バンカーショットは、いわゆる「ホームラン」となり、グリーンを大きくオーバー。ようやく第5打でグリーンに乗せたが、その後スリーパット・・・結局このホールをトリプルボギーとしてしまった。

 最後に貯金を吐き出し「45」となってしまった。トータルで「91」。悪いスコアではないが、80台は出なかった。身体にはこの暑さによる疲労ばかりがのしかかった。

 図らずも「真夏ゴルフ」を例年よりも一足早く体験した。梅雨時なので雨に降られなかったことは良しとすべきであるが、この茹だるような暑さは、結構過酷なコンディションであった。

2011/6/27

1930:検証  

 ロードバイクで100km近い距離を走り、峠を一つ越えると、その翌日には、それなりの疲労が体に溜まっているものである。

 それでなくても、月曜日というのは、もともとウィークエンドの連休の後であるだけに、すぐには体が仕事モードに切り替わない。午前中は慣らし運転的な時間の過ごし方をすることが多い。

 そこへもってきて、昨日のロングライドの疲労がじわっと表面に浮上してくるのであるから、なかなかエンジンの燃焼効率は上がってこないものである。

 そんな月曜日であったが、どうにかこうにか仕事をこなし、帰路に着いた。ゆっくりと家族と一緒に食事をする。何気ないが、幸せな時間である。こんな何気ない時間も、やがて子供たちが独立していけば、我が家からも消え去ってしまうのである。時間も人生もかぎりがあるものである。

 食事の後は、ロードバイクに乗って近所の坂を次から次に登りまくってトレーニング・・・とも思ったが、疲労成分が体の芯まで達しているようなので、今日は休養日にすることとなった。

 明日はゴルフのラウンドの予定が入っているので、それに向けて体を休めておく必要もある。ということで、2階のリスニングルームに入った。

 1週間ほど前からFeastrex製の電源コンセントをお借りしている。その使いこなしについて検証したいことがあったのである。

 と言っても複雑なことではない。CDプレーヤーのみを接続した場合、アンプのみを接続した場合、そしてCDプレーヤーとアンプ両方を接続した場合の三通りのうち、どれが一番効果的かということを検証したかっただけである。

 ということで順番に試してみた。結果は、アンプのみ>CDプレーヤーのみ>両方接続・・・ということとなった。

 両方接続では、高域は繊細に澄み渡るが力感が細身となる。デジタルのみは、なかなか中庸のバランスで、一般的にはこれを良しとする方が多いはずである。そしてアンプのみは、ぐんと力感がアップする。音楽の生命感が躍動する・・・私の場合、迷わず、これ!

 Feastrexの電源コンセントはその小さな躯体も気に入ったので、SOLIDSTEELの棚板に納まり続けることになりそうである。

 私はどうしても大きなものが嫌いである。人間が小さいからであろう。オーディオ機器もコンパクトなものが好きである。コンパクトといっても、物としての価値が削り落とされすぎた小ささもいけない。両手で持ってちょうどいい納まり感がある機器が好きである。そういった点からもこの電源コンセントは、良識あるサイズをしている。(良識のない人間が言うことであるから、当てにはならないが・・・)

2011/6/26

1929:霧の中  

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 三度目の時坂峠は霧の中であった。この天気なので、峠の頂上には、ハイカーは誰もいなかった。峠の茶屋の主人は手持ち無沙汰な様子で座っていた。その姿はまるで置物か何かのようにずっとそこに固定されているかのように感じられた。

 霧は景色を含め、あらゆるものを消し去る。そのなかでは時間すら通常の一定方向への規則正しい流れではなく、不規則で流動的なものに感じられる。

 時坂峠で霧に包まれた5時間後、私はUNICORNさんのリスニングルームに座っていた。今日はNaruさんと連れ立って、1年数ケ月振りにUNICORNさんのお宅にお邪魔した。

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 前回との変更点は、カートリッジがSPU-GTになったことと、左側のスピーカの上に置いてあったランプが震災の際に割れてしまってので、新しいものに変わっていることの2点である。

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 前半はクラシック、後半はジャズという2部構成でOFF会は進んだ。SPU-GTはUNICORNさんの熟練の技による調整によりその本来の性能を遺憾無く発揮しているようであった。どこかを強調するようなバランスではなく、正統派と言っていいバランスで、各々のレコードの持つ個性を色鮮やかに提示してくれる。

 特に後半のジャズは、このシステムの本領がまさに全開で発散される。Naruさんは「明らかにジャズ向きのシステム・・・」と評されていた。ティーンエージャーになったばかりの頃からジャズに嵌ったUNICORNさんのジャズにかける情熱が、音にすっかり変換されたかのようである。

 それにしてもその年齢でジャズに嵌るというのは、稀に見る早熟ぶりである。それからうん十年・・・ジャズにかける情熱は途切れることなく連綿と続いている。その時間の累計は、独特の形をした「一角獣」の背後に、しっかりと息づいている。

 部屋は時間の経過とともに薄暗くなってきた。それにつれて、部屋の左右と真ん中に置かれた三つのランプから放たれているオレンジ色の明かりは、部屋のなかを霧のようにゆったりと漂い始めた。そのなかでは、時坂峠の霧の中で感じたように、時間の流れは不規則になり、かくとした意味合いを失ってしまう。熱っぽく鳴り響くジャズの音の背後には、UNICORNさんがジャズに目覚めた頃の、少年らしい無垢な笑顔が、見え隠れしているように感じられた。

2011/6/25

1928:ウェスタン・スピリット  

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 ウェスタン・スピリットのRCAケーブルが届いた。ウェスタンの1920年代の単線を素材として使い、被膜は絹糸を巻きつけてある。熟練の技が光る逸品である。

 ピン端子はスイッチクラフト社の小さめのものがついている。まずは、この点が私には嬉しい。QUAD22の入力端子は規格が違うのかとても小さい。普通のピン端子ではするっと抜け落ちてしまうのである。しかし、このスイッチクラフト社のものだとしっかり食い付くのである。

 単線であるので、取り回しは慎重に行う必要がある。一部分に圧力がかからないようになるべく自然な流れのままに接続する。

 今まで使っていたのは、かって「ケーブルの迷宮」に迷いこんだ時に購入したノードスト製のものである。もう数年前に買ったものであった。

 最近はケーブルにはとんと興味を示さなくなったので、変更することもなく使い続けていた。細くて柔らかく取り回しがとても楽なケーブルであった。

 さて、ウェスタン・スピリットのRCAケーブルに変更して、普段聴き慣れた「耳たこソフト」をかけた。

 まずはハイドン バイオリン協奏曲。ついでルター レクイエム。さらにブルックナー 交響曲第5番 第2楽章。

 さてその印象は・・・背筋が伸びる音である。音の居ずまいがすっとしている。姿勢が良い。思わずこちらも姿勢を正したくなる。

 たとえ足を組んで聴いていたとしても、ソファの背もたれに預けていた背中を少しばかり伸ばしたくなるのである。

 「単線」「絹巻き」「ウェスタン」「1920年代」・・・それらの要素が有機的に絡み合い、清澄な響きを空間に放出する。

 低域から高域まで一本線がしっかり通った感じである。特にどこかにアクセントをつけることなく流暢に話す標準語のように、流れが整っていてよどみがない。

 試しに、最近重宝していたTANMOY ST-100を外してみた。以前はその必要性がしっかりと感じられたST-100であるが、その必要性が急激に低下していることが分かる。

 「おろちょ〜ん・・・」思わず意味のない独り言を言う。「魔のバミューダー海域・・・」まったく意味不明の独り言が続く。「ルクセンブルグ共和国・・・」ますます意味不明の言葉が続いた。そして「1階の分も頼もう・・・」そう決心するのにそれほどの時間は必要なかった。

2011/6/24

1927:ホスピタルグレード  

 「ホスピタルグレードは、いけません・・・」これは「QUADを聴く会」の技術顧問をされているパーサーIさんの口癖である。

 「えっ・・・ホスピタルグレードのほうが良いと、オーディオ雑誌で読んだような気がするけどなあ・・・」と思うが、パーサーIさんは揺るぎない。

 「ホスピタルグレードは、確かにがしっと噛み付きますし、薬品にも強いです・・・しかし、それは音のことを考えてではなく、医療事故を起こさないための対策にすぎません・・・実際にホスピタルグレードは、音が悪いのです・・・」

 そう言われると、少々不安になる。我が家の電源コンセントは明光社製である。その色合いは輝かしいばかりに白い。そしてその表面には「H」の刻印が・・・「このHはきっとホスピタルグレードであることを示す記号に違いない・・・」そう思わずにはいられなかった。

 実際ホームページで調べてみると、やはり「ホスピタルグレード」であった。そこで同じく明光社製の「非ホスピタルグレード」電源コンセントをパーサーIさんから送ってもらった。

 1個400円である。ありがたくて、思わず合掌したくなるような価格である。オーディオショップでは1個10,000円を超えるような電源コンセントがずらっと並んでいる。二桁違うと「なんだかな・・・」という気がしてしまう。

 さて「非ホスピタルグレード」であるが、持ってみると軽い。計らなくてもその差は分かる。造りも少々手抜き・・・いやいや、過剰さが削られて、ちょうど良い軽妙さを湛えている。

 我が家の「ホスピタルグレード」を2個取り外し、「非ホスピタルグレード」に付け替えた。取り外した「ホスピタルグレード」を持ってみると、こちらのほうがずっしりと重い。造りもヘビーデューティーである。少々手荒らに扱っても壊れそうにない。「こっちのほうが良い造りをしてるな・・・音も良さそう・・・価格も確か数千円したはずである・・・」そう思った。

 では、音出しである。「エージングがなされていない状態なので本来の能力はまだ発揮されないはず・・・そのへんは割り引かないと・・・」そう思いながら耳を傾けた。

 「音が軽やかに感じられる・・・重々しい足取りが、すっと軽くなったような・・・峠をロードバイクで登っていて、その勾配が緩やかになったので、ペダルを漕ぐ足にかかる負荷が軽くなった・・・そんな感じである。」

 「ヒルクライムをするなら、そのホイールはグレードアップしたほうがいいかもしれませんね。ホイールが軽くなると、走りは変わります・・・」
 
 そう先日アドバイスをもらったが、きっとホイールをグレードアップした時のロードバイクの走りの変化と、電源コンセントを「非ホスピタルグレード」に「グレードダウン」した時のオーディオの音の変化とは、共通性がある・・・そう思わせる変化具合である。

 私の身長は181cm。体重は72kgである。この体型はヒルクライムには向かない。ヒルクライムは小柄で体重が軽い人がやはり有利である。残念ながら私の体型は「ホスピタルグレード」である。

 普段の生活において小柄な体型の男性を羨むことはまったくない。しかしヒルクライムのときだけは羨ましい。

 この「非ホスピタルグレード」電源コンセントは、そんな小柄で体重の軽いヒルクライマーの体型を我が家のオーディオルームにもたらしてくれる優れものである。それにしても400円は安い・・・

2011/6/23

1926:空白の5マイル  

 結局、二人は「そばワッフル」を頼んだ。熱いそば茶を飲みながら食する「そばワッフル」は美味であった。甘さは控えめで、香ばしい香りがする。

 「寧々ちゃん」はいつもよりも饒舌であった。話題は、ゴルフのこと、子供のこと、住宅ローンの金利のことから原子力発電所の事故のことにまで及んだ。

 「最近読んだ本で、印象的だったものはありますか?」

 ふっと話題が切れた瞬間に「寧々ちゃん」に訊いた。「寧々ちゃん」は相当な読書家である。時折、気に入った本を教えてもらっている。そして教えてもらった本は、全てAmazonで購入して読む。ほとんどはずれがない。信頼できる情報源なのである。

 「そうでうすね・・・『空白の5マイル』が面白かったかな・・・」

 「小説ですか・・」

 「いえ、ノンフィクションです。チベット奥地のツアンポー峡谷とよばれる世界最大の峡谷を舞台とした冒険の記録です。この峡谷には、非常に険しい地理的状況から空白部が五マイル残されいいて、その空白部を著者が一人で探検しようとするの。これが、結構スリリングな展開で一気に読ませるんです。」

 「それは、面白そうですね・・・じゃあ、早速インターネットで頼んでみます・・・」

 チラッと腕時計を見た。時計の針は8時を指そうとしていた。6時半に待ち合わせたから、もう1時間半も時間が経過した。

 「今日は時間は大丈夫なんですか・・・」

 「えっ・・・実は、9時までには戻らないといけないんです・・・子供が予定より早く帰ってくることになって・・・」

 「そうですか・・・それは残念ですね・・・」
 
 「秘密のお誘いですか・・・」

 「そうそう、そのお誘いです・・・」

 「冒険家をツアンポー峡谷にひきつけたのは、そこに空白の5マイルが残されていたからなんです・・・だから、空白の5マイルは残しておきましょう・・・」

 「空白の5マイルですか・・・」

 「それが失われてしまえば、魅力は一気に失われるかもしれませんし・・・」

 「そうでしょうか・・・ますます峡谷の深みにはまるかもしれませんよ・・・」

 「どちらでしょう・・・」

 そんな会話を最後に店を出た。夜の空気はまだまだ蒸し暑かった。「なんだか・・・上手くかわされたな・・・」そんなことを思いながら、E350のドアノブに手をかけた。

2011/6/22

1925:たらこクリームつけ蕎麦  

 私は「たらこクリームつけ蕎麦」を頼むことにした。メニューの説明文には「醤油ベースのつけ汁にホワイトソースを溶かしこみクリーム風のつけ蕎麦に仕上げました。今回は、さらにクリームと相性のよいタラコを加えることでより美味しく仕上げる事が出来ました。」と書かれていた。

 明らかに異種格闘技的なメニューである。どんな味なのか楽しみである。一方「寧々ちゃん」は「お蕎麦屋さんのカルボナーラ」を頼んだ。

 「パスタの定番カルボナーラをお蕎麦でアレンジしました。長芋とつゆと卵を使ったお蕎麦屋さんならではの和風なカルボナーラをぜひ一度お試しください。お蕎麦の新たな一面が見えてきます。」とメニューの説明文にある。確かに新たな側面が見えてくる気がする。

 「斬新ですね・・・」店の女性に注文したあと「寧々ちゃん」につぶやいた。「でしょ・・・でもこれが、結構癖になるそうですよ・・・」「寧々ちゃん」はメニューのデザートのページを眺めながらそう答えた。

 「このそばワッフルって美味しそう・・・」「寧々ちゃん」がぽそりと独り言のように言った。「どれですか・・・」メニューの写真を一緒に眺めた。「確かに・・・でも、カロリーオーバーになるかも・・・」

 「最近少し痩せました・・・」「寧々ちゃん」は私の顔をしげしげと眺めるように訊いてきた。「少し痩せたかもしれません。体重にしたら1kgぐらいですけど・・・ロードバイクに時々乗っているんです・・・少し体が締まったかもしれません。昨日も100kmほど走ったんです。」

 「ロードバイクって面白いんですか・・・いまひとつその楽しみが分からなくて・・・」「寧々ちゃん」は静かにそう言った。

 「そうでうね・・・ゴルフと比べるとだいぶ違ったスポーツですからね・・・でも自然が相手であるということは共通しています。だから、謙虚さが必須になってきます・・・」

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 そんな会話をしていると頼んだものが来た。異種格闘技的な組み合わせであるが、見た目的にはそれほど違和感はない。

 食してみると、その味わいは豊かである。そばを食しているというよりも、まったく違った種類の食べ物を食しているといった雰囲気が漂ってくる。

 蕎麦はどちらかというと心を静める食べ物である。しかし、この「たらこクリームつけ蕎麦」は心を緩め開放してくれる。

 「変わってますけど・・・美味しいです・・・なんだか開放的な気分になりますね・・・」

 「そうそう・・・心はイタリアン・・・って感じでしょう。」

 「ちょっと享楽的な気持ちになりますね・・・」

 「そばワッフルを食べたくなるでしょう・・・」

 「確かに・・・」

 視線を交わし微笑んだ。今日の「寧々ちゃん」は今までとは少し変わった雰囲気を醸し出している気がした。ねっとりとからみつく柔らかい触手がオーラのように漂っているのである。食虫植物のセンサーのように、それはふわふわと空中に漂っている。

2011/6/21

1924:soba みのり  

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 その建物はどう見ても蕎麦屋には見えない。遠目にはフレンチ・レストランといった風情の白いモダンな建物である。

 複雑な面が折り重なる現代的な構造物で、絶妙なバランスでデザインされている。おそらく、優れたセンスを有する設計士による建築作品であろう。

 緑色に色どられたお店のマークとともに看板には「手打ち蕎麦 みのり」と書かれている。これが外観から、ここが蕎麦屋であることを窺わせる唯一の造形物である。

 入口の扉を開けると、細長いエントランスが続く。その雰囲気は都心にある洒落た画廊のようである。白い壁に巧妙な仕組みにより外光が降り注ぎ、整然と写真が並ぶ。ここを通ること自体が、一つの儀式であるかのような気にさせてくれる演出である。

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 そのエントランスを抜けると明るく広い店内へ出る。テーブル席がいくつかあり、カウンター席もある。その様子は外観同様とてもモダンで瀟洒な造りである。

 一番奥のテーブル席に「寧々ちゃん」は座っていた。目を合わせて、軽くお互い微笑んだ。そちらへ歩いていって無垢の木でできた椅子に座った。しっとりとした柔らかい座り心地であった。

 先週「寧々ちゃん」からメールで「昭島に最近できた美味しいお蕎麦屋さんに行きましょうと・・・」という内容のお誘いを受けた。その約束の日が昨日であった。6時半にお店で待ち合わせた。店の住所はメールで知らせてもらったので車で向かった。まだ外は明るく、少々蒸し暑かった。

 「変わってますね・・・」あたりを少し見回しながら「寧々ちゃん」につぶやいた。「そうでしょう・・・変わっているでしょう・・・お蕎麦屋さんとは思えないでしょう・・・メニューも変わっているの・・・ちょっと楽しくなりますよ・・・」

 「寧々ちゃん」は目を細めながらそう返してきた。白いワンピースの胸元はやや開いていた。軽やかな装いである。店舗の内装は白でまとめられている。その色合いと絶妙に溶け込むような風情があった。

 メニュを見てみると、オーソドックスなお蕎麦のメニュー以外に「たらこクリームつけ蕎麦」や「お蕎麦屋さんのカルボナーラ」といった変り種のメニューも並んでいた。

 お蕎麦とイタリアンの融合・・・そんなメニューである。「たしかに、変わっていますね・・・少々気分もイタリアンになります・・・」メニューから視線をずらし「寧々ちゃん」の細やかな目を見た。

 「今日は変り種メニューでいきませんか・・・」「寧々ちゃん」は一層目を細めた。爽やかな笑顔である。実に魅力的である。そしてその瞳の内奥には秘めた熱情のようなものがかすかに感じられる。

 それはけっして正面きって表に出てくることはないが、しっかりと計算された造形により微妙に届く間接光のように、心の壁面を緩やかに色取っていた。



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