2011/2/28

1812:27日のOFF会 2  

 Coreさんは、プログレッシブロックをよく聴かれている。おそらくクラシックはほとんど聴かれないはず・・・しかも、アナログのみでCDは聴かれない。

 となると当然、お通しするのは、1階のリスニングルームである。ついこの間、この部屋では、印象的な出来事があったばかりである。そのへんの複雑な事情を時系列的に説明するのはとても困難である。そして、その困難さと同様に、私の心情も説明困難な程に複雑なものがあった。

 そして、そういった複雑な心境とは別の次元で、もう一つ複雑な心情が持ち上がった。どの次元かと言うと、それほど高い次元ではない・・・しかし、男女の愛憎の絡み合う次元よりはほんの少し高い次元かもしれない。いや・・・対して変わらない次元か・・・

 それは今回のOFF会の選曲である。我が家のシステムはクラシック向きに調整してある。プログレッシブロックが上手く鳴るとは思えない。しかし、普段私がよく聴いているクラシックをかけてもCoreさんは相当退屈される可能性がある。ここは、上手く鳴る鳴らないに関係なく、プログレッシブロック系のレコードをかけるしかないであろう。

 そこでまず取り出したのが、La Dusseldorfの「VIVA」。そのなかから「CHA CHA 2000」をかけた。冒頭のピアノの澄んだ響きが心地良い。後半へ行くにしたがってDusseldorf節ともいえる疾走感が全開となる。実にすかっと気持ちの良い曲である。同じアルバムから「GELD」もかけた。

 次に取り出したのがCluster and Eno。青空に向かってマイクが一本立ててある印象的なジャケットである。このジャケットの写真を見ているだけで、その音が連想される。

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 このアルバムから「Fur Luise」と「Selange」をかけた。どちらの曲も有機的な化学反応を思わせるような粘りのある独特の世界観が提示される。一種瞑想的でもある。そして、どことなく東洋的である。

 さらにPeter Gabrielのファーストソロアルバムから「Modern Love」と「Slowburn」、David Bowieの「Low」から「Speed of Life」と「Breaking Glass」など、比較的メジャーなアーティストのレコードもかけた。

 そしてとりをつとめたのはCANである。名作の誉れ高い「Ege Bamyasi」から「Sing swan song」と「One more night」をかけたのである。このレコードのジャケットはポップアートを意識した優れたデザインである。

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 実に濃い感じの構成であった。これらの曲を聴き入りながら、中学生の頃が懐かしく思い出された。阪急京都線に乗って、河原町まで行き、わずかばかりのお小遣いを握り締めて、十字屋の輸入盤コーナーを漁っていたあの頃のことが・・・

2011/2/27

1811:27日のOFF会 1  

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 モデルの「杏」をテレビなどで見かけると、どうしても「ウルトラマン」を連想する。一度でいいから、この表情で「シュワッチ・・・」と言ってもらいたい。さらにスペシュウム光線のポーズをとってくれたら、言うことはない。

 ちょうど1週間ほど前のことである。テレビのCMで「杏」が出ているのを見て、そんなことを頭のなかに思い浮かべていた時、マナーモードに設定している携帯のバイブレーションが振動した。4回で止まった。「メールだな・・・誰からだろう・・・」と思って二つ折りの携帯を開けた。

 「Coreさんからだ・・・」すっと背筋に冷たいものが流れた。「いや、そんなことはない・・・きっと・・・」と頭に浮かんだ考えをすぐさま打ち消した。

 「いや、まてよ・・・もしかしたら、何らかの事情で『寧々ちゃん』とのことがばれて・・・『ちょっと話が・・・』なんてことだったりするかも・・・」少しドギマギしながらメールを開いた。

 すると、「ご無沙汰しています。前回我が家に来ていただいたときに、近いうちにtaoさんの所にも行かせてください、とお願いしていたのですが、あれからずいぶん時間が経過してしまいました。突然ですが今月の27日の日曜日はいかがでしょうか?」とそのメールには書かれていた。

 「つまりこれは、我が家でOFF会ということ・・・ほんの少し前に『寧々ちゃん』とあんなことがあったばかりのリスニングルームにCoreさんをご招待するということか・・・」少々複雑な心境となった。

 でも、どうやら「寧々ちゃん」とのことは全然ばれていないようである。そうであれば変に断るわけにもいかない。

 ということで、「こちらこそ、ご無沙汰しています。我が家のオーディオは年代ものばかりで、少々黴臭い音がするかもしれませんが、どうぞ一度おいでください・・・」と返信した。

 その27日が今日なのである。通常のOFF会のときは「我が家の音に対して、どんな印象を持たれるのであろう・・・」と緊張するが、今回は別の意味で緊張する。「どうなるのであろうか・・・」

2011/2/26

1810:Coreさんの独白 5  

 「もちろん、音は聴いていますよ・・・かけていただいた音楽も楽しんでいます・・・でも、音だけを聴いていたらすぐに飽きてしまいます・・・音の向こう側にあるものが聴こえてくると、飽きないんです。」

 「あっ、すみません・・・訳の分からないことを言ってしまって・・・」

 「いえ・・・正直よく分からないんですが、音の向こう側にあるものって何ですか?」

 「Coreさんは、マジカル・アイって知ってます?」

 「ええ・・・本屋で見かけたことがあります。何が描かれているか分からない絵のことですか・・・」

 「そう、それです。絵に目の焦点を合わせて見ると何が描かれているか分からないんです。しかし、絵の向こう側に目の焦点を合わせると、とあるポイントで急に立体的で鮮やかな模様や物体が浮かび上がるんです。」

 「そんな感じなんです・・・音に焦点を合わせていると、音しか聴こえてきません。高域が澄んでいるとか、低音がずんと沈むとか、空間表現が適切で、定位がぴたっと決まっているとか・・・そんなことしか見えません。」

 「でも、音から焦点をずらして、音の向こう側を見るようにすると、その人の人となりのようなものが、立体的に浮かび上がってくるのです。その人の性格、行動パターン、仕事ができる人か、優しい心の持ち主か、独善的な傾向が強いか、そして今までどのような人生を歩んできたのか、といったことが見えてくるような気がします。」

 「もちろん、そんなことを相手の方に話すことはしません・・・話すことは、素晴らしいSNですね・・・とか、微塵も揺らぐことがない定位ですね・・・とか、そういったことだけです。」

 「では、私のオーディオの音から、私の人間性が透けて見えてしまうのですか・・・」

 「そんな、大げさなものではないんです・・・しかも、私の勝手な思い込みに過ぎませんから、外れている可能性も高いのです・・・自分なりに楽しんでいるだけですから・・・」

 「でも、どんなふうに見えたか、伺ってみたいですね・・・」

 「Coreさんは、昔・・・だぶん小学生高学年の頃、バレエを習っている女の子のことを好きになりませんでしたか・・・細身で手足がすらっと長い・・・」

 「えっ・・・バレエを習っている女の子の絵が音の向こう側に見えたのですか・・・」

 「見えた訳ではありません・・・でもCoreさんの音を聴いていて、イメージされたものが、バレエを習う女の子だったんです・・・年の頃は小学生高学年か中学1年ぐらいの・・・」

 少々びっくりした。実は思い当たることがあったのである。「初恋」と呼ばざる得ない思い出である。「そんな聴き方もあるのか・・・」と思った。

 近いうちにtaoさんのお宅にも行ってみたいと思っている。taoさんの音の向こう側に見えるものが何なのか・・・私も探ってみたい。

2011/2/25

1809:Coreさんの独白 4  

 私のオーディオシステムは、スピーカーがRIADOH ACOUSTICSのAyra C2、レコードプレーヤーがORACLE DELPHI MKX、プリアンプがOCTAVE HP-300、パワーアンプがOCTAVE RE-280 MKUである。カートリッジはZYX AIRY V。フォノイコライザーはHP-300内蔵のものを使用している。

 オーディオシステムは1階のリビングに据えてある。テレビが脇に追いやられ、オーディオシステムが我が物顔にのさばっている。この状況については、当然のことながら妻や娘からは相当迷惑がられている。

 聴くのは、プログレッシブロック・・・必然的に60年代後半から70年代前半のレコードが多い。中学生の頃からコツコツと集め続けてきたレコードの総数は1万枚を超える。2階の6畳の一室を完全にレコードが専有してしまっている。この点に関しても常日頃、妻から苦情が出ている。

 まあ、オーディオというものは一般的に家族からは歓迎されることのない趣味である。しかも、サラリーマンの収入からすると分不相応とも言える高額な機器を買い揃えてしまった。子供が一人だけであるからどうにかなったが、もう一人子供がいたならば、こういった機器を揃えることは不可能であったろう。

 いわゆるオーディオ仲間というのはいないが、ブログを通じて知り合った方はいる。taoさんという方が2度ほど我が家を訪問してくれた。

 taoさんは、TANNOYやQUADといった、いわゆるビンテージ・オーディオをお持ちである。主にクラシックを聴かれているようであるが、中学生の頃はプログレッシブロックを聴かれていたことがあったとのことで、私のかなりマニアックな話題にもついてきてくれた。

 NEUの「NEU2」をかけたときなど、「これは中学3年生の頃、ほぼ毎日のように聴いていました。特にA面の1曲目が好きです・・・これは今聴いても全く古さを感じさせませんね・・・」と感慨深げに話されていた。

 普通のプログレファンの場合、KING CRIMZONやYES、PINK FROYDなどは歓迎するが、NEUまでくると、「そのへんはちょっと・・・」というケースが多いのであるが、taoさんは結構ディープな部分まで入り込んでいたようである。

 その証拠に「CANのベーシストのHolger Czukayの一枚目のソロありますか・・・Persian Loveが大好きなんですよ・・・」とリクエストしてくれたりもした。

 さらに、「他に聴きたいアルバムありますか?」と訊いたところ「Van Der Graaf GeneratorのWORLD RECORDを聴いてみたいですね・・・B面ラストの曲が最高です・・・フルートのソロで始まる曲です・・・」と答えてくれた。

 「もちろんあります・・・」嬉しくなって2階のレコード部屋に駆け込んだ。オーディオもプログレッシブロックも今や完全に日陰の存在である。そんな2重の日陰生活を送っている者にとって、どちらの言語も解してくれる方の存在は嬉しいものである。

 taoさんはあちらこちらのオーディオマニアのお宅を訪問していて、すごい装置のお宅にも行かれているようであった。そこで、「我が家のオーディオの音はいかがですか・・・たいしたことないでしょう・・・」と控えめに質問した。

 するとtaoさんは「私は音を聴いているわけではないのす・・・」と答えた。意外な答えであった。「えっ・・・どういうことです・・・」と思わず訊くと・・・

2011/2/24

1808:Coreさんの独白 3  

 香理と出会う少し前に妻は病気になった。病名は「子宮頸癌」。そのため、子宮と卵巣を摘出する手術を受けた。

 一人娘はそのころすでに中学生であり、子供をもう一人という気持ちはなかったので、妻が子供を産めない体になったこと自体は、私にとって、またわれわれ夫婦にとっても、それほど大きな問題ではなかった。

 医者からは、「転移の可能性は低いはずです。子宮と卵巣を摘出しても、ホルモン療法を受ければ、『夫婦生活』は以前と変わりなく行うことができます・・・」と言われていた。

 退院後数ヶ月したときに、妻にSEXを求めた。妻も応じてくれた。しかし、性交中に痛みがあるようで、中断せざる得なかった。その後同様なことが2度ほどあった。

 彼女は退院後、どのような理由かは判然としないが、気分が落ち込んで家事も出来ない状態になることが時々あった。その様子を見ていて、私は、発病前と同じように彼女にSEXを求めることは、その精神状態に悪い影響を与えることになるかもしれないと考えるようになっていった。

 それからは妻にSEXを求めることはなくなった。また妻のほうから求めることもなかったので、われわれ夫婦は完全なセックスレスの状態となった。

 週刊誌の記事などを読むと、夫婦間のセックスレスは、今の日本では珍しいことではないようである。私もそれが特別変わったことではないと感じていた。

 若い頃のように強い性欲に突き動かされることはなくなったし、男性には金銭で性欲を発散する場もあるからである。それよりも、妻の精神状態の浮き沈みが激しいことのほうが気にかかっていた。

 香理と出会ったのは、そんな折であった。妻との関係がそういった状態であったことは、少なからず香理に惹かれていったことに影響を与えたかもしれない。

 家に帰っても、妻の精神状態が気になり、心からくつろげることがなかった。ふたつの歯車の歯のかみ合わせがずれてしまって、そのままかみ合うことがなく別々の回転を無為に繰り返しているような感じであった。

 そんななか私は香理との関係にはまっていった。香理と裸で抱きあい、お互いの体の隅々までを愛撫しあう。彼女は、普段昼間に見せる表情とは全く別の恍惚とした表情となり、大きな声を上げる。昇りつめる時には首を左右に振り、こんなに力があったのかと思えるほど強くしがみついてくる。

 SEXが終わると、彼女は私の腕枕の中で静かに目を瞑る。そして決まって私の左胸にその耳をくっつける。「心臓の音が聞こえる・・・とても早く鼓動している・・・しっかりと聞こえる・・・」目を閉じたまま、そうつぶやくのである。

 そして、「頭を撫でて・・・しばらくの間・・・やさしく撫で続けていて・・・」と甘えるように哀願する。「こうやって、頭を撫でられながら、あなたの心臓の音を聞いているのが好き・・・生きてるって感じがする・・・私の心がゆっくりと羽を休められる・・・」しばしの間、彼女は微睡む。

 羽を休めているのは彼女だけではなかった。私も疲れた羽を休めていたのである。二人は貧弱ではあるが、懸命に羽ばたくことを止めようとしない羽を休め合っていたのである。

2011/2/23

1807:Coreさんの独白 2  

 私が現在愛用しているスピーカーは、RAIDOH ACOUSTICS 「Ayra C-2」である。これは細身のすらっとした容姿をしている。後ろへ行くに従ってすぼんでいく、いわゆるリュート型と呼ばれる造形をしている。

 このスピーカーの前はWilson Benesch 「CURVE」を使っていた。こちらも「Ayra C-2」同様、細身のトールボーイタイプのスピーカーで、やはりリュート型の造形が施されていた。

 なぜかしらこの形に惹かれるのである。今はこういった形のスピーカーが主流と言えば主流である。しかし、この両者に共通するテイストは、一般的なトールボーイタイプのスピーカーとは、少しばかり異なっているのである。

 それを言葉で表現するのは難しいのであるが、私の脳裏には「バレリーナのようである・・・」という言葉しか思い浮かばない。

 贅肉が全くない。冷静・沈着である。情念を濃く描き出すと言うよりは、一定の美しく無駄のない形式に則って、その表現したいものを形にするといった趣なのである。

 これは、「CURVE」にも、そして「Ayra C2」にも共通して言えることである。そして、当然その傾向は表面的な造形のみでなく、その奏でる音からも感じ取ることができる。

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 香理からも、同じようなものを感じたような気がする。その容姿は、特に男性の視線を集めるような美しさをたたえたものではないが、切れ長の目に色白な肌、スレンダーな体型、黒髪のまま染めることなく小綺麗にまとめられた髪型など、淡い清潔感に満たされたものである。

 容姿だけでなく、その言動からも、物事にあまり拘泥することなく、何事に対しても一定の距離を保ちながら接する気品のようなものが感じられたのである。

 私は妻子ある身である。香理は、派遣社員とは言え立場的には部下である。そういった状況であることは、頭の中でははっきりと認識していたのであるが、ついつい目線が彼女をとらえようとするのを止めることができなかった。

 そういった気配というものを、女性は逃すことはない。彼女と目線が合う機会が増えてきた。「以心伝心」というものであろうか・・・

 メールで食事に誘った・・・彼女はあっさりとOKした。その後はありがちなパターンである。まさに絵に描いたような不倫である。

 30代前半のバツイチ女性、40代半ばのくたびれはじめた中間管理職の男性・・・お互い幾分心が渇いている。いや、相当渇いていたのかもしれない・・・その渇きを癒すために、お互いの存在と体が役立つことを、二人とも無意識に認識していたのかもしれない。

2011/2/22

1806:Coreさんの独白 1  

 「香理」と書いて「かおり」と読む。その点について彼女に「この『理』って漢字よけいじゃないのかな・・・『香』の一文字でも『かおり』と読むよね・・・むしろ『香』一文字の方がポピュラーじゃないかな・・・」と言ったところ、こう説明した。

 「そうですね・・・きっと親が名前を付けるときに『香』一文字だけでは、画数か何かの関係で運勢が良くないと判断したんだと思います。両親・・・特に母親はそういったことを気にする人でしたから・・・」

 彼女に初めてあったのは、4年前である。そのとき彼女の年齢は32歳であった。その2年ほど前に離婚している。子供はいなかったようである。彼女は、私の勤務する生産管理第3課に、派遣社員として派遣会社から派遣されてきたのであった。

 何かの折に、彼女に離婚した理由を訪ねてみたことがあった。すると「経済的な理由です。彼は美容師で、自分の美容院を持つことが夢でした。そして、実際に美容院を開業したのですが、経営が上手くいかないで、結局多額の借入金だけが残ってしまいました。そういった経済的なごたごた状態が嫌で、結局別々の人生を歩むことになったのです。子供がいなかったのが、不幸中の幸いでした・・・」

 そう答えた彼女に、前に聞いていた名前の件について、「じゃあ、結局あえて『理』を付け足した意味はなかったのかな・・・もしかしたら『理』をつけずに『香』だけであれば、幸せな結婚をしていたかもしれないよ・・・」少々いたずらっぽい視線を送りながら、話した。

 すると彼女は「結婚して名字が変わったから、名前全体の画数が変わって、運勢も変わってしまったのかも・・・姓名判断って名字も含めて判断するのでしょう・・・ということは、結婚して名字が変わると運勢も変わるってことでしょう・・・また元の名字に戻ったから、これからは運勢が良くなるかな・・・」と答えた。

 香理は、何事にもさらっとしている。ひとつのことに拘泥する様子がない。人生に対してがむしゃらになることはなく、車窓から見える風景をぼんやり眺めるかのように、過ぎ去っていく時間と事象を目にしている。

 4年前に香理を初めて見たときは、一見地味な印象を受けた。しかし、その後課の忘年会やその他の懇親会の時に何度か話す機会があり、とても話しやすく、接していて心安らぐ感じを受けるようになった。

 ちょうど、その頃我が家では、妻が大きな病気をした。手術をして命に別状はなかったが、その病気の後遺症からか、少し精神状態が安定しない時期が続いたのである。

 そんなことがあったせいか、心が幾分かさついていた。そのかさつきを抑えるかのような効能を、彼女のさらっとした雰囲気が持っていたのである。

2011/2/21

1805:選択  

 今日は2月21日である。月曜日である。所得税の確定申告は2月の16日から受付を始め、来月3月の15日が最終受付日である。

 この時期は会計事務所はかき入れ時である。この時期だけ会う小規模な個人事業者や資産家が結構な数になることが多いからである。

 私の事務所もご多聴に漏れずこの時期は忙しい。ブログの更新も仕事に疲れた頭をリフレッシュする目的で、スタッフの目を盗んで行うことが通例となる。

 うず高く積まれた、数字があまた記載された資料に目を通すのには、それなりに集中力と忍耐力がいるのであるが、それに倦み疲れてくると、全然関係のない世界に逃避したくなってくるのである・・・

 先日の「寧々ちゃん」とのリスニングルームでの一件については、ブログに記載したとおりである。その様子はTANNOY ST-100が、その冷静な視線で逐一監視していた。

 「寧々ちゃん」は予想を超えるはっきりとした口調で、CHATSWORTHを選んだのであった。そして、その理由はCHATSWORTHの方が生身の人間を感じさせる、というものであった。

 CORNER LANCASTERの容姿についてはとても褒めていた。CHATSWORTHよりもデザインは優れていると評価していたのである。また音についても悪いという印象ではなく「品位が高い」といった表現でその良い面を表していたのである。

 しかし、最終的には「私はこちらを選びます。黒のMITOを選んだように・・・」とCHATSWORTHを指さしたのである。

 黒のMITOは「寧々ちゃん」の愛車である。ご主人であるCoreさんは青のPUNTOをその候補として押していたのであるが「寧々ちゃん」が選択した黒のMITOが最終的に○○家の新たな自家用車として選ばれた。

 Coreさんは羽村市にある上場会社の工場に勤務しているのであるが、通勤はバスを使っている。車に乗るのはウィークエンドだけである。一方「寧々ちゃん」はほぼ毎日車に乗る。車に乗っている時間は明らかに「寧々ちゃん」の方が長い・・・「それで私の主張が最終的に通ったんでしょう・・」と「寧々ちゃん」は話していた。

 青のPUNTOと黒のMITO、CORNER LANCASTERとCHATSWORTH・・・その二つの選択については、どこかしら類似性を感じないでもない。

 PUNTOはジウジアーロの手になるデザインである。端正でいて気品が感じられる。基本は実用車であるので一定の枠の中に収まっているが、破綻することなく、バランスが良い。FIATを経営的にも救った救世主的なモデルなのである。

 一方MITOはデザインはかなり個性的・・・エモーショナルな要素をふんだんに取り入れている。破綻しそうでぎりぎりのところで収まっているといった風情である。セールス的には残念ながら成功しているとは言い難い。

 CORNER LANCASTERとCHATSWORTHから聴くことができる音にも何かしらPUNTOとMITOの対比に似た要素を見出すことができそうなのである。

 TANNOY ST-100が加わるとこの両者の個性は、より明瞭に浮き彫りにされる。品位のCORNER LANCASTER、エモーショナルなCHATSWORTH・・・どちらが良いといった問題ではなく、どちらが自分の求める方向性か、といった問題なのであろう・・・

 委ねた以上、「寧々ちゃん」の選択に従うつもりである。CHATSWORTHを残し、CORNER LANCASTERは手放す・・・この選択が誤りかどうかは分からない・・・そして、「寧々ちゃん」との関係がますます深みにはまっていく大きなきっかけになりそうな、あの日の出来事が、誤りであったかどうかも・・・分からない。

2011/2/20

1804:迷える子羊同盟  

 私はオーディオに絡んだ団体に幾つか所属している。このブログで明らかにしてきたのは、「QUADを聴く会」「竹田響子さんファンクラブ」「CHATSWORTH同盟会」の三つである。

 しかし、実はもう一つ所属している団体がある。こちらは秘密主義を基本とした団体であるので、今まであえてその存在について記すことはなかった。しかし、今日はその団体のことに触れることなしに、今日の私の行動を説明することは不可能なので、あえて触れざるを得ない。

 その団体の名前は「迷える子羊同盟」である。私は5年ほど前からこの団体に所属し、今では「筆頭書記」という肩書きもいただいている。

 そして、2日ほど前その「迷える子羊同盟」の事務局長よりある命を受けたのである。「チューバホーンさんから、同盟に対して退会申請が出ている。ご存じのように退会申請には退会審査が必要になる。その退会審査を行うように・・・」という命令である。

 さらにその命令書の最後には「退会申請はここ数年で初めてのことである。くれぐれも慎重に審査するように・・・」と付記されていた。

 そこで、今日はチューバホーンさんのお宅に伺うこととなったのである。チューバホーンさんのシステムは、SONY CDP-MS1、SD05、TANNOY LANCASTERという構成である。実にシンプルですっきりとしたシステム構成である。部屋は12畳の広さがあり、横長配置で、スピーカーは交差法設置である。スピーカーの間には大きな窓があり明るい光が差し込んでいた。

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 SONY CDP-MS1の透明なふたを横にスライドさせ、CDを乗せ、さらにクランパーをかぶせる。そしてPLAYボタンを押す。

 Cecilia Bartoriである。卓越した技巧に裏打ちされた華麗な歌声である。空間は澄み渡って、ピントがしっかりと合っている。音色に嫌な鋭さやとげとげしさがなくふくよかである。そして長身のCecilia Bartoriが実寸大の高さに見事に定位するのである。

 白井光子もしかりである。彼女の身長は低い。150cmほどではないであろうか。センターよりもほんの少し左側に立ち、その深い歌声を緩やかに響かせる。Cecilia Bartoriの時よりも少し低い位置に定位する。その差は30cmほど・・・二人の身長差に実に見事に符合する。

 Placido Domingoはその底なしとも思える声量感が再現される。彼もまたその身長に合った高い位置にしっかりと立ち、ゴジラが火を噴くかのような歌唱を見せつけてくれる。

 LANCASTERは背の高いスピーカーではない。同軸2ウェイなので、ツイーターの位置は、リスナーの耳よりも低い位置にある。しかし、「そんなの関係ねえ・・・」と古びたギャグを飛ばしながら、チューバホーンさんのLANCASTERは疾走する。

 この定位感の見事さは、「トントン一発セッティング」をマスターした者だけが享受することを許された、ご褒美であろう。

 どうやら、退会審査書には「合格」の判を押すしか、私には選択肢は残されていないようである。

 「私もいつかは退会したい・・・」心の中でそう独り言を言った。遠い将来には、迷える子羊同盟から去る日が、私にも来るのであろうか・・・

2011/2/19

1803:背徳  

 「なんだか、品のある音ですね・・・品性というか品格というか、そういったものが感じられる音です。倫理観がある音、とでも言うべきでしょうか・・・」CORNER LANCASTERで2曲聴き終えた「寧々ちゃん」は印象的な言葉でその音を表した。

 「倫理観がある音・・・けっしてオーディオマニアの口からは出てこない言葉だ・・・さすが元文学少女・・・ひと筋縄ではいかない・・・」と、思わず感心していると、「寧々ちゃん」は続けた。

 「しっかりとした芯が通っている、という印象です。確かな倫理観に裏打ちされていて、その規範からはみでることのない、安心感があります。アンティークな外観からすると、もっと古臭い感じの音がするのかと思っていました。幽霊装置のおかげでしょうか・・・」

 CORNER LANCASTERはその役割を終え、そのポジションをピアノの左側に置いてあったCHATSWORTHに明け渡した。

 CHATSWORTHへの切り替えは5分ほどで完了。CORNER LANCASTERは向かい合う形にすると綺麗な形の直方体になる。その形でピアノの左側にしまわれた。

 「こちらはずいぶんかわいいというか、ちょっと頼りなげですね・・・さっきのほうがデザインは優れていますね・・・これにも幽霊装置を乗せるんですか・・・乗せるとなんだか、チャーミング・・・この幽霊装置、正面から見ると目のように見えますね・・・こちらを監視しているよう・・・」

 先ほどと同じように「Rose Hip November」をかけてから、「Rainbow River」をかけた。どちらも3分程度の短い曲である。

 針を上げた。レコードを大事そうにジャケットにしまっていると、「寧々ちゃん」は「こちらは、なんというか・・・生身な感じがします・・・」と言った。

 「生身な感じ・・・CORNER LANCASTERのときは『倫理観がある音』、CHATSWORTHのときは『生身な感じ』、実に多彩というか意表をつく表現である・・」そう思っていると、「寧々ちゃん」は言葉を継いだ。

 「変な言い方かもしれませんが、こちらのほうが生身の人間が感じられます。VASHTIが遠い存在ではなく、私達と同じように、悩み、喜び、悲しむ・・・とても卑近なことがらにも感情を乱す・・・そういった身近な人間として感じられます。」

 「ある意味、品性が低い・・・ということですか?」「そうですね・・・そうかもしれません。食欲もある、性欲もある、嫉妬心もある、虚栄心もある・・・意味もなく落ち込んだり、卑近な快楽に耽ったり・・・そういった普通の人間を感じます。倫理観を振りかざすことはなく、その規範からもはみ出てしまう、そういった弱い人間を感じます・・・私はこちらを選びます。黒のMITOを選んだように・・・」

 私はレコードジャケットをテーブルに置いて、3人掛けのソファの真ん中に座っていた「寧々ちゃん」の右隣に座った。

 ほんの数秒の静寂が通り過ぎた後「私も生身の人間です・・・生身の女です・・・」「寧々ちゃん」は誰に聞かせるわけでもないように、そうつぶやいた。

 「食欲も性欲もある・・・」私は彼女がさっき言った言葉をなぞるように繰り返した。「そう・・・」「寧々ちゃん」は静かな声でうなずく。
 
 「嫉妬心も虚栄心もある・・・」「そう・・・」「卑近な快楽に耽ったりもする・・・」「そう・・・」「倫理観の規範からはみ出すこともある・・・」「そう・・・」

 「たとえ、背徳の誹りを受けても・・・」私は言葉を捻じ曲げるように引き出した。「寧々ちゃん」は、その言葉をなぞるように言いかけた。

 「背徳・・・」私は彼女の言葉を最後まで待つことなく、その体を引き寄せた。そして唇を重ねた。

 その様子をTANNOY ST-100は冷たい視線で見つめ続けていた。その視線に込められた光からは「背徳の極み・・・」というメッセージを読み取ることができた。

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