2010/12/21

1743:神足小学校  

 京都府長岡京市には十個の小学校がある。古くからある二つの小学校には歴史を感じさせる名前がついているが、それ以外の小学校は、第三小学校とか、第十小学校といった具合にできた順番に数字が付いている。

 古くからある二つの小学校の名前は、神足小学校と長方寺小学校である。「神足」と書いて「こうたり」と読む。非常に珍しい読み方で地元の人間でないかぎり正しく読めることはは稀である。

 この二つの小学校は百年以上の歴史のある古い小学校である。私は1年生から3年生の3年間を神足小学校で過ごし、自宅の引越しにより4年生から6年生までの3年間は長方寺小学校で過ごした。いずれも数字で呼ばれることのない小学校であった。

 実質的な意味は何もないことではあるが、第三小学校以下の数字で呼ばれる高度成長期以降に作られた小学校に比べ、どことなく優越感を感じていたのは事実である。

 ビンテージ・オーディオの愛好家のなかにも古いものほど尊ばれるといった傾向は結構あるのである。たとえばTANNOYの場合、シルバー、レッド、ゴールドと色の名前で呼ばれるユニットについては比較的高く評価される。

 この三つのユニットにおいても古い時代のものがより高く評価され、価格も高くなる。そして、モニター・ゴールドよりも新しい時代のユニットについては生産体制が変わったこともあってか、あまり見向きもされない。価格も急激に安くなる。

 QUADの場合はどうであろうか。QUADマニアの間で比較的好評を持って迎えられるのは、22とU、33と303、そして44と405のセットである。それよりも新しい66と606のセット以降になると、評価がぐっと下がる傾向があるのである。

 古いもののほうが必ずしも良いということは、決していないはずであるが、そういった傾向があるのは事実である。

 わたしは、QUADは22とUのセット、そしてTANNOYはモニターゴールドの音が好きである。これは好き・・・好みに合うということにすぎない。けっしてオーディオ的に音が良い、というわけではないのである。

 TANNOYであってもQUADであっても、新しいものの方が音が悪いということはけっしてないはずである。でもある時代のある機器が持つ音の味わい感が妙に気に入るということはあってもおかしくないような気がする。

 神足小学校と長方寺小学校はともに古い小学校であった。高度成長期以降に造られた数字で呼ばれる小学校とは違う風情があったのは確かである。だけど、良い教育が行われていたかどうかは不明である。まあ、大した違いはなかったはずである。 

2010/12/20

1742:フェード  

 「フェードに変える気ありませんか・・・」「えっ、フェードですか・・・」「ドローは確かに一発の魅力がありますが、安定しないと大怪我する危険性も高いです。スコアを安定させるためには、どちらかというとフェードの方が良いですよ・・・」

 先週のゴルフスクールの時に鈴木プロからそう言われた。「フェードですか・・・」正直に言うとあまり気乗りがしなかった。「フェードを打つのはそれほど難しいことではありません。どちらかというとドローを打つほうが難しいのです。球筋を安定させるにはフェードのほうが優しいですよ。」

 そう言われると、確かにドローさせる予定で右に打ち出して、そのまま右に突き抜けてしまったり、「チーピン」というどひっかけがでてOBゾーンに飛び込んだりと、大たたきしてしまうことが時々ある。

 バッチリ決まった時のドローはえもいわれぬ快感度合いであることも確かである。一発の快感か、安定性か・・・ゴルフに何を求めるかによってその選択は変わってくる。

 「安定的にフェードを打つにはどうすればいいんですか・・・」と鈴木プロに訊いた。「スタンスはオープン・・・球を打ち出す方向に対して30度程度開いて、そうそう・・・そのうえでクラブのフェースはやや開き気味に・・・そう、そんな感じ・・・それで体の向きに自然に振ってみてください。」

 鈴木プロに言われるままにクラブを振ってみた。少々不自然な感じがしないでもなかった。オープンスタンスは、普段はまったくしない。なので、ちょっと気恥ずかしいような、もじもじ感があったが、打ち出した球は左に出てぐぐっと右に戻ってきた。

 フェードはランが出にくいので距離的には不利であるが、大きなミスが出にくい。また比較的再現可能性が高いので球筋が安定する。スコアを優先するならフェードに変えるのもありである。

 ドローはのっているときは抜群であるが、ひとつリズムが狂うとどん底へまっしぐらということもままある。プロのように打ち分けられる技術がないのであるから、より再現性の高いほうにするのが有利なのは確かである。

 少しばかり心が動いた。連続90切りのためにはフェード打ちをしっかりマスターすることが一つのキーポイントになるような気がしてきた。

 「飛ばしも確かに魅力です。飛距離だけ考えればドローが有利です。でもゴルフの奥深さは、飛ばしだけでは探ることはできません・・・」

 鈴木プロの言葉には何かしら重みがある。鈴木プロは背はあまり高くない。おそらく170cmほどである。それでもフェードで270ヤードほど飛ばす。

 「taoさんは背が高いから、フェードでも250ヤードは飛びますよ・・・安定的に250ヤード
飛ばせば、ゴルフは楽になりますよ・・・」

 しばらく、試してみようという気になってきた。来年は持ち球をフェードに変えて、安定したスコアを手に入れたい・・・そういう気持ちになってきたのである。 

2010/12/19

1741:有袋類  

 ドラえもんを見るとある女子大生のことを思い出す。その子とは二十数年前、私が大学生だった頃に一度会ったきりである。特別なことは何もなった。通っていた大学の近くにある女子大との合コンで知り合い、二次会で隣り合っただけである。

 彼女は一次会でそれなりに飲んでしまったようで、結構酔っていた。ろれつも多少回っていなかった。彼女はそのろれつの回らない口調で私に訊いた。「ドラえもんって男でしょうか、女でしょうか?」

 いきなりの意味不明の質問に多少戸惑いながらも、私は答えた「そりゃ、男でしょう・・・」「ブッブー、残念でした。ドラえもんは女でした・・・」「えっ・・・妹のドラミちゃんに『おにいちゃん』って呼ばれていたような気がするけど・・・」

 そのつっこみにはとりあうことなく彼女は続けた。「ドラえもんは猫型ロボットではなく、実は有袋類型ロボットなのです・・・」「何、ユウタイルイって・・・」「カンガルーのように有袋類なの・・・」

 「その証拠にドラえもんのおなかには袋があります・・・」「あれって袋だったの・・・ポケットだと思ったけど・・・」「袋なの!」彼女のきっぱりした口調に押されて「なるほど・・・」とうなずいてしまった。

 「有袋類でおなかに袋があるのはメスだけなの。だから、ドラえもんは女なの・・・。一度でいいからカンガルーの袋に入ってみたいな・・・ドラえもんの道具で体をぐんと小さくしてもらって、もぐりこんでみたい・・・」彼女はアルコールによって多少うつろになった目付きでそう言い放った。

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 今日は、pontaさんと一緒にhijiyanさんのお宅を訪問した。hijiyanさんのリスニングルームは8畳の洋間。音響パネルが正面と側面の多くの部分を占めている。さらに天井やリスニングポイントの背後にも音響を考慮した対策が施されていた。それらは白く色づけされていたのでどことなく高貴な風情を醸し出す。

 スピーカーはB&W 802D・・・どことなくドラえもんを髣髴とさせるシルエットである。SACD・CDプレヤーはDENON製。プリメインアンプはSANSUIのがっしりとしたものである。CDプレーヤーとプリメインアンプはいずれも出川式電源が搭載されている。残念ながら出川式電源については知識がまったくない。しかし、hijiyanさんによるとこの出川式電源が相当音のエネルギー感を高めているとのことである。

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 まずは女性ボーカルから聴かせていただいた。シンセサイザーを効果的に使ったダイナミックな音楽である。そして、その音の出方というか、聴こえ方に驚いた。

 音が360度の方向から降り注いでくるのである。その包まれ感は、前面の二つのスピーカーのみからもたらされているとは、にわかには信じがたいほどで、思わず後ろを振り返って、背面にスピーカーがないことを確かめたほどである。音楽の球面体に体の周りを包まれたかのような印象を受ける。

 B&W 802Dは量感豊かな低域を放ち、ダイヤモンドトゥイーターはきらきらと光り輝くような華やかな高域をふりそそぐ。それが、数多くの音響パネルで拡散され部屋の隅々まで行き渡るのであろう。

 クラシックを聴くと、一階席のかなり前のほう、かぶりつき状態で聴く時のように音の洪水が押し寄せる。hijiyanさんは一階席の三列目でオーケストラを聴かれるのが好きとおっしゃられていた。まさにその感じである。

 hijiyamさんのリスニングルームでは、巨大なカンガルーの袋のなかに包まれるように、音楽に包まれる。その音楽の球面体のなかにいるとき、ふとあの時の女子大生の言葉が思い出された。「きっと幸せだと思うんだよね・・・その袋のなかでは・・・」

2010/12/18

1740:陽光  

 Sonus FaberのAmati Anniversarioを初めて聴いたのはいつごろであったであろうか。確かオーディオに興味を持ち始めた頃であったはずなので、4年ほど前のことと思われる。今はもうないダイナミックオーディオ アクセサリー館の試聴室で聴いたはずである。

 あの謎めいた黒い螺旋階段を登りきったところに、その美しいスピーカーは佇んでいた。そしてその隣には島田さんのにやけた笑顔が・・・「これ、良いですよ・・・」とその表情は語っていた。

 その美しい肢体は艶やかな色合いに溢れていた。そしてその音色も艶やかで滑らかであったという淡い記憶が残っている。

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 今日はAmati Anniversarioを久し振りに聴くことができた。hide-yanさんのお宅のAmati Anniversarioは凛とした美しい佇まいであった。

 自宅から約1時間半で着いたhide-yanさんのお宅は素晴らしい住環境のなかにあった。陽光ふりそそぐなか新しく美しい一戸建てが輝いて見えた。着いた時には、オルフィさんのスープラは既に先に到着していた。

 hide-yanさんのシステムはワイスのCDトランスポートとDAコンバーターを送り出しとして、UESUGIのモノラルパワーアンプでAmati Anniversarioを駆動している。ボリュームはDAコンバーターのデジタルボリュームを活用されている。

 部屋はリビングルーム、エアボリュームは充分にある。リビングルームにオーディオ装置を置けるということは、家族、特に奥様の理解があるということであろう。我が家ではどう転んでも無理である・・・

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 UESUGI製パワーアンプの真空管は全てTELEFUNKEN製のものに取り替えてられている。ケーブル類も相当吟味されたものが使われている様子。これはいやがうえでも期待が高まる。

 さて最初にかけていただいたのは、ノラ・ジョーンズ。さすがにAmati Annversario、艶やかで明るめの色合いである。2曲ほど聴いてから、先日我が家にも導入したハンディ・タイプの業務用消磁器でCDを消磁してから同じ曲を聴いた。「やはり、これは効く・・・」そう思わずにはいられなかった。これはもう必需品であろう・・・

 この後、様々なCDを聴かせていただきながら、順次オルフィさん特製の幾つかの新兵器もお披露目された。その全てが、一同声を上げてその効果のほどに驚いたのであるが、一番驚いたのが仮想アース装置である。

 オルフィさん特製の仮想アース装置はとても美しく成型されていた。オーディオボードとしても使える構造で、これを使った状態での音は、エネルギーの出方にさえぎるもののない勢いの良さがあり、アーティストの実在感がぐっとアップする。
 
 我が家はアースはとっていない。中途半端にとると良くないと聞いたので、まったく浮かせているのである。しかし、しっかりしたアースをとると音に素晴らしい効能がもたらされるようである。

 この仮想アース装置は効果抜群なわりに使い方がいたって簡単である。まだ試作段階とのことであるが、完成した暁にはすぐにでも我が家に採用したいところである。

 オルフィさんの新兵器で完全武装したAmati Anniversarioは、恐ろしく鮮明な発色の良さを示す。ダイナミックレンジも広く、オーケストラも雄大に描ききる。

 hide-yanさんのシステムはとても簡潔であり、それぞれのオーディオ機器がとても高いポテンシャルを持っている。そこにオルフィさんチューンの様々なグッズが加わると、その素材の良さがぐっと活きる。hide-yanさんのお宅のAmati Anneversarioは艶やかで滑らかなうえに、ダイナミックな力強さも兼ね備えたようである。

2010/12/17

1739:W124直系  

 Mercedes-Benz E350 BLUETEC STATIONWAGONは、納車から3ヵ月以上経過した。走行距離も6,000kmを越えた。いわゆる「慣らし運転」の期間は過ぎた。

 走行距離が伸びるにつれた、この車に対する印象は変わってきた。最初のうちは、ディーゼルエンジン特有の音に対する違和感からか、あまり良い印象を持つことはなかった。購入した直後には「後悔モード」に陥ったりもした。

 ランフラットタイヤを履いていることによる固めの乗り味にも当初はそぐわない感じがあった。しかし、エンジン音はともかく、着実な仕事をするディーゼルエンジンの回転は徐々に滑らかに回るようになってきた。当初の泥臭い感じが払拭されつつあるようだ。

 乗り味も、サスペンションの当たりがまろやかになってきたようで、不快な突き上げ感が排除されてきた。タイヤをよりコンフォート性能に優れたものに換えれば、ぐっと乗り味のクオリティーも向上しそうである。

 新しいEクラスは、どことなく3世代前のW124時代のEクラスを思わせる雰囲気がある。Mercedes-Benzが「最善か無か」を社是として掲げて車造りをしていた最後の時代のEクラスである。

 その後は利益追求のためのコストダウンが目に付いてしまい、クオリティーは急降下してしまった。それとともに信頼感の低下も招いたのである。そのことは、当然シェアの低下をも招くこととなってしまった。

 さすがの巨人も危機感を抱いたのか、今度のEクラスにはW124の立ち位置に戻るべく、開発が進められたような気がするのである。

 その成果はしっかりと出ているようである。表面的な派手さはないが、地に足の着いたしっかり感がボディーの隅々まで行き渡っているのである。道具としての車はどうあるべきかというMercedes-Benzの考えが如実に具現化している。

 「これはW124直系のEクラスである・・・」最近そういう印象をこの新型のEクラスに抱くようになった。これは長く付き合える車のような気がする。見てくれもW124同様ごつく一種威圧的である。直線貴重の造形は男性的な印象を与える。けっして洗練されたデザインではないが、W124も同様な印象を与える造形を持っていた。

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2010/12/16

1738:抱擁  

 展望台の上はさえぎるものがない。風が少し出てきたようで、遊歩道を歩いている時よりも体感気温は下がったようである。

 「あそこに見えているのが、丹沢山系・・・晴れていれば、あの辺に富士山が見えるはずなんですけど・・・今日は雲に覆われていますね・・・ちょっと風が出てきましたね、寒くないですか?」

 「少し寒くなってきました・・・」「寧々ちゃんは」は少し肩をすくめるようにした。寧々ちゃんは展望台の真ん中に立っていた。私はそのすぐ後ろにいた。「寧々ちゃん」の背中が手を伸ばせば届く位置にあった。

 彼女の身長は155cmほど、私との身長差は25cm程度である。ちょうど頭一つ低い。後ろから肩を抱くようにすれば、すっぽりと包み込むように抱くことができる。

 「寧々ちゃん」は後ろを振向くことなく、展望台からの景色に見入っているようであった。彼女の背中に向かって1歩近づくと、その背中はすぐ目の前にあった。いつになく華奢な背中に見えた。

 「こうすると少し暖かいかも・・・」そう言って、「寧々ちゃん」の背後からその体を包み込むように抱きしめた。頬には彼女の髪の毛が触れ、シャンプーの良い香りがした。

 彼女はなされるがままに、身を任せていた。彼女の体重をしっかりと感じながら、頬で彼女の頭をなでるように密着させた。

 しばらく無言のまま時間が流れた。二人ともその短い時間を慈しむようにしていたのかもしれない。その沈黙を破ったのは「寧々ちゃん」であった。

 「なんだか安心する・・・こうされていると、遠い昔の子供の頃のことを思い出しちゃう・・・こんな年になって変でしょうけど、最近時々子供の頃に戻りたくなるんです・・・」

 「その気持ち分かります・・・こんな年になったから余計に昔が懐かしく重い出されるのかもしれませんね・・・」

 「taoさんでもそういう気分になるときあるんですか?」「寧々ちゃん」は自分の体を包み込むよ組まれている私の腕に両手を添えるようにしながら言った。

 「ええ、私もそういう気分になるときはあります。小学生や中学生の頃のことを思い出して、物思いにふけるようなことが・・・もちろん、その頃に戻れないことは分かりきっているのですが・・・」

 そう言い終ると、後ろからまわしていた腕を一旦ほどき、彼女の肩に軽く手を当てて、くるっとこちらを向かせるようにした。

 すると、「寧々ちゃん」はすっと私の胸に頭を持たせかけるようにした。彼女の頭はすっぽりと私の胸に収まった。一旦ほどいた腕を彼女の体にまわし、ぎゅっと身近に引き寄せるように抱きしめた。

 いい歳をした二人である。人生も後半にさしかかり、今までに良い意味でも悪い意味でも様々な経験を経ている。そんな二人であるが、何かしら純粋なときめきを感じた。

 どのくらいそうしていたのであろうか・・・ほんの数分だったかもしれない。あるいは数十分そうしていたのであろうか。記憶は定かではない。

2010/12/15

1737:展望台  

 残念ながら快晴ではなった。昨日の天気予報では快晴のはずであったが、午後からは厚い雲に覆われて、太陽はその姿を隠してしまった。

 雲に覆われた空は動きがないように見える。気分が晴れるという天候ではないが、それでも自然の中を散策することは、精神に多少なりとも良い影響があるはずである。

 駐車場で、午後3時の待ち合わせであった。駐車所に着いたときには、既に「寧々ちゃん」のMitoは停まっていた。その隣にE350を滑り込ませた。

 Mitoのウィンドウが開いて、見慣れた笑顔が明るく輝いた。「あれ、元気そうだな・・・心配しすぎだったかも・・・」と心の中で一人つぶやいた。

 昨晩の携帯での会話では、言葉の端々に気分の落ち込み感が感じられた。昨日よりは状況が好転したのかもしれない。

 「元気そうじゃないですか・・・」その笑顔に向かって声をかけた。「ええ、昨日よりずいぶん良いです。今は回復基調かな・・・」「寧々ちゃん」の瞳にはまだ一抹の暗い影が見え隠れしていたが、表情は柔和な明るさに満たされていた。

 「展望台まで歩きますか・・・」そう誘って、駐車場から遊歩道へ向かって二人は歩き出した。遊歩道の両サイドは木々が鬱蒼と茂り、薄暗い。今日は特に天気が曇りなので暗く感じる。

 「この雰囲気だと、いかにも魔物でも出てきそうですね・・・」「寧々ちゃん」は昨晩の会話の続きをするかのように話し始めた。

 「そうそう、ジャバウォックがこの遊歩道を横切ってもおかしくないでしょう・・・」まずは当たり障りのない会話から始まった。最近読んだ小説の話や、先日もらったVashti BunyanのCDのことなどが話題に登った。

 「あのアルバムで私が一番好きなのは、Rose Hip Novemberなんです・・・」「あっ・・・あの曲ですか・・・あの曲って、今日のこの森の風景そのものって感じの雰囲気ですよね」「そうですね、薄暗い森って感じですね・・・」

 森を抜けて広場に出ると、展望台の建物が見えてくる。展望台は結構高さがある。階段がついているが、登りきると息が切れるほどである。

 展望台に登るとぱっと景色が広がる。「わ〜思ったよりも高いですね・・・360度見渡せるって気持ち良い・・・」「寧々ちゃん」の表情はすっと軽やかなものになった。

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2010/12/14

1736:落ち込み期  

 汗をかいて体を動かすことは、精神の滓のようなものからすっきりと自己を開放してくれる。それは、ゴルフでもテニスでもロードバイクでも同じこと。あるいは、激しいセックスでも言えることである。体を動かさずにじっとしていると、その滓はどんどん浸潤してくる。

 精神の滓は、溜まりやすい人もいればそうでない人もいる。あるいは同じ人でも年齢や環境によってその度合いも違ってくる。「中年の危機」と呼ばれる時期は、精神の免疫力が低下することが多いようである。

 今晩のゴルフスクールには、「寧々ちゃん」は来なかった。Sさんは「○○さんは、ちょっと体調が悪いって・・・今落ち込み期みたい・・・」と話していた。スクール後の休憩タイムでも「一度診てもらったほうがいいかもって言ったんだけど、大丈夫だって聞かなくて・・・」と気になることを・・・

 「寧々ちゃん」は時々落ち込み期が来るようである。しばらく前にもそういった時期があった。少々心配になってきた。そこでゴルフスクールの帰り道、携帯で連絡した。

 「大丈夫ですか・・・今落ち込み期だって聞いたけど・・・」「ええ、結構今底なんです・・・」「底ですか・・・這い上がれそう?」「・・・もう少し時間がかかるかも・・・」

 「家にこもっていては、余計に落ち込みますから、ちょっと外にでませんか?野山北・六道公園って知ってますか?」「ええ、家族で行ったことがあります。」「あそこの遊歩道を少し歩きませんか?展望台があるじゃないですか・・・あそこからの眺めは結構良いですよ。気持ちも晴れますよ、きっと。」

 「歩きながら話しましょう・・・実は話を聞くのはプロなんです。」「そうでしたね、話を聞くことが仕事のようなものだって、いつかおっしゃってましたね・・・話をすると少し気持ちが楽になるかも・・・」

 しばらくの沈黙の後「寧々ちゃん」は言葉を繋いだ「二人っきりで会うのはこれで10回目になりますね・・・」「えっ・・・10回目・・・ああ、そうでしたね・・・心配しないでいいですよ・・・けっしてホテルに誘ったりしませんから・・・」

 ちょっと言葉のトーンを明るめにして続けた。「あそこの森は時々珍しい動物が出るんですよ・・・」「えっ・・・狸ですか?」「いえ、もっと珍しいものです。」「何ですか・・・まさかキツネ?」

 「ジャバウォックです・・・」「なんですか、それ・・・なんか聞いたことがありますね・・・不思議の国のアリスですか?」「よく憶えていますね・・・」「本当に出るのですか・・・楽しみにしています・・・」

 明日の3時に公園の駐車場で待ち合わせることにした。明日は快晴の天気予報である。展望台からは遠くの山々の稜線が美しく見える。もちろん天気さえ良ければ、富士山も見えるはずである。

2010/12/13

1735:珍々亭  

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 どこからどう見ても、うらさびれた中華料理屋にしか見えない。その店の外観からは、ここが有名な店であるというオーラは一切発せられていなかった。

 しかし、お昼時になるとこの店の前には行列ができるのが常である。さらに店内に入って驚くのは従業員の多さである。店内はカウンターが10席、4人掛けのテーブルが4個あるというごく平凡な広さである。

 普通このくらいの広さの場合、厨房に一人、配膳に一人か二人といった構成で営業していることが多い。しかし、この店は配膳に4名、厨房に3名もいるのである。お昼時は常に満席であり、店の前には行列が形成される。

 ここ「珍々亭」の売りは「油そば」である。今でこそ「油そば」は有名になり、チェーン店のラーメン屋さんにもメニューの一つとして組み込まれることが多くなったが、ここはその「油そば」の元祖的な存在の店である。

 なんと1958年からメニューに「油そば」があるという。しかもそのネーミングもこの店が発祥というのである。「油そば」は普通のラーメンと違ってスープがない。どんぶりの底こには濃い目のたれが入っている。そこにゆでたての太めの麺が入れられ、チャーシューやメンマ、ナルトといった一般的な具材が添えられる。

 上から見るとスープのないラーメンそのままである。食べる時には麺を回転させるようにして、たれとからませるのである。ここのたれは、まさに秘伝のたれなのであろう。麺とからめて食すると、なんともいえない美味しさなのである。

 この店のメニューには「油そば」以外にも、ラーメンやチャーシューメン、タンメンなどもあるが、来店される方の9割以上は「油そば」を注文する。

 最寄り駅は「武蔵境」であるが、駅からは遠く徒歩だと15分程度もかかる。近くに亜細亜大学があり、学生も多く来店する。

 私はいつも「油そば」の並、ねぎ盛りを注文する。並盛りは600円。オプションのねぎ盛りはは別途100円かかるので、合計700円である。

 これが癖になるのである。しょっちゅう食べるというわけではないが月に1,2度は足が向かう。「油そば」の味もさることながら、この店構えが何故か好きだ。まったくオーラを発することのない存在感。昭和の時代を色濃く残す店内の雰囲気。そんなものが油そばの味をより一層引き立たせるのである。

2010/12/12

1734:TELEFUNKEN  

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 左側の2個はECC83。右側の2個はEF86。どちらもTELEFUNKEN製の真空管である。昨日オルフィさんから届けられたものである。QUAD22にはECC83とEF86がそれぞれ2個づつ使われている。Mullard製のものが装着されていることが多い。

 わが家のQUAD22にもMullard製の真空管が装着されていた。これをTELEFUNKEN製のものに交換する計画が進行中であった。そして必要なものは揃ったので、あとは実行するのみとなった。

 そこでその実行日は今日と定められた。QUAD22の背面には2個のネジがついている。そのネジを緩めてカバーを開けると、4個の真空管を簡単に交換できる。ECC83にはカバーがついている。そのカバーは下に押さえながら少し回転させるとすぐさま取れる。
 
 ECC83を2個取り換えてから、EF86も取り換える。そしてカバーを元に戻しネジで閉める。この間の作業時間は5〜10分ほど。

 さて、交換作業が終わったので、いよいよ試聴タイムである。Mullardはどちらかというと音が厚く暖色系といわれている。対してTELEFUNKENは、音抜けがよく正確性に溢れている、というのが一般的な評価。

 さて、我が家のQUAD22ではどうなのであろうか?最初の音が出た瞬間、すっとした印象を受けた。そして聴き進んでいくうちに「なんだか音が高貴になったような・・・気品が出たような・・・なかなか良いのでは・・・」という感じとなった。

 ECC83もEF86もとても小さな真空管である。しかし、音に対する支配力はその小ささとは裏腹に大きなようである。

 まだ取り換えたばかりなので、なじみが出てくるにはもう少し時間が必要であろうが、音の精度感が上がったのは確かなようである。1階と2階に置いてあるQUAD22はどちらもTELEFUNKEN製の真空管に切り替わった。

 パワーアンプのQUADUにもEF86は使われている。片チャンネルに2個なので1セットで4個のEF86が必要になる。1階と2階両方のQUADUのEF86Uを全て取り換えるとなると、全部で8個のTELEFUNKEN製のEF86が必要になる。

 とりあえず、しばらくはDUAD22の様子を見守りながら、第2段のTELEFUNKEN作戦を遂行するか否かを検討しよう。



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