2010/11/17

1709:十和田湖  

 「まさか、自殺願望があるわけではないでしょう・・・」「ええ、普段はそういったことを考えることはないんです・・・でも、夢を見ることがあるの。高いビルかマンションから飛び降りる夢を・・・落ちていく瞬間に体がこわばって、目が覚めるんだけど・・・」

 「その夢は気分が落ち込んでいる時に見るんですか・・・」「そうそう、どうしようもなく気分が落ち込むことがあって、そういう時って何にもやる気がおきないんです。家事もほったらかし・・・そういう自分を心のどこかで責めているんだけど、心が言うことをきかなくって・・・そんな夢を見るのもそういう時ですね・・・自分を消してしまいたいと心の奥底で思っているのかもしれません・・・」

 「松平健の奥さんは鬱病が相当ひどい状態だったんでしょうね。医者の治療も受けていたようですから・・・そういった病的なものでなくても、気分が滅入って何にもやる気が起きないなんてことは、誰にでもあることでしょう。あんまり気にしないほうがいいですよ・・・」

 寧々ちゃんが自殺する夢を見ることがあるという話を聞いて、少々ドキッとした。彼女は40代前半。もう若くはない。4年前に子宮頸癌のため子宮と卵巣を摘出している。その後ホルモン療法を受けているが、時々不定愁訴と呼ばれる一時的な鬱状態に陥ることがあるようである。

 彼女の病気が原因かどうかは分からないが、ご主人は他の女性と定期的に会っているようである。そのことを彼女は知っているが、問いただしたり、責めたてたりはしていないようである。色々な鬱屈した感情をその心の襞の中に隠しこんでいるのであろう。

 「友里さんはきっと自分の心をもてあましてしまったのよ。悲しみの海に沈もうとする自分の心を支えきれなかったんだわ・・・」

 「前から思っていたんですけど、時々詩的なことを言いますね・・・」「えっそうですか・・・」「もしかして文学少女だったとか・・・」「本は好きです。小説とか結構読むほうかもしれません。」「やっぱり・・・」

 「最近読んだ本でよかったものはありますか?」「川上健一の『翼はいつまでも』かしら・・・気持ちがすっきりとして、純粋だった頃の心の色合いに一瞬戻れる感じ・・・」

 「やっぱり、詩的な人ですね・・・・純粋だった頃の心の色合いか・・・その色は何色ですか?」「青・・・断然・・・青!!」寧々ちゃんは笑った。瞳の奥深くには、十和田湖の湖面の色合いのような澄んだ青が潜んでいるようであった。その青は澄んで純粋であるが、悲しげでもあった。

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