2010/10/11

1672:獅子  

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 「カーマ」と聞くと、カルチャークラブのボーイ・ジョージを思い出してしまう。きっと「カマ、カマ、カマ、カマ、カマデミーリア〜」と歌っていたような記憶が頭の片隅にこびりついているからであろう。

 しかし、今日の「カーマ」は特別である。ただの「カーマ」ではない。カーマの数多いラインナップにおいて最上級に位置するフラッグシップ的な製品なのである。

 今日は、この巨大な「カーマ」を聴くために、Tさんのお宅を訪問した。ishiiさんとMさんがご一緒である。

 この「カーマ」は、特別に巨大でウルトラヘビー級である。1台で250kgもの重量がある。このスピーカーを設計し、試行錯誤を繰り返しながら製品としてまとめていく作業における膨大なエネルギーと時間、果てしない情熱、そして凄まじいまでの執念にたじたじとしてしまうような佇まいである。

 私にはその姿は二頭の獅子のようにすら感じられる。飛びかられたらひとたまりもなく食いちぎられそうな威圧感がある。実に立派でヨーロッパの重厚なバロック建築のようである。

 この巨大な二頭の獅子を駆動するのは、イタリアのBLUENOTE。CDプレーヤー、アナログプレーヤー、プリメインアンプ、それぞれが単体で機能し、非常にしっかりした造りである。

 私は残念ながらこのブランドのことはまったく知識がない。しかし、その凝った構造は相当に高い技術と冴えたセンスの持ち主がデザインしたものという雰囲気がぷんぷんする。特にCDプレーヤーのデザインは独創的で画期的である。

 部屋はマンションのLDKがまるまるリスニングルームとして活用されている。十分なエアボリュームがある。さらに内装には実に凝った工夫が加えられ、木の香りが心地良く、心からリラックスできる素晴らしい空間である。

 さて、ソファに座って獅子の咆哮の時を待った。そして、その第一声は・・・とてもこの巨大な獅子から発せられているとは思えない清澄で奥深い音である。重々しさのない、いやむしろ軽やかですらある。そのスピーカーの懐の深さからであろうか、十二分な余力のもと軽やかにスムースに音が放たれる。いい意味でその見た目を裏切る音の質感である。

 その他を圧倒する威容を目にしたときには、二頭の獅子に喉を噛みつかれ、あえなく窒息死するかとの危惧を覚えたが、実際に音を聴いてみると、その深い懐に抱かれるような、心地良いリスニング体験であった。

 帰りの電車の中では何故かしらボーイ・ジョージの「カマ、カマ、カマ、カマ、カマデミーリア〜」の一節がエンドレスで頭のなかを駆け巡るのであった。

2010/10/10

1671:珍妙な存在  

 今日は午前中我が家に妻の友人が3名ほど来訪した。私は邪魔にならないよう1階のリスニングルームに籠もってレコードを聴いていた。

 するとしばらくして、妻が入ってきて「友達がオーディオを聴いてみたいって言うんだけどいい?」と訊いた。「あっ、別にいいよ・・・」と答えた。

 オーディオは我が家では完全に邪魔者扱いである。妻は敵対視しているし、二人の子供はまったく関心を示さない。なので、家庭のなかでは孤立した存在なのである。しかし、妻の友人たちは何かしら興味を示したようである。

 ピアノ練習室を兼ねているとはいえ、独立したオーディオルームがある家は非常に珍しい。さらに今となってはレコードプレーヤーが置いてあり、機能している家も大変珍しいのである。

 その珍妙さゆえ、妻の友人たちは興味を示したようなのである。いずれも子供のころには家庭の中にレコードプレーヤーやレコードがあった世代の人間である。懐かしさもあるのかもしれない。

 妻の友人3名と妻で4名。ソファに座ってもらって、何曲かレコードをかけた。あまり長い曲は避けなければならない。クラシックを2曲とポピュラーを1曲かけた。どれも1曲3分程度の短めの曲にした。

 オーディオに関心のあまりない人間に我が家のオーディオを聴かせる機会はめったにない。「どうしたものか・・・」とおもったが、「もしかしたら家庭内におけるオーディオの地位向上に一役かうかもしれない・・・」と淡い期待を抱いた。

 妻の友人たちはしきりに感心していた。何を感心していたのかはよくわからないが、とにかく感心していた。こんなことにいい大人が躍起になっている物珍しさに感心していたのか、そのオーディオが奏でる音に感心していたのかは不明である。

 おそらく前者のほうの感心の度合いのほうが高かったのかも知れない。いずれにしても、オーディオマニアの方に聴いてもらった方が、その辺の珍妙さに対する感心というハードルをあらかじめ越えているという点では、気が楽な面もあった。

2010/10/9

1670:VIPルーム  

 「寧々ちゃん」のいたずらっぽい目線をじっくり見返しながら、「ここはラブホテルのVIPルームではないですよ・・・ゴルフ練習場のVIPルームです。」

 「じゃあ、これは浮気ではないということね・・・」「寧々ちゃん」は相変わらず笑み成分を目の中に溜め込んだまま、もう一度尋ねた。

 「浮気ではないですよ・・・まだ・・・少なくとも私の定義では・・・」「身も心もの定義ですね・・・」「そうそうそれです・・・」「じゃ当分大丈夫ですね・・・」「えっ・・・」「じゃっ、後半はじめますか?」

 シュミレーションゴルフは後半に突入。このシュミレーションシステムはヘッドスピードや、ボールの回転・初速を計測しそのボールの行方を決める。そのボールの行方はスクリーンに表示される。飛んだ距離やピンまでの距離が表示されるので、その距離にあわせてクラブを選択する。

 ちゃんとドローボールやフェードボールも出る。ドライバーの飛距離はほぼ実際のラウンドに近い。アイアンはフルショットの時はほぼ実際の飛距離に近いのであるが、アプローチショットの場合は、その飛距離は実際よりもやや大きめに表示されることが多い。人工芝の上で打つので芝の抵抗がないためであろう。

 どうも休憩時間の会話が気になり、後半はいきなりトラブルショットから始まった。前半は42で回ったのであるが。後半はどうにもこうにもまとまらず49となってしまった。トータルで91。シュミレーションゴルフでも90切りがかなわなかった。

 「寧々ちゃん」はパターで苦労したが、バンカーに入れても必ず1発で出るため大たたきがなく、OUT「53」IN「51」のトータル104であった。まずまずではないであろうか・・・

 「寧々ちゃん」には好評であった。「これ、またやりたい・・・」「また、誘っていいですか?」「もちろんいいですよ・・・浮気じゃないなら・・・」「えっ・・・」

 帰りの車のなかでは柴草玲の「うつせみソナタ」をかけた。1曲目の「川辺」を聴いていて、ふと「寧々ちゃん」が「これって不倫の曲じゃない・・・」とつぶやいた。「えっ、そういわれてみたら、そうかも・・・」「なんだか、ダブりますね・・・」またまた意味深な「寧々ちゃん」トークが炸裂した。

2010/10/8

1669:メープルシロップ  

 「思っていたよりもリアル・・・」ゴルフのシュミレーションシステムに対する「寧々ちゃん」の反応である。「寧々ちゃん」はシュミレーションゴルフは初体験である。

 SWING ARENA さいたま新都心店のVIPルームに着いたのは3時過ぎであった。名門コースの中から一つを選んでラウンド。二人は交互にショットする。まずはドライバーショット。そしてアイアンショット。アプローチしてからパターという順序である。もちろんOBもある。

 さらにラフに入ったり、バンカーに入ると、飛距離が落ちる。その落ちる割合が%で表示されるのである。「これならバンカーに入っても一発で出るから、これ好き・・・」「寧々ちゃん」は大のバンカー嫌い。しかし、このシュミレーションシステムでは実際に砂があるわけではないので、必ず一発で出る。

 実際のゴルフ場では平らな場所で打てるのは比較的少ないが、ここでは必ずフラットな足場である。そのため、ショットが安定する。しかし、パターは結構難しい。仮想のグリーンに毎回違うアンジュレーションが加わえらるため、なかなか入らないのである。

 「寧々ちゃん」は結構大はしゃぎであった。「これが家にあったら、相当上手くなるのにな〜」とつぶやいていた。「これが入る部屋は普通の家にはないですよ・・・」「それはそうね・・・大邸宅でないと」

 VIPルームには黒い皮の大型ソファが佇んでいる。OUTの9ホールを終えたところで、「冷たいものでも飲んで少し休憩しますか?」と「寧々ちゃん」に」声をかけた。

 「何かいいですか?」「アイスミルクティー」・・・ソフトドリンクを持ってきて、ソファテーブルの上に置き、「寧々ちゃん」の隣に腰掛けた。「どうです、面白いでしょう。しかも練習にもなりますよ・・・」「結構真剣になりますね・・・これなら飽きずに練習できます。欲しいな〜これ・・・」「これ一式で500万円です・・・あと相当広い部屋が必要ですね・・・」「とても無理ね・・・」

 ソファに座りながらたわいもない会話を繰り返す。二人っきりの密室ではあるが、怪しげな雰囲気にはなかなかならない。お互いそういった雰囲気に踏み込むのをあえて避けているようなところがあるのかもしれない。

 しかし、会話が少し途切れた瞬間に「もしかして、これって浮気・・・?」「寧々ちゃん」がつぶやくように言った。そして、ちょっといたずらっぽい目付きで私の目をのぞきこんだ。その目の輝きは、パンケーキにたらされたメープルシロップのように私の心にからみつく。そして淡く甘い香りを放つ。

2010/10/7

1668:BLUENOTE  

 なんだか、今年は三連休が多いような気がする。今週末も土・日・月と三連休である。この三連休はそれぞれ役割分担した。まず初日の土曜日は顧問先の会社社長とゴルフ。場所は埼玉ゴルフ倶楽部。天気が気になるところ。雨ならばプライベートなので中止になる可能性もある。

 二日目の日曜日は家族サービス。世のお父さんたちは、この三連休の全てを活用して家族サービスに当てる方が大半だと思われるが、わが家では3分の1のできである。申し訳ない・・・

 最後の月曜日はOFF会。とあるお宅にお邪魔する予定が入っている。初めて訪問するお宅である。スピーカーはオランダのカーマ。他のオーディオ機器はイタリアのブルーノート。という情報を入手している。

 カーマはオーディオショップでも見かけたことがある。今は正規に輸入されているかは不明であるが、相当に高度な技術を有したメーカーとのイメージがある。

 まったく不明なのはイタリアのブルーノートというメーカー。私はまったく知らない。おそらく正規には輸入されていないのではないか、という気がする。少なくともオーディオ雑誌で見かけた覚えがない。

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 インターネットで調べてみたら、ブルーノート製のレコードプレーヤーの写真が載っていた。この写真で見る限り、相当にリジッドで凝った構造である。どことなくドイツ製かと思わせるいでたちである。

 なかなか凄そうなメーカーである。これは嫌がうえでも期待が高まる。イタリア製のオーディオ機器にオランダ製のスピーカー。なかなか味わい深い音が聴けるような気が・・・

2010/10/6

1667:川辺  

 「今ここで抱き合ってしまえば 失うものはいくつあるだろう」・・・柴草玲「川辺」の歌い出しである。柴草玲は、独特の詩の世界を持っているシンガーソングライターである。

 「川辺」は2003年に発表された「うつせみソナタ」の1曲目の曲である。古都の川辺で開催された花火大会を訪れたとあるカップルのことが詩になっている。古都というとロケーションは京都であろうか。京都で川といえば鴨川・・・京都の鴨川で夏に花火大会があったか否かは不明である。

 このカップルは訳ありである。冒頭の歌詞から察するに「不倫」の香りがする。もしかしたら、お互いに家族のある二人かもしれない。

 普通のカップルであれば、真夏の花火大会、仲良く眺め、ロマンチックな雰囲気に浸りこめばいいのであるが、訳ありカップルの場合そうは単純には行かない。

 「むつみあう恋人たちを眺め やがて二人は黙り込む」と歌詞は続くのである。抱き合ってしまっても失うものの何もない恋人たちの姿を眺めつつ、訳ありカップルはいつしか黙りこんでしまう。そこに花火大会の花火が打ち上がり、同時に歓声が上がる。

 「寧々ちゃん」とSWING ARENA さいたま新都心店に行くのは、今週の金曜日になった。もちろんVIPルームである。ここは入り口のドアを閉めてしまえば、空間が密閉される。シュミレーションゴルフをしながら、ささやかなデート気分が味わえるのである。

 部屋に大型のシュミレーション・マシーンがあり、その後方には豪華なソファーが設えてある。ソフト・ドリンクを飲みながらゴルフをし、疲れたらソファーで休憩できる。

 ラウンドシュミレーションをしても、二人であれば1ラウンド2時間もかからないであろう。その時間のなかで、もしかしたら「川辺」の冒頭の歌詞のようなシチュエーションに陥らないとも限らない。

 「ここで抱き合ってしまえば 失うものはいくつあるだろう」そう心に思ってしまうシチュエーションが生じた場合・・・自制心のブレーキを思いっきり踏むのか、あるいは右足をすっと右にずらしてアクセルを踏むのか・・・

 「川辺」の訳ありカップルは、結局抱き合うことなく花火大会を後にする。「真夏の残り香にむせぶ 甘くて 歯痒くて 短いストーリー」として、その一夜は過ぎ去ってゆくのである。 

2010/10/5

1666:後悔モード  

 「ディーゼルは失敗ではなかったか・・・」という気が最近している。別にマイナートラブルが納車後1ケ月もたたないうちに発生したからではない。そんなことは慣れっこであり、マイナートラブルの箇所もディーゼルエンジンとは、まったく関係もないところである。

 今日、ドライバー側のドアロック不具合のため、ディーラーに修理を依頼した。修理が終わるまで代車としてMercedes-Benz C200を借りた。この車は1800CCの直列4気筒エンジンを搭載している。ガソリンエンジンである。それほどパワーがあるわけではない。V6エンジンのような滑らかさがあるわけでもない。

 しかし、ディーゼルエンジンに比べるとスマートである。音が繊細で滑らかである。アイドリング時の音質もせせらぎのようにすら感じる。あのディーゼルエンジンのどろどろとした間接音がないのである。

 E350 BLUETECはランフラットタイヤを履いているため乗り味が硬い。C200は一般的なタイヤであり滑らかな乗り味である。これはタイヤの差でありエンジンには関係ないことであるが、エンジンの滑らかな回転とその音質とあいまって、乗り味に上質感がある。

 今頃になって、「こんなことならE350 BLUETECではなくE250 CGIにすべきであったかも・・・」と少々後悔モードに入ってしまっているのである。

 ヨーロッパでは今やディーゼルエンジンが新車販売台数の半数以上を占めている。環境に対する意識の高いドイツでは特に顕著である。ドイツ人は合理的で理知的である。あまり情にほだされない。

 合理的に考えて、より経済性が優れていて、環境性能も勝っているとなれば、当然のこととして、そちらを選択する。

 日本人はあまり合理的とはいえない。情にほだされやすい。さらに繊細な感覚を大事にする。その繊細な情感主義的な感受性がディーゼルエンジンの普及を阻害しているのかもしれない。

 「このごろごろとした重たいエンジン音はいただけない。たとえ、燃費性能が抜群でも、CO2排出量が極端に低くても、この音には高級感を醸成する要素がひとかけらも入っていない・・・」という理由で選択肢からこぼれ落ちてしまうのである。

 今は少々後悔モードであるが、いずれ挽回するはずである。自分に繰り返し言い聞かせよう・・・「私は合理的な人間である。E350 BLUETECは、合理的・理知的に考察し、経済性、環境性能、40万円の補助金、取得税・重量税の100%免税などを考慮した結果、選択した車である。情にほだされてはいけない。ここは冷徹なまでな思考能力を駆使しして、初志を貫徹しなければならない・・・」

2010/10/4

1665:マイナートラブル  

 「早速来たか・・・予想よりも早い・・・」というのが正直な感想であるが、それほどは落胆していない。「こんなもんである・・・」という諦念がしっかり形成されているからである。

 ドイツ車を乗り継いできた。AUDI A6、BMW 735i、Mercedes-Benz S320、BMW 735i、そして現在のMercedes-Benz E350で5台目となる。

 そのいずれも、頻繁なマイナートラブルが発生した。大概が電気系のトラブルであったが、路上で完全に停止してしまうことも3回あった。

 ついこの間まで乗っていたBMW 735iはまさにマイナートラブルの魔窟であった。ドアミラーが電動で閉まらない。冷却水が漏れる。エンジンオイルが漏れる。トランクの開閉スイッチが効かない。冷却水ポンプが破損する。2速にギアが入らない。その他様々なトラブルが津波のように襲ってきたのである。

 その他の車も多少の違いはあるが、似たようなものであった。AUDI A6は、ウッドパネルが一部剥がれ落ちるなんて、変わったマイナートラブルもあった。

 そういった思いをしているので、納車されて1ケ月も経過していないのに、Merceds-Benz E350に早速マイナートラブルが発生したとしても驚かないのである。

 ドライバー側のドアのキーが、リモコンで閉めようとすると「ガ、ガ、ガ・・・」と妙な音を立てて、ちゃんと閉まらなくなったのである。

 走りに関係ないこととはいえ、その音同様に私も「ガ、ガ、ガ・・・」ときた。すぐさまディーラーに持っていった。「これは部品を変えないといけないかもしれませんね・・・2,3日預からせてください・・・」とサービス担当の方はいたって冷静である。

 私も冷静でいよう。こんなことにはなれっこなはずである。しかし、「まったくマイナートラブルのないドイツ車ってあるんだろうか?」という疑問が自然と浮かんでくる。「少なくとも納車から1年はまったくのトラブル知らず過ごすことができないものなのか・・・」という気はやはりするのである。

2010/10/3

1664:サウンドハウス  

 サウンドハウスが閉店することが決まった。かつて自分が足繁く通った店がなくなるのは、やはり寂しいものである。オーディオがビジネスとして成り立つことが難しい時代となってきたようである。

 サウンドハウスの4階で、GERMAN PHISIKSのスピーカーと出合った。ハイエンドオーディオにかぶれはじめた頃のことである。確か最初は、サウンドハウス主催のオーディオ・イベントだったような気がする。スピーカーとは思えないような妙な形をしていた。そして、その独特の広々としたサウンドステージに心惹かれるものを感じ、結局わが家に迎え入れることとなった。

 その黒い鉛筆のような形をしたスピーカーは、1階のリスニングルームに据え置かれ、その位置を微妙に変えながら、様々な音楽を奏で続けていた。

 最初の頃はCDのみであった。2躯体に分かれたCDプレーヤーから送り出された音情報は、プリアンプを経由し、一人では持ち上がらないような巨大なパワーアンプで大きく増幅され、GERMAN PHISIKSから放たれた。

 そのうちにアナログも加わり、徐々にその勢力を拡大していった。アナログプレーヤーは最初は1台であったのが、2台となり、CDを聴く時間よりもアナログを聴く時間のほうが多くなっていったのである。

 GERMAN PHISIKSを迎え入れて3年ほどした頃だろうか、わが家を大きな嵐が襲った。「ヴィンテージの嵐」である。

 その結果、綺羅星のような輝きを放っていた高価なハイエンド・オーディオ機器は、徐々にわが家から去っていき、GERMAN PHISIKSも例外ではなかった。

 その代わりに、「これって音がちゃんと出るの・・・」といったような印象を持つ容姿をした「骨董品」達が、ラックの棚板や、リスニングルームを占拠するようになった。

 その頃からサウンドハウスに出向くことはほとんどなくなってしまった。しかし、私にとって思い出の場所であることには変りがない。そういった存在がなくなってしまうのは、やはり寂しいものである。

 サウンドハウスは30年以上も営業をしていた歴史ある店である。同じように思い出の場所がなくなることを嘆かれている方も多いはずである。

2010/10/2

1663:運動会日和  

 今日は運動会日和であった。子供二人の運動会がたまたま重なってしまった。午前中は下の子の学校へ行き、午後からは上の子の学校へ行くという忙しいスケジュールとなった。

 何時ものようにビデオカメラを持っていき、子供が出るプログラムのみを撮影する。運動会の時は、親もそれなりに大変なのである。被写体が遠く動いているので、ビデオの撮影は、位置取りや、ズームの具合など工夫が必要となる。上手く撮れていないと、子供たちのブーイングが待っている。

 学年全体で行う競技の場合、どこに子供がいるのかを見つけるのが大変である。騎馬戦の時、最初のうちはどこにいるのか見つけられず、カメラのズームを目一杯にして探し回った。ようやく、見つけると、今度は見失わないようにする。

 最近のビデオカメラは軽くなってきた。8mmビデオ、デジタルビデオ、DVDビデオ、HDDビデオといった具合にその技術も進化してきた。それに伴って小さく軽くなってきた。最新のモデルは手のひらにすっぽり納まりほとんどはみ出ない大きさのものもある。

 わが家のものは4,5年前に購入したもので、DVDとHDDで撮影できる。最新のものに比べるとやや大きいが、充分使える。

 子供たちが小さかった頃に比べるとビデオカメラの出番は少なくなった。それこそ、運動会ぐらいしか出番が回ってこない。家族旅行などはデジタルカメラだけで十分である。8mmビデオの頃には飽きずに赤ん坊の子供を撮りまくっていたものである。今思うとその頃が懐かしい。

 その頃の機械はもっと大きく、もっと重かったはずである。確かSONY製の8mmビデオカメラであった。上の子が生まれてすぐに買った記憶がある。

 今もっているビデオカメラで何台目であろうか。8mmビデオの時代に2台、デジタルビデオの時代に1台、そして現在のものであるから、確か4代目のはずである。

 値段は昔の方が高かったのかもしれない。機能もとてもシンプルなものであったはずである。単に撮影できて、テレビに繋げば撮った画像が見れる。

 それだけで充分だったのである。撮りたいと思う被写体があったから。忙しくはいはいをしたり、ふいに満面の笑顔を見せる愛すべき小動物を捉えようと、8mmビデオカメラは活躍した。

 ごく稀にそういった古い映像を見る。8mmビデオテープはDVDにダビングしてある。子どもの幼さとともに、一緒に映っているいる妻や自分自身の若さに時の経過を感じてしまう。



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