2010/10/21

1682:自然乾燥  

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 仙台レコードライブラリーからレコードが三枚届いた。テレマン、ハイドン、モ−ツァルトのレコードである。テレマンはオーボエ協奏曲集、ハイドンはチェンバロ協奏曲集、そしてモーツァルトはオルガン協奏曲集である。三枚とも協奏曲である。最近は協奏曲がマイブームなのである。

 新しいレコードが届くと、まずはHANNL MELAでクリーニングする。通常のブラシと回転ブラシの二重洗浄である。順回転で洗浄後、逆回転、そしてバキューム。一連の作業を終えると、しばらく自然乾燥・・・上の写真のようにリスニングルームのなかのライティング・デスクの棚部分にたてかけられる。

 自然乾燥は10分から15分程度。バキュームであらかた水分は吸い取ってあるのでその程度の時間で問題はないようである。そして音質をチェックするのである。

 アナログは盤によって音質はピンきりである。そのファースト・インプレッションに一喜一憂する。今日は三枚とも次第点であったので、一安心である。

 3枚のレコードの値段は各々2,100円。これくらいの価格であれば、どきどきしないのであるが、もう少し高価なものだと、その結果次第ではひどく落胆することもしばしばである。

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 1階のリスニングルームのセッティングは、ここのところ変化はない。使用機器はもちろんのこと、ケーブル等のアクセサリーもまったく変わっていない。置かれているソファーやアームチェア、コーヒーテーブルなどのセッティングも微動だにしない。

 これは良いことなのであろうか・・・刺激が足りない気がしないわけではないが、変えたいという欲求がおこらないのである。もししたら、これは更年期障害であろうか・・・不定愁訴が襲ってくることはないが、大きな変化を求めない保守的な心理状態にいつの間にか陥ってしまっているのかもしれない。これは男性ホルモンの供給が低下してきたことにより起こる倦怠状態の一種であろうか?

 まあ、無理に変える必要もないので、セッティングや使用機器は変更せず、新しいレコードがきたらせっせとクリーニングして、乾かそう。

2010/10/20

1681:WILSON BENESCHE  

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 一頃のレコードプレーヤー熱は一旦は冷めた。しかし、インターネットでいろんなレコードプレーヤーを眺める癖は以前続いている。

 この写真は日本のLUXMANがかなり以前に販売していたレコードプレーヤーである。とても美しいデザインである。少しばかり華奢な感じのする造形である。

 とても繊細でありながら、凛とした緊張感も漂う良いデザインである。日本製のオーディオ機器はどことなく野暮ったいものが多いのであるが、なかにはきらっと光る製品もあるのである。これもそのひとつである。

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 こちらの写真はイギリスのWILSON BENESCHEのレコードプレーヤーである。これまた素晴らしい造形美である。どことなく近未来的なデザインで、シャープにして清潔感が漂い、それでいて冷たすぎない・・・絶妙なバランス感覚である。

 このレコードプレーヤなどは手元に置いておくだけでも価値があるのではと思えてくる。たとえ、音がいまひとつであったとしても、「それがどうした・・・」といった気にさせるほどの美しさである。

 ここまで美しい姿形をしているのであれば、きっと音も素晴らしいのではないか、という気になってくる。WILSON BENESCHEはスピーカーが有名であるが、アナログ関連の製品も出しているのである。

 確か今は正規には輸入されていないはずである。かってはステラボックスが輸入代理店だったような記憶がある。美しいデザインと優れた性能を兼ね備えた数少ないブランドであるので、またどこかが正規に輸入して欲しい。

 このレコードプレーヤは、既にカタログ落ちした製品であるはずであるが、こんなレコードプレーヤがリスニングルームにあったならば、足を投げ出してだらっとした格好ではレコードは聴けないかもしれない。自然と居住まいを正したくなるようなレコードプレーヤーである。

2010/10/19

1680:不定愁訴  

 「不定愁訴なの・・・」「何ですかそのふていしゅうそ・・・って?」「時々何にもやる気が起きなくなるんです。布団から起き上がるのも億劫になって・・・一日中布団のなかで過ごしたいような気分に陥ってしまうんです・・・」

 今晩はゴルフスクールであった。いそいそと出かけていったのであるが、思いっきり肩透かしをくらった。「寧々ちゃん」が欠席であったのである。SさんとYさんは来ていたので、スクールの休憩時間にそれとなく訊いてみたら「体調が悪いってメールが来ていました・・・」とSさんが話してくれた。

 そこで、スクールからの帰り道に「寧々ちゃん」にメールしてみようかと思ったのであるが、思い切って「寧々ちゃん」の携帯に電話してみた。

 3回ほど呼び出し音がしてから「寧々ちゃん」が電話に出た。「体調が悪いって聞いたので、少し心配になって・・・大丈夫ですか?」との問いかけに「寧々ちゃん」は「大したことないのです・・・時々不定愁訴が襲ってくるのです。更年期障害の一つです・・・」と答えた。

 「何日が続くのですか?」「大体1日か2日です。時々長いときがあって・・・これって結構辛いんです。」心無しか、「寧々ちゃん」の声に張りがない。

 「寧々ちゃん」はまだ42歳である。普通であればまだ更年期とはいえない年齢であるが、病気のため卵巣を摘出している。なので、女性ホルモンは自然な形では供給されない。ホルモンバランスが崩れると体の不調や、不定愁訴と呼ばれる一種のうつ状態に陥ることがあるようだ。

 「ホルモン療法は受けているんですか?」「ええ、お医者さんの勧めもあって、受けています。」「そうですか・・・気分転換が必要かもしれませんね・・・どうです、不定愁訴をキンキンに冷えた生ジョッキでふっ飛ばしませんか?」「いいですね・・・金曜日なら空いていますよ・・・9時までに家に帰れば大丈夫です。」「じゃあ、この前行った羽村の居酒屋にしますか・・・6時でどうです?」

 話はトントンと進んだ。「寧々ちゃん」は無類のビール好きである。更年期障害も不定愁訴もホルモンバランスの不調も、ビールで吹き飛ばす作戦である。

 「そうか・・・ホルモン療法を受けているのであれば、可能性は充分にあるはずである・・・」卵巣を取った場合、ホルモン療法を受けなければ閉経した女性と同じ状態となる。女性ホルモンが供給されないので膣は潤うことながなく縮小していく。通常の性交渉は難しい。しかし、ホルモン療法を受けていれば可能性はあるのである。

2010/10/18

1679:陥穽  

 陥穽に陥った音はどこに行くのであろうか?行き着くところもなく、反射を続け、歪んだサウンドステージを構成するのであろうか?

 2階のリスニングルームは、本来の用途は主寝室である。そこに無理やりオーディオを押し込んでいるので結構いびつな構成となっていたりする。

 QUAD ESLの背後には二つの箪笥が置いてある。これは結婚時に購入したもので、いわゆる「婚礼箪笥」である。左側は洋箪笥で右側は和箪笥が置いてあり、二つの間には1m20cmほどの隙間がある。

 箪笥の奥行きは80cmほどあるので、横120cm×奥行80cm×天井高240cmの空間的な窪みがスピーカーの背後に存在しているのである。スピーカー背後の壁はフラットなのが普通である。この窪みはどうなんだろうと前々から思っていた。

 この窪みを埋める形で音響反射パネルを設置したら、良いのでないか・・・と勘ぐっていたのである。しかし、この部屋に音響反射パネルを置くことは、妻との間の新たな「火種」となるので、避けるべきであろう。

 しかし、どうも気になっていたので、とりあえず一時的にテストをしてみることとなった。和室用の座卓が丁度良いサイズなのである。それをこの陥穽部分に立てかけると二つの箪笥と面一状態になるのである。

 これを恒常的な状態にするわけにはいかないが、面一状態となったところで、音を聴いてみた。左には洋箪笥、中央には立てかけた座卓、右には和箪笥。中央の座卓は角さん助さんを引き連れた水戸黄門のようですらある。

 さて、気になるその音の印象であるが期待に反してあまり良くない。なんだか音が平面的に聴こえるのである。それは単に見た目的なものに耳がつられているのかもしれない。

 改めて耳を傾けるが、なんだかそういうふうに聴こえる。平面的でつるっとしたような音の印象である。もう少しざらざら感があったほうが良いし、奥深い感じももう少し欲しい。

 そこで座卓をもとあった和室に戻した。空間的な窪みが再度出現した。そして音を確認。明らかにこちらのほうが良い印象を受ける。空間的な歪みに迷い込んだ音はどうやら悪さばかりしているようではなさそうである。

2010/10/17

1678:三つのソース  

 揚げたてのメンチカツが一つ、白いお皿に盛られている。かなり大型のメンチカツで厚みもそれなりにある。テーブルには、ウスターソース、中農ソース、とんかつソースの三つのソースが並んでいる。

 では、揚げたてのメンチカツにはどのソースが合うのであろうか?これは個人の味覚に関する事なので正解はない。私であればきっと「中農ソース」を選択するであろう。まあ、無難な選択ともいえる。通な人は「ソースなんかかけるな・・・そのまま食え!」というかもしれないが、私はメンチカツにはソースをかけたい。たとえ、揚げたてであっても・・・

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 たくみ@深川さんのメインソースはKLIMAX DSであるが、それ以外に2系統のソースがある。SACDはSONY SACD-1からプリアンプに情報が伝達される。さらにアナログはLP-12が担当を受け持っている。合計3系統のラインナップである。

 まずはメインのKLIMAX DSである。小型のノートパソコンを操作して曲を選択する。そのノートパソコンにはCDを読み込むための専用機械が取り付けてあり、ノートパソコンからは幾つかのパソコン周辺機器を経由してKLIMAX DSにデジタルデーターが伝達されているのであるが、それらの周辺機器がどういうもので、どんな働きをするものなのかは、全く知識がないので、分からない。

 KLIMAX DS経由の音は、「ディー・エス」という印象の音であった。「ディー・エー」ではなく「ディー・エス」という感じでなのである。「エー」とア行で伸ばすのではなく、「ス」っと子音で締まる。きっちりとしている。

 ノラ・ジョーンズの曲をKLIMAX DSとSONY SACD-1での聴き比べも行ってみた。KLIMAX DSはCDをリッピングしたデーターを使い。SACD-1はSACD盤を使った。

 SACD-1は世界初のSACDプレーヤー。その力の入れようは見た目からも分かる。その躯体どおり非常にしっかり感のある音で頼りがいがある。SACD盤であるからCDよりも有利である。それを差し引いても、最新のKLIMAX DSに勝るとも劣らない音を聴かせてくれるのはさすがである。開発にあたったSONY技術陣の鼻息の荒さがその音にも乗り移っているかのようである。

 最後はアナログ。LP-12にはEKOSが取り付けてあり、EKOSの先端にはBENZ−MICROのGLIDERの姿が確認された。こちらは、サーフェスノイズが耳に心地よく、弦楽器の音の質感が一気に有機的なころ合いになる。顎をなでられた猫よろしく、ごろにゃんしたくなる音である。

 KLIMAX DS、SACD-1、LP-12と3系統のソースが、それぞれの良さを活かしきった形で提示されているのでうれしい気分となった。

 KLIMAX DSは素材の良さを活かす「ウスターソース」、SACD-1はやや味わいの濃い「中農ソース」、そしてLP-12はしっかりその味わいを染み込ませる「とんかつソース」であろうか?どれも甲乙つけがたく良い味わいで音楽を食させてくれた。 

2010/10/16

1677:正方形  

 4畳半は正方形である。4枚の1畳の畳と半畳の1枚の畳が組み合わさって幾何学的な整った形を形成する。そして、その空間は潔い。大学生活4年間を過ごした部屋は4畳半一間の部屋であった。トイレや台所は部屋には附属していなかった。正方形の空間だけが私の専有空間の全てであった。

 その部屋にはテレビも電話もなかったが、正方形の中には必要なものは全て揃っているような気がしていた。足りていたのである。部屋には西側と南側に窓があり、西側の窓を開けると甘泉園の濃い緑が広がっていた。開け放った窓からは都電の走り去る音が時折入り込んできた。

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 たくみ@深川さんの部屋にドンと鎮座するJBL エベレスト DD66000は正面から見ると正方形に見える。実際には縦方向のほうが若干長いのかもしれないが、その形はほぼ正方形である。それを駆動するLINN KLIMAX SOLOも上から見るとほぼ正方形に見える。正方形が連続している。

 前段機器である、LINN KLIMAX DSとLINN KLIMAX KONTROLも上から見るとほぼ正方形である。そう考えると、実に正方形なラインナップである。こういった形の整った連続性は気持ちの良いものである。

 リスニングルームの壁と天井は無垢の杉、床は無垢の松で仕立てられ、実にウッディーな雰囲気に満たされている。リスニングルームとしての構造も実に良く練られていて、天井は複雑な形状となっていて、定在波が生じないようになっている。

 広さは15畳以上はあるであろう。充分な広さがあり、大型スピーカーであるDD66000がすんなり納まっている。LINNの最高級のラインナップで駆動されるDD66000は、どんなハイレベルな音を聴かせてくれるのであろうか・・・期待感が高まるなかでのOFF会となった。

 その音の印象は・・・「正方形」である。実にバランス良く、整いが良いのである。空間表現と音像の厚みのバランス、解像度と音の温度感のバランス・・・そういった二律背反的な要素が上手くまとまっている。縦が長すぎず、横が短すぎず、正方形的なバランス感覚である。

 DD66000は、実に帯域が広く、その広範囲の守備領域にわたり緩みないサウンドステージを提示してくれる。さすがにJBLのフラッグシップである。

 その詳細については明日にでも・・・

2010/10/15

1676:すかしっぷり  

 AUDIはクールにすかしている。現行のA4が出て以来そのすかしっぷりにはさらに拍車がかかった。その後A5が出て、さらにA7まで発表されるにいたって、その冷徹なまでのすかしっぷりは鋭利な刃物のようである。

 少し前の世代のAUDIは、すかしていたけれどもそことなく柔和で穏やかな表情が支配的であった。現行型からすると2世代前になるA4のデザインは好きであった。

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 現行AUDIのアイデンティティーでもあるシングルフレームグリルになる前のA4である。確かに押し出しの強さはない。ぱっと見のつかみは弱いのであるが、無駄なラインが全くないその穏やかな表情には和みの要素が感じ取れて心安らぐのである。

 しかし、時代の流れは、より先鋭的で、よりアグレッシブな要素を求めているようである。それは他のドイツメーカーにおいても同様である。BMWのキドニーグリルはより高さ方向に拡大され、現行の7シリーズにおいてはいささかバランスを崩すまでに肥大化した。

 さらにMercedes-BenzのEクラスも流麗な丸目四灯から直線基調の威圧的な表情に変わった。そのグリルはBMW同様縦方向に伸び押し出しを強めている。

 いったんある方向に振れると、ある時点を境に逆方向に振れるのが車のデザインである。もしかしたら、もう少しばかり年数が経過すると、より穏やかで柔和な表情の方へ揺り戻しがあるのかもしれない・・・

 しかし、AUDIの最近の動向を見ていると、A7 sportsback、新型A8など、クールにすかしている路線をクワトロを駆使してかっ飛ばしている感じである。ビジネス的にも順調なので当分この路線で行くのであろう。

2010/10/14

1675:ICF-5300  

 立川市の手打ちうどん「はる」は、国分寺の「甚五郎」から独立して店を構えた。なので、メニューは国分寺の「甚五郎」と似ている。さらに、昭和の懐かしいグッズを店の内装に多用しているところも国分寺の「甚五郎」と同様である。

 店の中には、懐かしい形をしたテレビ・ラジオ・カメラなどや、ホーロー看板などが所狭しと飾られている。子供時代に目にしたことのあるそれらの造形は心なじませるものがある。

 そのなかにSONYのラジオが一つ飾られているのであるが、それが私が中学生の頃使っていたモデルなのである。30年以上前の製品である。その姿を目にしたとき、言い知れぬ懐かしさを感じた。

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 型番はSONY ICF-5300。本当は同じSONYのスカイセンサーが欲しかったのであるが、お小遣いがどうしてもその価格までたまらず、その下のシリーズであったこのラジオを買ったのである。中学1年生の頃のことである。

 ICF-5300は両サイドに耳のように丸いダイヤルがついている。左側がボリューム。右側がチューニングダイヤルである。左側の上の方にある赤いボタンはライトボタン。その下に電源スイッチ。さらにその下にスライド式のトーン・コントロールがある。

 実に理にかなった構成で、いかにもSONYらしい独特の美しさがある。毎日のように愛用していたこのラジオを何十年もの年月を隔てて、うどん屋のなかで見かけた時、そのラジオに目が釘付けとなってしまった。

 その当時のラジオは夢に溢れていた。ラジオそのもの、機械としての存在感も実にあった。とても貴重で、まさに宝物的な存在であった。

 さらに、ラジオ番組も影響力があった。深夜番組を布団のなかでこっそり聴いて、翌日クラスでその番組について級友としゃべったりしたものである。

 中一の頃仲のよかった友人が、私がこのICF-5300を購入した直後、SONYのスカイセンサーを買ったときには、軽いショックを受けた。ICF-5300は横型であるが、スカイセンサーは縦型でもっと大きく、様々なボタンや機能に溢れていた。

 そのスカイセンサーの姿を友人宅で目にしてしまうと、わが家のICF-5300はどうしても見劣りしたものである。それでも、愛機ICF-5300はわが家で活躍し続けた。

 店の主人に「このラジオまだ鳴るのですか?」と訊いてみた。「鳴りますよ・・・でも最近電源を入れたことはないですけど・・・まだ鳴ると思いますよ・・・」と答えた。

 私には特別な思い入れのあるICF-5300を目にしながら、「肉汁・あいもり」を食した。残念ながら味の方は本家の国分寺「甚五郎」に比べるとやや劣った。しかし、ICF-5300に会うためにだけでも、また来店しようと思った。

2010/10/13

1674:ドロー  

 左に打ち出し、そこから右に曲がりながら落ちていくのがフェード。右に打ち出し、そこから左に曲がりながら落ちていくのがドロー。私の持ち球はドローである。

 ドローの方が、ランがでるため、キャリーが同じであれば飛距離はでる。しかし、ドローは危険も伴う。引っ掛かるとチーピンといわれるボールが出る。これは極端に左にボールが出てしまうため、OBになる可能性が高いのである。

 今日はゴルフであった。場所は寄居カントリークラブ。嵐山・小川ICから15分程度のところにある。ここは比較的距離がある。バックから回ったのでミドルはほとんど400ヤード以上の距離であった。

 なので、ティーショットの出来がスコアの大きな決定要因となる。250ヤード以上飛ばさないと、パーオンは難しい。持ち球のドローがしっかり出れば、飛距離的には何とかなるはずである。

 OUTスタート。1番から9番まで回って、ダブルボギーが一つもなかった。これは珍しい。ハーフでふたつほどダブルボギーが出るのが普通である。それ以上にパーが出ると目標の「45」をきることができる。ダブルボギーがなくて、バーディーが一つにパーが一つ、あとは全てボギー。前半は「42」・・・これは良い結果となった。

 気をつけなければならないのが後半。前半が良い結果だと、何故か後半崩れることが多いのである。気が緩むわけでなにはずであるが、別人になることがある。

 前半はダブルボギーなかったが、後半はいきなりトリプルボギー。OBが出てしまったのである。打ちだしが左に出てさらにそこから左に曲がる。チーピンである。キャリーで白杭を超えてしまった。

 いきなり行く手に暗雲が立ち込めた。その暗雲を蹴散らしたのが、その後のドライバーショットである。比較的綺麗なドローで空間を切り裂いてゆき、ランが勢い良く転がる。

 10番でつまずいたが、11番以降持ち直しパーが四つ出た。最後の18番のショートでスリーパットしてしまいダブルボギーとしてしまったが、どうにか「44」でまとめた。トータルで「86」。私としてはまずまずのスコアであった。

 今年の猛暑で、多くのゴルフ場はグリーンが荒れている。寄居カントリークラブも例外ではなかった。少しまだらになり、所々芝が枯れている。そういったグリーンコンディションであったので、パターに少々苦労したが、良い結果が出た。こういったスコアが続くと復調の兆しが明瞭になってくるはずである。

2010/10/12

1673:詭弁踊り  

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 オーディオから発せられる音楽はゆらいでいて欲しい。それはサーフェスノイズでもいいし、真空管が発するホワイトノイズでもいい。何かしら不規則に繰り返されるゆらぎが加わっていて欲しい。磐石な微動だにしない音の出方は、聴いているこちらの体も硬くなってしまう。

 もちろんゆらぎは心地よいものばかりではない。Mercedes-Benzのランフラットタイヤはそれほど心地良いゆらぎを提供してくれない。これは3万キロを走破したらもっと心地良いものに換えてしまおう。

 オーディオの音に加わるゆらぎも心地良いものばかりではない。しかし、確かに心地良いゆらぎというものは希少ではあるが存在するようである。

 昨日はTさんのお宅でのOFF会であった。BLUENOTE製のレコードプレーヤーは初めて聴く。実にしっかりした構造と作り込みがなされていて、正確にレコードの音溝をトレースする。

 Tさんは、BLUENOTEを使われる前はLINN LP-12を使われていたようある。そちらは部屋の片隅に専用ラックに収まった形で置かれていた。サブとして使われているようである。

 バルハラ電源で、トーンアームはEKOS。カートリッジはBENZ-MICRO RUBY2。フォノイコライザ−は、LINN LINTOを2台使っている。

 その様子をちらちらと見ていて、ついついたまらず「これって聴けますか?」と訊いた。「聴けますよ・・・」との返答であったので、「是非聴かせてください・・・」ということとなった。

 ジャズのレコードをBLUENOTEで聴いて、その後同じ曲をLP-12で聴いた。見事にゆらいでいた。そのゆらぎにあわせて体もゆらぐ。実にノリが良い。

 構造的な堅牢さではLP-12はBLUENOTEには到底かなわない。しかしながら、巧みな演出か生来の性格なのか、実に心地良くゆらぐのである。

 少し前「F分の1のゆらぎ」といった言葉というか理論のようなものがはやったことがあったが、「LINN分の1のゆらぎ」とでも命名したいような、ゆらぎである。

 好みで言うと私の場合こちらである。「LINN分の1のゆらぎ」のほうである。ついついLINN LP-12の音を聴いていると、京都大学 詭弁部の伝統の詭弁踊りを踊りたくなる。 



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