2009/12/13

1369:バス停  

 東京駅の八重洲口バス乗り場で「東15系」のバスを待っていた。バスを待っている人は一様に時折バスが来るであろう方向へ視線を向ける。

 自分が乗るバスがその視線に入ると、その瞳には軽い安堵感の輝きが灯る。私は乗り込んだバスが空いていると後方の窓側の席を選ぶ癖がある。そこだと落ち着いて窓の外の景色を楽しめる気がするのである。今日もそうした。

 「東15系」は東京駅を後にして「ベイエリア」と呼ばれる湾岸地域ヘ向かった。この地域はここ10年程で急激に発展した。高層のオフィスビルやマンションが密度たかく聳えている。肌寒さを感じる薄曇りの冬の午後、その灰色の景色からは近未来的な冷徹な印象を受ける。

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 目的地は「晴海トリトンスクエア」のなかにある「第一生命ホール」。今日はpontaさんとコンサートに行った。プログラムはモーツァルト「交響曲第38番」と「大ミサ」。演奏は福島章恭指揮ヴェリタス室内オーケストラ。合唱は東京ジングフェライン。

 福島さんの演奏会は東大和市民会館でヘンデルのメサイアを聴いて以来2度目である。開場15分前にコンサートホール入口に着いた。既にかなり長い列が形成されていた。一足先に来ているはずのpontaさんを探すとなんと列の先頭に並んでいらした。「早い・・・」さすが福島さんの信奉者である。

 「交響曲第38番」は「プラハ」の別名がある。その演奏は軽快である。澱みなく高回転域まで回るエンジンのように実にスムーズである。そしてその滑らかな回転に支えられてスピードの緩急が実に自在である。「駆け抜ける喜び」だけでなく「とまる喜び」にも「曲がる喜び」にも溢れている。

 休憩後の「ミサ曲ハ短調K.427」は、4名のソリストとオルガン、さらに混声合唱団が加わり編成がぐっと大きくなる。ミサ曲ではあるが、宗教的な厳粛さの一方でオペラ的な明るさも併せ持つとても美しい曲である。

 ぐっと排気量は上がりV8となったが、その軽快な吹き上がりはそのままにトルクが段違いにあがったような印象である。足回りはむやみに固められていないが、走りはきわめて安定感がある。乗り味にしっかりとした芯がある。

 「軽やか」で「しなやか」、そして「重厚さ」も感じさせる演奏はぐいぐいと聴くものをその音楽の中に取り込んでいくようであった。福島さんの核心を突いた指揮ぶりは今回も見事であった。

 演奏会が終り、会場から外に出るともう既に夕闇がせまっていた。地下鉄で帰るpontaさんと分かれて、東京駅行きのバスが来るバス停の列に並んだ。バスが来るであろう方向に数回視線を向けたが、なかなかバスは来なかった。しかし、演奏会の心地よい余韻に浸っていたため、その瞳にはせわしげな輝きは宿らなかった。



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