2009/11/20

1346:ENGLISH MUFFINS  

 PHILIPSのトレードマークはまるのなかに天の川を模したような波状の3本線が流れその上下に2個づつの星がきらめいている。少しばかりスバルのトレードマークに似ていなくもない。

 最近よく聴くレコードが何故かPHILIPSレベールのものが多かったので、そのトレードマークが目に付いたのである。PHILIPSレーベルのレコードの音はどことなく艶っぽい。トレードマークのなかに輝く4個の星がその音の特徴を象徴しているようでもある。

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 最近良く聴くPHILIPSレーベルのレコードの一枚がこれ。CHRISTINE WALEVSKAのチェロ、EDO DE WAART指揮English Chamber Orchestraの演奏でHAYDNのチェロ協奏曲第1番、第2番。

 クラシックのレコードでもいわゆる「ジャケ買い」というものがある。これはその代表的なもの。CHRISTINE WALEVSKAは実際にはそれほどの美人ではない。しかし、この写真ではきわめて美しく写っている。妖艶な雰囲気さえ漂わせている。

 そして全体の構成や配色、背景の美しさなどが渾然一体となって、このジャケットからは不思議な魅力が発散されている。ショップでレコードをあさるすばやい手の動きが瞬間冷却されたようにこのレコードで止まった。

 我が家に帰ってレコードに針を降ろし、その出てきた音を耳にしたとき、このジャケットを目にしたときと同じ印象を持った。「美しい・・・妖艶ですらある・・・」

 その音を聴いていると、無関連ではあるが溶けたバターの輝かしい黄色とその滑らかな匂いを連想してしまった。何故かしらそれは単純に溶けたバターではなく、カリカリに焼いたENGLISH MUFFINSの上で溶けているバターなのである。

 ENGLISH MUFFINSの表面はカリッとしている。バターが溶けた内側はもっちりしている。そういった食感がこのレコードの音からは連想されたのである。

 「ENGLISH MUFFINSはPascoからしかでていないのであろうか?他のメーカーのものを見たことがないのであるが、山崎パンからもでているのであろうか?」

 そんなどうでもいいことを頭にぼんやり浮かべながら聴くHAYDNのチェロ協奏曲第1番は、やはり香ばしい良い味を出していた。

2009/11/19

1345:オーディオ雑誌  

 今日はオーディオ関連の数少ない月刊誌である「Stereo」の12月号を購入した。オーディオ雑誌はオーディオマニアの急激な減少に伴いその発行部数もぐんぐん右肩下がり。発行部数が減れば当然広告収入も減る。どこも非常に困窮した状態であろう。

 「Stereo」は最近少しつまらなくなったと感じている。面白く読んでいたコーナーが次々になくなったからである。まず第一に「音響人生是魔物的悦楽」がなくなったのはショックであった。

 ここにでてくるマニアを見ながら、同病相哀れむではないが、「こんなひともいるのか・・・」といろんな意味を込めた溜息をつきながら楽しく読んでいたのであるが、いつからか無くなってしまった。

 さらに、田中伊佐資さんが毎月非常に面白い文章で身近なオーディオ関連の体験談をつづっていた「オーディオ・ジコマン開陳」もいつのまにか無くなってしまった。

 この二つがなくなってしまったら、「Stereo」を購入する価値が半分になってしまったような気がするのである。

 この二つに共通するのはともにとても「個人的」であるということ。単なる新製品の紹介や比較試聴記事というのは、とても退屈なもの。文章もほぼ定型的で、決まり文句が羅列してあるだけ。ほとんど記憶に残らない。

 その点「音響人生是魔物的悦楽」では、そこに登場する方のそのあまりのマニアぶりに「この人、変だよね〜」と十分に変な自分のことを棚にあげて思ったりする。
  
 しかし、その視線にはオーディオに嵌った同じ穴のムジナ的な好意的傾向があり、けっして突き放してみることはせず、毎号どんな方が出てくるのか楽しみであった。

 そして「オーディオ・ジコマン開陳」では、実際に田中氏が身の回りで体験したことがユーモアたっぷりの文章でつづられていてとても親近感を抱くものであった。

 結局、オーディオはとても個人的な趣味である。その人のパーソナリティーというものが、機器構成にも、リスニングルームの様子にも、そしてきっとその音にも如実に現れるもの。

 そういったプライベートな側面を窺い知ることができる記事というものはオーディオ雑誌には不可欠という気がしていたのだ。

 広い試聴室でリファレンス機器に繋がれた新製品の音質的な傾向について興味のある方は多いかもしれないし、その記事を参考にあたらにオーディオ機器を購入される方もいるはずなので、そういった記事がオーディオ雑誌の中心となるのはもっともではある。

 しかし、もっとプライベートな香りのする普遍性のないとても狭い世界でのオーディオ関連の出来事をつづった記事にもある程度のスペースを割いて欲しい、と思ってしまう。

 12月号は例年「評論家が選ぶベスト・バイ・コンポ」である。これはこれで例年のことなので「もう年末か・・・」と思ってしまうような風物詩的な存在で悪くはないのであるが、「この人こんな馬鹿なことして・・・まったくよくやるよ・・・」といった感想を思わず独り言してしまうような記事も読みたいものである。

2009/11/18

1344:左腕のコントロール機能  

 冬に向かってのひとかきひとかきが、大きく力強くなってきた。昨日は冷たい雨、そして今日は素晴らしく晴れわたったが、冷たい北風が体温を奪う。

 「そろそろコートが必要かな・・・」という気持ちになった。寒くなってくると難しくなってくるのが、ゴルフの練習場通いである。夏場は暑さから冬場は寒さから練習場から遠ざかってしまうのである。

 しかし、来年へ向けて「ゴルフ建て直し」を心に誓っている私は、寒さを押しのけて練習場へ向かった。

 やはり寒い。思わず打席に一個づつ取り付けられているガス暖房機のスイッチを押した。2,3秒スイッチを押していると「ボッ!」という軽い燃焼が始まったことを示す音がして赤く発熱する。

 その側にいる分には暖かいのであるが、一定以上の距離離れてしまうと「焼け石に水」状態でほとんど効果は薄い。

 さすがに今晩は人が若干少ない。それでも思っていたよりも打席は埋まっていた。寒いといってもまだ11月。強力な忍耐が必要なほど寒いわけではない。

 2コイン100球打ち込んだ。時間にして1時間。心地よい疲労感を伴う運動である。今日のチェクポイントは左肘を左脇から極力離さずにスウィングするということ。そして左肘を早めにたたみ左肩へ向けてクラブを振り切るようにした。つまり常に左側を意識しながらスウィングするということである。

 ダウンスウィングは、どうしても利き腕である右腕がリードしがちになる。右腕の方が力があるので、それはある程度やむをえないのであるが、右腕が暴走しがちになるので、打球の方向性が安定しない。

 そこで、左腕のコントロール機能を充実させる必要があると感じていたのである。よく「右腕はエンジン、左腕はハンドル」といわれるが、ティーショットの方向性が安定しないのはハンドルである左腕が弱いからであろう。

 すぐに素晴らしいハンドリングが身に付くわけではないのであるが、この点を改善できれば総合的な乗り味はBMW風に良くなるはずである。

 オーディオ風に言うと「右腕はパワーアンプ、左腕はプリアンプ」ということになるのであろう。QUAD22のように素晴らしいコントロール機能がこの左腕にも宿れば、きっとゴルフ再建は十二分に可能であろう。

2009/11/17

1343:試運転  

 5日が経過した。LINN LP-12をSE 09バージョンにグレードアップしたのが今月の13日の金曜日。金・土・日・月・火と指折り数えると片手の指が全て折り曲がる。

 サスペンションのテンション調整は2週間経過後の29日に再調整する予定なので、とりあえず程度の調整でしかない。なので、あくまでまだ「試運転」の状況である。

 そういう前提であっても、やはり以前のノーマルバージョンと比べると結構差がある。この差はレコードプレーヤの基本的な骨格を構成するKEELとその心臓部ともいえるRADIKALの影響によりその多くがもたらされたような気がしている。この二つのバージョンアップはLP-12を大きく飛躍させたようである。

 「では、EKOS SEとURIKAはどうなんだ・・・」と問われるかもしれないのであるが、順序だててひとつづつバージョンアップしたわけではないので、EKOSからEKOS SEに変えた場合の変化やLINTOからURIKAに変えた場合の変化の詳細については残念ながら報告できない。

 そして、今回のバージョンアップによる音の変化具合は、KEELとRADIKALの影響が大きいとは思われるが、四つのグレードアップによって総合的にもたらされてたものであり、KEELとRADAIKALのみによりもたらされたものでもないのであろう。

 ではどう変わったのか?Alessandro Marcello「Concerto for Oboe,Strings,and Continuo in D minor」を今日は聴いていたのであるが、冒頭の印象的なStringsの旋律がより躍動感をもって展開する。特に低弦の音の質量感が増したような印象受ける。その音はけっして重苦しくはないので、弦楽器の艶やかな弾力感が上手くでる。

 そして、滑らかに繰り出されるHeinz HolligerのOboeは、とても情感豊かである。しなやかであるが芯の強さを感じる音である。

 そして合奏時に感じる音場の広さがより広くより立体的である。グレードアップ前少しばかり不安に感じていた「音が固くなるのでは・・・」という心配の必要は、なかったようである。

 クラシックがメインジャンルである私にとって解像度や情報量が上がっても音のエッジがたってしまうと残念ながら元も子もないのである。

 まだピントがしっかり合っていない感じが残ってはいるが、調整を煮詰めていくことによりそういった点も解消されるであろう。

 2週間の試運転期間はまだ半分も終わっていないが、上々の立ち上がりといえるであろう。29日の再調整が一段と楽しみになってきた。

2009/11/16

1342:骨折  

 朝仕事に行く間際、愛犬メリーの痛みを強く訴えるような叫び声が聞こえた。それに続き妻の心配そうな声が続いた。

 何かしら嫌な予感がした。ネクタイを結んだところでスーツの袖に腕を通し急いでその声のするほうに向かった。

 メリーは前右足を持ち上げてすくんでいた。妻は心配そうに見つめながら「大丈夫?」と声をかけている。

 パピヨンは結構飛び跳ねる。食事の時や主人が帰宅したときなど連続ジャンプして嬉しさを表現するのであるが、どうやら食事の時に連続ジャンプをした際に右足の先端部分をシステムキッチンの扉に着いた取っ手に引っ掛けてしまいひねったようなのである。

 その痛みを訴える切なそうな声からすると「折れたかもしれない・・・」ととっさに思った。とりあえず妻が動物病院に連れて行くこととなり、私は事務所へ向かった。

 その後事務所に妻から電話があり「右足の先端部分の骨が折れているみたい。ギブスをしてもらって、しばらく安静にしている必要があるよう・・・」と報告があった。

 「やっぱり折れていたか・・・少し長引くかも・・・」と内心思った。メリーももうすぐ8歳になる。犬の年齢としては高齢期に入ってきている。少し骨がもろくなってきているのであろうか。

 それと少しばかり太り気味な体形も今回は禍したようである。骨が上手くくっついて治るといいのであるが、しばらくは散歩もできないであろう。

 今日は少し早めに家に帰った。メリーは前右足にしっかりとギブスをされて、おとなしくリビングの絨毯の上に座っていた。

 いつもは足にまとわりつくようにクルクル駆け足でまわるのであるが、今日は当然それはできない。申し訳なさそうに上目遣いで眺めながら尻尾だけはしっかりと振っている。

 3週間ほどはこのギブスは取れないようである。動物病院の先生からは安静にすることと、食事は少なめにすること、1日に1回痛み止めの薬を食事時に与えることが指示された。3週間後ギブスが取れてしっかりと骨がくっついてまた元気に散歩できるようになることを祈るだけである。

 ペットといえど、家族の一員。やはり心配なものである。しばらくその頭をなででやる。さわり心地の良い柔らかい毛をしている。今日はいつもより愛情をこめてなでてあげた。

2009/11/15

1341:Argilla  

 夕食は家族4人で「狼煙屋」へ行った。「狼煙屋」は近所のラーメン屋の中で依然一番人気を誇っている。とんこつと魚の合わせスープである。吉祥寺の「麺屋 武蔵」と基本は似ているのであるが、こちらの方がよりマイルドな味わいである。

 味わいはマイルドであるが、食べるとしっかりと胃にくる。多少もたれ気味になりやすい。今日も少しもたれた。そこで腹ごなしのために、既に夜となりあたりは真っ暗ではあったが、愛犬のメリーを連れ出し散歩にいくことにした。

 日中は良く晴れて暖かな休日であったが、夜になるとさすがに肌寒い。秋の虫もすっかり鳴き途絶えて、あたりは無音である。歩く靴音と愛犬のせわしげな足音が夜空に静かに響く。

 しかし、とある一箇所でコオロギの鳴き声が・・・「確かにコオロギである。一匹のようだ・・・」最後の力を振り絞っているのであろうか。一匹であるが、しっかりとした音を奏でている。

 その音を聴きながら、寒さに震えながらも黒く輝くコオロギの羽根を想像した。そのイメージした黒からの連想か、昨日ゴローさんのお宅で聴かせていただいたORNELLA VANONI「Argilla」の印象的なCDのジャケット写真を思い浮かべた。

 0RNELLA VANINOが全身を黒く塗り、前衛舞踏のようなポーズをつけているインパクトのある写真であり、一度見たら脳裏に深く刻まれる。そして、その写真のみならず聴かせていただいた楽曲も素晴らしかった。

 ゴローさんにとって、このCDは今年亡くなられた音楽評論家の黒田恭一氏との思い出の詰まった一枚であり、単なる愛聴盤を超える存在でもある。

 OFF会の楽しみの半分はソフトである。特に音楽に造詣の深い方の場合優れたソフトを聴かせていただけるという楽しみがとても大きい。
 
 そこで散歩から帰ると早速インターネットでこのCDを調べてみた。昨日ゴローさんがこのCDは入手困難になっている、とおっしゃられていたのが気になったのである。

 HMVでは欠品であった。Amazonでは新品は欠品であったが、中古で1点出ていた。しかしその価格を見て驚いた。「9,800円」と確かに表示されていたのである。「すごい・・・プレミアがついている・・・レコードのオリジナル盤なみの値段である・・・」

 Yahooオークションもチェックしたが形跡すらない。「9,800円か・・・」かろうじて1点残された「Argilla」は、秋も終り冬が始まった頃合に、1匹だけで健気に独奏しているコオロギのような貴重な存在のようである。

2009/11/14

1340:音のソムリエ  

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 ワインを保存する際の温度や湿度は、その味に大きな影響を与えるはずである。またワインを注ぐグラスの形状もワインの種類にあわせて変えるという。グラスの形状がワインの持ち味に合ったものであるとより美味しく飲めるのである。またワインをグラスに注ぐ注ぎ方によっても味わいは当然影響を受ける。

 残念ながら私はワインをたしなまない。なので、ワインのことについては全くの無知である。しかし、人から聞いた話によるとワインの味わいをよりよく味わい、その特色をしっかり把握するためには、緻密な作法が必要なようである。

 今日はpontaさんとゴローさんのお宅を訪問した。ゴトーユニットを中心とした大型スピーカーをアキュフェーズのアンプによりマルチアンプ駆動するという大掛かりなシステムである。

 しかし、その音は実にまとまりが良くシステムの大掛かりさを少しも意識させない見事な調整ぶりである。その音は音楽の味わいをしっかりとそしてディフォルメすることなく正確に伝えてくれる。

 温度も湿度も最適に管理され、その味わいの特徴を上手に引き出すグラスに見事に慣れた手つきで注がれたワインのように、音楽はその素顔をしっかりと見せてくれる。なので、その肌合いの潤い感や色の微妙な変化もしっかりと舌に伝わってくる。

 様々な音楽を聴きながら「音のソムリエ」といった言葉が自然と脳裏に浮かんでくる。この見事なバランス感覚は長年の修行によって得られたものであろうか・・・桁外れに豊富な音楽体験の蓄積によるものであろうか・・・

 帰りがけpontaさんとの会話の中には「ニュートラル」「基準点」といった言葉が数多く出てきた。ワインは飲んでいないが、しっかりと音楽に酔うことができた貴重な数時間であった。

 そして、アルコールには滅法弱い体質であるのに、家に帰り着いた時ワインを飲みたくなった。貰い物でいただいたワインがあったので、なれない手つきでコルクを抜きとりあえずちかくにあったコップに注いだ。残念ながら「未熟者」の味しかしなかった。

2009/11/13

1339:13日の金曜日  

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 今年は「13日の金曜日」が3回ある。2月、3月、そして11月である。月の初めの日、つまり1日が日曜日である月の13日は金曜日となる。

 今日はその今年3回目の「13日の金曜日」である。「13日の金曜日」は不吉とされている。しかし、これはキリスト教に由来するものであるので、日本においてはそれほど関係はないと思われるが、ホラー映画の影響もあり小学生でも「13日の金曜日」が不吉と信じているようである。

 そんな日に「手術」の運びとなった。ノーマルのLP-12をSE 09バージョンにグレードアップするのである。ど素人である私には全く手におえないので、熟練した技を持つプロの方にお願いした。石井式リスニングルームにリフォームした際にお世話になった松浦さんに組み込み作業を依頼したのである。

 今日は午後から冷たい雨が降り始め、空はどんよりと曇っていた。不吉な雰囲気を漂わせている。「まさに13日の金曜日という雰囲気だな・・・」と内心思っていた。「もしや、今回の手術は不吉な結果に終わるのでは・・・」という不安が一瞬脳裏を掠めた。

 手術は5時間の時間を要した。KEELを取り付けるためにまず分解作業を行い、その上でKEELを装着。次はRADIKALである。そしてEKOS SEを取り付け、最後にURIKAを組み込んであるTRANPOLINと組合せて、とりあえずの完了。

 落ち着くまでに2週間ぐらいは必要とのことで、その間は試運転期間である。2週間後の今月29日に再調整を行い、一連のグレードアップ作業は完了となる。なので今日現在は「とりあえず」状態でしかない。

 今回の手術は、人間で言えば心臓や肝臓を移植したようなもの。かなりの「別人」にはなっているはず・・・ということで、まだ麻酔が醒め切らないLP-12ではあるが早速レコードを数枚かけてみた。

 「とりあえず」状態ではあるが、その音は私にとって「ふりふりふりふり、ふりふ〜り」である。初期状態で既に立っているポジションの違いを見せ付けてくれる。

 もしかしたら「13日の金曜日」は世間でささやかれているような不吉な日ではなく、新たな可能性を開いてくれる佳き日なのかもしれない。

2009/11/12

1338:腕を振る  

 昭島市にあるとある建設資材販売の会社を訪問した。ここの社長は大のゴルフ好き。顧問先の会社を訪問したら平均1時間ほど経営者と話をするのであるが、この社長とは前半の30分は会社の業績の話をし、後半の30分はゴルフの話をする。

 業績の話をしている時よりもゴルフの話をしている時のほうが社長の表情は楽しげである。身振り手振りを交えながらの会話となることが多い。

 今日もそのパターンであった。業績の見通しについての話をひととおりした後、先日ホームコースでレッスンプロと一緒に回ったときの話になった。

 飛距離がいまひとつである社長がそのレッスンプロにアドバイスを求めたところ「もっと腕を振ったほうが良いですよ・・・」と言われたそうである。

 「腕を振る・・・今はゴルフ雑誌を読んでも体幹スウィングが奨励されていて腕はあまり使わないようなスィングが主流のはず・・・」とその社長は思ったが、レッスンプロによると腕をしっかり振ってその上で体を回転させれば飛距離は伸びるとのことであった。

 そして、後半はそのアドバイスどおり腕を振ることに意識を集中してスウィングしてみると10ヤードほど飛距離が伸びたとのとのことである。

 「腕を振るか・・・」きわめて単純なことであるが、妙に新鮮に感じられた。このところ体の回転軸をぶらさないよう腕から力を抜き体幹でスウィングすることに気を使って練習していたが、実際のコースでの結果はいまひとつであった。

 そういったタイミングでこの話を聞いたので「これだ!!」とひらめくものを感じたのである。そしてその会社を出て早速練習場へ直行した。

 体の回転をあまり意識することなく腕をしっかり振ることを注意しながら素振りを数回行い、ボールを打つときはその腕の振りを再現しながら体を回転させる。

 すると確かに今までよりも飛距離が伸びる。今までボールが当たっていたネットの位置よりも高い位置に当たるようになった。

 「これは良いことを聞いた・・・」と内心ほくそ笑んだ。90切りがすっかり遠のいたこの頃であるが、これを契機に挽回したい。

 すっかり良い気分で練習場を後にした私は車に乗り込みながら「フリフリフリフリ、フリフ〜リ・・・」と郷ひろみの「林檎殺人事件」を思わず口ずさんでいた。正確には「フニフニ・・・」なのであるがどうしても「フリフリ・・・」と歌いたい気分であった。

2009/11/11

1337:飛騨産業  

 北欧家具の魅力はそのデザイン性の優秀さにあることは確かである。しかし、表面的な派手さは多くの人目をひきつけるようなものではない。

 どちらかというとさらっとしている。何気に見ているでけでは見過ごしてしまうようなデザインである。しかし、よく見てみると「これは・・・」と溜息を漏らしたくなるような感じなのである。

 そして、そのデザイン性とともに優れた感性を感じるのは、その素材の活用である。チークやマホガニーといった木材をその骨格に使用し、クッション部はシックな色合いのファブリックという組合せが多い。木部のデザインは曲線を上手に使った洗練されたもので、ファブリックとのバランスが見事なものが多い。

 北欧家具を代表するデザイナーの一人が、ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナーである。彼は「椅子の詩人」と呼ばれる、世界的に有名なデンマークのデザイナー。代表作Yチェアは、日本でもとてもポピュラーである。

 この家を建てた時、ダイニングテーブルとダイニングチェアのセットをいろいろ物色していた。そのときに、内心欲しかったのがYチェアであった。

 その繊細にして優美な造形美には惚れ惚れする感じであった。背もたれ部の美しい曲線や座面のペーパーコードの素朴で暖かみのある質感に強く心惹かれた。

 しかし、その当時上の子は4歳。Yチェアをダイニングチェアとして使えばすぐさま汚れてしまうことは目に見えていた。美しいペーパーコードは食べこぼしやいたずら書きの餌食になってくすんでいってしまうことがほぼ確実であったのである。

 結局Yチェア導入は見送られた。そのかわりに導入されたのが飛騨産業鰍フダイニングセット。佐々木敏光デザインの「CRESCENT」という製品であった。

 これがなかなかの優れもの。13年が経過し子供達の度重なる攻撃にも耐え、その美しさはくすんでしまうことがない。

 そのデザインは、ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナーの作品に代表されるような北欧家具の良さを引き継いで、そこに日本人独特の繊細な優美さを加味した造形である。

 優れたデザインセンスとともに、抜群の耐久性を有していた。今にして思えば無理をしてYチェアを導入しなくて良かった。やはり物事を決めるときには周囲の環境を考慮して冷静な対応が必要なようである。



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