2009/11/30

1356:新女王  

 LINN LP-12のバージョンアップは完了した。予想していたとおり、かなりのステップアップになったようである。表面的な見た目はほとんど変わらない。真っ黒なEKOSがEKOS SEになりシルバーになったのが、外観から伺える唯一の変更点である。しかし、中身はがらっと変わった。

 「アナログを聴いているという感覚が希薄である・・・」というのが、LP-12 SE 09を聴いていて感じるところ。

 確かにレコードをかけていて、針音やサーフェスノイズがスピーカーからは聴こえる。しかし、楽音は揺らぎがなくすっくと立っている。その立ち姿が従前のアナログ的な音の質感と違う感じなのである。

 デジタルの音とも違うのであるが、従前のアナログの音とも違う。独特の立ち姿である。LP-12のノーマルバージョンが持っていたものの何かが失われてしまった可能性は高いのであるが、得たものの方が多いようである。

 昨日は日本のプロゴルフにとってはとても重要な日でもあった。特に女子ゴルフの賞金女王争いは熾烈をきわめ、最終戦の最終日で劇的な展開を迎えていたのである。

 しかし、昨日はLP-12のサスペンションの調整作業が行われた。リコーカップのテレビ観戦は難しいかと思われた。が、その作業はリスニングルームではなくリビングルームで行われた。そのため、音を出さずにテレビをON。

 LP-12のサスペンション調整作業を見守りながら、横目でゴルフ観戦。ゴルフは音声がなくともその展開は凄くよく分かる。横峯さくらが首位に並び、そして逆転優勝と賞金女王を手にする経過が見てとれた。
 
 LP-12の調整作業も気になるが、ゴルフも気になる。右を見ながら左を見る。また右を見るといった具合でなかなか忙しかった。

 内心横峯さくらを応援していたので、昨日の劇的な急展開には心ときめいた。横峯さくらはけっして美人ではないが、どこかしら親しみやすさが感じられて好印象。その独特なフォームも個性的である。

 一方諸見里しのぶは、なんとなく取り澄ましたようなところが鼻についてしまう。ついつい横峯さくらの方に肩入れしてしまうのである。

 昨日の結果には大満足。それにしてもシナリオライターが書いたとしか思えない劇的展開の末での結末・・・できすぎな感がないではない。LP-12 SE 09と同じである。

2009/11/29

1355:サスペンション  

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 サスペンションは固めが良いのか、柔らかめが良いのか・・・それはその人の好みの問題であり、さらに車の性格にもよる。また走っている道路状況によっても最適なセッティングがあるはず。

 ストップ・アンド・ゴーの多い街中を走っているとき、高速道路を走っているとき、峠道を攻めているとき、などなどその状況しだいで、がちっり固めた方が良いのか、体に優しく衝撃をしっかり吸収してくれる方が良いのかは変わってくる。

 LP-12のサスペンションはというと・・・状況がゆるせば柔らかめが良いようである。しかし、ゆるゆるだと針飛びが置きやすい。特にリスニングルームの床の構造によっては、緩めのセッティングだとその前を歩いただけですぐさま針飛びを起こしてしまう。

 幸い我が家の1階のリスニングルームはオーディオ用にリフォームしているので床が非常に強固な構造をしている。なので、標準的なセッティングよりもかなり緩めのセッティングができるというメリットがある。

 今日はLP-12のサスペンション調整の日。今月の13日にSE 09バージョンへのグレードアップ手術を施され、落ち着かせるための2週間の試運転期間も経過した。

 前回は数回のたっぷり休憩をはさんでの作業であったので5時間ほどの時間を要したが、今回は小休憩1回のみというスピーディーな作業を松浦さんに行っていただいたので、3時間もかからずに最終的な調整作業が完了した。

 サスペンション調整がピタリと決まると・・・音はどうなるのであろうか?最近もっともよく聴くハイドン「チェロ協奏曲 第1番」を最初にかけてみた。

 「静かである・・・」「当然ターンテーブルは動いているのであるが、その音は安定感のある静かさを感じさせてくれる・・・」「細かな音も聴こえてくるのであるが、けっしてその枝葉にピントが奪われることはない。音楽全体が広く奥行きのしっかりある構図の中に美しく納まっている・・・」

 などなど、心の中には「やはり違う・・・」という思いがふつふつ湧いてくる。SE 09バージョンを初めて聴いたのは、SOUND CREATEの試聴室でのことである。そのとき「何か違う。根本的なところで違う・・・」という思いがした。

 自分のリスニングルームでも今日そういった印象を持った。KEELとRADIKAL、この二つはLP-12の根本的な性格を一新させたようである。LP-12 EKOS LINGO LINTOという従来の標準バージョンからSE 09バージョンへの一気移行は私の中では成功裡に完了した。

2009/11/28

1354:ねずみ捕り  

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 上野原インターを降りて大月カントリークラブヘ向かう途中、対向車がライトをパッシングさせて合図を送ってきた。

 「これは、この先でねずみ捕りをやっているという意味であろうか?」とその合図について考えた。すると、私の車の前を走っていた軽自動車が急に速度をゆるめた。40kmの法定速度に合わせて走り出したのである。

 私もそれに倣い、速度をゆるめ軽自動車と同じペースでしばらくは走った。すると緩やかに左カーブするポイントで速度測定器と椅子に座った警官を発見、「やはり、そうだったか・・・」

 その少し先のドライブ・インの駐車場にはパトカーと数名の警官が・・・そして、2台の車が停められていた。2台捕まったようである。

 きっと60km以上で走っていたのであろう。「かわいそうに・・・」と思ったが、私も対向車の合図がなければ、同じ目にあっていた可能性が高い。ほっと胸をなでおろした。

 「今日はついているかも・・・」と内心思った。ゴルフにはつきも必要である。自然を相手のスポーツだけに、紙一重のところで天国と地獄が分かれたりするからである。

 ミスショットして木にボールが当たったとき、右にはねるか左にはねるかで、OBゾーンにボールが飛び込んだり、フェアウェイの良いところにボールが転がったりするのである。

 「幸先がいい・・・」と思ったのは残念ながら勘違いであった。三つのOBと一つのワンペナにものの見事に撃沈された。

 よくよく考えてみると、対向車の合図のおかげでねずみ捕りに捕まらなかったのは、確かにラッキーともいえる。しかし、何かを得たわけではない。貴重な時間とお金と点数を失わななかっただけである。

 さらによくよく考えてみると、法定速度とはいかなくとも法定速度プラス10kmほどの速度で走っていたのであれば、対向車の合図がなくともねずみ捕りには捕まらなかった。

 ゴルフも実生活も、真面目にそして丁寧に基本的なことを守っていれば、そこそこ良い結果が起こるものなのかもしれない。大月カントリーから見える富士山の優雅な姿を眺めながら、そんな当たり前のことを感じた一日であった。

2009/11/27

1353:彦摩呂  

 彦摩呂はグルメレポーターとして独自の地位を築いている。しかし、その仕事故か恐ろしく太った。まさにはち切れんばかり、パンパンである。針でつついたら、7回裏の甲子園球場の夜空を「ピュ〜ン」と甲高い音を立てて、飛び回りそうな感じである。

 彦摩呂の決めぜりふは「まるで○○の○○や〜!」と、独特の関西風のイントネーションでいう比喩である。

 「もつ鍋界の世紀末覇王や〜!」「納豆のテーマパークや〜!」などなど、その決めぜりふはユニークなものが多い。

 今日はストラビンスキーの「春の祭典」をCDで聴いた。演奏はワレリー・ゲルギエフ指揮 キーロフ歌劇場管弦楽団である。

 ゲルギエフの風貌は一種野生的である。いかにもダイナミックで力強い演奏をするような印象を受ける。

 そして、このストラビンスキーの春の祭典はっそういった点では一番向いているような気がするのである。その音楽は前衛的であるとともに、複雑なリズムが折り重なり、不協和音が咆哮し錯綜する原始的で呪術的な印象すら受ける。

 ゲルギエフはその根元的な不気味なまでのエネルギーの噴出を見事にみせてくれる。このCDを彦摩呂が聴いたならば、なんと喩えるであろうか?

 「クラシック界のレッド・ツェッペリンや〜!」とでも言うのかもしれない。ゲルギエフは確かに髪を長髪にし、ギターを持たせればハードロックバンドで演奏していても違和感がないような風貌をしているのである。

 我が家にはもう一枚「春の祭典」のCDがある。エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンジェルス・フィルハーモニックの演奏のものである。

 こちらはゲルギエフ盤とは好対照な印象を受ける。「春の祭典」がきわめて理知的にきっちりとした構成を保ちながら演奏される。一言で言うと「クール」・・・決して悪い意味ではない。

 こちらはこちらですばらしい。「ホット」VS「クール」といった構図であるが、指揮者の風貌と演奏から受ける印象がこれほど一致するケースも珍しい。

 「人は見かけによらない・・・」と言われることが多いが、この2枚のCDを聴いて、そしてその指揮者の風貌を写真で確認すると「演奏は見かけ通りかも・・・」といった印象を持つのである。

2009/11/26

1352:アグレッシブ  

 また体が歪んできたのであろうか?先日チューバホーンさんの整体院で簡易的に体の歪みを修正してもらったはずであるが、練習場でのドライバーショットのボールがぶれるのである。

 アイアンショットは比較的安定しているのであるが、どうしてもクラブの長さが長くなるにしたがって大きくぶれるようになる。

 そこで、レッスンプロにみてもらうことにした。自分自身ではなかなか自分のスウィングを客観的には分析できない。具体的な解決策が見出せない時は他人にみてもらうにかぎる。

 「ヘッドが走っていませんね・・・頭を残してフィニッシュは最後まで振り切りましょう・・・」「打球の方向が気になって、ヘッドアップ気味になっていますね・・・」と矢継ぎ早に指摘が飛ぶ。

 そこで、フィニッシュまで打球を見ることなく頭をしっかりのこし、クラブを背中に担ぐぐらいまで振り切るようにしてドライバーショットを練習した。

 これで結構良くなった。ボールのつかまりが良くなったのか、右方向にぶれることが多かったが、ドローボールが出るようになった。

 どうも苦手意識が強いせいかドライバーを持つと慎重になりすぎていたようである。ゴルフは基本的に慎重さが必要なスポーツであるが、時には大胆に責める気持ちが必要なようである。

 これからは石川遼のようなアグレッシブなドライバーショットを目指すぐらいの心意気が必要なのかもしれない。

 今日は3コイン、150球を打ち込んだ。しかもドライバーショットが中心。へとへとになった。腰も少し痛くなった。家に帰って食事と風呂を済ませると猛烈な睡魔に襲われた。その睡魔に身を任せ数時間眠ってしまった。

 腰にすこし張りを感じる。アグレッシブなドラーバーショットもいいが、残念ながら体の方が付いていかないようである。体を鍛える方が先かもしれない。

2009/11/25

1351:ひたひた法  

 レコードは綺麗にしなければならない。中古レコードは、そのほとんどが製造されてから30年から50年程経過している。ショップから買ってきたままでは、大概針音が結構出るうえ音質も多少汚れにより抑圧されている。

 そこで、洗浄液を使って汚れを落としたりあるいは水道水で洗ったりするわけである。我が家ではVPIのレコードクリーニングマシーンを中古で入手し、活用している。

 レコードをクリーニングマシーンに固定し、回転させながら洗浄液をたらす、そして専用のブラシでその液を伸ばすようにクリーニング、数分そうしてうえでバキュームで洗浄液を吸い取るのである。

 これであれば両面で5,6分で完了。比較的手軽である。目で見えるほこりは綺麗に取れる。しかし、カビや何かであろうかクリーニングをしてもパチパチという針音が一向に納まらないケースもある。

 先日とあるところから有力な情報を入手した。パチパチ対策として、洗浄液を満遍なくレコードの表面に塗布したら一定時間以上そのままの状態にしておき、その後一気にブラシでクリーニングすると、しつこい汚れやカビに有効である、との情報であった。

 洗浄液を一定時間以上レコードの表面に置いておくことにより汚れを浮かせるのであろう。そして汚れが浮いてきたところでレコードを回転させて専用ブラシの細い毛でかき出すのである。

 このとき洗浄液はけちけちせずに、ひたひたになるぐらい贅沢に使うのが良いようである。このひたひた法は汚れを浮かす時間が必要なので、従来のすぐさま法よりも若干時間がかかる。

 早速この方法を使ってレコードをクリーニングしてみた。先日購入したが針音が結構耳につくDECCAのレコードを使ってみた。

 洗浄液を満遍なくひたひた状態にし、そのまま5分ほどほっておく。その上で専用ブラシを使ってクリーニングしたうえでバキュームで吸い取る。

 そして音を出して確認・・・「ん〜、まあ効果がないわけではないか・・・」といったのが正直な感想である。「パチパチ」が「プチプチ」になった。その針音の表面の固さが多少柔らかく耳につかなくなった。

 完全になくなるわけではない。しかし、楽音により耳が向かう。従来の方法よりもこの方法のほうが若干効果は高いようである。

 そして、もう一つ有力な情報が・・・洗浄液であるがHannlのものが効果が高いという情報である。HannlはMade in Germanyの高級レコードクリーニングマシーン Mera ELを製造するメーカーで、Mera ELの価格は550,000円とすこぶる高価である。

 その洗浄効果は相当ハイレベルであるとのことであるが、その価格がネックとなっていまひとつ触手が動かない。

 しかし、そのMera EL用の洗浄液であれば、他の類似商品に比較すると価格は高いが、絶対的な金額はそれほどではない。500mlで5,000円である。

 その情報を入手後すぐさまオーディオショップに発注した。まだ手元には届かないが届き次第従来から使っていたものと比較してみたい。この洗浄液でひたひた法を活用すると、「パチパチ」が「プ・・プ・・」ぐらいになってくれるといいのであるが・・・

2009/11/24

1350:「型」  

 愛犬メリーが右前足をを骨折してから1週間が経過した。昨日動物病院に診せに行ってきた。経過は比較的順調な様であるが、ギブスが取れるのは、まだまだ先のようである。

 右前足はしっかりとしたギブスで固められているため、その他の3本の足しか使えない。なので、よたよたしている。

 家族がいるときには庭に出したりはしているようであるが、散歩は当分無理なようである。朝は私が、夕方は妻が散歩の係りであった。その日課が無くなってしまった。なんとなく日々のリズムが狂ってしまう。歯磨きをしないで寝てしまったときのような歯車が合っていない感じを受ける。

 人間は習慣の動物である。日々一定の行動を繰り返していると、それが定着し習慣化する。習慣化すると逆にそれから逸脱する行為のほうが違和感があるというか、難しくなるものである。

 ベッドのなかでの所作も一定の習慣化された「型」がある。これは本人の性格や行動パターンと相当関連があるのかもしれないが、長年にわたって継続されたものは「型」になる。

 残念ながら「雲竜型」とか「不知火型」といった立派な名前は付いていないのであるが、もしもゆるされるなら、その「型」に名前でも付けたいくらいである。

 「雲龍型」は、せり上がりの際に、左手をわき腹に当て、右腕を右前方へ流す形を取り、そこからせり上がる。一方、「不知火型」は、両腕を外側前方に流す形を取り、そこからせり上がる。

 「不知火型」は左右対称でおおらかでダイナミック。「雲竜型」は力強さのなかにもどことなく気品というか形の美しさを追求したようなところがある。

 では、土俵入りの型ではなくベッド・インの型にはどんなものがあるのであろうか?代表的なのは「白蛇型」と「流体力学型」である。

 前者の「白蛇型」は白いヘビがまとわりつくようなせり上がりを見せる。一定のゆっくりとした速度で非常にタッチが柔らかく滑らかである。その目は瞬きすることがないのかと思わせるほど冷徹に澄んでいる。

 一方「流体力学型」は非常に不規則である。リズムも強弱も不規則に変化しその予測が難しい。相当能力の高いコンンピューターソフトを駆使しないとその法則性を探ることは難しく、一見無秩序である。しかしその裏には複雑に絡み合った力学の法則に基づいた瞬間的なきらめきが隠されているのである。

 そういった「型」が長い年月の間に形作られると、その「型」にしたがって行動できると安心感が得られる。人間は根源的に「安心」を求めるもの。なので形成された「型」は大事にしたいものである。

2009/11/23

1349:タコはち  

 最近の若い人は言葉を省略する傾向がある。「コンビニエンスストア」は「コンビニ」、「アラウンドフォーティー」は「アラフォー」、さらには「空気の読めない人」は「KYな人」となってしまう。

 そういった言葉を短縮する傾向はクラシックの世界にも持ち込まれているようで、「ショスタコーヴィチ」は「ショスタコ」となってしまう。

 さらにその傾向が増大した結果「ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第8番」のことを「タコはち」と言ったりするようになった。「これはないのではないか・・・」と思ったりもするが、語呂合わせとしては確かにユーモラスである。

 この場合の「タコはち」は一般的には「ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第8番」をさすが、私の場合よく聴くのはもう一つの「タコはち」である。それは「ショスタコーヴィチ作曲 弦楽四重奏曲 第8番」である。

 これは名曲である。暗く沈うつな要素もあるが、躍動感があり緊張感溢れる緩みのない構成である。おもわず「これはクラシック界のKING CRIMZONや〜」と彦麻呂風につぶやきたくなった。

 KING CRIMZONの後期3部作(Larks' Tongues in Aspic 、Starless and Bible Black、Red)は、うねるような緊迫感がその底辺を覆っている。

 「タコはち」も同種の緊迫感がその空気を支配している。そして、時折その緊張感が沸点に達し、一気にエネルギーを噴出する。

 「タコはち」と言うと、どうしてもとある人物が頭に浮かぶ。「たこ八郎」である。あの独特の存在感はやはり凄いものがあった。元プロボクサーと言う異例の経歴を持ち、バンチドランカーとしての後遺症があったためか、どこまでが演技でどこまでが地が定かではない芸風が人気を呼んだ。

 しかし、1985年焼酎をあおって海に入っていってしまい帰らぬ人となった。表舞台からの去り方もたこ八郎らしかった。

 「タコはち」の最終楽章は静かに終わる。何かしら終末観漂う終わり方である。この最終楽章を聴いていると、海に沈む夕陽を連想する。オレンジ色に輝く夕陽が水平線に徐々に沈んでいき、やがて見えなくなってしまう。そんなシーンが思い浮かぶのである。

 そして、その海には何故かたこ八郎がいる。沖に向かってゆっくり進んでいる。向こう側を向いているためその表情は窺い知れない。

 しかし、首まで海につかったとき、たこ八郎はくるっとこちらを向き直って一言言い放った・・・有名なギャグの「たこで〜す!!」ではなく、無表情で「もう、帰るよ・・・」とつぶやいたような気がするのである。

2009/11/22

1348:体のゆがみ  

 チューバホーンさんは整体院を経営されている。屋号は「PRO・FIT」。昨日はチューバホーンさんのお宅でのOFF会であったが、OFF会の前に体のゆがみ具合をチェックしてもらった。

 まず普通に真っ直ぐ立ってみた。すると「右足が左足と比べて外側に向いていますね・・・」と指摘された。続いて足を閉じて真っ直ぐに立ち両腕をだらんと下にたらした。「右腕が体の前方に下りますね・・・」との指摘・・・よく見比べてみると確かにそうなっている。

 両手を胸の前で合わせて上体を水平方向へ回転させた。左方向にはスムーズではあるが、右側には回りにくい。

 さらに首も左右に回転させたところその具合を両手でチェックしていたチューバホーンさんは、「首が一番ひどいですね・・・」と一言。

 首に体のゆがみ具合の兆候が一番はっきりと出ているようである。治癒危惧を首の後ろ側に当てて上下に移動させ、首を真っ直ぐにする。しばらくそうした後、先ほどと同じようにチェックしてみた。

 すると先ほどの右腕が前に出る症状も治まり、上体の右への水平方向の回転もスムーズに・・・「さすがである・・・さすが専門家・・・」と心の中でしきりと感心した。

 これは、改めて予約を取って本格的な治療をお願いしたほうが良さそうである。日常生活ではいろんな癖があるもの。足の組み方や寝る方向など、そういった癖が繰り返されると体には一定方向へのゆがみが生じるようである。

 右方向へのスムーズな回転ができないとなると、ゴルフスウィングにおけるバックスウィングが上手くいかない。バックスウィングが上手くいかないとトップの位置が安定しない。そうするとショットがぶれやすくなる。

 頭の中では「そうか・・・そうか・・・からだのゆがみが原因だったのか・・・」と勝手にゴルフの成績がふるわない原因を体のゆがみに求めたくなってしまった。

 「体のゆがみを直せば、スコアアップにつながるのでは・・・」とパッとひらめいたのである。もちろん練習しなければ上手くはならないのであるが、体のゆがみを直せば一皮向けるような気がするのである・・・これは心強い見方を得た。 

2009/11/21

1347:背番号「18」  

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 野球チームのエースナンバーは18番。この番号をつけた投手はそのチームの投手陣の大黒柱であり、チーム全体の牽引役でもある。

 速球派であったXERXES20の我が球団での背番号は20番であった。いささか単純ではある。先発のLP-12の後をついでゲームを引締め、リリーフエースのIMMEDIA RPM Revolutionにつなぐ、いわゆる「中継ぎ」として十二分な活躍をしていたのであるが、球団の金銭的な諸問題から、金銭トレードによりチューバホーン球団に移籍した。

 さて、今日はそのチューバホーン球団とのオープン戦である。球場は杉並区にある「PRO・FIT球場」。相手の先発はそのXERXES20である。

 その背番号は、「18」である。しかも我が球団では中継ぎとして活躍していたが、チューバホーン球団では先発として起用されるようである。

 1回の立ち上がりは「技巧派」に転身したかと思うような変化球主体のかわすピッチング。以前は速球を中心とした組み立てが多かったので少し意外であった。バッテリーを組むLINN LINTOの配球なのであろうか?

 その変化球はスピードこそないが、ボールのキレはありなかなかクリーンヒットが出なかった。1回を終えベンチに戻ったXERXES20は、ベンチのなかでコーチとなにやら打ち合わせをしていた。

 よくよく見てみると、ベルトを新品に交換しているようであった。「ベルトを新しくしたぐらいでそんな変化はないはず・・・2回以降も変化球主体でくるはず・・・」と次の打者には外に逃げるスライダーを逆らわずにライトに打ち返すよう指示した。

 そして、1回裏をどうにか0点に抑えての2回表、XERXES20の初球を見て驚いた。打者の手元でホップするかのような強烈なストレートであった。球速ガンも148kmを表示。1回とはまったく違う。

 結局XERXES20は5回を投げて被安打2、失点0であった。2回以降ベルトを新調したXERXES20は速球を主体にしながら要所要所でキレのある変化球で攻める見事なピッチングであった。非常に優秀な調整コーチも付いたようで、腕のふりやボールのリリースポイントがより適切になっているようであった。

 それにしても、金銭トレードでチームを離れた投手が相手チームのエースとなって大活躍しそうな仕上がりであることは、チームオーナーとしてはやや複雑な心境ではある。

 投手は「18」を背負うとやはりエースの自覚というものがでるのかもしれない。XERXES20は我がチームにいたときよりも顔つきがより精悍になったような気がする。

 XERXES20の出身地はROKSAN。ROKSANだけに「18」との相性は抜群なはずである・・・早く気付くべきであった。



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