2009/6/14

1186:昭和の矜持  

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 幼な子を胸に抱いた母親は、カメラのレンズに向かってどのような表情をすることが多いのであろうか?多くの場合、小さな生命を愛おしみながら心満たされる幸福感を表出する笑顔を見せるであろう。

 そして、その笑顔は柔らかな風合いに包まれ、乳白色の甘い香りを漂わせるかのようである。

 今日はIさんのお宅に伺った。30年以上前に建てられた一戸建てでその頃出始めの工業化住宅である。建てられた当時はモダンであった意匠も、今では昭和の高度成長期を思い起こさせてくれる感じで、良い感じに古びていた。

 建物の内部も多くの時間の経過を感じさせてくれるいでたちである。その室内にどんとかまえた三菱の2S-305が鎮座していた。思いのほか大きく豪華ないでたちである。優雅なアールが昭和の時代を髣髴とさせてくれる。

 その2S-305の背後の壁に一枚の白黒の写真が額に入れられて飾られていた。そこには幼子を胸に抱く和服姿の母親とその隣には父親が映っていた。その写真の感じからIさんの祖父母と幼かった頃の父親の写真ではないかと思った。その写真からは柔らかな幸福感が漏れ出ていた。

 その背後の写真を目の隅に入れながら、2S-305の音を聴かせていただいた。2S-305はNHKのモニタースピーカーとして開発されたモデルである。しかし、その意匠は業務用にありがちな素っ気無いものではなく、一般の家庭でも十二分に見栄えのする立派なものである。

 しかし、音はやはりその用途にそった要素がより強く感じられた。甘さがなく厳然としている。しっかりと背筋を伸ばし「鑑賞」するための強さが感じられるのである。甘めのフォーカスでぼかしたりせず、きりりとこちらを見透かしている。

 その表情は柔和であり、鷹揚とも言える立ち居振る舞いで部屋の一隅を占めてはいるが、その視線はすっと矢のように真っ直ぐである。

 2S-305にはその性能を証明する書類が付属している。その書類に目を通すと、昭和47年の日付が目に入った。薄茶色に変色した紙質や検印の朱の色が懐かしさを誘い出す。律儀にその二つの検印はしっかりと真っ直ぐに押されていた。このスピーカーを作った人の矜持が感じられた。

 2S-305と対峙していた数時間私は確かに「昭和」のなかにいた。それは乳白色の懐かしさに包まれながらも、しっかりした芯のようなものが感じられる時間であった。

 (明日は隣の部屋に置かれた長岡鉄男氏設計の「スワン」の印象を記事にする予定。当然はじめて聴くスピーカーである・・・)



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