2009/6/30

1203:前傾角度  

 「上体が少しつったている感じですね。もう少し前傾角度を深くしてスタンスを広くした方がいいでしょう・・・」ドライバーショットをレッスンプロに見てもらった。

 15分程度見てもらっている間、2つのチェックポイントを指摘された。一つ目は前傾姿勢が浅いのでもっと深めにとるようアドバイスがあった。

 もう一つは、上体の力が強いので下半身主導のダウンスウィングが出来ていないとの指摘があった。左腰の回転をもっと意識して腰の切れでスウィングするよう気をつけたほうがいいとのことであった。
 
 その二つのアドバンスを念頭に置きながら1時間ほど球を打ち続けた。夜ではあったが湿度は相当に高いなかであったので汗だくである。そしてグッタリである。しかし、練習場ではまずまずであった。

 これはいつものこと。練習場でまずまずであっても、ゴルフ場のティーグランドに上がると練習場でのスウィングが出来ないことが多いのである。

 ティーグランドではどうしても力むようである。腕を中心とした上体に力みが発生した場合、ミスショットの出る確率はぐんと上昇する。

 「腕から力みをとり上体をリラックスさせる・・・」言葉で言うのは簡単である。誰でも出来そうである。しかし、そう簡単にいかないのがゴルフなのである。

 だから飽きずに続けられるのかもしれない。悔し涙にくれながらゴルフ場を後にして練習場で練習する。たまに上手くいき、ウキウキ気分で帰ってくる。しかし、次のラウンドでは大たたきしてうなだれる。そんなことの繰り返しである。

 明日はゴルフである。税理士会のゴルフコンペである。場所はオリンピックカントリークラブ。スコアの鍵はティーショット。距離がないコースなのでドライバーの登場回数はそう多くはないが、力まずに振り切れるかが成否の分かれ目である。

2009/6/29

1202:個体差  

 現在乗っている車は、もうすぐ走行距離が8万キロを越す。今は77,000キロを少し超えた程度。所有期間は4年半。なので後半年で2回目の車検を迎える。

 いつもであれば、そわそわしだすのである。次の買換え候補の車をやたらと試乗したりして、妻からひんしゅくを買ったりする。

 しかし、今回は何故か音無しの構えである。今の車が全くやれていないのである。普通8万キロ近く走ると車は疲弊してくる。そしてエンジンやサスペンションなどいろいろトラブルが出てくる可能性が高くなる。

 ひつと前の2000年MEDELのMERCEDES-BENZ S320は8万キロを超えてから大きなエンジントラブルを起こし路上で動かなくなりJAFの世話になった。それが直ったと思ったら今度はサスペンショントラブル発生と矢継ぎ早であった。

 一頃のMERCEDESと比べてコストダウンによりその信頼性が大きく落ちているとを身をもって体験することとなった。

 その前のBMW 735i(E38)は4万キロを超えたあたりからボディ全体に緩みというか、剛性感が低下してきているような感覚があり、車体のやれがでてきた。

 今のBMW735i(E65)はもうすぐ8万キロに達っようとしているが、そういった感じが全くないのである。やあり車は進化しているのである。

 いや待てよ・・・これはもしかして「個体差」なのかもしれない。昔から車には個体差によるあたりはずれがあるとは聞いていた。特にドイツ車は国産車と違いその差が結構大きいということも・・・

 もしかして今のE65は「あたり」であったのかもしれない。まあ、この乗車感覚であれば当分は乗り換え衝動は抑えられそうである。

 オーディオ機器にも当然個体差があるはず・・・ビンテージであればそれは当然である。何十年もの間に修理により部品はたびたび交換されているはず。その部品がオリジナルである可能性は極めて低い。どのような部品が使われたかによって当然音に差が出てくる。

 そして使用環境によっても経年変化の具合に差が出る。なので、同じMODELであったとしても、そのコンディションは全く異なるはず。

 そして、どうやらビンテージ程ではないが、新品のハイエンド機器であっても個体差というのは相当明瞭にあるようなのである。

 「あたり」か「はずれ」かはかなり運任せではある。最新鋭の工場で大量生産される自動車であってもそうなのであるから、設備が充実しているとは言い難い工場でごく少量しか作られないハイエンド機器はなおさらであろう。

2009/6/28

1201:ダールジール  

クリックすると元のサイズで表示します

 Naruさんのシステムは3ウェイマルチアンプ駆動である。なので、ダールジールが3台かと早合点したが、スーパートゥイーターを駆動するのは従来どおりマークレビンソンであった。

 なので、ダールジールは2台。改めて見るとコンパクトでちょうど良いサイズである。ラックヘの納まり感もしっくりくる。

 ダールジールのパワーアンプは何度か聴いたことがある。さらに同じメーカーのプリアンプとのペアでもその音に接する機会が何度かあった。その音に対する印象を一言で言え、といわれれば「清澄」である。

 水底を見渡せるまでに澄み切った水の中を川魚がすっと敏捷な動きで横切っていく。その動きが動体視力が向上したかのようにしっかりと目に焼きつく・・・そんな印象の音である。とにかく音の背景が静かで音の姿が不自然でなくクリアに浮かび上がる。

 そういった印象を持っていたダールジールのアンプであるが、Naruさんのシステムの音に大きな変化をもたらしたのか・・・

 その答えは部分的に「YES」である。基本は変わってはない。一撃必殺的な低音や俊敏に伸びきる高域、濃密な凝縮感のある中域、それらが絶妙のバランスを保ちエネルギー感を全く損なうことなく噴出する。その基本は変わっていない。

 しかし、音のクリアネスは明らかにアップ。楽音の細かなニュアンスの表出はダールジールの持つ基本性能の高さが活きてより鮮明に聴き分けられる。

 キングクリムゾンの「21世紀の精神異常者」でのロバートフィリップのギターのうねり具合と切れの良さなどぐぐっと惹き付けられるものがあった。

 サンディ・デニーの「SOLO」も伸びやかで生々しいボーカルを聴かせてくれた。間奏のときのギターとベースの掛け合いもその熱気を損なうことなく鮮やかに描ききる。

 その他数多くの名曲を堪能したが、その選曲の素晴らしさもシステムの音と同様唸らせるものがあった。

2009/6/28

1200:乗り手の技量  

 平均スピード25.8km、最高スピード45.7km・・・今朝1時間ほどCOLNAGO CLXで走った。朝の5時半に起き出し、ウェアに着替えて走ったのであるが、5,6台の自転車とすれ違った。「みんな朝早くから熱心なことだ・・・」と自分のことを棚に上げて感心した。私は1時間で早々に引き上げるが、他の方はきっと数時間走っているのであろう。

 冬の時期よりも平均スピードも最高スピードも若干上がった。寒い時期に比べたら空気の抵抗感も減ったような気がする。さらに体がすぐに温まるので動きも少し滑らかなようだ。

 ただし週1回1時間程度ではスタミナが付くということは全くない。暖かくなり走りやすくなったのであろう。COLNAGO CLXはCOLNAGOのなかではエントリークラスのモデルである。中低速でゆったりと走る初心者向けのモデルなので私にピッタリである。

 たとえ、COLNAGOのより上位のモデルを購入したとしても私の脚力では平均スピードが上がるとはとても思えない。結局は自転車の性能はポテンシャルでしかなく、乗り手の実力以上には早くは走れないものである。むしろ自分の実力とつりあわないモデルであると体が疲れてしまうかもしれない。

 今日の午後、Naruさんのお宅にお邪魔する予定である。Akimitsuさんと御一緒である。Naruさんのお宅には3回目の訪問となる。

 過去2回Naruさんのお宅を訪問したが、その都度心に思ったことが二つある。一つは「結局は乗り手の実力以上には早くは走れないもの・・・」という思いである。そしてもう一つは「目的を明確にして乗らなければ迷走しがちになる・・・」という思いである。

 Naruさんはオーディオからどういう音を引き出したいかという目的が極めて明確でぶれていない。そして、オーディオ機器からその限界性能を引き出すためにありとあらゆる調整を倦むことなく継続されている。

 なので、Naruさんはオーディオ機器をめったに買い換えない。そのポテンシャルの限界まで突き詰め、見切るまでは使い倒すのである。しかし、オーディオ機器も機械である以上壊れる。そして修理はするが、また壊れる。

 Naruさんがマルチ駆動のために使われていたマークレビンソンのパワーアンプは、長年の間Naruさんの「愛の鞭」によってそのポテンシャルを最大限発揮していたのであるが、壊れる頻度が相当高くなってきてしまった。

 そこで、最近パワーアンプを一新されたのである。前回お伺いしたとき「そろそろパワーアンプが限界にきている・・・」というお話をされていたので、心のなかで「きっとマークレビンソンの最新型No.532が大本命だな・・・」と思っていた。

 しかし、選択されたのはマークレビンソンではなく、ダールジールであった。結構驚いた。ダールジールは極めて高い実力の持ち主であることは幾つかのお宅やショップで確認済みであるが、Naruさんの部屋の雰囲気とダールジールのあのデザインや色合いとが頭の中でどうしても組み合わさらなかったのである。

 Naruさんの部屋の基調色は黒である。そこにグレーやシルバーが絡み、硬派で男性的な雰囲気を醸し出しているのである。ダールジールの色が黒であれば全く違和感がないが、あのゴールドが馴染むのか?しかもオレンジの目が光っている。マルチ駆動であるので3台は必要なはず、するとオレンジの目が6個・・・どんな風に部屋の雰囲気は変わっているのであろうか?

 さらにその音の変化具合はどうなのであろうか?「おっと!!」と声を上げるぐらい変わっているのか、それとも「自転車は変わってもやはり乗リ手であるNaruさんの音がする・・・」という感想となるのであろうか?

 その音のインプレは明日にでも・・・

2009/6/27

1199:たんま!  

 「たんま!」という言葉は方言であろうか?子供時代に良く使った覚えがある。子供時代は京都で過したので、もしかしたら関西方面の方言かもしれない。

 「ちょっと待って!」という意味であるが、ゲームや鬼ごっこなど、遊びの途中で使われたことが多かったような気がする。

 もしかして、野球などスポーツにおける「タイム」がなまって子供達が使い始めたのであろうか?あるいは「待った」の逆さま読みからでたものなのであろうか?

 「たんま!」を発するときは大概形勢が悪い時である。このままでは負けが確定しそうなときや、ちょっと油断して攻め込まれたときに発することが多いのである。

 もちろん相手もそうそう認めてはくれない。「ずるい!ダメダメ・・・」といった反応で「たんま返し」をしてくる可能性が高いのである。

 わが家でOFF会をしたりすると、ときどき「たんま!」と心の中で叫びたくなるときがある。自分で選択したレコードやCDから1曲選んでかけるのであるが、音が流れ始めて少し経ってから、「しまった音量が小さすぎた・・・」あるいは逆に「音量がでかすぎた・・・」と思ってしまうことがある。

 結構多いのが「ちょっと音量が大きすぎたかな・・・」というタイプの「たんま!」である。自分の家でOFF会をするときはやはり緊張するもの、ついついボリュームも普段聴いているときよりも高めのポジションをとることが多いのである。

 我が家のQUAD22は当然のこととしてリモコンはない。なので遠隔操作が出来ないのである。よっぽどのときは席を立って音量を調整し直すが、大概はそのままその曲が終わるのを待っている。

 また、たまにこの選曲はどうだったかな・・・と後になって後悔することもある。ちょっと偏りすぎたかなとか、この繋ぎはくどかったかな・・・などなど。

 まあ、それほど気にするほどのことではないかもしれないが、心の中の「たんま!」はやはり自然と発せられるのである。

2009/6/26

1198:スーザン・ボイル  

クリックすると元のサイズで表示します

 先日日本のテレビで紹介されていたイギリスのオーディション番組でスーザン・ボイルを観た。観たというよりも聴いたといったほうが適切であろうか?

 YouTubeでも大人気となりもの凄いアクセスがあったようであるが、なんとなくその気持ちは分かる。その映像は感動的ですらあった。

 見かけは全くさえない田舎のおばさんである。独身で猫と暮らし、現在は職もない。その顔立ちやスタイルはけっして美しいとはいえない。恵まれた人生を送っているとはいえない状況である。

 審査員も観客もこの田舎者丸出しのおばさんに多少冷笑気味な視線を投げかけていた。しかし、歌が始まると雰囲気は一変する。審査員も観客も心から感動し、全員のスタンディング・オベーションに包まれて歌い終えるのである。

 スーザン・ボイルが歌いだした瞬間、背筋にすっと感動の電流が走った。この一種の落差というかギャップは、大いに心地よいものである。その高度差が大きければ大きいほど、てこの原理のように作用するのか、感動も大きいようである。

 スーザン・ボイルほどの高低差のあるギャップではないが、我が家のCHATSWORTHも見た目とその音は結構ギャップがある。

 小さく、薄くそして軽い。見た目的な頼りなさ度は高得点である。そして、四角い。現代の多くのスピーカがすらっとしていて奥行きがあり平行面を極力持たない構造となっているのに対していかにも芸がない。

 しかし、意外としっかりした音がするのである。それは詰まった感じではなく余裕感すら感じさせてくれる。そして、またまた意外と音場が広いのである。40年も前のTANNOYの四角いスピーカーが音場型というと、笑われてしまいそうであるが、十分にホール感が出る。

 不思議であるが、そのギャップが何故か心地よい。QUAD ESLが音場型というのは、その構造からしてなんとなく納得がいくのであるが、四角いTANNOYでも広い音場が確保できるというのは結構新鮮である。

2009/6/25

1197:運動量  

 人間はやはり体を動かさなければならない。動かさないとさび付くようである。体がさび付いてしまうと心にもそのさびはまわってきてしまうようだ。

 週に1回程度ゴルフの練習場に行く。1時間ほどボールを無心で打つ。この時期は1時間ボールを打つと、あごから汗が滴リ落ちる。それほどの運動量ではないはずであるが練習場を後にして家に着くと結構グッタリしてしまう。

 週に1回ほどロードバイクに乗る。1時間ほど無心にペダルをこぐ。平均スピードは25km。ゆったりとしたスピードである。サイクルロードを走るので、信号などで止まることはない。なので約1時間ノンストップである。比較的軽めの運動であるはずであるが、走り終わるとシャワーを浴びなければ気がすまないほどに汗をかいている。

 月に2,3回ゴルフをする。なるべく乗用カードに乗らないようにしている。なので結構歩く。おそらく10km程度は歩くはずである。これからの季節は晴れると暑い。なので相当ばてる。一日ゴルフをして家に帰るとたいがいソファでグロッキー状態である。

 この程度の運動ではあるが、汗をかいた後は一様に爽快感がある。そして心の中で「人間は体を動かして汗をかかなければならないようにもともと創られているのかもしれない」という気になる。

 いやきっとそうなのだ。体と心は別々に分離しているわけではなく相当密接な関連があるようなのである。それほどの運動量でもなく頻度もそう多いわけでもないが、ある一定量の運動をしないと、心はどんどん萎えていくようなのである。

 今日はゴルフの練習場で100球ほど打ち込んだ。来週はラウンドの予定が入っているから、調整しておく必要があったのである。まずはアプローチショットから、徐々に長いクラブに持ち替えていく。最後はドライバー。約1時間、蒸し暑いなかであったので汗を大量にかいた。体は疲れたが、心はどこかすっきりした。

 ゴルフの練習場に寄った後は自宅に帰ってもレコードを聴くわけにはいかない。体が疲れているので、すぐに眠くなってしまうからである。無意識状態からブツブツいうレコードの音でふっと我に返る破目に陥る可能性が高い。こういう日はシャワーですっきりしたら早めにベッドに入るべきであろう。

2009/6/24

1196:マークU  

 最近、東京の郊外でよく見かけるのがインド料理のレストラン。実際にインド人が調理や接客もしていて、なかなか本格的。何種類かのカリーから一つまたは二つ選択して窯で焼いたナンとサラダとドリンクが付いて1,000円前後と値段もリーズナブルなケースが多い。

 私の事務所の側にも1軒そのようなレストランがあり、ランチタイムに時々利用する。定番はチキンカリーやマトンカリーであるが、今日は少しばかり変わりダネである「なすとじゃがいものカリー」にした。

 ライスも選べるが、やはりナンにした。ドリンクはマンゴーラッシーを選ぶ。サラダが付いて970円。ナンは皿からはみ出さんばかりに巨大でボリューム満点。「なすとじゃがいもカリー」は、栄養バランスが取れている感じで味も良かった。

 この店のBGMは当然といえば当然であるがインドの音楽である。結構リズミカルで賑やかな感じでインド独特の旋律が絶え間なく流れている。

 そのBGMを聞くでもなく耳にしていると、ふと「魔窟」を思い出してしまう。秋葉原のカード下に一種怪しげな「魔窟」があった。そこは時代から取り残されたような、場末的な退廃感が漂っていた。

 その魔窟の一番奥に以前「ダイナミイクオーディオ アクセサリーセンター」があったのであるが、そこにたどり着くまでには、怪しげな数件の店の前を通り過ぎなければならない。

 旅行代理店と思しき店、インドの映画のDVDばかりを売っている店、いかがわしい宝飾店などが軒を連ねていたのであるが、そのインド映画のDVDを売っている店はインドの音楽をBGMとして流していた。インド料理店でインド音楽のBGMを耳にすると、その魔窟内の店がふっと思い浮かぶ。

 その店の前を通る時どうしても気になって横目でその店を眺めていた。店員の男性はインド系の顔立ち。たいがいは客はなく、所在無げに座っていた。映画のDVDが多数展示してあったが、どれも同じように原色系の派手な色使いのものであった。

 それらの店のいかがわしい雰囲気やカード下の建物の薄暗く古ぼけた空間、そこに漂う空気に混ざった種々雑多な臭い、そういったものを内包した魔窟の一番どん詰まりにあるオーディオショップには、何百万円という高価なプライスタグが付いたオーディオ機器がこともなげに展示されていたのである。

 人間の猥雑で下世話な欲望の吹き溜まりのような世界の一番奥にひっそりと人知れずAVALONやWILSON AUDIOが佇む空間が隠されている。その奇妙な対比に何かしら心ときめくものを感じた。

 ダイナミックオーディオ アクセサリーセンターは、島田さんが去った後しばらくして閉店してしまった。あのどん詰まりは今は何の店になっているのであろうか?

 この不景気でオーディオショップの売上げは当然思わしくないはずである。撤退はあっても拡大はないとは思うが、もしあのどん詰まりに新たにダイナミックオーディオが店を開くのであれば、その名称は「ダイナミックオーディオ アクセサリーセンター マークU」にして欲しいものである。

2009/6/23

1195:夏の予兆  

 今日は朝のうちは曇り空であったが、昼近くになってから太陽が顔を出した。思いのほかくっきりと顔を出したため、気温はぐんぐん上昇した。

 湿度は高いまま気温が急上昇したため、不快指数は当然極めて高い値をたたき出した。今日の午後は本格的な夏の到来を予感させるような空気感であった。

 太陽に熱せられたアスファルトから立ち昇るもわっとした熱気・・・「そうそう、これは真夏の感じに近い・・・」と心の中で思わずつぶやいた。

 真夏の不快指数は凄まじい。そういった日が数日続くとグッタリと疲れきってしまう。しかし、子供の頃一番好きな季節は夏であった。小学生である下の子に聞いても「夏が一番好き!」と答える。子供にとっては、夏は不快な季節ではなく、自らの生命エネルギーの高さともっとも同調する素敵な季節なのかもしれない。

 「確かこんな感じ・・・」という印象は、今実際に体感しているものと記憶のなかにあるものとを対比して、両者が符合すると心の中に自然と沸いてくるものである。

 オーディオで音楽を聴いていて「そうそう、確かこんな感じ・・・」という心のつぶやきが自然にもれてくると、やはり嬉しいものである。

 クラシックの場合、対比するのはコンサートホールでの演奏の様子である。演奏者の実在感(すぐそこに演奏者が本当にいるような感じ)がしっかり感じ取れると、心がしっくりする。

 記憶のなかにあるものはあやふやなものである。なので、それとの対比は多少不確かなもので「確か、こんな感じ・・・」といったレベルではあるが、ついつい頭の中で検証してしまう。

 本格的な夏の予兆を感じた今日の午後、「夏もそう悪いものではないかも・・・」と思った。しかし、連日うだるような酷暑が続くと、そんな思いはきっと木っ端微塵に吹き飛んでしまうに違いない。

2009/6/22

1194:Aura  

 Auraはイギリスのメーカーであった。かなり古い時代には鏡面クローム仕上げされた非常に薄型で洗練されたデザインのアンプやCDプレーヤを出していたようである。

 その時代のことはリアルタイムでは知らないのであるが、中古ショップで中古品を見かけたり、雑誌の写真で見たりすると「良い仕事してますね〜」とつぶやきたくなる。

 鏡面クローム仕上げのフロントフェースに黒のスイッチやボリューム。その対比が実に洗練されている。しかも、その数少ない黒の配置がまた絶妙である。インダストリアルデザインの究極の美が凝縮されているような雰囲気を有している。

 しかし、その後は経営的には行き詰ったみたいで、資本も変わったようである。イギリスの会社ではなくなったのかもしれない。まあ、ジャガーも既にイギリスの会社ではなくなり、一時アメリカ資本の会社となり、現在ではインド資本の会社となっている。

 また、あのMINIもイギリス製ではなくなり、BMWが作っているのであるから、よき時代のイギリス製品はどんどん身売りせざる得ない状況だったのであろう。

 そんなAuraであったが、起死回生の一発が「note」であった。これは従前の輝ける時代のAuraのオーラを取り戻した銘機である。オールインワンタイプで非常にコンパクト。そして、鏡面クローム仕上げ時代のテイストが復活している。

 デザイナーはケネス・グランジ。最近ではnoteのほかに、B&WのSignature Diamondのデザインもも手がけている。イギリスデザイナー界の重鎮といった存在であろうか。

 そして、Stereoの最新号を見ていたらミュンヘンでのオーディオショウの様子が白黒写真で載せられていた。そのなかにnoteシリーズのCDプレーヤーとプリメインアンプが展示されていた。一体型であったnoteを分離したような形式であるが、高さが低くなり、個人的にはこちらの方が好みである。

 そのデザインは、より洗練度を高めたような印象を受ける。正式な製品としての展示なのか否かは不明であったが、是非製品として販売して欲しいものである。

 シンプルでコンパクト、シャープで繊細なデザイン。そんなオーディオ機器が同様にシンプルでさりげないインテリアでまとめられた部屋に溶け込んでいる。快適な空間のなかでゆったりと音楽を楽しむ・・・それが私自身当初オーディオに対して抱いていたイメージであった。それで充分なはずであった。

 しかし、ふと気付いてわが身を振り返ってみると、随分遠くきてしまったものだと思わざる得ない。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ