2009/4/10

1120:初夏  

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 どことなくイスラム教のモスクを思わせるような造形を持つ建物は、オールド・オーチャード・ゴルフクラブのクラブハウスである。

 インスタートであったので、午前中の最終は18番ホールのロング。ドライバーショットをナイスショットし、フェアウェイウッドを使ったセカンドショットもナイスショット、二つナイスショットが続くのは極めてめずらしい。残りわずかとなってショートアイアンを手にした。内心「これはいける・・・」と思った。

 クラブハウス右手に見えていたグリーンとピンフラッグを目標にこれまたナイスショット。しかし、キャディーさんに言われた距離よりも遠かったのかグリーン手前のバンカーに入った。

 「ん・・・ナイスショットだから言われた距離であれば十分届いているはず・・・」と思った瞬間、後方からキャディさんの大きな声がした。「そっちじゃないですよ!」

 「あっちは9番のグリーンですよ。左です、左・・・」とキャディさんは続けた。確かに指差された左を向くとグリーンがあった。しかも右のグリーンよりも近い位置に・・・

 となりのホールのグリーンに向かって第3打を打ってしまったのである。初めて来たゴルフコースであるので、間違ってしまった。がっかりである・・・この18番ホールの勘違いが原因というわけではないのであるが、やはりいまひとつかみ合わないままのラウンドとなってしまった。

 今日は春爛漫を通り越して初夏の陽気。半袖のポロシャツ1枚で充分であった。いよいよゴルフシーズンの本格的到来である。調子はいまひとつであるが、週に1回のペースで予定が入っている。どうにかかみあったゴルフをできるようになりたいものである。

2009/4/9

1119:葉桜  

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 桜は散り始めた。それと同時に真新しい緑色をした葉が出始めた。満開の桜は豪華で華やかである。何かしらこちらを歓待してくれているような気になる。

 その花びらが風に舞うようになり、地面を淡いピンク色に染めるようになり始めると多少心寂しい。一つの頂点が過ぎ去っていく寂しさであろうか・・・

 「五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート(第2回)にご応募いただき、ありがとうございました。総勢276通のご応募ハガキを厳正に抽選した結果、残念ながら落選となりました。」

 練馬区文化振興協会からハガキが届いていた。残念ながら「サクラチル」であった。「定員は確か30名であったはず、ということは10倍近い倍率であったのか・・・はずれるのもしょうがない・・・」と思った。

 しかし、夜になってメールチェックしてみると、チューバホーンさんとUNICORNさんから「当たりました!」メールが届いていた。

 「う、うらやましい・・・」「やはり日頃の心がけの差であろうか・・・」などなどやや複雑な心境であった。

 葉桜になりつつある今日この頃である。私の心模様も「葉桜」のように多少色合いがくすんでいる。 

2009/4/8

1118:希望  

 春は眠い。気候がとても快適であるからなのか、それとも春の柔らかな空気が体から緊張感を取り除くからなのか、ふと気付くと寝ている。

 今日は仕事からの帰り道ゴルフの練習場に寄った。そこで2コインほど打ったのである。その疲れもあったのかもしれない。夕食後ソファに横になってテレビを観ていたところ、そのうちに熟睡してしまっていた。

 目覚めたら既に日付が変わっていた。3時間以上寝ていたことになる。ソファで寝入ってしまうといつものことであるが、のどがいがらっぽい。

 今日の練習では、前回のラウンドで行った素振りをしてからアドレスをしてすぐさま打つというリズムでボールを打ってみた。

 2回ほど素振りする。素振りは腕の力を完全に抜いて、体の回転だけでクラブを振る。この感覚が体に残っているうちに、実際にボールを打つのである。

 そして、頭の中では「もう一回素振りをする」と自分に言い聞かせながら、打つ。ボールを打つのではなく、あくまで素振りするという感覚で行うと、腕に力が入りにくい。これがよかったのか、練習場では上手くいった。

 ゴルフ雑誌を読むと、いろいろなチェックポイントが列記されている。確かにそれらは重要なポイントなのかもしれないが、実際にボールを打つときに数多くのチェックポイントを頭に入れながらスウィングすることは不可能である。

 特にラウンド中に頭でチェックポントを考えながらスウィングすると大概上手くいかない。左脳で打つと上手くいかないのである。それよりもリズムのみに注意を払い、腕に力みが生じないようなリズム感を維持できれば、結果はより良いようである。

 「今度のラウンドではもしかしたら良い結果が出るかもしれない・・・」練習場を後にしたとき大概そう思う。その思いは裏切られることが多いのであるが、やはり「希望」をもつことは重要である。それがなくなれば、練習場に通うこともなくなってしまうからである。

2009/4/7

1117:カフェ・ド・ランブル  

 大井町駅の東口を出ると、線路沿いに品川方面に向かう小さな通りがある。右側が商店街になっていて、左側は線路。その線路側に桜の木が数多く植わっている。桜の花は多少花びらを散らし始めていたが、まだまだふくよかに美しく、暖かい風にそよいでいた。

 今年は3月に寒い日があったせいか、4月になってから桜が満開になった。ちょうど今は入学式の頃。桜をバックに写真を撮っている親子を数組見かけた。真新しく少し大きめの制服を着た中学生を見ていると、微笑ましい気分になる。

 大井町には月に1回来る。そしてこの小さな通りを通って顧問先の会社に向かう。車の通らないこの通りは、どこか時間の流れが止まったような雰囲気がある。寂れているといえば寂れている。しかし、懐かしく思われるのである。

 大井町での仕事を終えての帰り道、少しばかり寄り道をした。新橋駅で降りて「カフェ・ド・ランブル」に立ち寄った。ここは銀座で最も古くそして最も有名な喫茶店であろう。今年で61周年となる。創業者の関口さんは今も健在である。

 店に立ち寄って小さなテーブル席に腰を下ろすと、関口さんは少し離れたところで知人の方数名と歓談されていた。おそらく既に90歳を超えているはず。話し声が聞こえてきたが、実にしっかりされていた。

 その話題は当然コーヒーに関すること。吉祥寺の「モカ」は主を失い、閉店していたが、後を継いで店を続ける人もなく、結局この5月に取り壊されることについて話されていた。

 「もったいない・・・」と関口さんが話されていたことが印象に残った。伝説的な標さんの後を引き継ぐとなるとそのプレッシャーたるや相当なもの。伝説は伝説のまま終わらせる方がいいのかもしれない。

 さて、カフェ・ド・ランブルのブレンドを味わい、その複雑で熟成された味わいに伝統の重さを感じた。味わいは濃く深い。そして雑味がなく、後味が爽やかである。

 カフェ・ノワールと呼ばれるやや濃い味わいで小さめのカップで出されるものを頼んだ。カップが小さめであるので当然コーヒーも普通よりも少なめ。飲み終えてもう少し飲みたいような気にはなるが、この深い味わいは印象的である。

2009/4/6

1116:あばらかべっそん  

 「SOUND BOY」という名前のオーディオ雑誌、その存在は全く知らなかった。随分昔に廃刊になったものと思われる。「Stereo Sound」の弟的な存在の雑誌であったようだ。対象はオーディオ初心者でかつ若者。

 この「SOUND BOY」の1981年から1983年までの各号をY氏からお借りした。26〜28年前の雑誌である。内容も今とは相当違う。一番の違いは日本のメーカーが積極的にオーディオに参加していることである。

 今では大きなビジネスとして成り立たないオーディオ分野からは、日本のメーカーはほとんど撤退してしまったが、この時代はまだまだ熱い展開があったのである。

 特にCD登場と重なるこの時代は、大きなうねりが押し寄せてきているため、何かしら熱気のようなものがこの雑誌からも感じられる。今ではオーディオというものはかなり肩身の狭いものとなってしまったが、この時代はまだまだ市民権を失っていなかったようである。

 そのような時代の違いを感じながら、面白く読んだ。そんななか最も興味をそそられたのが「あばらかべっそん」である。これはサブタイトルが「伊藤喜多男の身の上相談室」とあるように、Q&A形式の記事で、読者からの質問に伊藤喜多男氏が応えるという形になっている。

 読者からの質問に、かなり辛口というかずばっと切り込んだ答えが返ってくるのが痛快である。この「あばらかべっそん」、これだけで一冊の本に編集すれば結構売れるのでは、と思えるほど面白かった。

 こういった企画は現在のオーディオ雑誌では成り立たないのではと思える。それだけに貴重な感じもするのである。

 残念ながら私は伊藤喜多男氏のことは全く知らない。雑誌を読むとW.Eに勤務された経験があり、アンプ設計や製作においてその優れた才能と技術を発揮された方のようである。

 この「あばらかべっそん」を面白さは、単に読者からのいささか浅薄な質問に対し切れ味鋭い一刀両断的回答が振り下ろされる爽快感にあるだけではない。その回答の中にしっかりと内在する哲学的な理念が正当である点にも大きな魅力があるのである。 

2009/4/5

1115:シルクロード ムラト  

 昨日はYさんのお宅でのOFF会の後、いつものようにウイグル料理のレストランへ向かった。日本では非常にめずらしいウイグル料理のレストランである「シルクロード ムラト」は埼玉大学の近く大きな国道に面している。

 土曜日であったからか席はほぼ満席であった。まずは定番のシシカワプ(羊肉の串焼き)を食べた。羊肉というとその独特の臭みが気になるものだが、ここではほとんど気にならない。ほど良くスパイシーで素材の良さが活きる塩加減で丁寧に調理されている。ここにくるとまず最初に食べたくなるメニューである。

 次は水餃子(ベンツュル)。少し辛めで独特な味付けのタレが付いてくるので、それにつけて食べる。日本の餃子に似てはいるが、羊肉が入っているのでやはり独自の味わいがある。

 さらにウイグル式ミートパイがテーブルに到着。これがとても美味しい。パイ生地が香ばしく、なかの肉のジューシーさと見事にマッチする。一緒に食べた野菜サラダとの相性も抜群であった。

 そして、しめは麺を切る事無く繋がった一本の麺になっているラグ麺。皿に取り分けるさいにはある程度の分量の麺を移してから、スプーンで麺を切らないといけない。麺は弾力のある食感で、うどんに近い印象。掛かっている具は羊肉、ポテト、ピーマン、ニンニクの芽など。それほど辛くはなくとても美味であり、するすると食してしまう。

 そしてこの店のもう一つの美点はその値段である。4人でこれ以上は無理といった感じに食べて飲んで一人2,000円を超えない。信じられない安さである。

 昨日はシーメンスのスピーカーの音のはじめて触れ、そして3回目のウイグル料理に舌鼓を打った。耳もお腹も一杯になった一日であった。

2009/4/4

1114:小さな波紋  

 露天風呂の湯の表面に捕らえられた羽虫は仰向けになっていた。自力では決して脱出できない状況である。羽虫は時折湯につかった羽根を羽ばたかせていた。その都度小さな波紋が湯の表面に伝わったが、変化といえばその小さな波紋だけで、その波紋も音もなく収束していった。

 春ののどかな昼前、近所の日帰り温泉の露天風呂はすいている。多くの人は花見にでているのであろう。湯に捕らえられた羽虫の最後のあがきを眺めるでもなく、ぼんやり見ていた。時折湯に出入りする人が立てるお湯の音以外には物音のしない静かな時間である。

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 シーメンスのユニットは、湯の表面に小さく伝達していた波紋を思わせる造形である。この幾何学的な文様には、特殊な意味合いがこめられているようにも思われる。

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 シーメンスのユニットは背面開放型のキャビネットに納められていた。今日はYさんのお宅にお邪魔した。ishiiさんと宮内さんもご一緒であった。

 Yさんはアメリカ・タンノイのGRFをお使いであったが、最近シーメンス用のキャビネットを新調され、こちらをメインに聴かれているとのことであった。シーメンスの音は聴いた経験がなかったので、お邪魔してその音を聴かせていただいた。

 背面開放型であるからか、シーメンスのユニットの特性なのか、音に開放感がある。低音の豊かさやスケールの大きさといった観点とは違った伸びやかさがあるのである。閉じ込められた音ではないカラッとした爽やかさがあるように感じられた。

 明るく張りのある中高域が特徴で、ピアノの音など凄くはまる。低域は重い音ではなく自然な質量感である。ウッドベースのボディ感も充分に出てくる。キャビネットは新調されたばかりなので、今後時間の経過とともにさらに乾燥が進みその響きの乗り具合も微妙に変わってくるはずである。

 シーメンスの音の質感は、Yさんがお使いのデッカのアームとカートリッジの音の質感に似ている。どちらも最近導入されたものである。Yさんの音の好みに合致したこの両者、共通の性質を感じるのは当然なのかもしれない。

2009/4/3

1113:堂々巡り  

 ゴルフは楽しいものである。特に今日のような春爛漫のポカポカ陽気の天候の下ではなおさらである。たとえスコアが不本意であっても、90を切れずじまいであっても楽しいものである。

 今日は今年4回目のゴルフであった。場所は群馬県のツインレイクスカントリークラブ。穏やかな天候に恵まれ、コースのところどころには桜の花が咲いているという、絶好のコンディションであった。

 しかし、スコアは93であった。これで今年は全て90を切れていない。年初の目標であったアベレージでの90切りは、どう考えても絶望的である。

 どうもかみ合わないのである。ドライバーでナイスショットしたら、セカンドでだふる。惜しいパーパットをはずした次のホールでティーショットをひっかかけて林のなかに入れてしまう、といった具合にリズムが悪いままでのラウンドであった。

 ゴルフでは実際にボールを打つ前に、1,2回素振りをする。そしておおよその感じを体に覚えこませてからボールを打つのであるが、ボールを前にすると素振りとは違ったスウィングになってしまうことが多い。

 どうしてもボールに意識が集中して打ちにいってしまうからである。素振りどおりにスィングして、そのスウィングの過程にボールがあるというという意識が持てればいいのであるが、そうはなかなか問屋が卸さないのである。

 そこで今日は素振りしてから実際に打つまでの時間をなるべく短くしてみた。素振りを追え、アドレスを確認して、ボールにクラブフェースを合わせたらすぐさま打つようにしたのである。

 ボールにクラブフェースをあわせてからスウィングを始動するまでに長い間があると、腕の筋肉が硬くなり、力みがどうしても生じてしまうような気がしたからである。

 これでとても上手くいった、とも言えないのであるが、力みなくスウィングできた場合も結構あり、これはこれで有効であることが確認できた。

 パーターなども構えてから時間が経過してしまうと、体が硬くなって良い結果とならないケースがあったので、パターも構えたら迷わずすっと打つようにした。ラインをイメージしたらそれが消えないうちに打ったほうが結果は良いようである。

 ゴルフの途中での邪念はミスショットにつながるため禁物であるが、昨日もたらされたタンノイの15インチシルバーモニターのペアの件は何度か頭の中をよぎった。

 「我が家の8畳の狭いリスニングルームでは、少々もてあます気がしないでもない」「12インチのチャトワースが現在バランスよく鳴っているので、新たなスピーカーの必要性を感じているわけではない」「しかし、シルバーのペアなど今後出るものでもない。コレクターであれば、何はともあれGETであろう」「しかし、私はコレクターではない」・・・などなど頭の中での堂々巡りがくり返されたのである。こういった邪念が90を切れなかった原因かもしれない。

2009/4/2

1112:モカ・マタリNo.9  

 コーヒー豆の名前は概ね産地を示している。しかし、モカは産地の名前ではない。モカはイエメンの南西岸、紅海に面する小さな港町の名前である。アラビアで産出されたコーヒーはこの港から船積みされてヨーロッパに輸出された。

 港は19世紀以降は、土砂が堆積してできた砂地のため閉鎖され、その後コーヒーは別の港から輸出されてるようになったが、モカの名前は今日でもそのままコーヒー豆の名前として使用されている。

 さらに多少ややこしいのが、かつてモカの港からはイエメン産のコーヒー豆の他に対岸のエチオピア産のものも一緒に輸出されたため、両国産のものを合わせて「モカ」と呼ばれている点である。つまり「モカ」と一言に行ってもイエメン産とエチオピア産とがあることになる。

 そこで、両者を区別するためにイエメン産のコーヒー豆は特に「モカ・マタリ」と呼ばれることがある。モカ・マタリはイエメン北西部の高地で産出される。さわやかな香りと強い酸味のある味わいが特徴である。

 最近、近所のコーヒー豆屋さんで購入するのは、「ケニア」と「モカ・マタリNO.9」である。「NO.9」は優秀な豆に付く記号のようである。この豆、この店のラインナップの中では値段は高め。

 豆は小粒でとてもかわいらしい。豆の状態での香りはとてもこうばしくすがすがしい気分にしてくれる。

 このモカ・マタリNO.9をネルでいれると、素朴な味わいが得られる。苦味よりも酸味が少し勝った味わいである。洗練されたコーヒーの味わいというより、自然で野性味溢れる印象を受ける。

 今晩もゆっくりこのモカ・マタリNo.9を味わっていたら、携帯が鳴った。そしてもたらされた情報は「タンノイのモニターシルバー15インチが、アメリカ・タンノイのキャビネットに納められ売りに出る、しかもステレオで・・・」というもの。

 「げげっ・・・シルバーがペアで・・・これは希少価値が桁外れに高い・・・」その情報を聞いてしまうと、コーヒーをゆっくり味わうどころの心境ではなくなった。

2009/4/1

1111:ビンテージ・ケーブル  

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 5メートルで15,000円なので、1メートル当たりの単価は3,000円となる。切り売りスピーカーケーブルとしてはミドルクラスといったところであろうか?

 タンノイのチャトワースには、ベルデンの9497という型番のスピーカーケーブルを使っていたのであるが、ノイマン製のスピーカーケーブルがオーディオサミット オカヤマから送られてきたので、繋ぎ換えてみた。

 見かけはプラスとマイナスが別々の細いケーブルである。別にこれといった特徴のない外観で、高級感といったものは皆無である。当然のこととして取り回しはきわめて容易。

 5メートルのものを真ん中で切って2.5メートルのペアにする。これをVIOLA SYMPHONYとチャトワースの間に接続した。

 さてその音の変化具合であるが、音の肌合いが滑らかになったのが最も大きな変化である。滑らかではあるが、味わいの濃さやコクは決して薄くならない。音楽的なノリの良さはきっちりと感じられる。

 繊細さを強調するシャープな音とは全く異なるが、音楽情報が欠落するという感じもない。チャトワースとの相性は素晴らしく良いような気がする。

 「最もタンノイをニュートラスに鳴らすケーブル」というショップの方の言葉が十二分にうなずける音の質感である。

 ケーブルにもビンテージというものがあるようである。このケーブルがいつ頃作られたものかは不明であるが、おそらく数十年前のものであろう。オールドタンノイのようなビンテージのスピーカーにはビンテージ・ケーブルが合っているのかもしれない。



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