2009/3/11

1090:3年前  

 昨日は愛犬メリーの7回目の誕生日であったが、今日は「AcousticTao」の3回目の誕生日である。2006年3月11日に初めての記事を更新してちょうど3年が経過した。

 「趣味」としてのオーディオ歴もブログと同じ3年である。オーディオ機器自体はその数年前から所有はしていたが、持っているだけで特にはまるわけでもなく、大きなラジカセ的な存在でしかなかった。

 CDプレーヤー、プリメインアンプ、2ウェイスピーカーの3点セットが壁にピタッと張り付く形で置かれていた。現在のリスニングルームはその当時は普通の応接間であり、主役は妻のピアノとアンティークの北欧家具であった。

 私にとってはオーディオよりも流麗な意匠のソファーセットの方が重要であった。音楽との接点は主にコンサートであり、その休み時間に購入したCDをたまに聴くために、できるだけコンパクトでデザインの良いものを置いていたに過ぎない。

 それがガード下の「魔窟」にひょんなことから出入りするようになり、いつしか主従の関係は逆転し、アンティークの北欧家具は応接間から姿を消し、オーディオ機器が我が物顔にのさばるようになってしまったのである。

 時は流れた。3年は短いようで長い。この間紆余曲折があり、今は当初想定していた方向とは随分違った方向に向いているような気がする。スピーカーも最新鋭のGerman Phisiksを導入したのであるが、現在はとても古いTANNOYやQUADを愛好している。

 そして、当然CDも聴くのであるが、レコードがメインソースの座を占めるにいたっている。3年前には予想だにしなかった光景である。

 これからはどうなるのであろうか?TANNOYがメインルームに移りそこの「主」になるのはほぼ確実であろう。German Phisiksはきっと我が家を去ることになるであろう。TANNOYとQUADの古い二つのスピーカーが我が家のシステムの核となり、それぞれの持ち味を活かした、クラシック音楽中心のオーディオライフになるであろう。

 しかし、これは現時点での予想に過ぎない。3年前に現在の状況を想像することができなかったように、全く異なった風景が3年後には見られるのかもしれない。

2009/3/10

1089:7歳の誕生日  

 今日はメリーの誕生日である。我が家の愛犬メリーも7歳となった。上の娘が小学校4年生の時に誕生日のプレゼントとしてペットショップで購入したのであるが、早いものであれからそんな年月がたってしまったのか・・・

 一応血統書があり、誕生日が記載されていた。それが2002年3月10日である。我が家に来たのはその2ケ月後の5月になってからである。

 最初は犬を飼うことを反対していた妻に一番なついている。妻がリビングのソファに座ると決まってそのとなりにもぐりこもうとする。

 パピヨンという耳が特徴的な小型犬である。とても人懐っこい性格で、全く人見知りをしない。なので、OFF会などでお客さんが来ると大はしゃぎである。したがって、「番犬」としての役割は果たさないであろう。

 犬の寿命は人間よりもはるかに短い。小型犬の場合15歳くらいであろうか?7歳になったということはほぼ犬生(?)の半分を既に過したことになるのであろうか。どうにか長生きして欲しいものである。

 ペットを失うと精神的な落ち込みを味わうことになるであろう。いわゆる「ペットロス」である。ペットを飼うのはメリーが初めてであるので、今までには経験がないのであるが、きっとそのときには家族一同悲しみにくれることになるであろう。そんな日が来ないことを願ってはいるが、いつかは来るのであろう。

 仕事を終え、帰宅した私を体全体で喜びを表現し歓迎してくれる。疲れてソファに腰を下ろすと、ひょいとジャンプしてとなりにちょこんと座る。心を癒してくれる大切な存在となったメリーであるので、ある日突然姿を消せば、深い悲しみに陥ることは必然である。

 そのときのことを今から想像してもしょうがないのであるが、ふっとそんな思いがよぎったりもする。

2009/3/9

1088:ペペロンチーノ  

 国分寺駅の北口のイタリアンレストラン「ボンジョルノ」にいくと、ついつい「ヤリイカのペペロンチーノ」を頼んでしまう。確かに美味しい。美味しいのであるが、食べた後で多少後悔する。

 ここのシェフは本場仕込なので、味は本格派であるが、日本人の胃には多少きつめ。量も多く、オリーブオイルやニンニクもたっぷりめ。食べ終わると十二分の満腹感と少し胃が重い感覚が残る。

 残業に備えようと、夕食をやや早めに済ませたのであるが、事務所の側の「ボンジョルノ」に足が向かった。そしてついつい「ヤリイカのペペロンチーノ」を頼んだ。それがいけなかったのか、その後仕事の能率がすっかり落ちてしまった。

 胃がとても重く、血流が下へ向かってしまったようである。「しまった・・・」と思ったが後の祭りである。

 あと1週間で確定申告は終わる。春はまさにもう手の届くところまできている。心なしか夜ではあっても空気の触感は柔らかく、心地よいものであった。

 この3月15日を境とした前と後は、この仕事を長年していると大きな区切りとなる。この時期が終わると、やはり独特の開放感がある。ちょうど冬が終り春に季節が向かう。ゴルフの事実上の開幕時期も3月15日以降である。

 今年は今のところ2回ラウンドしたがどちらも90台であった。今年こそと年初は勢い込んでいたのであるが、最近はそのテンションはすっかり低迷してしまった。この時期はどうしても練習場に足が向かわない。

 時間的な余裕もないので、この時期はすっかりブランクとなってしまう。来週からは暇を見つけて練習場に通おう。年初の目標であるアベレージでの90切りは正直難しそうであるが、課題のティーショットの安定化に向けてすこし悪あがきしたいところである。

 今晩は多少疲れた頭と重い胃を抱えて、帰りの車で来週からはゴルフへのモチベーションを上げなければ、と思いながらハンドルを握っていた。

2009/3/8

1087:TANNOYワールド  

 我が家のオーディオ事情は昨年後半からかなり風向きが変わった。しかし、これは急にそうなったわけではなく、伏線はもっと以前からあったのである。特にTANNOYの古いスピーカーとの出会いが何度か繰り返されるうちに、少しづつ風向きが変わった。

 2年ほど前にGRFの部屋さんのお宅でTANNOY GRFと出会ったのがまず最初の一撃であった。こんなにも古いスピーカーから何故あのような瑞々しい音が紡ぎ出されるのか不思議であった。

 そして、続いて安西さんのお宅でモニターシルバーが入ったさらに古い時代のTANNOY GRFに出会い、その地味溢れる響きに心地よく酔った。

 さらにはYさんのAMERICA TANNOY GRFのややカラッとした拘泥感のないすっきりとした味わいにも感心したし、五辻さんのRectangular GRFの厳しく研ぎ澄まされた視線を感じさせるような音に驚いたりした。

 チュ−バホーンさんのお宅のランカスターは、帆を満杯に張って進む船の舳先に立つような、爽やかな勢いを感じさせてくれた。hiroさんのお宅で聴いたチャトワースは軽いバンビの足取りでステップを踏んで、進むべき方向はこっちだと示してくれているようであった。

 これらの古いTANNOYはどれも魅力的に感じられたのである。それは私がほぼクラシックオンリーのリスナーであることも関係しているのであろう。クラシック音楽で使われる楽器の多くは木の響きで音を増幅する。そういった特性とTANNOYの古いスピーカーの特性とが上手く一致するのであろうか?

 昨日もTANNOY GRFを心ゆくまで楽しんだのであるが、OLD TANNOYにはますます心惹かれるものを感じたのであった。

 確定申告業務が一段落したら、またメインルームにチャトワースでも持ち込んでみようと思っている。一気に寄り切られるかもしれないが、TANNOYワールドに浸ってみたい。

2009/3/7

1086:一寒一温  

 ZYXのカートリッジ、SME シリーズX、ROKASAN XERXES10、マランツ7、マランツ2そしてTANNOY GRF・・・構成機器は変わらない。しかし、出てくる音の印象はかなり違う。従前はもっと幽玄というか、多少霞たなびく感じがあったのであるが、今日は音の直進性やぬけが素晴らしく良いのである。

 低域の量感も相当程度アップしているように感じられる。それは一種の迫力すら感じさせる程である。一言で言うと「リニアリティの高い音」である。この音の直進性の良さはどこからもたらされたものあろうか?

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 今日は安西さんのお宅を訪問した。Akimitsuさんと最寄り駅の改札で待ち合わせ、お宅に向かったのであるが、今日は昨日と違い晴天で穏やかな春を思わせる天気である。それにしても、一日ごとに天候が変わる今日この頃である。「三寒四温」というけれど最近は「一寒一温」とでも言いたくなる。

 安西さんのお宅にはもう何度かお邪魔している。モニターシルバーの入ったTANNOY GRFをステレオで聴くことができるのは日本でここだけのはず。その貴重なスピーカーをマランツの7と2のペアで鳴らされている。「ビンテージオーディオの王道中の王道」と呼びたくなる機器構成である。

 そして、その音の印象が今日は従前とかなり変わっていた。その原因は、マランツ7をとある信頼できる方によって改良してもらったことにあった。コンデンサーや抵抗を本来使われていたであろう部品に交換されたとのことであった。

 それにより、SN比や音の抜けが向上し、音のエネルギー感がぐんとアップしたのである。本来のマランツ7というのは、こういう音であったのか・・・多少意表を衝かれた感じである。

 夕方になって用事のためAkimitsuさんは帰られたが、仕事を終えたNaruさんが入れ替わりにいらっしゃった。Naruさんも音の印象の変わり具合に多少驚かれた様子であった。もちろん良い方向への変化なので、感心されていた。

 マランツ7は量産が本格化するにしたがって、設計者が当初設計したとおりの部品はコストの関係で使われなくなったようである。それを設計者が当初予定していた部品に換えると、相当なクオリティアップがもたらされるようである。ビンテージオーディオの奥深さを改めて実感する一日となった。 

2009/3/6

1085:相乗効果  

 QUAD 33と303のペアはより都会的である。音もより洗練された流麗さがあるように感じられる。底力というか大地に根ざしているような力強さは、QUAD 22とUのペアの方があるのであるが、洗練された身のこなしとマナーの良さはより新しい機種である33と303に分があるようである。

 それだからであろう、ビバルディの音楽は33と303の方が「らしい」のである。宮廷や貴族の館での演奏のような華やいだ雰囲気と表層的な装いを重視する多少浮ついた趣味性のようなものが感じられる音である。

 TANNOYのチャトワースに入っているユニットは12インチのゴールドである。これもまた明るく屈託のない音がする。15インチのような重厚感はない。しかも、チャトワースという小型のキャビネットに納められているので、その特質が最も顕著な形で表されるようである。

 12インチは軽やかである。俊敏な反応と屈託のない鳴りが心地よい。これを33と303で駆動するのは相乗効果があるようである、その音のキャラクターに似通ったところがあるので、お互いの特質がよりクローズアップされるようである。

 この組合せは、ビバルディを最も得意とする。明るく華やかな弦のステップは足取りがほんとに軽い。こちらの心も軽くなり、爽やかな春の陽光を感じさせてくれる。

 身も心も疲れている今の時期、どうしても1階のリスニングルームのGerman Physiksや2階の寝室のQUAD ESLではなく、リビングに置いてあるチャトワースでビバルディを聴く事が圧倒的に多くなってきている。それは体と心が自然とそういった音を求めてしまうからであろう。

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2009/3/5

1084:再登場  

 QUAD 22の弱点はLRのバランスであろうか?1階のリビングで稼動していたQUAD 22のLRのバランス調整が再び効かなくなった。

 2階のQUAD 22は全く問題なく機能しているのであるが、1階のQUAD 22はトラブル続きである。まず最初に電解コンデンサーの不良によるノイズが発生した。これは電解コンデンサーを交換することにより修理完了。

 次にLRのバランス調整が効かなくなったのである。音が左に寄り始めたのでボリュームの下にあるLRバランス調整のスライドボタンを右にずらすのであるが音像は左に寄ったままである。

 そして、「まだかな・・・もっと右にスライドさせなければ・・・」と思い、右に思いっきり寄せると、ある一定のポイントにくると、ノイズが発生し一気に音像は右に寄る。

 左にあった音像が一気にセンターを通り越して右に吹っ飛んでしまう。そのポイントはほんとに一瞬である。そのちょっと手前では音像は左側にあるのである。そしてそのポイントに差し掛かると「ズズッ・・・」といった雑音とともにすっ飛んでしまうのである。

 一度調整のため送り出し、帰ってきた直後は正常化したのであったが、再発したようである。今度は長い旅なるかもしれないが、またQUAD 22は我が家を後とすることになった。これで3度目の旅立ちである。

 ビンテージオーディオと付き合うには気の長さも必要なようである。50年も前に作られた製品である。「壊れるのは当たり前・・・」という認識を常に持っていないといけないのかもしれない。

 そこで、再登場となったのがQUAD 33とQUAD 303のペアである。33のオレンジ色はやはり渋い。グレーと淡いオレンジの組合せ、そしてその色合いの配置はいつも絶妙だと思わされる。デザイン的にはQUADのプリアンプで一番好きなものである。そしてその小ささ。ほとんど「おもちゃ」的な小ささである。

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2009/3/4

1083:モンク  

 仕事の時は当然革靴を履く。色は黒、デザインはローファーかモンクストラップである。靴紐の付いたウィングチップやプレーンチップは履かない。

 顧問先を訪問した際、中小企業の場合靴を脱いで事務所に入るケースが結構多いのである。訪問を終えて退出するさい、すっと履ける靴が都合がいいのである。ローファーやモンクストラップであればいちいち靴紐を解くことなくあっさり履けるのである。

 しかも靴の手入れが比較的楽なのである。クリーナーで汚れを落としクリームを軽く塗りこむだけ。面にでこぼこがなくフラットであるので塗りこみも容易である。履くのも手入れもお手軽であることが、この二つに共通する美点である。

 色はほとんどが黒。グレーのスーツが圧倒的に多いのでなんとなく黒がしっくりくる。書類鞄の色が黒であることも黒い靴を選ばせるのかもしれない。

 モンクストラップの「モンク」は修道士のことで、僧院で生活する修道士がはいていた靴に似たデザインであることから付いた名前のようである。僧院で生活する修道士は質素で簡潔な生活を日々送っていたはずである。そういった生活の質感と一致する風貌がモンクストラップにはあるのである。

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 我が家のリスニングルームにも「モンク」がいる。一人ではなく二人である。真っ黒な僧衣を身にまとっていて、まんじりともせず佇んでいる。

 最近、ビンテージオーディオに押されてブログへの登場機会がめっきり減ってしまったGerman Physiks HRS-120 CARBONである。スピーカーとは思えない造形であるが、禁欲的というか、修道士のような雰囲気をかもしている。その立ち姿は、黒のモンクストラップとオーバーラップするような雰囲気を有している。

2009/3/3

1082:プロトタイプ  

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 TD-124に装着されているアームである。型番はSME2009。ショップの方によると最初期型でしかも「プロトタイプ」であるとのこと。

 「プロトタイプ」とは、量産前の試作品のこと。その試作品を使って問題点を洗い出して検討し、量産品においてはそういった問題点をつぶして製作されるために製造されるもの。

 試作品なので当然台数は少ないはずである。オーディオ機器の場合一般的にはプロトタイプよりも量産品のほうが品質が安定しているはずであるが、稀にコストを度外視して作られたプロトタイプのほうが優れている場合もあるようである。

 じっくりこのアームを眺めてみると、何十年という年月の経過を経ているはずであるがとても綺麗である。錆は全く見当たらない。ピカピカというわけにはいかないが、しっとりと落ち着いた光を放っている。

 インサイドフォースキャンセラーが付いていないシンプルな構造であり、その姿からは質実剛健さが垣間見れる。

 ショップのオーナーは、「プロトタイプのほうがしっかりした音が出る」とおっしゃられていた。その姿形を見ていると、比べたわけでもないのに、そんな感じがしてきてしまう。

 そのアームにオルトフォンのSPUを装着すると、違うメーカーではあるのであるが純正組合せかと思わせるものがある。

 今までに何人のオーナーに使えたのかは定かではないが、愛されてきたことは確かなようである。

 SPUとの組み合わにより奏でられる音は、線の細い繊細な印象ではなく、やや太めで小さなことには拘泥しないスムースさがあるとともに、渋めの明るさがある。それは蛍光灯的な明るさではなく、やや暗めの白熱灯といった風情である。

2009/3/2

1081:QUAD風の音  

 昨日は東大和市民会館でヘンデルのメサイアを聴いた。コンサートは午後3時からの開演であった。コンサートホールには開演の約1時間前に着いたのであるが、既に黒山の人だかりであった。

 pontaさんとは昼前に待ち合わせ、昼食を軽く摂ってから、我が家のQUAD ESLとGerman Physiks HRS-120 Carbonの音を少し聴いていただいた。それから、コンサートホールに向かった。

 昨年からQUADを中心としたビンテージ軍団が軍隊蟻のように猛攻撃をしかけてきている我が家はその音の方向性がかなり変化しているようである。

 German Physiks HRS-120 Carbonを中心としたメインシステムも、構成機器は変化していないのであるが、でてくる音はかなり変化したようである。

 2階のQUAD ESLから聴ける音が今の私にとって一つの基準である。1階のリスニングルームもその基準に照らしより質感が似通った方向に向かうように調整してしまう。駆動するアンプなどは変更されていないのであるが、スピーカーの位置の変更や吸音率の減少などで、どうやら「QUAD風の音」に向かっているようである。

 pontaさんの表現によると「間接音中心」で「軽妙な音」方向である。QUADの音に出会ってから自分の好きな音、音楽を聴いていてより聴きこめる音の方向性のようなものが分かってきた気がする。

 しかし、これは今のところの嗜好性であって将来にわたって変化しないで継続されるものなのか、あるいは年齢によってその容姿が変化するように、徐々に変化していくものなのかは不明である。

 1回きりの人生であれば、いろんな趣向の音も聴いてみたとは思うが、無理をする必要はないであろう。自分の耳に一番しっくりする音に焦点を合わせて微調整を繰りかえしていくしかないのであろう。



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