2009/3/31

1110:キャビネット  

 THORENS TD-124の一般的な視覚的イメージはシンプルなキャビネットに本体が収められている姿であろう。その姿はとてもコンパクトで飾り気はないが、質実剛健な素朴さを湛えたものである。

 我が家のTHORENS TD-124はそのキャビネットがかなり個性的なものであるため、一般的なイメージとはかなり異なった雰囲気を有している。またその大きさという点でもある程度のスペースを必要とするものである。

クリックすると元のサイズで表示します

 今はカートリッジはBENZ MICROのreference3を装着している。そしてパートリッジの昇圧トランスを経由してQUAD 22のPhonoに接続されている。

 その音の質感は1階のアナログとは相当異なる。情報量やエネルギー感は1階のほうがある。オーディオマニア的な視点では1階がメインであるが、2階のTHORENS TD-124は木質の響きがより強く感じられるのである。

 その薄く頼りなげな木で構成されているキャビネットの響きが音に乗っていると思われる質感である。このキャビネットの材質の木は薄い。ガッチリしたものではなく、かなり頼りなげである。

 シングルフロートのキャビネットでもっとしっかりしたものにTD-124を乗せたらどうなるのかなという好奇心もあるのであるが、今のところはこのキャビネットで聴きこんでみようと思っている。

 GREY製のキャビネットの価格は94,500円。これもいつか使ってみたい。ヒョイッと持ち上げて乗せかえるだけであるので、結構手軽に聴き比べもできるのはず。こちらに乗せ換えると、一目でTD-124とわかる造形に変身もする。

2009/3/30

1109:3月30日  

 「フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん フランシーヌの場合は あまりにもさびしい 三月三十日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ」

 1969年の3月30日、パリで一人の女性が焼身自殺した。べトナム戦争とビアフラの飢餓問題に抗議してのことであった。その女性の名前はフランシ ーヌ・ルコント(Francine Lecomte)。

 同じ年に、新谷のり子さんが「フランシーヌの場合」という曲を唄い話題になった。このレコードは80万枚を売り上げた大ヒットとなったのであるが、時は安保闘争の真っ最中、その時代の流れに乗ったのであろう。

 この歌は一回聴くと頭から離れないほどのインパクトがある。とても悲しげなメロディであるのであるが、何かしらその芯の部分はとても強固なものを感じさせるのである。

 この歌の最後は「フランシーヌ フランシーヌ」と名前を連呼するのであるが、その悲しげな響きは幼かった私の頭に鮮明に刻まれたのであった。それと私にとって名前以上に印象的であったのは、「3月30日」である。

 3月30日は私にとっては特別な日である。日曜日ではなかったはずであるが3月30日に私は生まれた。今日は46回目の誕生日である。

 もう少し遅れれば学年が一つ違っていた。ぎりぎり滑り込んだ感のある誕生日である。小学生の低学年までは、4月や5月生まれの子とは体の成長の面でも学力の面でも結構差があったのを思い出す。小学生の高学年になればそういった差はほとんどなくなったが、1年近い差があったのであるから小さな子供の時には結構大きなことであった。

 この年になれば、もうおめでたくもないのであるが、年に一回のことであるので家族そろって食事をした。46年生きてきた。思い出したくない失敗も数多くあるのは当然であるが、家族そろって楽しげに食事する様を目にしていると「これでよかった・・・」と心から思える。

2009/3/29

1108:PARTRIDGE  

クリックすると元のサイズで表示します

 真ん中で緑色に輝くのはPARTRIDGEの昇圧トランスである。その左の控えめなグレーの昇圧トランスはOrtofon No.6600。そして、右側の細長いものはORTOFONのMCカートリッジ用ヘッドアンプMCA-76である。

 カートリッジはORTOFON SPU-GとBENZ-MICRO REFERENCE3。それぞれ組み合わせると6通りの組合せが出来上がる。THORENS TD-124にこの6通りの組合せを試してみた。そしてそのうちの一つに光明を見出すことができた。

 その組合せとはREFERENCE3とPARTRIDGEの組み合わせである。この組合せの時には音が活き活きと輝くような気がした。ORTOFONは上品で控えめ、まとまっているのであるがいまひとつ食いつきが足りない。

 今日はhiroさんがご友人と一緒に我が家を訪れてくれたのである。そして、PARTRIDGEの昇圧トランスとORTOFONのヘッドアンプを持参してくださった。そこで2階のTHORENS TD-124で試したのである。

 2階ではアナログを接続するとノイズが結構乗る。THORENS TD-124に原因があるのかと悩んでいたのであるが、hiroさんによるとQUAD22に原因がある可能性が高いとのこと。QUAD22は一度見てもらう必要があるようである。どこからかノイズを拾ってくるのか特定できれば、対策できるであろう。

 PARTRIDGEはORTOFONに比べると、音がシャキッとする。REFERENCE3もどちらかというとシャキッとするカートリッジである。この二つが手を組むと相乗効果でシャキシャキするのである。音に芯ができ、艶やかさもアップ。これがTHORENS TD-124、SME 3009と組み合わさるとしっくりくるのである。これでノイズさえ取り除ければ・・・

 hiroさんには1階のTANNOYも聴いてもらった。実はチャトワースの前オーナーはhiroさんなのである。なので、チャトワースがきちんと鳴っているか確認してもらいたかったのである。

 オリジナルのキャビネットに納められた12インチのゴールドはこの部屋に合っている。約8畳と狭いリスニングルームにはちょうど良いサイズのような気がする。15インチのような重厚さはないかもしれないが、バランス的はジャストフィットといった感じである。

2009/3/28

1107:NEW BWM 7シリーズ  

クリックすると元のサイズで表示します

 NEW BMW 7シリーズが日本でも発売が開始された。ディーラーから案内が来ていたので、実車を見に行ってきた。BMWのデザインアイデンティティーであるキドニーグリルは、大型化され低い位置に配置された。さらに縦方向のバーを強調することによりその存在感を強調している。

 これはグリル部分を強調する昨今の傾向にあわせたものであるが、多少下世話な印象もある。フロントのヘッドライトの形状は、マイナーチェンジ後の先代の造形に近く、マイナーチェンジ前の先代のような冒険はあえて避けたようである。

 サイドビューは伸びやかな造形でスポーティーさと室内空間の確保との両立が確実になされている。ドアノブはサイドのキャラクターライン上に重ねられスムースさを強調している。

クリックすると元のサイズで表示します

 リアビューは結構変わった。先代の直線基調のデザインから曲線を多用した有機的な造形である。基本はL型であるが受ける印象はかなり異なる。個人的には好きではないが、今後これがBMWのリアビューの基本形になるのであろう。


 インテリア・デザインはかなり高級感が高まった。使っている素材も先代よりも格段に向上。囲まれ感が高まりより快適な室内空間がもたらされた。インテリアの質感に関してはAUDIに水をあけられていたが、多少追いついたようである。

クリックすると元のサイズで表示します

 先代のフルモデルチェンジのときは正直に言って、怒りを通り越してあきれた。強烈な拒絶反応が生じて体がかゆくなったものであったが、今回は多少ひっかかる点はあるものの無難な印象である。しかし、逆にそれが何かしら物足りないような気がしないでもない。

2009/3/27

1106:かきあげ丼  

 高幡不動尊の右手に沿って少し裏通り的な道を歩くと、「田むら」は瀟洒な住宅地の一角に静かにたたずんでいる。看板には、「鰻・天麩羅・田むら」とある。店構えも店内も落ち着いた雰囲気である。

 浅田次郎氏がここの「かきあげ丼」を絶賛されていたのを雑誌で読んでから、数回来ている。高幡不動尊の側には顧問先が1件あるので年に数回訪問する。昼時に訪問した際には必ず「田むら」に寄るのである。

 ここはうなぎも絶品であるが、今日は「かきあげ丼」を注文した。かきあげの色合いはこんがりきつね色である。見るからに香ばしい色合いである。そのかきあげは、丼からはみ出すようなボリュームがある。

 その色合いとボリューム感は、食べる前から幸せな気分にしてくれる。かかっているタレも甘みのある濃い目の味わい。ご飯にその香ばしい味がしみわたり、程よい具合に仕上げられている。

 素材をカラッと揚げてその持ち味を活かした江戸前のかきあげは結構病み付きになる。しかし、このボリューム、女性には少しばかり辛いかも。相当な満腹感が得られることは間違いない。

 このかきあげ丼の色は、思わずQUAD ESLを連想させる。「カリ」ではなく「サク」としたかきあげ丼の口当たりも、ESLの音の触感を思わせる。今晩は帰ったら1階ではなく2階のESLを聴こうと思った。モーツァルトのピアノ協奏曲12番K.414でもCDプレーヤーのトレイに乗せよう。

2009/3/26

1105:モーター音  

 ORTOFON SPU-Gの出力が小さすぎるのか・・・ORTOFONの昇圧トランスの昇圧比が足りないのか・・・あるいはQUAD 22のフォノ入力部の不具合か・・・どうしても必要なボリュームが得られない。

 QUAD 22のボリューム位置がCDの場合3〜4で充分な音量が得られるのに対して、Phono入力では5でも小さい。当然ボリュームノブを右へ回すことになるのであるが、ある一定の位置を越えてくるとノイズが盛大に乗ってくる。

 レコードの場合のみQUAD33 303を使用するという解決策もあるが、スピーカーコードをその都度つなぎ変えなければならず面倒である。

 やはり、カートリッジを換えるか、昇圧トランスを換えるかしか対応策はないのであろうか?2階のTHORENS TD-124でのアナログ再生はいまひとつ上手くいっていない。

 そこで、思い切ってカートリッジを換えてみた。BENZ-MICROのREFERENCE 3を1階から2階に移動してみたのである。

 昇圧トランスはORTOFONのままで、QUAD22のPhono入力に接続して再生したが、やはりボリュームが足りない。足りないので通常位置よりもボリュームノブを右へ回す。するとノイズが気になってくる。

 昇圧トランスは代わりを持っていないので、1階からフォノイコライザーを持ち込み、このフォノイコライザーを経由してQUAD22のLINE入力に接続した。

 フォノイコライザーはゲインが大きめのLINTOを使用した。ボリューム位置は通常位置で十分な音量を得られる。そして当然のことかもしれないが、その情報量と音の質感はぐっと現代的になった。

 しかし、唯一欠点が・・・モーター音と思われる背景ノイズが盛大に音に乗ってくるのである。SPU-Gでは拾われることがなかったモータ音が、BENZ-MICRO、LINTOという現代的な組合せではしっかり拾われてしまうのである。

 「なかなか上手くいかない・・・」音の質感はぐっと現代的になったが、このモーター音が気になってしまう。このモーター音を消すのにはどうすればいいのか・・・

 キャビネットの問題なのか、モーターそのものの問題なのか、あるいは組合せがまずいのか、なかなか根の深そうな感じである。

2009/3/25

1104:作品111  

 ベートーベンの最後のピアノソナタであるピアノソナタ第32番作品111の第1楽章は、ハ短調で書かれた他の作品と同じく、荒々しく情熱的である。

 その第1楽章とは対照的に、第2楽章はとても美しく静かである。月の弱い光に照らされた湖面を連想するような内省的で哲学的な響きの美しさは、聴くものの心の視線を内へ内へと向かわせる効果があるようである。

 五味康祐「オーディオ巡礼」を読んで、このピアノソナタを再度聴いてみたくなった。五味康祐氏が病床で最後で聴いたレコードは、この曲であったとのことである。

 そして「西方の音」の中で「私が死んだら、やっぱり交響曲第3番の第2楽章は聴かせてほしいし、第7交響曲の同じアダージョ。第9の合唱部分、ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第7番、それに作品106、109、111のそれぞれ緩徐楽章は聞かせてもらいたい」と書いた。

 この作品111には、それだけ強い思い入れがあったのであろう。確かにこの作品111の第2楽章は、ベートーベン晩年の作品に共通する深遠な光の世界が展開する。その音世界はとても純粋であり、喜び・悲しみ・諦観といった様々な感情が溶け込んだ末に透明に澄んだエキスが流れ落ちるような音楽である。

 ベートーベンの後期ピアノソナタ3曲のうち、今まで最もよく聴いていたのは31番作品110であった。この31番のピアノソナタは32番に比べるとより叙情的である。

 甘美で滑らかに流れるような展開。複雑でいて清澄な響きが紡ぎだされるようにつながっていく様は心地よい陶酔感をもたらしてくれる。

 32番になると、より峻厳な要素が加味されてくる。陶酔感とともに気が引き締まるようなところがあるのである。どちらもベートーベンが到達した高みの凄さを感じさせてくる名曲である。

 この2曲のピアノソナタを聴いていると、人生が終りに近づいた時私もこういった心境に近いものを獲得していたらいいなあと思うのである。

2009/3/24

1103:決め台詞  

 今日の日中は街中の多くの方が、携帯に見入っていた。メールチェックではなく、携帯でWBCの経過をチェックしているようであった。私も例外ではなく、仕事で外にでていたのであるが、経過がどうなったが気が気でなく何度となく携帯を覗き込んでいた。

 しかし、それにしても激的な展開である。手に汗握る接戦の末の延長10回。ツーアウト2,3塁でイチローという、これまたできすぎといった展開で、クリーンヒット。この瞬間勝負が決まった。

 このヒットがまた、完全に芯を捕らえた素晴らしい打球であった。韓国とは因縁の対決である。2勝2敗のタイで迎えた5回目の対決で、しかも決勝。これは嫌がうえでも盛り上がるというもの。

 よく「スポーツはシナリオのないドラマ」といわれるが、今日の試合は、劇的な展開の好きなシナリオライターが書いたとしか思えない展開であった。ためにためて、ここぞという場面で「これが目に入らぬか!」という決め台詞とともに印籠をみせる「水戸黄門」のような、10回のイチローのヒットであった。

 「侍JAPAN」というネーミングも良かった。戦う集団というイメージが良く伝わる、上手いネーミングである。

 今日本の経済は低迷している。アメリカに端を発した金融不安が発火点となり、急速に世界を覆った不況は日本も当然飲み込み、深刻な状況を招いている。

 その状況は確かに深刻である。ではあるがその状況を誇大にかつ繰り返しテレビなどのマスメディアが報道したために、心理的な冷却効果が拡がり余計に景気の足を引っ張ることとなった。

 このWBCでの日本の優勝が、多少なりとも低迷している日本の状況を好転させる一因になってくれればとも思ってしまう。個人消費というものは心理的な要因が結構大きい。侍JAPANの快進撃は経済効果が相当あるような気がする。

 それにしても、9回裏の同点弾は結構効いた。みぞおちに一発くらったような重さがあった。2アウトまでこぎつけて勝利に手が届いたかと思った瞬間の同点被弾であったからだ。しかし、それも10回のイチローの印籠を見せ付けるようなヒットにつなげる演出であった。

 さらにイチローの打席の直前、代打川崎が絶好のチャンスで最悪の内野フライ。外野フライでも犠牲フライで1点という場面での初球を打っての内野フライ。大きな溜息がもれた。

 その後にイチローのヒット。ためにためての決め台詞といった感じであった。素晴らしい一打であった、そして感動的な試合であった。 

2009/3/23

1102:Invitation  

 「Invitation」と書かれた横長の封書が送られてきた。フルモデルチェンジされたBMW 7SeriesのPreviewへの招待状である。

 その招待状の中には、2枚の新たな7Seriesの写真が入っていた。1枚はボディカラーがブラック。前方斜めからの写真である。黒は精悍である。

 一昔前は黒はいまひとつ好きになれなかった。厳しいというか、かしこまったような印象が黒にはあり、自分の車の色として選択する可能性はほとんどなかった。

 しかし、最近黒は人気である。街中でも黒の車を頻繁に目にするようになり、印象度もアップしている。特に映り込みが素晴らしいまでに磨きこまれた黒は独特の高揚感があるのである。

 「洗車が大変だろうな・・・」という気がしまいでもない。この春の時期は特に、花粉や黄砂などが黒の大敵である。少しばかりの雨でもすぐさま汚れが目立つはず。かなり頻繁な洗車が必要になってくるであろう。

 もう1枚の写真のボディカラーはシルバー。真横からの写真である。全体のシルエットは伸びやかで、バランスが取れている。非常に大きく目立つ造形を与えられている、サイドマーカーが目に付く。

 これはメルセデス・ベンツがはじめ、一気に追従者を得て、最近のデザインのトレンドとなっているドアミラーに組み込まれたサイドマーカーに対抗してのことであろう。ドアーミラー組み込みサイドマーカーに対抗するのはいいことであるが、少しばかりその造形は大袈裟のような気がする。もう少しさりげないもので対抗した方が良かった。

 現行型の7Siriesがでたときは非難轟々であったが、今回はすんなり受け入れられるであろう。リアのコンビネーションランプなど細かく見てみると斬新な意匠も取り入れられているが、比較的無難なフルモデルチェンジである。

 今度の土曜日にはこのPreviewに行ってみよう。現在乗っている2005年型BMW 735iは、7万キロを超えてもまだまだ快適な乗り心地とハンドリングを失っていない。Mt.T2さんに紹介されたGe3の「超結界」がグローブボックスに入ったまま。これは一度入れると取り出せない。素晴らし効果をもたらしてくれているようである。

 この「超結界」効果もあって、乗り換え指向は今のところ全くない。10万キロ突破も十二分に可能なようである。それも我慢してのことでなく、満足感を持ってのことなので驚いている。

2009/3/22

1101:究極のコツ  

 今日は三連休の最後の日。昨日と一昨日は穏やかな春の日和であったが、今日は朝から曇っていた。今にも泣き出しそうな天気であったが、お昼前に降り始めた。

 朝のうちはどうにかもっていたので、自転車に乗った。いつものコースを約1時間かけて走った。かなり暖かくなったので、真冬に比べてとても楽である。1月、2月はやはり辛かった。

 ほんの1ケ月前までは手や足がかじかみ顔が痛いほどであったのが嘘のように今日は快適であった。どうにか雨も降らずにすんだ。これからは自転車には最高の時期である。休みの日の朝の1時間だけであるが、これからもペダルを漕ごう。

 自転車にもいい時期であるが、同時にゴルフにも良い時期が始まった。これからしばらくはゴルフの繁忙期である。クライアントや銀行のコンペが目白押しである。これから2ケ月ぐらいはほぼ週1回のペースでゴルフの予定が入っている。

 確定申告が終わってから2度ほど練習場に行った。練習場に行くと何かしら思いつく。そして、それに気をつけながら練習すると、その時は上手くいく。「これが究極のコツか・・・」と早合点したりする。

 しかし、ゴルフ場に行くと何故だか上手くいかない。原因は力みだと思われるが、練習場でつかんだと思った「究極のコツ」は、ゴルフ場の帰り道の途中でゴミ箱に入れられることが多い。

 でも、懲りないのである。練習場に行くと、何故かひらめく。「これを注意すればいいのでは・・・」と思いつくのである。

 昨日の練習場でひらめいた。トップの位置で左肩が右足のラインにまできているといいのではないか・・・そこまで左肩が入ると上体の捻転は充分なはず。そこから一気に捻転をとくことでパワーがボールに伝わるはず。

 練習場では結構上手くいくのである。左肩が右足のラインまで捻るのには結構しんどい。体が硬い私にとっては楽な姿勢ではないのである。ここまで捻ると腕からは力が抜けやすいようである。

 「捻って〜とく!」といったリズムでクラブを振ると飛距離もでるようである。「これは究極のコツか・・・」そう思うのは何度目であろうか?いつものように本番ではからっきし役に立たない可能性はあるが、練習を終えて「今度こそいけるのでは・・・」という気になっている自分がいた。懲りていないようである・・・



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ