2009/1/25

1045:毛糸のパンツ  

 最近の子供はあまり道路や公園では遊ばない。少子化傾向で子供の数が減っているのも一因であろう。そして、コンピューターゲームの普及も一因であろう。さらに、幼い子供が被害者となる犯罪が増加したことも一因であろう。

 また、お稽古事や学習塾といったスケジュールが結構頻繁に入っていたりして、暇な時間が昔の子供ほどないこともそういった傾向を助長しているのかもしれない。

 私が小学生低学年であった頃は、外で数名で遊ぶことが多かった。「かんけり」「かくれんぼ」「めんこ」「ビー玉」といった遊びが多かったように記憶している。そして概ね同じ年代の子で遊ぶのであるが2〜3歳の歳の開きはあった。

 そういった「群れ遊び」が今は減少しているようである。これは、子供にとってあまり良いことではないような気がするのである。「群れ遊び」の中で子供はコミュニケーション能力や協調性といったものを育んでいたような気がするからである。

 これも時代の流れなのかもしれない。また、今の子は今の子なりに楽しんでいるのかもしれない。子供時代の自然発生的な「群れ遊び」の体験というものは、今でもたまに懐かしく思い出されるものである。

 昨日、lmstさんに連れられて行った「鳥恵」は、駅前の商店街の一角にあった。そして、その商店街がとても懐かしい匂いのする商店街であった。肉屋さん、八百屋さん、乾物屋さん、その他の商店が雑多に入り混じっているのであるが、とても活気があり、人通りも多い。

 そして、その個人商店独特の対面販売の暖かさがその通りに満ち溢れているのである。そして生活という匂い、とても人間臭く洗練されていない匂いがあちらこちらから発散されていた。

 その匂いはとても居心地の良いものである。嬉しくなるのである。気のせいかこの商店街に買い物に来ている人々は一様に陽気で幸福そうに見えた。今流行りの「セレブ」といった空虚な響きの言葉とは正反対の暖かいものがこの商店街には息づいていた。

 それは、何故かしら数十年前の「群れ遊び」の思い出のように、懐かしく感じるとともに、心満たされるものがあったのである。

 昨年から、オーディオの音に対する自分の深いところでの嗜好性といったものが少し分かってきたような気がしている。それは、生活感のある音なのかも知れない。舗装されていない道路の上を蹴られた缶が転がるような、八百屋さんのおじさんが断続的に発するだみ声のような、社宅のとなりの棟に住んでいた「ミキチャン」がはいていた紺色の毛糸のパンツのような音なのかもしれない。



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ