2008/6/24

830:二冊の本  

 最近当たりが多い。宝くじの話ではない。常に末等しか当たらない。しかし、買ってしまう。末等しか当たらないのであるが、「もしも・・・」という淡い期待感からついつい買ってしまうのである。

 最近当たりが多い。残念ながらレコードの話ではない。比較的従来からの愛聴盤を繰り返し聴いている。レコードに関しては、愛聴盤の持続期間が結構長いのが我が家の特徴である。なので、レコードを数多く収集しようとする動機が比較的低い。中古レコードもものによると相当に高額になるケースがあるので、経済的には助かる傾向である。

 では、最近当たりが多いのは、何なのか?それは本である。それほどの多読家ではないが、1ケ月に4〜5冊の本を読む。これには仕事上必要な専門書は含まれない。いわゆる一般書である。

 6月に入って立て続けに極めて印象的で優れた本で出会ったのである。まず一冊目は、佐野洋子「シズコさん」である。これは、著者とその母との関係を赤裸々につづった本で、その中に描かれる人々の人間くささや生身度が際立っていて、強く引き込まれる。終章に向かって昇華される母と娘の関係に、強い救いと希望の光が感じられて、読後独特の心地よい虚脱感に襲われた。

 もう一冊はイマキュレー・イリバギザ「生かされて」。これは、奇跡的に1994年のルワンダ大虐殺を生き延びた女性の手記である。

 この本は二つの側面から極めて印象的であった。一つはルワンダの大虐殺の想像を絶する残虐さと非情さと人間がそこまで残虐になれるのかという驚きであった。そこはまさに地獄絵の世界さながらの出来事が来る日も来る日も繰り返されたのである。

 しかし、この本の本質は大虐殺の凄惨さを描くことではない。そのような信じがたい程に困難で常軌を逸した状況にありながら、信仰を貫き、神と一体化することにより、心から愛した家族を残虐に虐殺した加害者を「許す」ことができる心境に至るまでの著者の心理の凄まじいばかりの経過にこそ、この本の本質がある。

 「シズコさん」の終りの方で「私はゆるされた。何か人知を越えた大きな力によってゆるされた。」と記されいる。「生かされて」では、あまりに大きく獰猛な怒りと憎しみの感情を信仰の力によって手放し、加害者を許すことができるまでになった。両方の本の大きなテーマは「ゆるし」なのかもしれない。

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