2008/6/30

836:デング熱  

 「デング熱」は、特定の蚊に刺されることによってウイルスが体内に侵入し、感染する。潜伏期間は4日から7日で、発症すると、発熱、頭痛、筋肉痛、関節痛などの症状が現れる。
 
 発症すると発疹が出現し、四肢、顔面へも広がる。その発疹はかゆみを伴うことが多い。こういった症状は通常1週間程度で消失する。

 私の感染した「QUAD熱」は、蚊を媒介とした感染ではない。耳からそのウィルスは侵入するようである。とても特異なウィルスである。電子顕微鏡でそのウィルスを観察するとその形も特異である。音符のような形をしているのである。

 症状は「デング熱」と多少似ている。発熱、多買症、多動性うろつき症、コレクター癖などがその主なものである。一度感染すると1週間では回復することは稀で、数ケ月、あるいは数年その症状が続くことがある。

 「デング熱」は1週間程度で治まることが多いが、怖いのは再感染した時である。再感染すると「デング出血熱」になる可能性が高くなってしまう。この「テング出血熱」に感染すると、口、目、鼻などの粘膜から大量に出血し、死に至ることもあるのである。

 「QUAD熱」も一旦は治まったかに思えても、そのウィルスは活動を停止しただけで体内の奥深くにひっそりと潜んでいることが多い。その一時活動停止状態にある患者が、新たなウィルスに感染すると、さらに猛威をふるい「QUAD出血熱」に発展する可能性がある。

 ポケモンが進化するように「QUAD熱」も「QUAD出血熱」に進化するのである。そうなると大変である。QUAD製品を見かけると全てコレクションしたくなる欲望に駆られ、ほぼ全てのラインナップを揃えてしまう。

 経済的な出血は予想以上に多く、失血死する恐れすらでてくるが、66CD・66PRE・コントローラーのセット販売(格安・状態良好)などの情報をインターネットで見かけると、発疹が体中に拡がり、疼くのである。そして間寛平のように「かい〜の」状態に陥り、意識が朦朧としながらも「買い〜の」とつぶやいてしまうのである。

2008/6/29

835:推奨セッティング  

 一昨日はQUAD ESL、そして昨日はアポジー ディーバ、と立て続けに箱のないスピーカーの音を聴いた。もちろん、ESLはエレクトロスタティック型で、ディーバはリボン型であるので、音の質感は相当異なる。またその面積もディーバはESLの3倍はあろうかというほどの開きがあるので、音の量感も差異が大きい。

 しかし、そういった差異はあるにしても、何かしら共通の要素も感じられた。音が速いというか威圧感がないというか、ひっかかがなく、耳障りな感じがしないのである。箱鳴りがないという点では共通のものがあるのかもしれない。けっして量感がないというわけではないのであるが、体をすり抜けていくような独特な音の質感がある。

 こうなったら、QUAD ESL63も一度聴いてみたい。インターナットで「QUAD ESL63」検索してみたら、「WIL AUDIO」という聞きなれないオーディオショップにあたった。HPをみてみるとなんとESL 57、ESL63、ESL63PROが中古で販売されていた。

 しかも、住所が国分寺市。私の事務所のすぐそばである。国分寺市にオーディオショップがあるなんて話は聴いたことがない。おそらくマンションの一室で「知る人ぞ知る」といった存在のショップかもしれない。

 中古の価格は全てペアで30万円。全て調整済みと明記されている。ビンテージの価格はコンディションの良し悪しによるところが大きいので一概に高い安いは判断ができない。しかし、普段の生活圏の中にESLを3台聴き比べができるショップがあるとは驚きである。

 一度連絡して訪問してみたいところである。ちゃんとしたスペースがあって試聴できるところなのかどうかは不明である。しかし、ESLのみをこれだけ揃えているということは、相当QUADに対する思い入れが強いはずである。

 様々なESLに関する専門的な情報や使いこなしのテクニックなどを教えてもらえるかもしれない。QUADを好きな人にあまり偏屈な人はいないはず・・・と勝手に思い込んでいるのであるが、どうなるか・・・

 STEREO SOUNDの159号を読み返してみれば「オーディオ・ブランド・サークル座談会」という記事があり、QUADが特集されていた。そのなかでESLのセッティングの原則は「壁から離して、軸上で聴く」と記されていた。「80CMは壁から離さなきゃいけない。できれば1M20CMくらい。」とある。

 我が家では1階のリビングは物理的に無理である。壁ピタセッティングが前提となってしまうからである。2階のリスニングルームであればPSD T3の手前に置き、内振りを強くして設置すれば、かなりリスニングポイントに近い位置にスピーカーがくるが、推奨セッティングは可能である。

 まだ買ったわけでもないのに、ここに置いたらちょうど良いかも・・・とか、切り替えはどうやったらスムーズに行くか、移動することが多くなるから軽い方がいい、あるいは63PROだと移動用にサイドに取っ手がが付いていて便利・・・などなど、夢想にふけるのは、やはり楽しい。

2008/6/28

834:歌姫  

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 初めてみるディーバは大きかった。私よりも背が高い。その高さは2m近くあるはず。大きいのは、その姿だけではない。とてつもなくワイドレンジで、提示されるサウンドステージも極めて大きい。

 今日は、先日STUDIO K'sの「音楽喫茶」で知り合いになった伊藤さんと一緒にアポジー ディーバをお使いの松本さんのお宅を訪問したのである。オーディオ仲間の石田さんもご一緒であった。

 松本さんのリスニングルームは12畳ほどであろうか、横長配置で使われていた。我が家のリスニングルーム同様、床が一段下がっている。リフォームによって専用ルームを造られたのであろう。床は極めて強固な構造である。これは低域に効きそう。

 パワーアンプはハーマン・カードン サイテーションXX、プリアンプ、DAコンバーターはバクーン・プロダクツ、フォノイコライザーはイリュージョン。残念ながら、私の全く知らないメーカーの製品である。

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 これがサイーテションXX。とても精悍な顔立ちである。相当強力なパワーアンプで、このパワーアンプでないとディーバが「歌姫」らしく歌ってくれないようだ。フロントマスクに緑色に輝く「Citation XX」の文字がとてもかっこいい。

 PCトランスポートから複雑な経路を通ってDAコンバーターに送られて、上記のアンプによってディーバが駆動されるのであるが、その音はハッと息を呑むものがあった。広大なレンジ(特に低域の伸びやかな量感は圧倒的)を誇り、情報量も素晴らしく多い。それでいて音の表面が滑らかである。

 クラシックの声楽ものを中心に聴かせていただいたのであるが、圧倒的な情報量でありながら耳に心地よい柔らかさが音に備わっており、強いられるものがない。音色はしっかり感のある濃い目。しかし、くどさがない。相反しやすい要素が見事に両立している。この「歌姫」の能力の高さは結構度肝を抜くものがある。

 イリュージョンのフォノイコライザーやバクーンプロダクツのDAコンバーターからプリアンプヘの接続は「電流伝送」である。一般的な「電圧伝送」ではない。その聴き比べの機会を得ることができたのであるが、明らかに「電流伝送」の方が音が良い。音の柔らかさ、滑らかさ、ニュアンスの深さが、「電流伝送」ではしっかり出る。

 ここにもきっと、松本さんのお宅の音の秘密が隠されているような気がした。他にも数え上げたらきりがないほどの対策がなされている。専門的な知識に精通している伊藤さんや石田さんの手を借りながら、松本さんはこの手なずけることが極めて難しい「歌姫」を見事に歌わせていらした。

2008/6/27

833:ESLの足  

 魅力的な女性の足は、ふくらはぎから足首にかけるラインがなだらかにアールを描く。そこに重みが感じられてはいけない。あくまで軽やかなカーブでなくてはならない。当然足首は細みで引き締まっている必要がある。

 QUAD ESLには足が3本ある。その足の具合はとても良い感である。実に軽やかさを感じさせる造形である。まったく重さを感じさせる要素がない。そして全体のデザインは、パネル面に緩やかな仰角が付くようになっていて、角にも丸みが持たされているので、独特の気品ある雰囲気を醸し出している。

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 ESLはその後ESL63が出て、さらにESL988、ESL2805と引き継がれる。それらを聴いた経験はないのであるが、物理的な特製や強度はきっと改善されているはずである。しかし、物理的に優れていても、ESLのあの独特の気品を越えることはできていないような気がする。

 今日はビンテージレストラン「hiro」を再訪した。私と同じく最近QUADの扉を開きその魅力に取り付かれ始めているyy90125さんとご一緒である。オーナーシェフであるhiroさんは前回同様実に様々な料理を矢継ぎ早に出してくれる。

 どれも独特の味わいに満ちている。QUAD 22 U、33 303、44 405-2でいただくESLやチャトワース、レッドの入ったVLZなどなど、その全てがその持ち味を存分に活かされた音で、音楽の様々な横顔を見せてくれる。

 そのなかで、今日のメインディッシュはやはりQUAD ESL。33 303で聴くESLはやや明るめの色調を帯びた爽やかで自然な質感の音で、空間表現は当然のことながら、陰影表現の幅も広い。

 アンプを44 405-2に換えると、その広い空間表現や自然な質感は維持しながら、陰影感はより濃い色合いに振れる。アンプそのものの色合いと奏でられる音の色合いが見事に一致しているのに驚かされる。33 303で奏でるESLの音からは、淡いグレーとおだやかなオレンジの色合いが感じられるのである。

 そして44 405-2にすると、その色調はグレーの色合いがより濃いしっかりしたものになり、統一感が感じられる。QUADに嵌った方はその多くが、44 405-2 、33 303、22 Uと全てのペアを揃え、さらにESLやESL63に向かう。そのQUADマニアの方の心情が、今日は痛いほど分かる気がした。

 私はQUADマニアの入り口に立っている段階であるが、「QUAD」と実にさりげなく書かれた扉を開けたことを、全く後悔していない。今日ESLを聴かせていただいて、その扉の向こうにおおきく踏み込む決心をしたからである。

2008/6/26

832:中上級  

 アマチュアゴルファーの場合。100を切れないうちは「初級」。100は切れるが、なかなか90を切れずたまに80台が出て大喜びであれば「中級」。90は大体切れるが、アベレージでは80台後半、ごく稀に70台であれば「中上級」。そして、2,3回に1回は70台が出て、アベレージは80にかなり近い80台前半であれば、「上級」である。

 私は90を境に行ったりきたりであるので、「中級」である。どうにかその一つ上の「中上級」を目指しているが、なかなか上手くはいかない。そのためには年間20〜30回のラウンド数を少なくとも40以上に増やす必要があるのかもしれない。

 今日は雨。しかし、ゴルフに行ってきた。場所は中央道の上野原インターを降りて15分程度のところにあるレイク相模カントリークラブ。前回のゴルフも雨であった。そのときは午前46午後46トータル92であった。

 今日も雨であるが、どうにか前回のスコアを上回り、ハーフ45を切れるようにとはりきって出かけた。心配された雨はやむことはなかったが、本降りというほどでもなく、霧雨がしとしと降りしきる、いかにも「梅雨」といった感じの一日であった。これくらいの雨であれば、スコアへの悪影響はそれほどではない。

 スコアは午前が43、午後が45、トータル88。私としてはまずまずでニンマリである。前回が92で今回が88。大して違わないのである。たった4打差でしかない。しかし、たった4打差であっても80台と90台では気分が違う。今日は気分が良いのである。

 90を境にして一喜一憂。上級者からみれば「・・・?」なレベルではあるが、この程度のレベルが一番面白いのかもしれないと思ってしまう。でも、やはり「中上級」に早くあがりたいという向上心は忘れてはいない。コンスタントに80台がでて、年に1回くらいは70台が出るなんて世界に早くワープしたい。

 オーディオは、あいも変わらず「初級」どまりであるが、今のところ「初級」どまりでも楽しいものである。「オーディオ」という趣味は、体の健康面からはゴルフに比べると良い影響はなさそうである。また経済の健康面からはゴルフ同様マイナス要因が大きい。しかし、心の健康面からはそれなりに良い影響があるのではないか、という気がしている。

2008/6/25

831:天使の取り分  

 物事には時間の経過が必要なことが結構ある。時間の穏やかな揺れにゆられているうちに、少しづつ目が詰まり、あるべきところに収まりよく収まっていくのかもしれない。

 水を加えられて、オーク樽に詰められたニューポットは、何年もの間熟成される。シングルモルトの場合、8年もの、10年もの、12年ものあたりが多く出荷される。熟成年数が長くなると、琥珀色が濃くなり、香り、味などに深みが増してくる。

 当然熟成期間の長いものの方が値段が高い。経過年数分管理費用が多くなるうえ、「天使の取り分」と呼ばれる自然蒸発による減少もあるためである。

 オーディオ機器でも熟成期間が結構必要なようである。とりあえずのエージングは数ケ月ですむ場合が多いが、数年経過してくるとさらに深みが増すような気がする。さらに数十年経過すると、「天使の取り分」が多すぎて修理を要する場合も出てくるが、さらなる熟成がすすみ、独自の世界が展開するようである。

 我が家のオーディオ機器の大半は2年程度の経過期間しか過していないので、まだまだ熟成とは言い難い。しかし、唯一QUAD 44とQUAD 405-2のペアは20年以上の時間の経過を体験している。それ故というわけではないのであろうが、熟成されたものを感じさせてくれる。その音の個性がしっかりと味わいに染み込んでいるのである。

 ゆうけいさんからHARMONIX XDC SM-350の記事に対するコメントいただいた。1年間使い続けたら大化けしたとのこと。さすがに借り物なので1年間使うわけにはいかないが、前回は1晩通電したのみであったので、その後パワーアンプに接続したまま使ってみた。これで3日程経過したことになる。1年経過後の化け具合からすると可愛いものかもしれないが、小化けぐらいはしたようである。

 実直な感じの音の硬さが少しとれ、響きに余裕が出てきた感じである。「なるほど・・・これは確かに1年経過すれば・・・」と思わせるものがあった。

 「天使の取り分」は、オーク樽の中の分量を、確実に毎年2〜3%づつ減らしていくが、その見返りとして天使の羽根の金粉をふりまいていってくれるのか、熟成した深い味わいをもたらしてくれるようである。

2008/6/24

830:二冊の本  

 最近当たりが多い。宝くじの話ではない。常に末等しか当たらない。しかし、買ってしまう。末等しか当たらないのであるが、「もしも・・・」という淡い期待感からついつい買ってしまうのである。

 最近当たりが多い。残念ながらレコードの話ではない。比較的従来からの愛聴盤を繰り返し聴いている。レコードに関しては、愛聴盤の持続期間が結構長いのが我が家の特徴である。なので、レコードを数多く収集しようとする動機が比較的低い。中古レコードもものによると相当に高額になるケースがあるので、経済的には助かる傾向である。

 では、最近当たりが多いのは、何なのか?それは本である。それほどの多読家ではないが、1ケ月に4〜5冊の本を読む。これには仕事上必要な専門書は含まれない。いわゆる一般書である。

 6月に入って立て続けに極めて印象的で優れた本で出会ったのである。まず一冊目は、佐野洋子「シズコさん」である。これは、著者とその母との関係を赤裸々につづった本で、その中に描かれる人々の人間くささや生身度が際立っていて、強く引き込まれる。終章に向かって昇華される母と娘の関係に、強い救いと希望の光が感じられて、読後独特の心地よい虚脱感に襲われた。

 もう一冊はイマキュレー・イリバギザ「生かされて」。これは、奇跡的に1994年のルワンダ大虐殺を生き延びた女性の手記である。

 この本は二つの側面から極めて印象的であった。一つはルワンダの大虐殺の想像を絶する残虐さと非情さと人間がそこまで残虐になれるのかという驚きであった。そこはまさに地獄絵の世界さながらの出来事が来る日も来る日も繰り返されたのである。

 しかし、この本の本質は大虐殺の凄惨さを描くことではない。そのような信じがたい程に困難で常軌を逸した状況にありながら、信仰を貫き、神と一体化することにより、心から愛した家族を残虐に虐殺した加害者を「許す」ことができる心境に至るまでの著者の心理の凄まじいばかりの経過にこそ、この本の本質がある。

 「シズコさん」の終りの方で「私はゆるされた。何か人知を越えた大きな力によってゆるされた。」と記されいる。「生かされて」では、あまりに大きく獰猛な怒りと憎しみの感情を信仰の力によって手放し、加害者を許すことができるまでになった。両方の本の大きなテーマは「ゆるし」なのかもしれない。

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2008/6/23

829:HARMONIX XDC SM-350  

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 昨日は梅雨前線の活動が活発となり、かなりな本降りであった。Powariさんのお宅に向かって府中街道を走っていた時、活発に動くワイパーが途中から異音を出し始めた。「ガツン、ガツン、」と何か引っ掛かったような音がしだしたのである。

 「おかしい・・・」と思いつつも、この雨ではワイパーを止めるわけにも行かず、「帰ったらディーラーでみてもらおう」とその音は諦めてそのまま走っていた。すると「ガリガリ、ガリーン・・・」と盛大な音がしたかと思うと運転席側のワイパーの先端部分(ワイパーゴムが付いているところ)が吹っ飛んでしまった。

 50kmほどのスピードで走っていて、幹線道路であったの、止まるわけにもいかずそのまま置き去りにして走り去った。こうなるとワイパーを止めざる得ない。雨はざんざん降りしきる。当然視界は悪い。これは結構疲れた。

 とれてしまった右ワイパーの先端部分は置き去りにしてしまったが、そのかわりにあるものを持って帰ってきた。それが上の写真である。製品名はHARMONIX XDC SM-350(1m)で、価格は税込み69,300円。Powariさんからお借りした電源ケーブルである。

 早速それを試聴した。昨晩よりパワーアンプに接続していたのであるが、今晩音出ししてみた。曲はバッハのパルティータ第2番。演奏はANNE QUEFFELEC。

 情報の全てをストレートに色づけなく出す、というのが第一印象である。音の立ち上がりが速く、適度なシャープさがあり、音のタッチは明快でにじみがない。相当クオリティが高い。しかし、現用のNBS BLACK LABEL 2と比較してしまうと、「格」の違いを感じてしまう。価格に相当な開きがあるのでいたしかたないところであろう。CP比の高さでは圧倒的にXDC SM-350の勝ちであるが、音を聴いてしまうとNBSの優位は揺るがない。

 では、プリアンプではということで、STEALTH CLOUDE99と切り替えて聴いてみた。音調は先ほどパワーアンプに使用したときと同傾向、リファレンス的で癖のない明確な音が出る。CLOUDE99の味わいあるいは色づけのある音調とは趣を異にする。オーディオ的にはXDC SM-350の方が癖がなく良いといえるが、好みで言えばCLOOUDE99である。この味わいが好きなのかもしれない。

 では、CDプレーヤーではどうかと思ったが、長さが1mしかなく物理的に無理であった。この電源ケーブル、モニター的というべきか、性格が真面目というべきか、色付けがなく正確というべきか、とにかく生真面目なタイプである。それだけに信頼感がある。この価格であればCP比は相当に高い、と言えるであろう。

2008/6/22

828:片付け上手  

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 私は部屋が片付いていないと落ち着かない。なので、なるべくこまめに片付けようとする。しかし、他の3人の家族は片付けベタである。特に二人の子供は散らかす。散らかして片付けない。なので、しかる。しかった時はいやいや片付けるが、また散らかす。

 片付け上手は先天的なものか後天的なものかよくは分からないが、我が家の二人の子供を見ていると、先天的なもののような気がする。その点においては妻のDNAの方が強かったようである。

 今日は午後、雨をついてPowariさんのお宅にお邪魔させていただいた。やや渋滞気味だった道路のせいで予定よりも30分ほど遅れてしまった。到着したときにはSiloviaさんがすでにいらしていた。今日は3名でのOFF会。

 リスニングルームであり、そしてリビングルームでもある部屋に入った時、「前回と違い広々している・・・」と強く感じた。当然部屋の広さが変わるわけではないのであるが、体感的な広さは3割り増しといったところか。

 スピーカーの周囲には十分な空間が確保され、オーディオ機器も整然と設置されている。リスニングポイントからの眺めもゆったりとした印象で居心地が良い。

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 前回訪問時は、もっと部屋の空間の感じが窮屈な印象であったのだが、今回はとても開放感がある。オーディオ機器やビジュアル機器を相当数処分され、音響的な調整パネルも撤去し、さらにCDラックやデスクなどを移動した結果、この広々した空間が確保されたようである。

 この変化は当然のこととして音に良い影響が現れる。音に開放感があり、混濁感がなくすっきとした澄んだ音場空間が出現。お使いのアマティ・オマージュらしい艶やかで滑らかな中高域がその魅力を振りまいている。

 このスピーカーは工芸品的な美の極致を感じさせる。イタリア人の美意識の高さを嫌がうえでも感じさせてくれる、世界で最も美しいスピーカーの一つである。「惚れ惚れする・・」という言葉が自然に漏れる。個人的にはマイナーチェンジ後のアニバーサリオよりもオマージュのほうが到達した美の領域は高いような気がしている。

 エソテリックのペアからリンのクライマックスを経由して、プライマーのパワーアンプでアマティ・オーマージュを駆動する。実にしっかりとした機器構成である。さらに最近SD05も導入され、一味違う味わいも同時に試されている。

 また、PCオーディオにも造詣が深く、今日もその可能性の高さを感じさせてもらった。その音を聴いていると「これが主流になっていくのであろうな・・・」と思わずにはいられなかった。CDなどのパッケージメディアは完全には無くならないであろうが、その構成比率は変わっていくはずである。

 3時間ほどいろいろ聴かせていただいてPowariさんの御宅を後にしたのであるが、「あの美しく片付いた空間を維持することは相当な努力の結果であるはず。しかもまだ小さな子供が二人いる環境では、大変なはず」との思いが強くした。きっとPowariさんのご家族は、みんなそのDNAの中に「片付け上手」がしっかり刷り込まれているのであろう。

2008/6/21

827:スワッピング  

 マトリックスシリーズ第2段である「マトリックス・リローデッド」では、銃で撃たれ瀕死のトリニティに対して、キアヌ・リーブス演じる主人公ネオはハンドパワーよろしくトリニティの体内に手を差し込み、銃弾を取り除く。

 もちろん出血は収まり、傷は癒される。癒しの魔法をも使えるネオは当然猛烈なスピードで空をも飛べる。そのスピードは衝撃波で周囲のビルの窓が粉々に壊れるほどである。ちょっと破目を外し過ぎの感もなきにしはあらずであるが、まあ超絶的なSF映画であるから、仕方がないところ。

 今日はトリニティの体内に手を差し入れるネオのように、LINN LP-12の体内に手を差し入れる方が私のリスニングルームに来てくれた。その方は松浦さんである。トランポリンを外し、LP-12の体内に下から手を差し入れて何をしているかというと、三つあるLP-12のスプリングの調整である。ぐいっとつかんでひねるのである。ひねることによってスプリングのテンションを調整する。

 ショップの調整はやや硬めにするのが一般的。緩めにしたほうが音質面では有利ではあるが、そうなると針飛びが起きる可能性が高くなる。石井式リスニングルームの床は極めてリジットな構造となっている。なので一般的なテンションよりも緩めの設定にしても針飛びが起きないのである。

 そこでショップで調整済みではあるが、石井式リスニングルーム用にセッティングし直していただいたのである。単にテンションを緩めるだけでなく、三つのスプリングのテンションを等しくする必要もあり、これは相当な経験がないと事実上調整不可能。

 緩めのテンションに調整し直し、三つのスプリングのバランスも整い、いざ音だし。一聴して、SNが良くなり、低音の佇まいもより自然な質感に変化したことが分かる。

 「やはり、スプリングの調整がLP-12の肝か・・・」と内心感心していたら、松浦さんが「カートリッジを替えてみましょう」との提案を・・・そこで、XERXES 20のARTEMIZに装着されているHELIKONをLP-12のEKOSに移植することになった。

 HELIKON>EKOS>LP-12というラインナップ。早く試せばよかったのであるが、カートリッジ交換の細かな手作業を思って二の足を踏んでいたのである。が、やってみると以外に簡単であった。

 さて、肝心なのはその音である。ZYXには中庸な音の整いの良さの魅力があるが、HELIKONのほうが情報量では一歩上を行くようである。提供される音情報が一回り多くなり音色変化もダイナミック。

 「なるほど・・・」うなずかざる得ない。一旦は試そうと思っていたスワッピング・・・結構はまりそうである。



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