2008/3/10

725:音の肌合い  

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 ケリーのCD306 SACDをぱっと見ると、なんとも形容しがたいデザインである。かっこ良いわけでもなく、特にかっこ悪いわけでもない。天板に空いた丸い覗き窓が何かしら不思議な雰囲気を醸し出していて、思わず覗き込んでしまう。

 dCSのScarlatti Transportをラックから降ろし、換わりにCD306 SACDをシンポジウムのボードの上に置く。そして先ほどScariattiで聴いた曲をかけてみる。サウンドステージの広さが一回り狭くなったような気がする。

 42インチのテレビが37インチになったような感じであろうか。そして、隅々までピントが合っていたような音の焦点が合っているところと、少しずれているところがグラデーションのようになっている。

 細部の見え具合も「特筆もの」から、「やや得意」程度に・・・ということは、「音が悪くなった」ということ?・・・そうとも言える。オーディオ的な音のグレードという観点から見れば、確かにそうなのである。3点セットで800万円もする超高級機から120万円の一体型CDプレーヤーに換えたのであるから、当然といえば当然。

 しかし、私はCD306 SACDの音のほうが好きである。CD306 SACDに切り替わってから、私の心の中のつぶやきは、「音楽のうねりが感じられる・・・」「耳に心にすっと音楽が染み込んで来る・・・」「音楽の浸透力が高いと・・・」といったもの、きわめて抽象的で具体性がない・・・「解像度が凄い」とか「楽器の定位が素晴らしい」といったつぶやきは全く出てこない。

 Scarlattiでピアノ曲を聴くと、ハンマーが金属製の弦を叩くさまが連想される。そしてその弦の響きがピアノの響板で増幅されるのが分かるかのような具合である。一方CD306 SACDで聴くとピアノを演奏しているピアニストの指の動きや表情、体の動きなどが想像される。

 何よりも、聴いていて楽しいのである。「音の肌合いが合う」としか表現できない。よく人間同士の相性についての表現で「肌が合う」「肌が合わない」という言い方をするが、全くそれと同様の意味合いで、CD306 SACDの音は「音の肌合いが合う」のである。

 Scarlattiは凄い。それは確かである。この価格で凄くなかったら怒ってしまう。一方ケリーのCD306 SACDは音の肌合いが合う。どちらが良いかと言われれば、迷わずケリーを指差すであろう。 



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