2007/9/25

559:ローレルの後姿  

 日産ローレル・・・既に生産中止となっている4ドアセダンである。おそらく生産中止となって相当な年数が経過しているはずである。トヨタのマークUに対抗する日産の主力車種のひとつであった。

 カローラvsサニー、マークUvsローレル、クラウンvsセドリック、そういった図式のひとつであった。時々そのローレルを今でも見かけることがある。

 今日も顧問先からの帰り道、たまたま前の車がローレルであった。1990年代の前半に生産されたその古い車の後姿は、これといった特徴はないが、何故か記憶に残る造形である。リアのランプは一直製になるような造形が成されていて、どことなくやさしげな様子もある。

 その後姿からは、何故か初老の男性の背中が連想される。50代後半、頭は白くなり、子供はすっかり手を離れ、定年も間近に迫っている。以前、その車は家族の賑やかな声で満たされていたが、今はとても静かである。

 人並みに頑張って、家族を養い、その務めの大方をつつがなくやり終えようとしている自分の人生に対する多少の満足感と、先細る感のある自分のこれからの日々に対する諦念に似た感情のようなものを感じさせてくれる。

 車の後姿からそんなものを連想するのは、いささか奇妙に映るかもしれないが、「失われた10年」の前に設計され、バブルがはじけた直後に販売されたその車の後姿は、確かにそういった初老の男性の人生を感じさせる独特の雰囲気があるのである。

 他のその時代の車には特別な感慨を持つことはないのであるが、この1990年代前半のローレルの後姿には、そういった時代背景も重ねて、いつも感慨深く眺める。この後にモデルチェンジされた最終モデルになると、そういった哀感はまったく消えうせてしまうのであるが・・・

 中古レコードを開封する時もその独特の香りは、時間の経過というものを強く語りかけてくる。内袋はかすかに黄ばみ、その内袋からレコードを慎重に取り出すと、古いレコード独特の香りがすっとただよう。そこにしまわれていた時代の空気が不意に解き放たれたような印象を受ける。そういった音とはまったく関係ないことも中古レコードの楽しみの一つなのかもしれない。



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