2007/8/10

514:ROKSAN  

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 新しいオーディオ機器を聴く場合、あまり期待しないようにしている。電源を入れた直後ですぐさま真価を発揮することは稀であり、なおかつおろしたてで良い音がする可能性も低いのである。

 であるから、新しいオーディオ機器は期待せずに最初の音を聴くのである。しかし、良いのである・・・最初から結構良いのである。「期待していなかったのに・・・」

 何の話かというと・・・ROKSANのフォノイコライザーの話である。発注してから何ヶ月経ったのであろうか?それすら忘れてしまった。イギリスという国はのんびりしているのか・・・それともROKSANというメーカーがのんびりしているのか・・・あるいはハイファイルネッサンスがのんびりしているのか・・・

 まあ、どうでもいいが・・・何ヶ月か前にスパイダーさんからROKSANのフォノイコライザーを貸していただき、その音が私の好みにどんぴしゃであったので、すぐさま発注したのであった。そのフォノイコライザーがようやく我が家に届いたのである。

 その音は、おろしたてでその真価を発揮しているとは云いがたいはずであるが、溌剌とした感じが聴き心地良いのである。躍動感があり、厚みが感じられる。音がなじみ、よりまろやかな熟成感がでてくるには数ケ月かかるはずである。今後が楽しみである。

 VIOLA CADENZAとの相性がいいのであろうか?どちらも音に妙に神経質な感じがない。伸びやかで細かなことに拘泥しない良い意味での鷹揚さがその音から感じられる。腺病質的な細さがないのである。 

2007/8/9

513:連続真夏日  

 夏はやみくもである。やみくもに暑く、むやみとエネルギッシュである。意味もなく生気に溢れかえっている。そこには物語性や意味合いは薄い。ただただ太陽は暴力的で、まるで暴君のようにふんぞり返っている。

 子殿の頃はそのやみくもな溢れんばかりの生気が、自身の波長と同調し最高に素敵な季節であった。しかし、年齢もある程度に達すると、そのやみくもさには多少ついてゆけないというか、同調しきれないところがでてくるものである。

 8月に入って今日で9日目であるが、真夏日がつづいている。やみくもに暑く、まさに「夏」である。こういう季節には必然的に「シエスタ」が必要なようである。体力の消耗が激しいようで、家に帰ってもなかなかオーディオを聴こうという気になれない。音楽を聴くのには、結構集中力が必要で、つかれきっていると音楽に浸れず、熟睡してしまうのである。

 特にクラシックの場合はその傾向が強いような気がする。脳波を下げる傾向の曲が多いのか、脳波が下がりすぎてしまうのである。

 この暑さのなか家に帰って食事をして、冷房の聴いた部屋でソファに寝そべってしまうと根がついたかのようになって、なかなか起き上がれない。そのままうとうとしてしまうこともある。

 昼間は太陽の暴君的な波長にこき使われるので、夜は至急に充電が必要に状態になってしまうのである。充電状況を示すインジケーターは朝は目盛りが三つであったのが、目盛りがひとつとなり、その目盛りも赤く色が変わっているといった感じであろうか。

 こういう時期は一時的に睡眠をとり、多少スッキリしたあとでオーディオを聴くのがいいようである。1時間ほど睡眠をとり、シャワーを浴びてスッキリする。その後CDを1,2枚聴く。8月に入ってからは、こんな感じである。
 
 我が家の愛犬「メリー」は、もっと辛そうである。なにせ長い毛に覆われている。5歳のパピヨンである。家に帰ると勢いよく飛び出してきてひとしきり歓迎してくれるが、その後はすぐにダイニングテーブルの下でごろんと横になっている。

2007/8/8

512:Ayre Isolation Block  

 最近気になっているオーディオアクセサリーは、Ayre「アイソレーション・ブロック」である。ノッチ(V 字型の刻み)の有無によって三種類あり、Isolation Block 0(\2,835)・Isolation Block 1(\4,253)・Isolation Block 2(\4,253)という構成になっている。数字はノッチの数を表している。

 材質は木材。Ayreのロゴが印刷されていて、これが結構かっこいいのである。先日ハンコックさんのお宅にお邪魔した時、木材系のインシュレーターをケーブルの下に多用されているのを見て、さらに試してみたくなってきたのである。

 上の値段は3個で1セットでの値段であるので、オーディオアクセサリーとしてみた場合それほど高価ではない。もちろん、近くのホームセンターに行けば一桁安い価格で同様なものが入手できるかもしれないが、ケーブルが上手く載るようにノッチが刻まれていることと、Ayreのロゴがオーディオマニア心をくすぐるのである。

 ハンコック邸はインシュレーターの類が全てハイブリット構成になっていた。決して一種類のみで構成されることなく、木材と金属、金属でもアルミや真鍮など異種の素材を何種類か組み合わせていたのである。

 機器の下だけでなく、ケーブルの下のインシュレーターもハイブリッドだった。一種類だとその素材の長所・短所がストレートに出る。組み合わせることによって、短所をカバーし、その長所を上手く活かすという戦略のようである。

 私などはケーブルは大半が床に直置きである。電源ケーブルのみ一部カーボンインシュレーターで浮かしている。ここにAyre「アイソレーション・ブロック」を活用して、綺麗に取り回すと、見た目的にもすっきりする。きっと音にもいい影響があるような気がする。

 電源ケーブルはノッチが一つのIsolation Block 1を使い、ラインケーブルにはノッチが二つのIsolation Block 2を使う。何気にAyreのロゴがリスニングポイントから見えるような角度で設置して、悦に入るのもいいかも・・・

 そしてハイブリッド構成も試してみる。1個数百円カーボンインシュレーターが結構余っているので、これを下にIsolation Blockをその上にという構成はどうであろうか?しかし、見た目的にはしっくりこないかも・・・Isolation Block単独仕様の方がスッキリしていていいかもしれないな・・・

 まだ買ってもいないのに、考えているだけでもいい感じである。しかし、試してみていまひとつの場合どうすればいいのか・・・安いとはいえ必要個数で計算してみると何万円かの支出となる。そのときはオークションに出すしかないのであろう。

2007/8/7

511:ざんげの値打ちもない  

 先日車の中で何気にNHK FMを聴いていると、先ほど亡くなった阿久悠さんの追悼番組を放送していた。まさに文字通り「星の数ほどある」阿久悠さんが作詞したヒット曲のなかから代表的な曲を放送していた。

 そのなかで、北原ミレイが歌って大ヒットした「ざんげの値打ちもない」を聴いた。この曲を聴くのは始めてであったが、その歌詞の素晴らしさに驚かされた。

 その歌詞の内容は暗い・・・「あれは2月の寒い夜 やっと14になった頃」から始まり、「そしてこうして暗い夜 年も忘れた今日のこと」というように時間の経過をその歌詞のなかに折込み、一人の女性の悲しげで、冬の寒さを心身の底までしみこませるような独白が一定の美しいリズムで繰り返される。

 特に「愛と云うのじゃないけれど 私は抱かれてみたかった」というフレーズが鮮烈で印象的である。そこには、少女でありながら自分自身を突き放して見ているような、熱狂や情熱とは縁遠い、乾いた心を感じる。

 内容自体は演歌的というか、暗くいわゆる「四畳半」的な雰囲気の漂う内容であるが、そこには独特の乾いた感じがあり、心が満たされない「乾き」がその言葉の裏側からこぼれ落ちてくる感じである。

 分類的には演歌の「恨み節」に該当するのかもしれないが、そういったくくりには馴染まないようなものを感じるのである。それは湿度であろうか・・・べとべとしていないのである。

 ところどころにちりばめらた何気ない言葉の数々・・・「安い指輪」「細いナイフ」「ゆらゆら灯りつき」・・・そういった言葉がこの曲が作られた時代の香りを伝えてくれるようでもある。

 高度成長期の昭和は変化の時代であった。全てのものが右肩上がりで、活気に満ちてもいた。そういった大きなうねりの裏側で、その陰に隠れてひっそりと佇むような暗い影を感じさせる・・・この「ざんげの値打ちもない」からは、そういった印象を受けるのである。

 私など阿久悠さんというと、ついついピンク・レディーを思い浮かべてしまうのであるが、懐の深い作詞家であったようである。

 この歌詞を初めてFMで聴いた時、「突き抜けている!」という言葉が頭に浮かんだ。その内容は確かに暗い・・・暗いが、突き抜けている。

 やはり阿久悠さんは天才である。でないとあれほどの数のヒット曲を生み出すのは不可能であったに違いない。

2007/8/6

510:盛夏  

 7月は梅雨が長かったため、日照時間が記録的に少なく、「夏!」といった強い印象は受けなかった。しかし、8月に入ってからはその遅れを一気に取り戻すかのような勢いで気温が上がり「猛暑」の日々が数日続いている。

 昨日もここ数日来の猛暑であった。夜は遠雷とともに雨も一時的に降り、気温が下がったが、昼間の炎天下はすさまじいものがあった。

 そんななか飯田橋にあるトッパンホールへ行ってきた。開演は午後の2時からなので一番暑い時間帯である。コンサートホールのなかに入ってしまえば冷房が効いていて快適なのであるが、駅からコンサートホールまでの徒歩区間が結構過酷であった。

 昨日は辻井伸行さんのピアノリサイタルで、プログラムはすべてドビュッシー。「2つのアラベスク」「ベルガマスク組曲」「子供の領分」「映像 第1集」「映像 第2集」・・・ドビュッシーの複雑で繊細な音楽を端的に表示してくれる名曲たちである。

 辻井伸行さんは「全盲の天才ピアニスト」としてマスコミに取り上げられることも多く、有名な若手ピアニストである。1988年の生まれであるから19歳である。全盲というハンディをものともせず、家族の深い愛情に育まれて、その稀なる才能を花開かせた素晴らしい演奏家である。

 音を探し出すように、あるいは心の中のイメージをつむぎだすように弾くといった印象を受ける。心のなかにははっきりとした音や音楽の形があって、それを掘り出すためにノミを振るうかのように、指先はすばやくためらうことなく動いていく。

 そして音楽全体の構成においてもしっかりしたものをその根底に堅持しているので、情感に流されすぎることがない。

 全盲ということに関心が集まりがちであるが、そういったことを超越した鋭敏な感覚の持主である。また、その天真爛漫ともいえる性格も垣間見え、貴重な2時間を過ごすことができた。

 コンサートが終了し、トッパンホールからまた飯田橋駅まで約10分ほどの時間をかけて歩かなければならない。太陽は相変わらず猛烈なエネルギーで、その熱と光をアスファルトやコンクリートにたたきつけていた。しかし、心なしが帰路は足取りが軽やかであった。

2007/8/5

509:魔法の杖  

 大きな川にある石の多くは、平たくそして滑らかな形をしている。とても空気抵抗値が低そうな形状である。それを水面すれすれに低く投げると、数回川の表面をジャンプして結構な距離飛んでいく。

 水切りの回数が何回か、ということを小学生の頃は競い合ったりした。水切りしやすそうな形状の石を選び、手首のスナップを効かせて、サイドスローで低く投げる。そして、5回、6回と水きり回数を数えるのである。その低くリズムよく飛んでいく石は、見ていて一種の爽快感を感じさせる。

 今日の午前中はハンコックさんのお宅にお邪魔した。CDトランスポートとSD05のセッティングを煮詰め、さらに最高級のケーブルを使いこなした結果、相当良い感じに仕上がったようなので、少しばかり拝聴させていただいた。

 まずそのセッティングであるが、間近で見て正直目が丸くなった。なんという複雑さ・・・ひととおり説明を受けたのであるが、それをここで書くのは不可能である。とても憶えきれないほど、様々な要素が積層しているのである。

まずはCDトランスポート・・・
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つづいてSD05・・・
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 どちらも床から機器まで6層ぐらいボードやインシュレーターの積層がある。この調合はホグワーツでの「闇の魔術に対する防衛術」の授業でないと教えていないのでは、と思えるほどである。しかし、この試行錯誤の結果が音の決めに素晴らしい影響を与えたようなのである。

 そして電源関連も非常に凝った構成である。壁コンセントからエソテリックの電源ケーブルでPS AUDIOのクリーン電源装置、そしてMITの電源ケーブルでアコースティック・リバイブの電源タップ、そこからNBSと純正の電源ケーブルで二つの機器に給電する、という構成である。

 セッティングといい、電源構成といい、さらに高級なケーブルの数々といい、ハンンコックさんは9と4分の3番線から汽車に乗り、ダンブルドア先生から教えを受けてマグルの世界に戻ってこられたようである。

 そして、その音はというと、粒子の細かさといい、解像度の高さといい、音の質感に宿る人肌の暖かみといい、その完成度は飛躍的に高まっていた。

 最初にハンコックさんのお宅にお邪魔した時、その音は「こしあん」のようだという印象を受けた。そして今回、音の完成度は大幅にジャンプアップしたが、その基本的なテイストはやはり「こしあん」である。けっして、「つぶあん」ではない。餡の粒子はとても細やかでまろやかである。

 空気抵抗の少ない平べったく滑らかな石が勢いよく水を切っていく。そして5回・・・6回・・・7回と水を切りながら対岸まで辿りつくかのようである。そんな音の印象である。どうやらハンコックさんは、よくしなりそして白い光を放つ「杖」を手に入れたようである。

2007/8/4

508:花火  

 8月の土曜日・日曜日は西武遊園地で夜の8時から花火を上げる。時間としては20分程度であるが、子供と連れ立って近くの多摩湖の堤防や児童公園の滑り台の上などに行って眺めるのが夏休みの楽しみの一つとなっている。

 今日は8月に入って初めての土曜日。例年通り西武遊園地の花火が打ち上げられた。下の娘を連れて近くの児童公園へ行って今年初めての花火を眺めた。大玉がスルスルと多少蛇行しながらそら高く上がり、夜空一面にオレンジ色の大きな円を勢いよく描く様はやはり爽快である。

 そして、多少のタイムラグを置いて「ド〜ン!」と腹に響くよううな音を立てる。これまた、爽快というかスカッとする。

 先日Sugarさんとハンコックさんが来てくれた際に、ハンコックさんが持って来てくれたYG ACCOUSTICSのテストCDの中にはいっていた和太鼓のCDをかけた。その際に腹に響くような凄まじい低音が心地よかった。オーディオ的な快感度は結構高い。花火の強烈な低音から、ついついその音を連想してしまった。オーディオには音楽を楽しむということ以外にも、音そのものの質感やエンルギー感をダイレクトに感じとり、快感を得るという側面もある。

 昨日のコンサートの最後はピアノデュオであった。明日の午後はトッパン・ホールでピアノのコンサートを聴く予定である。であるので、私の習性としてしばらくはピアノのソフトを聴くことになるであろう。
 
 早速今日は家族サービスの時間の合間をぬって、ベートベンのピアノ・ソナタを2曲聴いた。演奏は児玉麻里・・・レーベルはPENTATONE CLASSICS、SACDを積極的に出しているレーベルで録音も素晴らしい。

 ピアノ・ソナタ第8番の第1楽章、冒頭の部分・・・その音の響きの重厚な質感はやはり何度聴いてもズンとくる。その悲劇的な雰囲気は花火の華やかさとは対照的ではある。しかし、花火は確かに華やかで勇壮ですらあるが、淡いオレンジ色が闇夜に吸い込まれ、消えていく段になると、多少感傷的な気分になることがある。

 この第1楽章の冒頭の響きはそういった感傷的な気分にぐいっと引き込んでくれる。ズンと響く低音が本当に力強く素晴らしい。そしてその消えゆく余韻が悲しげで美しい。

2007/8/3

507:蓄積量  

 税務署による税務調査は午前10時から始まり、午後の4時まで続く。通常の調査の場合調査官は1名で2日間にわたり行われる。お昼は1時間の休憩があるため、1日5時間、2日で10時間。この10時間は、結構タフである。心身ともに疲労するのである。

 今日は税務調査の立会い。立ち会った5時間は相当に濃厚な時間であった。精神を擦り減らす心理戦が延々と展開したのである。相手はこの道数十年のベテラン調査官であった。あの年齢で上席どまりであれば、エリートコースからは完全に外れているはず。定年まで頑張っても現在以上のポジション獲得は難しいであろう。しかし、長年の経験がものをいい、相当に手強かった。

 どうにかこうにか、敵の攻撃をかわし、軽微な損傷で済ますことができ、ほっと一息つくことができた。調査が終わったのが4時過ぎ。それから車で杉並公会堂を目指した。1時間と少しで目的地に到着。

 今日は「夏のトリプル・デュオコンサート」と銘打った3部構成のコンサートである。第一部が琴とフルート。第2部はメゾソプラノとバリトン。第3部はピアノデュオという盛りだくさんなコンサートであった。

 第1部琴とフルートのデュオコンサートが始まると、その心地よい響きに調査の立会いで高まっていた脳波が一気に下がった。α波にすぐになった。そして税務調査で頭の芯がジンジンする感じで疲れていたのが少しずつ癒されていくようであった。

 しかし、心身が相当疲弊していたせいか、α波になった脳波はもう少し時間が経過するとθ波になってしまった。この脳波になってしまうと通常の意識的な行動はほとんどとれない。平たく言うと熟睡してしまったのである。

 気付いたら第1部の最後の曲となっていた。というわけで第1部は大半を夢うつつのなかで過ごしてしまった。そのおかげですっかり疲労感は回復し、第2部・第3部はしっかり覚醒して聴く事ができた。

 コンサートホールで生演奏にふれるのは、とても気分がいいものである。そして今日はその演奏を聴きながら、この音の記憶は顕在意識からはやがて消えうせてしまうであろうが、無限大の容量を持つ潜在意識にはしっかりと蓄えられるに違いない、と考えていた。

 長年音や音楽に接してきた方は、その良し悪しの判断が的確でぶれがない。それは潜在意識に蓄えられた膨大な意識しない記憶の賜物であろう。私などその蓄積量が微々たるものであるので、的確な判断とは程遠い判断の連続となってしまう。

 そんな私であっても、その蓄積量をたゆまず増やし続ければ、その精度も徐々に上がってくるのでは、内心期待している。 

2007/8/2

506:炎天下  

 朝のうちは小雨交じりであった。それを見て「今日のゴルフ大丈夫かな?」と早朝のテレビで天気予報を観ると、雨は午前中で止み、午後は晴れて気温が30度以上にあがるとのことであった。

 雨の中のゴルフは嫌なものである。かんかん照りの炎天下でのゴルフもこれまたつらい。この時期最高なのは曇り空で雨は降らない、という天気である。しかし、現実はそうは甘くなかった。

 OUTスタート時には、雨はすっかり止み、空は薄明るい表情を見せ始めていた。これは午後は晴れるかもしれない、と思っていたら、午前中のうちから急に晴れ、元気な太陽が顔をのぞかせた。

 最初のうちは「晴れた!晴れた!」と喜んでいたのであるが、気温がどんどん上昇するに従って、体力が奪われていくのがはっきりと分かった。

 ゴルフ場では芝の照り返しがあるため、太陽が出ると半端でなく暑くなってくる。しかも、ここ最近の大雨で湿度は極めて高い。午前中はまだ良かったのであるが、午後は相当へばった。特にあがり3ホールは、ばてばてであった。

 スコアにもその体力低下の状況が如実に現れた。午前中のOUTが41、午後のINは48でトータル89であった。午前と午後で7もスコアが悪くなった。特にあがり3ホールでたたいたのが痛かった。どうにか80台をキープしたが、反省点も多い一日であった。

 気温が上昇したせいか、アイアンで2打目、3打目を打った際、グリーンオーバーすることが多かった。グリーンオーバーすると、大抵寄せづらいアプローチが残る。そこでスコアを落とすケースが目立ったのである。

 今日のコースは比較的距離の短いコースであった。そのため、ドライバーでティーショットを打つ回数は少なかった。午前中はそのおかげで良いスコアが出たのであるが、午後のINはOUTよりも距離が長かっため、ドライバーを結構使ったのであるが、やはり林に入れてしまうホールが幾つか有り、苦戦した。やはり課題は依然残ったままである。

 ということで、今日はオーディオで音楽を聴く体力的余裕はないので、早々に休むことにしよう。明日は仕事の後で杉並公会堂でのコンサートに行く予定がある。音楽に集中するためには、体が疲れ切っているとうまくない。炎天下のゴルフで体力を消耗したので、十分な睡眠が必要である。 

2007/8/1

505:分かれた彼女  

 夏はオーディオの季節では、決してない・・・なにせ暑いからである。オーディオ機器は熱を発するものが多いのである。その代表はパワーアンプ。

 わが家のVIOLA SYMPHONYも人並みに熱を発する。天板に手を置けないほどではないが、そこそこやるのである。さらに何故かはしらないが、Emm LabsのDACも結構な発熱がある。デジタル系はクールな印象があるのであるが、他のメーカーもこうなのであろうか?

 さらに、わが家のリスニングルームは石井式にリフォームしてある。この石井式は密閉性が極めて高い。ということは断熱性も高い。断熱性といえば普通は外気の気温差を室内に伝えづらいという意味で用いられる。

 しかし、部屋の中に発熱するものがある場合、その熱を外に逃がさないという効果もあるのである。単純な話、室内にパワーアンプなどの発熱物があると、部屋の中が著しく暑いのである。

 そこでエアコンの登場となるのである。エアコンをかけると涼しく、快適である。しかし、オーディオの音にとってはあまり良い作用を及ぼさない。エアコンの電源を入れるとおそらく相当なノイズの発生源となり、SN比を下げるであろう。

 さらにエアコンは当然音を発する。それが耳障りとなることもあるはずである。しかし、エアコンを切ると室内の温度がだんだん上がってきて、集中力を阻害する。暑いとゆったりと音楽を楽しむ気分になれなくなってくる。というわけで、つけたり切ったり忙しい。

 熱を発するといえば、今使っているCADENZAの前に使っていたBAT VK-51SEの発熱は半端でなかった。真空管を使っているため当然といえば当然なのであるが、天板を手で触れないくらいであった。CADENZAとの浮気が原因で別れてしまったが、正直に言うとまだ未練が残っている。

 先日Jeyさんのお宅で、そのBAT VK-51SEを見かけた。なんとなく分かれた彼女が新しい彼氏と腕を組んで、楽しげに歩いているのに偶然出くわしたような、ばつの悪い感じであった。「何故、分かれたのか・・・魔がさしたとしか言えない・・・」少しばかり寂しげに、その横顔を眺めるしかないようである。



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