2007/8/20

524:日替わり  

 我が家のシステムは2系統・・・しかし、よく考えてみると、スピーカーが2つに駆動系が2つ・・・ということは、当たり前のことではあるが4通りの組み合わせが楽しめるのである。

 Emm Labs > VIOLA > T3という組み合わせは従来はあまり聴かなかったが、今日は楽しんでみた。この組み合わせの場合、スピーカーのセッティングを若干変更したほうが有効なようであった。

 内振りを強めにするのである。そしてさらに、スピーカーの下に敷いてあるインシュレーターを少しいじるとさらに良くなった。

 スピーカーの下のインシュレーターは現在カーボンブロックを前2個後ろ1個の3点支持をしているが、この後ろ1個のインシュレーターをやや高さの低いアルミ製のインシュレーターに変えるのである。

 前2個のカーボンブロックよりも後ろのアルミ製インシュレーターのほうが高さが低いので後ろに少しばかり傾く。よく見れば分かる程度の傾きなのであるが、若干スピーカーがふんぞり返ったような姿勢をとるのである。

 このセッティングでは、広い空間表現が得られ、内振りが強まることにより奥行き表現も出やすいようである。「この組合わせもなかなか良いのでは・・・」と思わせるものがある。

 先日お邪魔したエレキングさんはWILSON AUDIO SYSTEM6を正攻法の正三角形セッティングをされていらっしゃた。すぐに影響を受けるたちの私としては、やはり試してみたいところ。

 そこで、内振りをさらに強めに振り、スピーカーのセンター間の感覚をメジャーで図り、それと同じ距離にリスニングポイントを移動。いつもより若干前に椅子を移動する。正三角形セッティングにすると各楽器の定位感がよくなる印象を受ける。

 週代わりどころか日替わりでいろんな音が楽しめるのは、とてもいいことなのではあるが、収拾がつかないというか、取り止めがなくなってしまう気が・・・

2007/8/19

523:電源設備  

 昨日お邪魔したエレキングさんの使用機器のうち特に圧倒的なのは、デジタル関連機器である。スーパースターが勢ぞろいといった感じなのである。CDトランスポート:dCS Verdi DAコンバーター:dCS ElgaePlus(1394) ルビジウム基準発振器:Timelord Chronos
マスタークロック:dCS 992U というラインナップ・・・見ているだけで溜息が出てくる。

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 特にTimelord Chronosは初めて目にする。噂には聞いたことはあるが、この銀色のコンパクトな箱は異様なほどの存在感を放っていた。そして、おそらくこのラインナップでしかでてこないのではないかと思える膨大・精細な情報量はやはり凄い。このTimelord Chronosが加わることにより、音の走査線が一桁多くなるのでないであろうか?そう思わせるような伝説の機器である。

 アンプは二通り使われていらっしゃる。SD05とTechnicsの古いプリアンプ+パワーアンプである。以前はGOLDMUNDの27と29のペアを使われていらっしゃったとのこと。そのハイエンド・ペアを駆逐したこの二つのアンプ・・・興味は尽きない。

 まずはSD05で聴かせていただく。そしてその後Tschnicsで聴く。この両者当然のことながら違う。SD05は低音のグリップ力が凄い。タイヤを新品に換えたばかりで、ハイスピードでカーブを曲がった時のような、しっかりつかんで離さない感じが気持ちいい。

 対してTechnicsは厚みや暑さが出る。音色的な魅力はこちらの方があるのでは、と思わせる。キレのSD05、厚みのTechnicsといった感じであろうか。エレキングさんはこの2系統の音のいずれにも魅力を感じられているようで、両者をしばらくは並存されるようである。

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 そして、さらに「電源」が凄まじかった。無理を言って見せていただいたのであるが、リスニングルームの隣の部屋に電源関連装置が置いてあったのであるが、そこには巨大なノイズカットランスが3台設置されていたのであるが、そのそうそうたる雄姿は「装置」というよりも「設備」と呼びたくなってしまう。

 その電源対策の素晴らしさは、桁外れのSNの良さとなって、澄み切ったサウンドステージを出現させている。やはり上流である。大元は電源である。エレキング邸の澄んだ空気感は、この電源対策がなければ無理なハイレベルなものである。「いや〜オーディオって本当にすはらしいですね!」と心の中でつぶやきたくなる数時間であった。 

2007/8/18

522:神殿  

 神社の神殿には数回上がったことがある。二人の娘の七五三の時に神殿に上がり、祝詞を上げてもらったことがある。神殿のなかは見事にシンメトリックに配置されていることが多い。様々な神事に関連した用品が整然と配置され、あるべきところにあるといった必然性が感じられて、見ていて気持ちが良いものである。

 そして神殿の空気はとても澄んでいる。凛とした質感があって、空気の流れも緩やかで滑らかな印象を受ける。七五三のお参りは宗教的な行事というより、風習というかもっと穏やかなものであるが、神殿に上がるとやはり厳粛な気分にもなるものである。

 今日はOFF会であった。秋葉原から「つくばエクスプレス」に乗って、エレキングさんのお宅にお邪魔したのである。「つくばエクスプレス」は初めて乗ったが、なかなか快適であった。ここ数日の猛暑もようやく一段落したのか、今日は比較的過ごしやすい気温であった。一緒にお伺いしたハンコックさんと「今日でよかったですね!」とうなずきあった。本当に昨日の酷暑とは大違いである。

 エレキングさんのリスニングルームは、広さは12畳程度、天井までの高さは2.8m、広くそして高い。床はコンクリートのすぐ上にフローリングが張ってあり、極めて堅牢な構造である。リスニングルームとしては極めて恵まれた条件である。

 室内はQRDやその他の音響調整用品で囲まれており、細心の注意をもって音響調整がなされていることが窺える。そしてスピーカーはWILSON AUDIO SYSTEM6。部屋は縦長に使われていてスピーカーは部屋の3分の1ぐらいのところに設置されている。すなわちスピーカーの背後には広大な空間が確保されているのである。

リスニングポイントからスピーカーを眺めると、こんな感じ・・・
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 私には中央のQRDが何か神事に使う用度品のように見える。シンメトリックな景色はどことなく神殿を思わせる。そしてその音を聴かせていただいて、その感をより強くした。サウンドスーテージの造形の見事さもさることながら、その空間の空気感がとても澄んでいるのである。抜群のSN比・・・このバックグランドの透明感はなかなか聴くことはできない。

 それもそのはず・・・その理由は明日にでも・・・

2007/8/17

521:汗っかき  

 ゴルフ好きはバカである。何を好きこのんで、この炎天下のなかゴルフをするのであろうか?大汗をかき、「暑い、暑い・・・」を連発し、「この暑さじゃ集中できない・・・」などと言い訳しながらラウンドするのであろうか?

 しかし、人間理性的で合理的な生活のみでは面白くないもの。たまにはバカをしないと、生活や人生も面白みのないものになってしまう。

 というわけで、今日は連日続く酷暑のなか、昨日よりは少しマシなのではないかと期待しながら、ゴルフに出かけた。しかし、天気予報どおりなら多少は曇ってくれるはずと天を見上げても、かっと太陽は目を見開いたように照り付けてくる。気温もぐんぐん上がって最高気温は軽く35度を超えてきたようである。

 なるべく日陰を歩くようにはするが、じりじりと焼けるような暑さであった。スコアは午前中44、午後は46、トータルは90。いつものスコアである。パッとしないが、がっくりもしないといったところか・・・

 けっしてスコアが良いわけではないが、ゴルフが終わってシャワーで汗を流してサッパリしたとき、とても清々しい気分になった。やはり人間は体を動かさないといけないようである。体を動かして汗をかく。これは人間の生活の基本なのではないであろうか・・・

 部屋の中で体を動かすことなく多くの時間を過ごしていると、体だけでなく、精神に対しても悪い影響があるようである。休日などで「今日は何もしたくない・・・何にもしないぞ!」と心に決めて一日ぐだぐだ過ごした場合、妙に体がだるく気分も晴れないものである。

 オーディオという趣味はそういう点では精神衛生的にどうなのだろう?と思ってしまう。「オーディオ」ではなく「音楽鑑賞」と置き換えるなら、良い影響を与えそうなのであるが、そのへんのバランスを崩さないように気をつけたい。

 しかし、「オーディオ」ではまったく汗をかかないかというと、そういうわけでもない。スピーカーの位置などをいじったりすると、夏場は結構良い運動になったりするのである。煮詰まったら、思い切ってスピーカーのセッティングを変えて汗をかくのも精神衛生上いいのかもしれない。

2007/8/16

520:三種混合  

 音の好みは人それぞれであり、これが正しいというものではけしてない。みんな自分の好みに合うよう調整を繰り返すのである。私の場合、音に人肌のぬくもりが感じられるかどうかといったことが、調整をするうえでひとつのポイントのような気がする。

 もちろんまだまだのレベルをうろついているに過ぎないが、私も1年以上オーディオに接してきたので、少しは好みの音に近づきつつあるのでないかと思っている。今週はセカンドシステムである、CDP-MS1 > SD05 > T3というシンプルラインで聴いている。

 このシステムの場合、どちらかというとくっきり・すっきり・きっちり系の音が得意である。スピーカーが新しいのも関係しているのであろう。好みの方向としては、もう少しまったり・たゆたい系に振りたいところ。

 スピーカーのエージングでそういった要素も加わってくるのかもしれない。しかし、先日ハンコック邸で、ホグワーツ魔法学校の威力を知った私としては、「複合インシュレーターを活用してみたい」と思ったのである。

そして試してみた結果がこれ・・・
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 我が家のシステムは、ほとんどインシュレーターやオーディオボードの類が使われていない。ほとんど全てラック直置きである。唯一CDP-MS1の下にリラクサを使っているのみである。そのリラクサとCDP-MS1の間にさらにインシュレーターを挟んで調整してみた。しかもそのインシュレーターはハイブリット構成である。

 インシュレーターはハイブリッドが良い・・・ハンコック邸で得た結論である。写真のものは、アルミとセラミックである。アルミは良くある素材であるが、セラミックはめずらしい。

 このセラミックはオーディオ用では当然ない。水を浄化する作用があるとのことで、冷水用のボトルに普段入れているのである。備長炭と同様な効果があるとのことであるが、不純物を吸着する作用があるのであろうか・・・

 この組み合わせ・・・単なる思いつきでしかない。他の素材も試してみたのであるが、音に人肌の暖かみを加味する効果はこの組み合わせが比較的良かったのである。アクリル>アルミ>セラミックという三種混合である。

2007/8/15

519:鐘の音  

 今日は鎮魂の日である。62回目の終戦記念日を向かえた。戦争を実体験としては経験してはいないが、本やテレビなど様々なメディアを通じてある程度の情報には接している。そして一様にその悲惨さや不条理さに震撼とさせられるのである。

 鎮魂の場面では何故かしら、鐘がよく登場するような気がする。一般的な仏壇には鐘が備わっている。さらに洋の東西を問わず、宗教的な建造物には鐘がその付属物として備わっていることが多い。

 仏教の寺にも必ずといっていいほど梵鐘がある。またキリスト教の教会にも鐘があるのが一般的なような気がする。

 この鐘の音であるが、たしかに心に染み入るかのような、独特の雰囲気がある。一般的な家庭では仏壇の鐘がもっとも身近な存在であろう。「チ〜ン・・・」と鐘を叩くと澄んだ響きがすっと立ち上がって、たなびくような感じで余韻を残す。その響きは心を癒し沈める効果があるのかもしれない。

 鐘の音はそういう意味で何かしら厳かで安寧な気分をもたらすのである。クラシックで鐘の音というと、いろいろな名曲で活用されているが、私にとって一番印象に残るのは、ベルリオーズの幻想交響曲 第5楽章「サバトの夜の夢」での鐘の音である。

 この鐘の音は、地獄での裁判の開始を告げる弔鐘である。したがって、鎮魂とは程遠いおどろおどろしい世界を象徴するものであるのであるが、私はこの鐘の音が好きである。いかめしく高圧的ですらあるが、厳然とした意志のようなものを感じさせてくれる。

 この鐘の音は指揮者によって当然扱いが違う。Pierre Boulez:The Cleveland OrchestraのCDが私は一番好きである。幾つも聴き比べたわけではないが、私が聴いたなかでは、このCDのなかの鐘の音が、イメージとして一番「地獄での裁判の開始を告げる弔鐘」に近いような気がするのである。

 鐘の音が目立ちすぎという指摘もあるかもしれない。しかし、メリハリのあるほうがダイナミックでいいと思うのであるが・・・

 VALERY GERGIEVが指揮したWIENER PHILHARMONIKERの演奏では、この鐘の音が比較的穏やかに演奏されていた。これはこれで印象的なのであるが、どちらが好きかといわれるとBoulezの鐘の音をとりたい。

2007/8/14

518:オープンリールデッキ  

 「地獄の黙示録」・・・フランシス・フォード・コッポラ監督が手がけた大作で、ベトナム戦争の狂気を描いた問題作でもある。その最初の方のシーンで、ウィラード大尉が司令部からカーツ大佐の抹殺の指令を受ける場面がある。そのなかで、司令部が傍受したカーツ大佐の狂気じみた独白をテープでウィラード大尉に聞かせるところが何故か強く印象に残っている。

 「地獄の黙示録」といえば、ヘリコプターで編隊を組み、ワーグナーを大音量で流しながら、ベトナムの村を攻撃するシーンがあまりにも有名である。もちろんそのシーンは映画史に残るような名シーンではあるが、ウィラード大尉に強烈な印象を残したカーツ大佐との最初の接点である、この司令部の一室でのシーンも見ごたえのあるものである。

 「私はカタツムリを見ていた。カミソリの刃のうえを這っている。それが私の夢だ。それが私の悪夢だ。ゆっくりと這ってる。鋭い・・・まっすぐな・・・刃のうえを這っている。死にもせず・・・」

 カーツ大佐の独白は不気味で狂気を感じさせるものである。このシーンは地味であるが、その後に映画のなかで展開する世界を暗示しているかのようである。

 そして、このシーンでは物語の展開とはまったく関係ないのであるが二つのことが目を引く。まずはハリソン・フォード。若き日のハリソン・フォードが、このシーンにのみ出てくるのである。もちろんまだ大スターになる前であろう。初々しい感じである。

 もうひとつは、カーツ大佐の独白を再生していたオープンリールデッキがSONY製であったことである。この時代、既に日本製のものが幅を利かせていたようである。そのオープンリールデッキはボタン式ではなく、二つ並んだレバーをカチッカチッと回して操作する方式のものであった。

 この二つのレバーはどういう関連なのだろうか。片一方のレバーを垂直状態から右へひとつ回転させると「再生」状態になるのは、映画のシーンを見て分かったが、きっともうひとつのレバーは「早送り」や「巻き戻し」に関連するのであろう。あるいは「録音」にする時にはこの二つのレバーのどちらも使うのかもしれない。その操作感とがっちりした外観は結構いい感じであった。

 レバーを回して操作するといったらNAGRAの製品を連想してしまう。もともとは小型・高性能の録音機が有名であったようである。そのときの操作系のデザインの名残が現在の製品にも引き継がれているのであろう。

 そのレバーを多用したカチッとした操作系のデザインはやはりかっこいい。親指と折り曲げた人差し指の側面を使ってレバーを操作する・・・その独特のしっかりとした感覚は現在の一般的なオーディオ機器からは失われたものかもしれない。

 わが家のEMM Labsのボタン類などプラスチック製で、押した際の操作感というか、指に伝わる感覚は最低の部類かもしれない。オープンリールデッキのレバーの操作についついあこがれに似た感情を持ってしまう。もう今ではオープンリールデッキというものは一般には売られていないが、数十年前にはオーディオマニアのお宅には必ずといっていいほどあったアイテムであったのかもしれない。 

2007/8/13

517:麻婆豆腐  

 月曜日はただでさえエンジンがかかりづらい。さらにここ数日の猛暑で体調は低空飛行である。今日の午前中はすっかり「夏バテ」状態で過ごしたので、多少活を入れようと昼は、陳建一麻婆豆腐店に寄った。

 立川駅のグランディオの7階は、中華フロアである。そのなかに陳建一麻婆豆腐店はあるのであるが、ランチ時には一人勝ち状態である。今日は少し早めに11時半頃に店についたのであるが、既に満席であった。

 ここはその名のとおり麻婆豆腐の専門店である。オーナーは料理の鉄人でおなじみの陳建一。本場四川の山椒、豆板醤、辣油を使用しているのが特徴で、結構刺激的な味である。しかし、一回食べると病み付きになりやすい。なので、常に込んでいるのである。

 麻婆豆腐セットが1,050円。安くもなく、高くもないといった値段設定である。ライスはお替り自由。今日は1杯半のご飯で麻婆豆腐を平らげたが、その甲斐あってか午後は少しばかり、エンジンがかかるようになってきた。こういった猛暑でバテ気味の時には、辛いもので体を奮い立たせることも必要なようである。

 お盆なので、街はお休みモードである。電車もいつもより空いている。電車の中でも親子連れが目に付く。それを横目に、「夏休みをとって家族サービスでもしなければ」と心のなかで思うのであるが、それもまた疲れそうである。

 今週はT3のセッティングを煮詰めようと思っている。そこでHRS-120をピアノの横に移動し、所定の位置にT3をセッティング。その位置から少しばかりリスニングポイント方向へずらしたり、逆に後方の壁に近づけたりしてみた。

 後方の壁から離れると、中高域の抜けが良くなるように感じられる。しかし、低域のボリューム感が反比例的に減じる。そのへんのさじ加減は結構微妙である。ピリッと辛めの音を指向すれば、もう少し壁から離す。逆にもう少しまったりとしたひき肉の旨味を引き出すなら、後方の壁に近づける、といった按配であろうか?陳さんの麻婆豆腐のように両者が上手くバランスした音を引き出したいものである。 

2007/8/12

516:千の風  

 今日は父のお墓参りに行ってきた。近くに住む母と私の家族全員連れ立って、車で30分程度のみちのりである。最近余りに暑いので、午前中少し早めに行こうということになり、9時ごろ出かけたが、残念ながら既に気温は30度を越していた。

 年に数回来るので慣れたものである。いつもどおり、水を汲んでお墓を綺麗にし、花を飾り、線香に火をつけて手を合わせる。子供達も思い思いに手を合わせ、お願い事でもしているのであろう。

 昨年は「千の風になって」が大ヒットとなった。その歌いだしは、「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません」である。残念ながら死後の世界のことは、まったく理解不能ではあるが、この言葉は家族や親しい人を亡くした人の心を癒してくれるところがある。

 歌詞のとおり眠っていないかもしれないが、お墓参りをすることは、する人間にとってとても意味があるような気がする。気持ちがスッキリするというか、落ち着く感じがするのである。あと、改めて時間の経過というものを感じさせるところもある。

 人の死はそこで時間が途切れてしまう。それ以上のその人の時間は進むことはない。しかし、生きている人間は時間という決してと止まることのない列車にゆられているので、その人や死から徐々に遠ざかっていくのである。「もう、8年経過したのか・・・」とその時間の過ぎた方を遠く見やるような心持になった。

 ブログも時間の経過というものを感じさせてくれる。愚にもつかない内容の記事を毎日のように更新しているが、その数々の記事の流れそのものが、ひとつの時間の経過を表しているかのような気になるのである。

 今日は嬉しいニュースがひとつ・・・pontaさんがブログを始められたのである。(http://blogs.yahoo.co.jp/pontanosukekiyotaka/654858.html#654858)リンクさせていただいていたブログの閉鎖や休止の報に接すると、少しさびしい気分になるものである。新たなブログ仲間が増えたことは大歓迎である。 

2007/8/11

515:松井とICHIRO  

 私は二つの音を楽しんでいる。どっちつかずでいかん!という御指摘もあるかとは思うが、違う個性を楽しむというのはオーディオの楽しみのひとつでもあるような気がする。現にオーディオマニアの方でサブシステムをお持ちの方は多い。

 今日はチューバホーンさんのお宅にお邪魔させていただいた。チューバホーンさんも現在二つの個性を楽しまれている最中とのことで、その聴き比べが大きな目的のひとつであった。

背番号55 松井秀喜
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背番号51 ICHIRO
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 この両者、やはり対照的なところのある音を聴かせてくれた。CECのトランスポートは、相島技研でクロックの交換や制震対策の改造を受けているので、素のままではない。見た目的には改造したことは全く分からないが、改造前と後では、その音は「まったく別もの!」のように変化したとのことである。

 まずSONYの55で聴いてから、同じ曲をCECの51で聴くということを何曲か行ってみた。55は雄大である。パワフルというか音や音楽が太く、大らかである。「滔々と流れる」という表現を使いたくなるような感じで音楽がたゆたいながら流れていく。この感じ、私は好きである。SONY SS-G7という30年ほど前のスピーカーらしい、やや下寄りのどっしりした腰つきの音である。ただしICHIROのようにボテボテの内野ゴロを安打にしてしまう俊敏さはない。

 そしてCECの51に変えると、音楽の重点が中低域から中高域に移った、という印象を受ける。決して腰高になったわけではない。音の抜けが良くなり、音がより実質的になったのである。オーディオ的な得点評価では打率は上がった気がする。10人のオーディオマニアがいれば7人は51を支持するであろう。さらにジャズやポピュラ−系のソースがメインの方に限れば9人の方が51を支持すると思われる。

 51は「覚醒の音」である。ソファの背もたれに深々ともたれかかるのでなく、少しばかり身を乗り出すような姿勢をとらせる。一方55は「沈み込みの音」である。背もたれに上半身の全ての体重を寄りかからせて聴きたくなる。

 この二つの個性・・・どちらもかなり高いレベルでの個性の競演であった。まさにメジャーリーグで共に活躍する松井とICHIROを比喩に使いたくなる両者である。



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