2007/7/20

493:貞子  

 「来る・・・きっと来る!」リングの貞子ではないが、「いつかきっとこんな日が来るような気がしていた。」・・・しかし、いざ来てしまうと、やはりそれはそれで辛いものがあるのである。

 大学4年生の頃、今は妻となった当時のガールフレンドから「来るべきものが来ない・・」といわれて、青くなったことがあったが。「来るべきものが来ない」のも嫌であるが、「いつか来るはず・・・」と内心恐れていたものが、ついにきてしまうのも嫌である。

 大学4年生の頃の一件は単なる「遅れ」であったので、胸をなでおろしたが、昨日の「来るべきものが来たか!」という一件は心に重くのしかかってきた。

 いきなり全く訳のわからない書き出しとなってしまったが、まあ客観的に見ればそうたいしたことではない。しかし、結構私の心にはグサッと刺さったのである。

 子供は無邪気である。そして天使のような存在と感じる時もあるが、悪魔のような存在に急変することもある。特にオーディオを趣味としていると、時としてまさに井戸から這い出す貞子のような存在にすらなるのである。
 
 現在二つのスピーカーを併用している。交互にリスニングルームにセッティングして二つの個性を楽しんでいるのであるが、待機中のスピーカーはリスニングルーム面した廊下に置いておくのである。

 廊下に置いてあると当然子供の目に触れる。傷をつけられては大変なのでT3の時は正面を壁に向け背中しか見えないようにしている。HRS-120は正面も背面もないので、とりあえず防護用のプラスチック製のカバーをDDDユニットにかぶせてある。しかし、そのカバーは軽い。子供でもはずそうと思えば、はずせなくはない。

 昨日T3をリスニングルームの外に出し、代わりにHRS-120をリスニングルームに招き入れた。そしてカーバーをはずしたところ、何か気になる残像のようなものが視覚の隅に映った。

 改めてよく見てみると、それは傷であった。DDDユニットに数センチの傷がはっきりとその痕跡を残していた。

 最近は毎日のように下の子の友達が家に遊びに来ていると、妻から聞いていた。そしてその友達の弟や妹も一緒に遊びに来るので、騒がしくて困ると妻がこぼしていたのであった。

 廊下に置かれたHRS-120は「なんだろう、これ?」といった好奇の眼差しにさらされていたようなのである。

 「やられた!」というのが、その傷を発見しての第一声である。そして首をうなだれてしまった。結構落ち込んだ。音に決定的なダメージが出ることはないと思われるが、その傷はやはり心の傷となってしまった。

 廊下に置かざる得ない状況をつくってしまった自分の強欲さが原因とは思いながら「子供なんて嫌いだ〜!」と叫びたい気分であった。 



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