2007/6/16

459:バックグランド  

 昨日のダニエル・ミュラー=ショットのコンサートのプログラムは、ベートーベン:チェロ・ソナタ 第3番、シューマン(ダニエル・ミュラー=ショット編曲):ヴァイオリン・ソナタ、プロコフィエフ:チェロ・ソナタであった。

 ベートーベンのチェロ・ソナタ第3番は、いわゆる「傑作の森」と呼ばれる時期(この時期は「運命」や「田園」、「皇帝」などの名曲が次々作曲された)に書かれたもので、ベートーベンの創作意欲が極めて充実していた様子がその曲からも伺える。

 シューマンは、第一楽章の少し暗く重苦しい印象が、既にかなり進行していたであろう精神疾患の影響や、そのことに対するシューマンの不安や焦燥感といったものが少しばかりうかがえる。

 しかし、そういった重苦しさだけでなく、情熱的で抒情的な展開を見せるこの曲は、シューマンの曲の持つ特質をとても良くあらわしている。

 そして、プロコフィエフのチェロ・ソナタであるが、ソビエト政府による前衛芸術に対する批判や統制により、心身ともに疲弊していた晩年の時期の作品である。しかし、そういった極めて厳しい状況にありながらも、湧き出てくる創作意欲というか、新たなアイディアを抑えきれず、書かれたといった感のある曲である。

 今年4月になくなったロストロポーヴィッチにより初演されたが、その際は非公開であった、ということが歴史というか、時代背景が感じられる。

 コンサートでも、あるいはオーディオでも曲を聴く時に、その曲のバックグラウンドというか、作曲者の状況や時代背景というのは、知っおくとその曲に対して感情移入しやすいような気がする。

 クラシックの曲を聴いている時目を閉じて聞くことが多い。そうしていると時々視覚的なイメージが頭に浮かんでくることがある。昨日はシューマンの曲を聴いている時、大きな森を有する公園のベンチに一人佇む中年の男性のイメージが浮かんだ。その遠くを見つめる表情はいく分悲しげであった。

 そしてその男性は自分の過ごしてきた人生を回想しながら、時として表情を変える。その回想するシーンや表情によって、曲の展開も変化していく。そんなイメージが曲を聴いている間浮かんでいた。

 オーディオを聴いている時、目を閉じると音にかかわる情報が狭くなってしまう方もいらっしゃるかもしれないが、私はどちらかというと目を閉じて聴きたくなる方である。



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