2007/6/14

457:厭オーディオ的気分  

 今日は午後から振り出した雨が夜には本降りとなった。天気予報ではしばらくぐづついた天気が続くようである。いよいよ梅雨入りなのであろうか。

 雨はやはり気分を多少滅入らせるものである。こういう天気の時には、厭世的な気分に陥りやすい。ふとわが身と言うか身の回りを冷静に見回し、その様に悄然とする時がある。しかし、そういった気分も長続きはせず、止まない雨はないように、時間が経てば気分も持ち直すのであるが、そういった一時というものは必ずあるものである。

 時々オーディオが嫌になることがある。厭世的ではなく、厭オーディオ的な気分とでも言おうか・・・「音楽を聴くうえでこんな大仰な装置が必要なのであろうか?また音楽を音に分解して分析的に聴くようなことをしていて意味があるのであろうか?」・・・全く意味がないような気にもなるのである。

 雨に日の厭世的な気分同様、こういった厭オーディオ的な気分も一晩寝ればころっと改善したりするのであるが、そういった気分になるときは確かにあるのである。

 わたしは筋金入りのオーディオマニアではない。どちらかと言うと付け焼刃的なオーディオマニアに過ぎない。筋金入りでないのでたまにこういった気分に陥るのかもしれない。

 でも時として「音楽のためのオーディオ」ではなく「オーディオのためのオーディオ」に時間を使っていると、ふとこつんと何か固い壁に当たって先に進めないような気分に陥るときがある。

 そういう時はオーディオの電源を切って早めに寝るしかないのであろう。こういった気分と言うものは時間が解決してくれるのであろう。何事も早急にしすぎる傾向がある。良い意味での悠長さが、今後もオーディオを趣味としていくうえでは求められているのかもしれない。

 最近毎日聴いているのはPeter Schreier Schubert:Winterreiseである。この曲を聴いていると、なぜかしら厭オーディオ的な思いが湧いてくる。音楽とオーディオとの関係における本末転倒的な私自身の最近の傾向に嫌気がさすのである。



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