2007/3/11

363:ブログ記念日  

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日     俵 万智


 『サラダ記念日』(サラダきねんび)は、俵万智の第1歌集で、1987年に出版された。日常の何げない一瞬を、新鮮な感覚と溢れる感性で綴った短歌集で、従来の短歌のイメージを見事に一変させた傑作である。


「このブログなんか変だね」と読んだ人は言うけど3月11日はブログ記念日    tao


 超初心者のオーディオ冒険記あるいはドタバタ騒動記とも言えるブログ「AccousticTao」が始まったのは平成18年3月11日である。丁度1年が経過した。その間更新した記事は362。今書いているこの記事が363番目である。よくも愚にも付かない内容の記事を更新し続けてきたものである。

 オーディオ機器そのものは数年前から持っていたが、ほとんど置いてあるだけの状態であり、実際に趣味として取り組み始めたのは昨年の1月からである。したがって、実質1年2ケ月のオーディオ経験を経たのであるが、その間の右往左往ぶりがブログに漏れなく記載されている。

 このブログを開始したことで、オーディオにのめり込む度合いもより深くなっていったといえるだろう。そしてこのブログを通じて知り合うことができた方の音を聞かせていただいたり、ブログを通じて様々な有益な情報を得ることができ、オーディオライフの進化度合いやそのスピードは飛躍的に深く、そして速くなった。

 1年2ケ月のオーディオライフは山あり谷ありで決して平坦ではなかったが、この頃はようやく少しばかり落ち着いてきた。そしてつい最近になってようやく、自分なりにある程度満足感が得られる音が得られるようになってきている。

 オーディオに関してはもちろん若葉マークが取れたわけではないし、決して何かしら核心をつかんだ、というわけでもない。これからも右往左往する不安定なオーディオライフを過ごすことになるだろう。その様子をこれからもこのブログで紹介していきたい。

 私は決して悟ることはないと思われる。地面を這い蹲るようにして、煩悩にまみれながら初心者丸出しのオーディオライフを過ごすことになるだろうし、実はそう願っている。「馬鹿だな・・・コイツ」と失笑されながらも、このブログは続けていきたい。暇な時に時々読んでいただければ幸いです。

2007/3/10

取り回し  

 スタミナドリンクを飲むとき、通常のサイズのものの場合、一口では飲みきれない。一回り小さいものであればグッと一息に飲んでしまうのであるが、リポビタンDサイズのものの場合には二口で飲むことが多い。
 
 そして、一口で約半分飲んだ後、その独特の甘みを伴った喉越しを味わいながら、右手に持ったビンを口の前でとどめているのであるが、何故かその時左目を閉じて右目でビンの中を覗き込んでしまう。

 覗きこんだところで、茶色のビンの中に同じ色に染まった液体がかすかな波紋を揺らしながら佇んでいるだけなのだが、なんとなく安心してしまう。そして、その後二口目でぐいっと残りを飲み干し、分別収拾用のゴミ箱に入れるのである。

 分別収集用のゴミ箱の中でビンとビンがぶつかる音を聞いて、「もう一踏ん張りするか・・・」という気になるのである。スタミナドリンクを飲んでいる途中でビンの中を覗き込むことは実際全く意味がないのであるが、そうしたくなってしまう。

 習慣というのは意味があるものもないものも、そうしないと不安になるという点では共通点がある。オーディオにおいても、そうしないと落ち着かない習慣のようなものがいくつかある。

 そのひとつに電源ケーブルの取り回しがある。極力電源ケーブルがのびのびゆったり横たわれるように取り回したいという欲求があるのである。電源ケーブルがいく分不自然に曲げられていると、落ち着かない。緩やかなカーブを描いている分にはいいのであるが、ぐいっと曲がっていると音に悪い影響が出るのではという気になってくる。

 極力ストレートに這わせ、両端に近い部分のみ緩やかに曲がっているのが理想である。ゆったりしている感じがする取り回しをどうしてもしたくなるのである。音にどの程度の影響があるかは分からないが、そうしないと不安感に襲われる。

 またケーブルが交錯するのも落ち着かないもの。できるだけ避けたくなる。なので、極力柔らかく取り回しの良いケーブルが好きである。評判が良くても、持ってみて取り回しが相当きつそうに感じるケーブルはどうしても敬遠したくなるのある。

2007/3/9

ガチョーン!  

 「ガチョーン!」大きな声で、そう言いたい気分である。この「ガチョーン!」はクレイジーキャッツのメンバーであった谷啓の有名なギャグである。

 マージャンの牌をつもる手の動きからヒントを得たギャグのようであるが、谷啓自身はこの「ガチョーン!」について次のようにコメントしている。

 「いわせてもらうならガチョーンの極意は『万物の生きとし生けるものすべてを引きずり込み、一瞬、真空状態にしてガチョーンと引き抜くとバランスが崩れて周りの人たちがなだれ落ちる』−−という深いギャグなのである。」

 分かったような分からないような説明であるが、確かに一種の崩落感を感じさせるギャグであることは間違いない。

 昨晩上遠野さんが「クロ」ことHRS-120 CARBONをもってきていただいたのは、なんと12時半。「遅くまでご苦労様です・・・」と言わずにはいられない時間である。

 テキパキとお借りしていたHRS-120のノーマルバージョンをかたづけ、修理が完了したHRS-120 CARBONをセッティング。やはり黒は精悍である。カ−ボン独特のあの艶かしい編みこみ模様がキラキラと目にまぶしくすら感じる。丹念に磨きこまれ周囲の風景が映りこんだ黒のセダンを思わせるようないでたちに、「やっぱりカーボンにしてよかった・・・」と内心思わずにはいられなかった。

 そして約30分ぐらいでその作業は完了。既に時計は1時を回ろうとしていた。セッティングが終わったところで、以前歪みが出たショパンの夜想曲集のCDで念のためチェックすることにした。

 時間も時間だし、私自身結構疲労している状態であったので「ささっとチェックして明日の朝にでもじっくりその音を確かめよう。」と思っていた。

 ところがである、ささっと終わらせようとしたのであるが、そうは問屋が卸さなかった。ノクターンを1曲聴いてスッと血の気が引いた。「直ってない・・・?」やはり強奏時に不自然な歪みが出る。

 相当回数聞きなおした。ケーブルを繋ぎ替え、左右のスピーカー別々に単独で鳴らしたりしたが、やはり歪み感が出る。そして一旦梱包したノーマルバージョンを再び取り出し同じ曲をかけてみるが、こちらではその不自然な歪みは出ない。

 「クロ」が帰ってきて、ウキウキ気分であったが、再び奈落の底気分を味わうことになるとは。忘れかけていた体の疲労感が覚醒したように倍の重さになってのしかかってきた。「ドイツまで行って何やってきたんだ・・・」とつぶやきたくなった。

 ということで、「クロ」は再び梱包され旅立った。手元にはノーマルバージョンのHRS-120が残った。既に2時を過ぎた真夜中に、グッタリと疲れ果てた私は、しばしリスニングルームで残されたノーマルバージョンのHRS-120を前にして佇むしかなかった。

 このノーマルバージョン、あちらこちらのショップを回ってきたようで、片方の台座の一角は大きく削がれ、また片方のDDDユニットには3箇所ほど引っかき傷が残されている。しかし、エージングで音がこなれてきて良い音がしている。この傷さえなければ、「これと物々交換しましょう。ゼファンに掛け合ってください!」と言いたい気分であった。

 昨日の記事に対するコメントをいただいた方には返信コメントのしようがないので、この記事で、一言「ガチョーン!」とだけ返信させてください。

2007/3/8

クロ帰国  

 最近の車の色に関する動向で目立つのは、「白の復権」と「黒の台頭」のような気がする。白は一時相当な比率を占めていたが、シルバーやグレーに押され首位の座を明け渡してからは、しばらくは低迷していた。しかし、ここへ来てかなり復活している。

 しかし、これは日本だけの話で、諸外国では白の比率は極めて低いと聞く。日本人特有の白への愛着が車の色の嗜好にも端的に表れているのであろう。

 そして「黒の台頭」がここ数年じわじわ進行している。黒は以前であれば、「いかめしい」「格式ばっている」「汚れが目立つ」などの理由から、一般的なユーザーにはそれほど人気のない色であった。しかし、その独特の精悍さが見直され人気が上がっている。

 確かに黒の車は精悍でいかにも「できる」感が醸し出されている。一歩間違うといかめし系になったり、こまめな洗車が必要不可欠なのが依然ネックではあるが、磨き込まれた黒はやはり独特の魅力を有している。

 最近目にする機会が増え、今度買うなら黒にしようかな、という気にもなる。ただし、洗車直後に小雨にでも降られると、結構ショックがでかい・・・

 うちの「クロ」が急遽戻ってくることになった。「クロ」とはHRS-120 CARBONのことである。治療のため海を渡ってドイツに赴いていたのであるが、すでに日本に戻っていたようである。

 今日上遠野さんから「直りましたのでお持ちします」と携帯に連絡が入った。しかも、今晩・・・決算セールでオーディオ機器を売りまくっているのか配送用の車が今日しか空きがないとのことである。

 到着予定時刻は12時頃とのこと。真夜中である。相当なハードワークをされているようだ。しかし、こちらにとっては好都合。確定申告真っ最中なので、11時前には家に帰れないだろうから。

 今日はこのうれしい知らせを聴いて、ウキウキしながら山と積まれた申告書とにらめっこをしている。趣味を持つということはやはり良いことである。

2007/3/7

イメージ力  

 子供の絵には時々ハッとさせられる。今日は家に帰ると、食卓に下の娘が小学校から持ち帰った大きな絵が置いてあった。子供らしいのびのびとしたエネルギー感が溢れた良い感じの絵である。

 見ているとエネルギーがもらえるような気がしてくる。子供自体が楽しんで書いたのだろうと思える勢いの良さがある。小手先的な思惑の微塵もないといった印象である。どうやらこの絵は、先生の読む童話を聞いて、自分の気に入った場面をイメージして描いたもののようである。

 私も小学生の頃、先生が読み聞かせてくれた童話からイメージしたシーンを絵に描くという課題がとても好きであった。ものを見てそれを写す写生などよりも自由度が高く、のびのび描ける気がしたものである。その課題の場合、良い絵が描けるか否かはイメージ力にかかっている。

 オーディオを聴く際のひとつの重要な要素として、「脳内補正」が語られることが多い。情報が多少欠落していても、それを脳内で補い、音楽としてよりバランスよく聴こえるように補正する脳の機能である。

 ある意味イメージ力といえなくもない。意外と情報量が多少不足していた方が脳内補正の余地が比較的多く残っているため、自分好みに補正でき、より感情移入しやす音として聴こえるなんて事があるのであろうか?

 情報量がぎっしり詰まった過不足ない音の場合、感心するというか「すごい!」とは思うのであるが、意外と音楽には感動できないということがあるのかもしれない。それは脳内補正の余地があまりにもないので、自分好みに補正できないからかもしれない。

クリックすると元のサイズで表示します

2007/3/6

躁とうつ  

 『(どくとる)マンボウ』シリーズなどで有名な北杜夫は壮年期より躁うつ病に罹患していた。自らの病状をエッセーなどであっけらかんと記し、世間の躁うつ病やうつ病に対するマイナスイメージを和らげるのに一役買ったことでも有名である。

 躁状態の際の株への投資のために破産も経験している彼は、躁状態の時にはやや誇大妄想的な執着力を持ってあるひとつのことに突き進んでいってしまって、家人の忠告には全く耳を貸さなかったそうである。

 そして一転してうつ状態の時には、ほとんど外出もせず、無表情のままこもりきった生活をしていたようである。うつと躁の比率は8:2程度であったようだ。

 人間、感情のブレというものは必ずあるものである。常に落ち着いた一定の感情をキープするなんてことは、常人には難しい。そのブレが常軌を逸するまでに大きくなってくると「躁うつ病」という精神病になるのであろう。

 私も常軌を逸するまではいかないが、躁状態とうつ状態というのはある程度ある方である。どちららかというとうつ状態のほうが基調で、たまに躁状態となるタイプであろう。一見おとなしく口数の比較的少ないほうと見られがちであるが、それはうつ状態の時のパターン。

 躁状態になると、口数はほとんど増えないのであるが、行動が性急で後先を考えない傾向が強くなる。家人の忠告もなんのその、猪突猛進的に突き進んでしまう。オーディオに関しては昨年1年間はある意味一つの「躁状態」であった。闇雲に突き進んだ感があった。

 そして年が変わって今年はやや落ち着き、基調となる「うつ状態」に戻った。事実この1月、2月はオーディオ関連の買い物はCDを消磁する機械、RCA端子用のショートピン、XLRケーブルという3点である。金額もいずれも常識的なものばかり。(一番高いもので34,000円)

 このままのペースで今年は終わりたいもの。しかし、2系統システム化への欲求もふつふつと出てきたり、ケーブル熱再発の予感がしたりと多少の危険性もはらんでいる。

2007/3/5

血行促進  

 VIOLA CADENZAにはXLRの入力端子が1組しかない。DACからはXLRケーブルで接続している。フォノイコからは従来はRCAケーブルで接続していたが、比べたところXLRケーブルの方が音がいいので、こちらもできればXLRケーブルを使いたい。

 しかし、1組しか入力端子がないので、同時にはつなげない。そこで1本のXLRケーブルを共有して使っている。切り替える時にはそのケーブルをDACからはずし、フォノイコに接続しなおすのである。

 ケーブルの繋ぎ替えそのものはたいして面倒ではないのだが、どちらがLでどちらがRか判別に戸惑う時がある。現在使っているAudio Metallurgy社のXLRケーブルGold Alloyは色分け等が全くされていないのでぱっとみにはわからないのである。

 プリの接続状況を目で確認しなければならない。それが少し面倒なのでどちらかに目印をつけようと思い、小さなシール上のものがないか探してみた。しかし、丁度いいものがなく、ようやく見つけたのは、体に貼ってその部分の血流を良くするという小さな丸いシールである。

 こんなものでいいのかな・・・と思いながら、まあ識別のための目印だから何でもいいかと片方のケーブルに貼ってみた。朝少し時間があったので、少し聴いてみた。

 「んっ!何かおかしい・・・右の音だけ妙に元気が良い。」「もしや・・・」と思い、さっき貼ったシールをはがしてみる。元に戻った・・・。

 「・・・待てよ・・・両方に貼ったらどうなるのだろう?」時間がないなか取り急ぎ両方に貼り付けて音を聴いてみた。音に勢いが出る。相当な変化がある。これはチューニングアイテムと活用すれば面白いかもしれない。

 本当にオーディオはなにを弄っても変わるものだ。昨日Pontaさんからメールでカーボンインシュレーターの情報を頂いた。1個850円のそのインシュレーターは、何万円もする高級インシュレーターを一撃で蹴散らしたそうである。カーボンインシュレーターも試してみたい・・・当然変化があるはずである。オーディオの摩訶不思議な迷宮では当分飽きることなく面白い体験ができそうである。

2007/3/4

悦楽システム  

 最近体が重い。多少過労気味で体が疲れているせいもあるが、実際にお腹周りがきついというか、重いのである。

 仕事が忙しい時期に入ってくると、やはりストレスがたまる。ストレスがたまると、それを何らかの方法で発散したくなる。一番手っ取り早い方法が食べることである。しかもこの時期はほとんど外食となる。そのため、脂っこいものが増える。食べる量もなんだかんだで増える。悪循環である。

 仕事はほとんどがパソコンや書類相手のデスクワークであるので、カロリーの消費量はそれほどでもないのに、ストレス発散のため何かしらしょっちゅう口にしているので当然体重が増える。毎年この時期は2,3キロ増えてしまう。

 そして、ストレス発散のもうひとつのはけ口が買い物である。以前買い物依存症の女性がテレビで報道されていたのを観たことがある。確かにお金を払ってものを買う、という行為はストレス発散というか、一種の快感を伴う行為であるようだ。

 最近は完全に独立した2系統のシステムが欲しいという欲求にさいなまれている。先日SOUND CREATEでLINNのNINKAをCDプレーヤーとプリメインアンプというシンプルな構成で聴いた時、こういうシステムがもうひとつあれば・・・と思わずに入られなかった。

 NINKAのようなさりげなく上質なスピーカーを購入して、CDP-MS1+SD05と組ませて聴いてみたい。ソナスファベールの小型スピーカーでもいいな〜などなど、妄想は膨らむ。オーディオ、オーディオしていない、音楽のみに集中できる極めてシンプルなシステムがあれば・・・と重い体と重い頭でついつい考えてしまう。

 あまりにもオーディオ偏重のシステムでは、時々疲れてしまう。オーディオ弄りはとても楽しい。しかし、時にはそういったものから開放されて、音楽を聴きたいとも思うこともある。そういったもうひとつの悦楽システムを夢見る今日この頃である。

2007/3/3

秘孔  

 『北斗の拳』・・・ケンシロウに秘孔を突かれた悪党は、「お前はもう死んでいる」といわれても、「なにいってんだ・・・」ときょとんとするが、やがて「あべしっ!ひでぶっ!」といささか奇妙な断末魔の叫びを上げ、無残な最期と遂げる。

 この漫画は、私が大学生の頃はやっていた。大学の側の雀荘でマージャン卓を囲んでいて、「ローン!それあたり!」とやられると、「あべしっ!ひでぶっ!」と叫ぶのがならわしであったことが、懐かしく思い出される。

 新しいCDやレコードを初めて聴いていて、たまにではあるが、「あべしっ!ひでぶっ!」と叫びたくなることがある。今年に入ってからはDANIEL MULLER-SCHOTTのチェロでエルガーのチェロ協奏曲に秘孔を突かれた。

 次はBERNDT EGERBLADHの「A BOY FULL OF THOUGHT」にぐっときた。そして、今日はまたまた大物を釣り上げた。ロッドがしっかりとしなり、しっかりした当たりが感じられ、腕に心地よい感触。

 先日ヤフオクで落札した、赤い鳥の「スタジオ・ライブ」が今日届いたので、早速聴いてみた。盤の状態は大きな傷はないが、やはり汚れはそれなりにある。NANOTEC CLEAR NCL-1で磨いて汚れ落としをしてから聴いたのであるが、音も優れもの。
 
 秘孔を突かれた。特にB面が素晴らしい。B面は津軽民謡の「もうっこ」から始まるのであるが、すぐさまぐいぐい引き込まれる。「ちっちゃな子守唄」、「竹田の子守唄」で眉間の真ん中にぴりぴり電気が走るような感覚に浸れる。

 そして、「河」で高揚感を伴うフィナーレへ向かう。高ぶった感情は「FINLANDIA」でクールダウンされ、透明な深みに入り込んでいく。

 このB面は一気に聴かせる。というか聴き入ってしまう、といった方がいいかもしれない。聴きおえて、小さな声で「あべしっ!ひでぶっ!」と言いたくなった。

クリックすると元のサイズで表示します

2007/3/2

デザイン大賞  

 デザインに対する好みは、人それぞれで、ある人が良いといったデザインであっても、他の方にとっては、今ひとつピンとこないということは往々にしてあるもの。従ってデザインの善し悪しを評価してもほとんど無意味なのであるが、個人的にはオーディオ機器のデザインはすごく気になるポイントでもある。

 私のデザインに対する好みは、結構偏っているのかもしれない。どちらかというと、あっさり目、淡白系のデザインが好きなのかもしれない。いわゆるヨーロッパ系のデザインが好きなようである。昨年出たオーディオ機器でデザイン大賞を個人的にあげたいのは、以前の記事でも取り上げたAura noteである。

 Aura noteに代表されるハイクオリティでスタイリッシュなコンポーネントの特集が最新号のAudio Accessory誌で取り上げられていた。オーディオ機器なので音の善し悪しが重要なのは変わらないが、スタイリッシュ コンポの場合当然デザインの善し悪しも、音の善し悪しに負けず劣らず重要なテーマである。

 その特集ではnoteを含む9つのコンポが紹介されていた。そこでそれらのデザインの善し悪しのみを、個人的な好みのみを尺度に採点してみた。Aura noteを100とした場合の相対評価で点を付けてみた。私のデザイン上の好みはかなり偏っており、全く意味のない採点ではあるが・・・その結果は次のとおり。

01 ATOLL CD200 IN200 : 80
02 LINN CLASSIK MUSIC : 95
03 CREEK EVO CD PLAYER EVO INTEGRATED AMPLIFIER : 85
04 AURA NOTE : 100
05 AUDIO ANALOUGUE ENIGMA : 45
06 CAYIN CD-50T A-55T : 50
07 DENON DCD-CX3 PMA-CX3 : 55
08 ARCAM SOLO : 65
09 PAONEER PD-D6 A-A9 : 75

 次点のLINNのデザインも素晴らしい。完全なるバランスを有する簡潔さ、といったものを感じさせる。CREEKもイギリスらしさを感じさせる上質なさりげなさを高く評価。ATOLLはフランスらしいお洒落な遊び心が楽しい。

 日本製のPIONEERもどことなく抜け切っていないものがあるが、思い切ったデザインである。それにしてもnoteのデザインは秀逸である。簡潔でシャープでありながら色気をも感じさせる。 



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ