2007/1/31

カーボン  

 金属を叩くとシャープな音がすることが多い。木を叩くとどちらかというと暖かみのある有機的な音がする。そういう点では見た目どおりの響きがする。

 オーディオ用のインシュレーターやラックは様々な製品が出ているが、大まかに分けると金属系とウッド系に区分されることが多い。ではカーボンはどちらなのであろうか?金属系に近いような気もするが、叩いてみた響きの感じはウッド系に近いような気がしないでもない。

 固有な響きがあまりしない素材なのであろう。そういう点ではオーディオ用に向いている素材である。HRS-120 CARBONはその名のとおりエンクロージャー表面の素材がカーボンである。音的にも良い効果があるのであろうが、見た目的にもこれが結構良いのである。

 もちろん好き嫌いはあるであろうが、あの独特の編みこみのような模様とヒヤッとするクールな質感は好きな人には堪らない独特の魅力がある。

 車の内装にも使われることがあるが、カーボンを内装に使う車種はどちらかというとスポーツモデル。スパルタンな質感をエクステリアだけでなく、インテリアにも出したい場合にはうってつけの素材であるようだ。

 カーボン内装はそのスパルタンな印象からして、黒い皮のシートと相性が良いような気がする。皮のシートの香りを嗅いで視線をカーボンのパネルに移すと、ついついハイテンションになり、アクセルに乗せた足をぐいっと踏み込みたくなる。

 話をオーディオに戻すと、カーボンが素材としてもっともよく用いられているのは、インシュレーターであろう。様々な製品があるが、結構高価である。今我が家ではスピーカーと床の間に挟んでいるインシュレーターにはthe J1 projectのものを使用中である。これはカーボン素材ではない。一度これをカーボン素材のものに変えてみたい。

 オーディオショップでよく見かけるのはBlack Diamond Racingである。何種類か製品があるが、その表面を見ているとカーボン独特のクールな質感が気持ち良い。あの透明感のある独特の編込みには強く心惹かれる。

2007/1/30

ウルトラマンの黒目  

 「ウルトラマンに黒目はあるのか?」キャラクターデザインとしてはもちろん無いが、あるといえばあるのである。アップで見てみると、目の一番下の辺りに小さな穴が開いているのである。きぐるみの中に入っている人の視界を確保するための小さな穴なのであるが、見ようによってはそれが黒目のように見えなくもない。

 しかし、その小さな穴を黒目として捉えてしまうと、ウルトラマンの顔がより目風に見えて、とても情けない感じになってしまう。引いた画であれば、当然全く気にならないのであるが、スペシューム光線を出す時などに、アップになるとその小さな穴が結構目に付くのである。決め手となるスペシューム光線であるので、バシッと決めるべきシーンなのであるが・・・その視界確保の穴は気になってしまうと、結構醒めた現実に引き戻してくれるのである。

 CDトランスポートは現在Emm LabsのCDSDを使っている。このEmm Labsというメーカー、つくりは結構ちゃちである。そしてCDを読み込む際には動作音が盛大にする。さらに演奏時にもCDによっては、回転音が耳に付くことがある。特に古めのCDの場合、回転音が気になることが多いのである。

 CDも古くなってくると反ってきたりするのであろうか?音楽に気が入っていくとほとんど気にならなくなってくるのであるが、何かの拍子にその回転音が気になるというか、耳についてしまうと、ついついそっちに気が行ってしまう。

 もう一台のCDトランスポートのSONY CDP-MS1もCDSDほどではないが、回転音が気になるときがある。どちらも気になるといえば気になる、気にしなければたいして気にならないのである。まさに「ウルトラマンの黒目」的な、CDトランスポートの回転音である。

 リスニングルームの遮音性がリフォームにより飛躍的に高まった。部屋の外からの音はほとんど進入してこない。そのことが部屋の中で発生する微小な音も明瞭に聞き取れる環境を作り出しているようだ。全てのCDで気になるような回転音がするわけではないが、お気に入りのCDだったりすると、何とかならないものかと思案してしまう。

2007/1/29

NOISE HARVESTER  

 最新号のstereo誌に気になるアクセサリーの記事が載っていた。そのアクセサリーはPSオーディオのNOISE HARVESTERである。1個14,800円・・・オーディオアクセサリーとしては決して高い価格ではない。このNOISE HARVESTERは壁コンセント、電源タップなどの空いた挿入口に挿し込むことによって電源に混じっているノイズを消滅させる効果があるとのことである。

 その記事を書いてらっしゃるのは、田中伊佐資さん。田中伊佐資さんは、stereo誌よくその記事を書いてらっしゃるが、文章がとても面白い。ウィットに富んだ、思わずにやっとしてしまう文章を書いてくださる。その記事は読んでいてとても楽しい気分にしてくれる。

 この文章になかでも、唸ってしまうような比喩が使われている。このNOISE HARVESTERを使用したときの効果について「小さな子供が完成させた拙い塗り絵に、大人が後からアウトラインをはっきりなぞってやると、ぐっとコントラストが出てうまく塗ったように見える。そのような具合に、音が鮮やかになる。」と表現しているのである。上手い・・・!!

 以前の記事から推測するに、田中伊佐資さんは電源関係は出水電気さんのアドバイスに基づき相当な改善をされているはず。その良好な電源状況にある田中さんのリスニングルームでも「これはなかなかいい。」という評価をもらっている。結構そそられる・・・

 1個14,800円という価格にも結構そそられる。オーディオ関連用品に関しては日常生活における常識的な金銭感覚が全く通用しなくなっている私にとって非常にそそられる価格なのである。

 しかし、ふと我に返ると現在我が家では1機器1コンセント体制であるので、本格的な導入をするならば、複数個必要となる。そうすると価格も当然それなりに負担が大きくなる。もし、導入するとすれば、まず1個のみ購入し、前段機器に使用している壁コンセントにとりあえず装着してその効果を確認。その後増やす、というのが定石であろう。

2007/1/28

考える人  

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 JMlabのUTOPIAシリーズのスピーカーを見ていると何故かロダンの「考える人」を連想してしまう。以前まんぺいさんのお宅を訪問した時、ALTO UTOPIAを見てふっと「考える人」の映像が頭に浮かんだ。実際比べてみると連想させる要素はあまりないように感じるのであるが、ミッドレンジ部分が多少前かがみ傾向なのが、そういう連想をさせたのかもしれない。

 今日はJMlabのMICRO UTOPIAをお使いのpontaさんのお宅にお邪魔した。MICRO UTOPIAはALTO UTOPIAをコンパクトに2ウェイにまとめた感のあるスピーカーで、UTOPIAシリーズ共通の精緻な質感を有したまさに「小さな高級機」である。UTOPIAシリーズのスピーカーはどれも素晴らしい。GRANDE UTOPIAも一度オーディオショップで聴いたことがあるが、それはそれはすごかった。

 pontaさんのお宅までは車で1時間半。綺麗なマンションの4階、リビングルームがリスニングルームを兼ねてい。広さは10畳ほどであろうか。その7〜8割の部分をオーディオが占めている。空間の使い方はかなり贅沢に使われている。後方の壁からスピーカーはかなり離して設置してあり、リスニングポイントの手前に低めのラックが3台並んでいる。そのため操作性はすこぶる良い。

 そのリスニングルームを一瞥して「リビングルームの大半をオーディオ機器が占領している。奥さんからのクレームはないのだろうか?」と思ってしまった。その点を切り出すと「やはりクレームはあります。」とのこと。スピーカー後方にはベランダに出るための大きな掃き出し窓があるが、オーディオ機器や縦横に這い回っているケーブルを注意深く跨がなければならず、実際のところこの部屋からベランダには出れない。

 一度奥さんからのクレームでベランダに出れるように、オーディオの配置を変えたことがあったが、リスニングポイントが不自然で元に戻された、とのことであった。家庭生活とオーディオとの両立にはやはり苦慮されていらっしゃるようである。

 pontaさんのデジタル機器はすごい。 esoteric G0s>esoteric P0s>dcs 972-2>dcs elgarという布陣、壮観である。どれも定評のある機器ばかりである。なおプリアンプは
boulder1012、パワーアンプはkrell FPB200、そしてスピーカーがJMlab MICRO UTOPIA be
と隙のない構成である。

 クラシックがメインジャンルのpontaさん、最初はモーツァルトの室内楽を聞かせていただいた。奥深く広いサウンドステージが印象的である。部屋の広さ一杯に広がっている。横も縦もそして奥行きも部屋一杯の空間を活かしている。

 ベリリウム製のトゥイーターの高域は滑らでかつ解像度が高い。とげとげした感じが全くない。しなやかで繊細な響きの美しさを感じさせる音である。クラシックの室内楽におけるバイオリン、ピアノなどの美しい音色とそのサウンドステージの広がり感はこのスピーカーのもっとも得意とするところかもしれない。

 pontaさんは「考える人」である。システムの全体を詳細に眺めていると相当な試行錯誤の経過が見てとれる。そしてどっぷりオーディオにはまり込んでいるということがひしひしと感じられた。それは私も同様。迷宮に迷い込んだ者同士、初対面であっても話は尽きないという感じであった。

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2007/1/27

プログレ  

 キング・クリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」、ピンク・フロイド「狂気」、この2枚のLPを今日聴いた。ただし、我が家ではなく、国分寺市の図書館である。この図書館にはLPコーナーがあり、図書館の一角に設置されているオーディオシステムで聞くことができるのである。

 図書館なので、当然音は出せないので、ヘッドフォンで聴くのである。下の子は絵本が好きである。時々図書館に連れて行く。面倒を見るように頼まれた時、日帰り温泉に連れて行くか、図書館に連れて行くのが定番となっている。

 なにせ図書館はお金がかからない。しかも、子供が絵本に夢中になっている間、この図書館においてあるStereoSound誌を読んだりするのである。古い号を読んだりするのが結構楽しい。

 そして、今日はLPコーナーに行ってみたのであるが、昔懐かしいLPが置いてあったのでつい聞いてみたくなった。中学生の頃、ロックに詳しい友人がいた。レコードを相当数持っていて、よく聞かせてくれた。そのレコードをカセットに録音してもらい、家にあるラジカセで聴いた。

 その友人がプログレッシブロックが大好きで、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、ジェネシスのレコードをたくさん持っていた。「クリムゾン・キングの宮殿」と「狂気」のジャケット写真を見たとき、ついつい「なつかし〜い!よく聞いたなこれ・・・」と思ってしまった。

 そして図書館のオーディオシステムで聴いたのであるが、その機器もとても懐かしい感じのするものであった。レコードプレーヤはTechnics SL-DL1、プリメインアンプはTechnics SU-V5A。どのくらい前の機器なのであろうか?おそらく25年以上前のモデルだと思う。SL-DL1はリニアトラッキング方式で結構かっこいい。

 中学生の頃よく聞いた懐かしいLPでしばらくタイムスリップ。結構心地よい時間を過ごした。ふと「中古LPを買って、我が家のシステムで聞いてみようかな・・・」と思った。その友人とは別々の高校となり、私はプログレッシブロックを聴く機会は減っていった。そして、プログレッシブロック自体も時代遅れのものとみなされるようになり、衰退していったのである。

 中学生の多感な頃聞いた音楽というものは、心の奥底にしっかりと蓄積されているようである。その当時の感動が鮮やかに思い出された。 

2007/1/26

類は友を  

 我が家のスピーカーは円柱状である。正確には八角柱というのであろうか。その八角柱の上部に銀色の円錐の形をしたDDDユニットが乗っている。かなり独特の形をしているが、これも見慣れてくると味わい深い感じすらしてくる。

 先日とあるHPを見ていたら、なんとなくその見慣れた形を連想させるスピーカーの写真が小さく載っていた。それがこれ・・・

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 違うといえばまったく違うのであるが、どことなく類似性を感じてしまう。少なくともぱっと見、スピーカーには見えないところは似ている。これはやはりドイツ製、しかも無指向性のスピーカーである。値段はとても安いものであったが、なんとなく気になった。「BGMに最適」との評価であった。

 ドイツ人というのは、無指向性が好きなのであろうか。私が現在使っているGERMAN PHYSIKSはその名のとおりドイツ製である。そしてさらにアバンギャルドな形をしているMBLもそうである。

 国民あるいは民族によって音に対するその固有の嗜好性というものがあって、もしかしたらドイツ人は無指向性のスピーカーの発する音の傾向に対して惹かれるものを持つ人が相対的に多いのかも知れないと勝手に想像してしまう。

 また、技術志向の強い民族であるから、技術的に斬新でありユニークであるということも、無指向性スピーカーにはドイツ製が多い要因なのかもしれない。

 私は技術的なことはまったく分からないが、現在使用しているDDDユニットの持つ広がり感や自然な感じのする音色に惹かれるところがあった。またその当初はしっくりこなかったその形態も、我が家に置いて日々目にするに従って見慣れてきた。最近では、その独特の風貌にも愛着を持つようになってきている。ふと目に留まったHPの写真であるが、まじまじと見ながら「ユニークだけれど良い形をしている〜」と思ってしまった。

2007/1/25

腕のしなり  

 フェデラー VS ロディック 全豪オープンテニスの準決勝の第1試合である。WOWOWで放送されていたのを観たのであるが、接戦になるという事前の予想と全く違い、フェデラーの圧勝であった。

 ロディックは全くなす術がないといった感じで、屈辱的な敗退となった。サーブの威力などパワーではロディックが上回っているはずであるが、フェデラーの正確で力みのないショットに翻弄されてしまったようであった。

 それにしてもフェデラーのショットやフットワークは軽やかである。当然ハードなトレーニングを積んでおり、ウェイトトレーニングも相当取り入れているはずであるが、筋肉の力強さというよりもしなやかさを、観ているものに感じさせるのである。まさに流れるようなテニスである。

 一方ロディックのショットを観ていると確かに力強いのであるが、パワーのロスがあるように感じてしまう。その持てるパワーの全てが効率よくボールにのっていない、少なくともフェデラーのショットと比べてその効率はやや落ちると思われる。

 ロディックがアメリカンマッスルな感じのムスタングであれば、フェデラーは4WD仕様のポルシェといったところであろうか。フェデラーはエンジンパワーがタイヤにしっかり伝わり路面を確実にグリップしている。「腕のしなり」というものがパワーの効率的な伝達にいかに貢献しているかということを考えさせられる試合であった。

 最近ゴルフで取り組んでいる脱力ショットであるが、まだまだ身に付いたとはいえない。しかし、少しずつその感覚がつかめてきている。練習場ではなかなか良い感じのショットが打てるのである。実際にゴルフ場でその真価を発揮できるかは残念ながら未知数である。というのもゴルフ場と練習場では精神状態が相当違うからである。ゴルフ場では無意識のうちに腕や上半身に力みが出る可能性は十二分にある。今日のテニスの試合を観て、腕を完全に脱力しそのしなりで効率よくボールを飛ばすことが最重要テーマであることを再認識した。

 さて、オーディオに話を移すと、もうすぐ1月が終わろうとしているが、スピーカーが「代打」状態であることもあって、特に変更点はない。今何かいじってもスピーカーが戻ってきた時に、それが同様に良い結果となるか分からないのである。

 図らずもそのような制約要因があるため、じっとしている。今後の一つの課題は低域であろう。量感は相当出る。これは良いことであるが、その量感と解像度というかまとまり感をバランス良く持っていきたいのである。スピーカーが戻ってきたら、そのテーマをより煮詰めていきたいところである。

2007/1/24

音の記憶  

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 このブログは比較的写真が少ない。決して意図的に写真をあまり載せないわけではないのであるが、気が付いたら4,5日全く写真がなく、文章だけということもめずらしくない。ブログは写真も載せられるのが一つの魅力である。文章と写真が程よく融合することにより、より魅力的となるはず。

 ということで、冒頭に写真を掲載した。現在入院中のHRS-120 CARBONに代わって、修理期間中の代役として我が家に来てくれているHRS-120のノーマルバージョンである。天然木付き板仕様で高級感がある。遠め目にはとても美しく優雅である。近くで見ると昨日の記事で書いたように運搬中についたと思われる痛々しい傷が結構あるが、音にはそれほど影響のないものである。

 さて気になるのがCARBON仕様との音の差。StereoSoundの158号に柳沢功力氏が書かれたTEST REPORTが載っている。そのなかでは「オリジナル機との一対比較はできなかったが、記憶との比較では、本機の低音は明らかにオリジナル機を超えている。印象的なのはその低音の厚みと伸びと、かつ、DDDユニットとのつながりの自然さで、この結果、再生全体の安定感がひときわ高まり、無指向性としての音の拡がりより、むしろ質感の緻密さを強く意識させる印象だ。」と書かれている。

 我が家ではどうか?中高域に関してはそれほどの差は感じない。DDDユニット特有の滑らかさや緻密な感じが出ている。では低域はどうか?質感に結構差があるように感じられる。オリジナルのほうが「ブワー!!」と出る感じである。CARBONではどうか?もう少し密度感があるというか、目が詰まっていたような気がする。

 しかし、記憶なんてあやふやなもの。繰り返し一対比較すればはっきりと分かるであろうが、時間差があまりないとはいえ、記憶の中の音との比較では確たることは言えない。特に私の場合音の記憶容量は比較的少ない。しばらくするとスーッと消えていってしまう。

 しかし、それはかえって助かることも。OFF会等で聞いた良い音の記憶があまりに鮮明に残ってしまっていると、我が家の音を聞く気になれなくなってしまう。過去に聞いた音の記憶がスーッと消えていってくれるから、「我が家もまあまあ良い音でなっているのでは・・・?」と幸せな勘違いもできるのであろう。

2007/1/23

放送禁止用語  

 「どさまわり」って漢字で書くとどうなるのであろうか?「まわり」はおそらく「回り」か「周り」か・・・多分「回り」であろう。しかし「どさ」は?「・・・・」まったく思いつかない。そもそも「どさ」とは正式な単語なのであろうか?一種の俗語(スラング)のようなものではないのか。

 と思ってインターネットで検索してみると、放送禁止用語になっていた。「地方巡業」の意味であるのであるが、何か差別的というか悪意のこもった言葉なのであろうか。ということで当然「どさ」にあてる漢字はないようである。

 何故「どさまわり」という言葉を連想したかというと、今我が家のリスニングルームに鎮座しているHRS-120の姿形から、ふと頭に浮かんだのである。

 我が家のリスニングルームには、再入院したHRS-120 CARBONに換わって、ノーマルバージョンのHRS-120が設置してある。「音無し生活は辛い・・・」と販売店の方に無理を言ったところ、ゼファンのデモ機を修理期間中貸してくれることになったのである。これはありがたい。しかもほぼ同じ機種である。

 カーボンバージョンとの音に差異も検証できると喜んだのであるが、運ばれてきたHRS-120を見たとき、痛々しいその風貌についつい「どさまわり」という言葉が思い浮かんだのである。

 片方のスピーカーの土台部分の一角は、相当思い切り何かにぶつけられたのであろう、ごっそりと欠けている。またもう一方のスピーカーのDDDユニットには数箇所明らかに引っかき傷らしい傷跡が残っている。

 音にはそれほどの影響のない話なので、しばらく無償で借りている身である私にとってそれほど重要度は高くないのであるが、その傷跡を見ながら、「日本全国、様々なオーディオショップやオーディオショウを渡り歩いてきたのだろうな〜」と想像してしまった。相当な距離を移動し、設置されては回収され、あっちに運ばれこっちに持っていかれと、苦労を重ねてきたデモ機の様子が脳裏を掠めたのである。

 そして、「我が家に来たのも何かの縁、しばらくはここで骨休めをしていきなさい。」と多少感傷的な気分にもしてくれた。

2007/1/22

白石さん  

 南武線は立川と川崎を結んでいる。今日は溝ノ口にあるクライアントを訪問するため、南武線に乗った。南武線はどことなくほのぼのしている。急行といったものがなかったような気がする。もしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも今まで乗ったのは全て各駅停車であった。始発である立川から乗るのでほとんど座れる。武蔵溝ノ口駅までは約30分程度。

 それなりの時間なのでいつも本を読んで過ごす。今日は、事務所の近くの本屋でたまたま見かけて買った「生協の白石さん」を読んだ。もう話題になってから相当経つので、かなり遅ればせながらであるが、気軽に読めてくすっとしたり、ほのぼのしたりと、評判どおりとても面白かった。

 読んでみてはじめて知ったのであるが、白石さんが勤めているのは農工大の理工学部にある生協である。実はこの大学の職員の方に知り合いがいて、休日に何度かこのキャンパスにあるテニスコートでテニスをしたことがあった。小金井市にある結構広いキャンパスで、どことなくのどかな雰囲気を持っていた。この大学の雰囲気は何故か南武線のほのぼの感と共通するものがある。

 最近はテニスも御無沙汰で、この農工大の小金井キャンパスにもしばらく行っていないのであるが、なんとなく親近感を抱いた。そういえば、キャンパスの一角に生協があったような気がするが、当然休日なので生協は営業していなかった。

 それにしても、白石さんの回答は素晴らしい。本来生協に対する要望を書く「ひとことカード」なのであるが、生協とは全く関連のない質問が多く、それに対するひとひねりある名回答に唸らされる。

 オーディオに対する悩みには、白石さんのようにスパッと切れ味の良い名回答というものはなかなかないようである。一つ一つの試行錯誤の積み重ねしか具体的な改善策はないのであろう。

 昨日の新年会とOFF会については昨日の記事で紹介したが、銀座のきらめきに溢れた街並み、都心の超高級マンション、トップグレードのオーディオ機器・・・それはまさに華やかで見目麗しい世界であった。

 「生協の白石さん」を読んで思い出した農工大の小金井キャンパスの雰囲気、そして一つ一つの駅に律儀に停まる南武線。なんだか昨日と今日でとても対照的な空間と時間を経験した。



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