2006/12/17

再発  

 「再発」という言葉には不気味な響きがある。たとえば癌の再発のように・・・一度は困難な治療や辛い外科的な手術により完治したはずが、何年かしてから再発したら、その精神的なダメージは相当重いはず。きっとズシンとした鉛のような重みが心に加わるであろう。そして、そこからまた精神的に立ち向かう気力を振り絞るというのは、かなりの困難を極める。

 今日は午後から出かける用事があったが、午前中は予定がなかった。そこでリスニングルームにこもってオーディオ三昧で過ごした。前半はマーラーなどの交響曲を聴いていて、音も良くご機嫌であった。しかし、後半は重苦しい空気の中で過ごすはめになってしまった。

 後半はまず、諏訪内晶子のバイオリン、フィリップ・モルのビアノ伴奏で、チャイコフスキーの「瞑想曲」を聴いた。なかなか良い感じである。問題は次の曲であった。ヴィニャフスキの「モスクワの思い出」を聴いたのであるが、冒頭のピアノの音がおかしい。再度頭に戻って聴いてみる。「やはりおかしい・・・」ふっと冷たいものが背筋を走った。

 右のスピーカーからの音がピアノの強奏時に歪み感がある。急いで熊本マリの「マジョルカ島の恋」を取り出し、ショパンのノクターン第21番とノクターン第20番を聴いた。やはり強奏時のみ右のスピーカーの音に歪み感があり音が潰れる感じがある。

 「再発した。」そう思わずに入られなかった。症状は前回よりもはるかに軽いが、同様な症状が垣間見られる。オーケストラでは全く気が付かなかったのであるが、ピアノでは認識できる。前回の症状が出たのは7月であった。結局ゼファンでDDDユニットを交換してもらい完治した。そのときはDDDユニットを取り付けているネジを締め付けなおしたのが原因のようであったが、今回は全くDDDユニットには触れていない。原因が何かは全く不明である。

 かすかな症状であるが、やはり気になる。もう一度ゼファンにみてもらうため、再入院が必要かもしれない。とても気が重い。音は自然な質感で素晴らしいのであるが、DDDユニットは相当神経質なユニットなのであろうか?明日にでも上遠野さんにメールするしかないであろう。また音無し生活を数週間余儀なくされるのであろうか・・・



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