2006/12/11

切磋琢磨  

 WILSON AUDIOはアメリカを感じさせるスピーカーだ。先日ハンコックさんのところで聞かせていただいたSD05を中心としたデジタル駆動系によるWILSON AUDIO WATT3・PAPPY2の音は情報を細大漏らさず提示する高性能を有していた。その音を聞いていて「アメリカの音だ。」と感じた。アメリカの乾いて明るめの空気を感じるような気がした。

 もちろん組み合わせる機器やセッティングなどの使いこなしにより、多様な面を見せる懐の深さを有する銘機であることは間違いないが、その本質的なものは極めて明瞭で精細な情報提供能力にあるような気がした。

 WATT3・PAPPY2の潜在能力の高さを遺憾なく引き出すSD05の能力にもあらためて感心する。そして、通常のCDトランスポートではその実力の6割程度しか引き出せないということも、いつもながら不思議である。

 我が家のSD05も快調である。CDP-MS1をペアに得て、このゴールデンコンビは快調に飛ばしている。オフマイクで録った編成の大きなクラシックなどは、やはり唸らされる。この純粋デジタルラインの音は、音に飛翔感が加わり、その空間提示の大きさに、目を閉じるとコンサートホールの広がり感を感じ取ることができる。

 昨日のフォノイコライザーからの入力に関しては、純粋アナログラインに軍配が上がったが、CDに関しては純粋デジタルラインに軍配を上げざる得ない。従来の主力であったデジタル−アナログラインはいささか分が悪い。マイクを近づけて録ったポピュラー系のソフトなどではいい勝負になるだろうが、音源からマイクを離して録るクラシックのソフトの場合、その空間表現力において差は相当出るようだ。

 今日もマーラーの第1番の第1楽章を聞き比べてみたのであるが、音に天使が宿るような感じが純粋デジタルラインにはあるのに対して、デジタル−アナログラインでは生身の人間が演奏している感がする。音がより地面に近づいた印章である。好みの問題になってくるのであろうが、私自身の好みでいえば純粋デジタルラインの音かもしれない。まだまだいろいろな紆余曲折があるかもしれないが、両者を切磋琢磨して鍛えていこう。

2006/12/10

温冷浴  

 サウナにはよく行く。10分ほど汗を流し、冷水につかる。これを3回程度繰り返すのである。疲労回復や自律神経の活性化に効果があるとのことである。サウナには大概小さな窓がある。耐熱ガラスでできたその小さな窓からはサウナの外の世界が明るい光と共に覗き見ることができる。

 サウナの中は白熱灯の薄明るい光で照らされており、壁は木や石でできていることが多い。閉鎖された高温の部屋で大量に汗を流し、外の明るい場所で冷水につかる。この極端から極端が結構病み付きになるのである。

 今日は2枚のLPを聞いた。つい最近中古レコード店で入手したものである。1枚は「Gateway」John Abercrombie Dave Holland Jack Dejohnette。もう一枚は「TWIN-HOUSE」Larry Coryell Philip Catherine。

 「Gateway」はGUTAR・BASS・DRUMSのトリオである。曲は一癖二癖あるものが多いが、A面の1曲目「Back-Woods Song」が素晴らしい。「う〜ん、かっこいい!」というのが第一印象である。続く2曲目の「Waiting」はBASSとDRUMSの曲であるが、これがまた素晴らしい。現代曲を聴いているような錯覚さえ覚える、緊張感のある幽玄さを有している。

 一方「TWIN-HOUSE」はアコースティックギターのデュオである。「Gateway」とは好対照なアコースティックなサウンド。二人の名手が交互にリードをとり、その高度なテクニックを遺憾なく発揮している。アコースティックギターの音を聞くには、アナログはとても相応しいという印象を受ける。俊敏な音の立ち上がりなど余すところなく表現され、その鋭い音も漂うような淡い音も、納得感を持って聞くことができる。

 この2枚は同じギターのLPであるが、かなり対照的な作品である。この2枚を今日はとっかえひっかえしながら聞いていたのであるが、サウナと冷水浴を交互に繰り返したときのような爽快感があった。

 アナログは現在ROKSAN−CHORDの送り出しVIOLAのプリとパワーで聞いている。純粋アナログラインである。CHORDからのRCAケーブルをSD05につなぎかえれば、アナログ−デジタルラインでの音も聞くことができる。

 このアナログ−デジタルラインであるが、サウンドステージの広がり感やSN比などの面で有利なところもあるのであるが、音色の深みや陰影感においては純粋アナログラインのほうに分があるようである。特にこの二つの作品のように使用楽器が少ないものの場合、その傾向が強い。

2006/12/9

ゼロヨン  

 松井選手のホームランは見ていて嬉しいもの。日本人大リーガーの活躍はテレビで見たりするとなんだか胸がスッとする。松井選手のホームランで印象的なのは、ライナー性のあたりであってもスタンドに飛び込んだりする鋭いものである。ゆったりとした放物線を描くホームランもいいが、鋭い当たりで低く目のラインをスピーディーに描きながらのホームランもは松井選手らしくて好きである。

 今日はハンコックさんのところにお邪魔した。Sugarさんも一緒であった。Sugarさんとは初対面であったが、そのジャズに関する知識の深さは無尽蔵といった印象で、その話題はまさに汲めど尽きないという感じであった。オフレコでとても興味深い裏話などもお聞きして有意義な情報を得ることができた。

 ハンコックさんは最近SD05を導入された。また、SONYのCD専用機(生産完了品)をネットオークションで購入し、サウンドデザインでカスタマイズしてもらい、それをCDトランスポートとして組み合わせていらっしゃる。その新たな駆動系がWilsonのスピーカーをどうのように鳴らしているのか興味深かった。

 その新たな駆動系の音を最初に聞いた際の印象が、冒頭に少し触れた松井選手のライナー性のホームランなのである。その音は鮮烈ですらある。情報量や音の鮮度感は従来の駆動系とは数ランク違っているという印象を持ってしまった。従来の駆動系はSONY SCD-1を送り出しとし、プリにマークレビンソン、パワーはジェフローランドという蒼々たる面子が揃っていたのであるが、残念ながら新たな駆動系の後塵を思いっきり拝することになってしまったようだ。

 これらハンサムな旧駆動系は隣の部屋に所在無さ気に佇んでいた。新駆動系はWilsonの本来持っている切れのある鮮明なスピード感を余すところなく発散させているように感じられた。ピアノの音の質感やシンバルのキレの良さなど、その音の微細な情報まで余すところなく提示する様は、スポーツカーの性能を連想させる。

 提示される情報量がとても豊富で微細な情報にまでピントが合った状態である場合、「こんな音も入っていたのか。この楽器はこのように鳴っていたのか。」といった発見が随所にあり嬉しいものである。しかし、音の鮮明さに耳がつられてしまうと、音楽全体を把握することに心が集中できなくなる傾向も発見した。

 試しに、CDトランスポートをSCD-1に変更してみた。音の鮮度感が落ちた。情報量がやや制限された印象を受ける。しかし、情報としては劣化したように感じるのであるが、これはこれでバランス良く感じる。音楽全体をより把握しやすく感じられたのである。ツーシーターのスポーツカーから、良質な4ドアセダンに乗り換えたような印象を受ける。先程まで緊張しながらステアリングを握っていたのが、乗り換えた後では、多少肩の力を抜いてドライバーズシートに身を任せることができるような感じである。

 しかし、聞き比べるとSCD-1のほうが情報量や解像度などではランク落ちしてしまうのはいがめない。オーディオ的クオリティーでは全く太刀打ちできないという印象である。ゼロヨンではそのタイムには雲泥の差があるようだ。この新駆動系の持つポテンシャルの高さは相当なもの。これからの微調整によりさらに素晴らしく開花する可能性が高い。

 ハンコックさんもその可能性の高さを身をもってひしひしと感じられているようで、これからの調整にますます情熱を持ってあたっていかれることであろう。 

2006/12/8

3系統  

 今日も忘年会であった。今年2回目の忘年会、昨日と連ちゃんである。今日は少しセーブしようと思っていたのであるが、途中から出された日本酒が相当高級なもののようで、ついつい飲んでしまった。

 日本酒はもともと得意ではない。しかし、今日の日本酒は味わいがフルーティーで口当たりが良いため、思わず酒量が進んだ。その結果少し頭がジンジンするくらい酔ってしまった。二次会は辞退してタクシーでそそくさと帰ったため、午前様にはならずに澄んだ。

 ということで今日はアルコールがまだ体内に相当残っているので、オーディオを聞いても結果は思わしくないだろうから、今日は聞かずに寝る予定である。

 この状態では、音楽を聞いているうちにそのままアームチェアで寝てしまいそうである。アナログの場合、聞きながら寝てしまうと一晩中レコードの最内周を針がトレースして針が磨耗してしまう恐れもある。

 この記事を書いたら、お風呂に入ってすぐにベッドに直行する予定である。明日はハンコック邸でのOFF会の予定が入っている。Sugarさんも参加されとのことである。この3人は共にSD05を聞いて、その可能性の高さに並々ならぬ興味を抱いているという共通項がある。

 SD05は上手く調整すると、ある意味オーディオを意識させない音を奏でてくれる。オーディオ的な快感や味付けは比較的ないほうなので、いまひとつ物足りないと感じる方もいらっしゃるとは思うのであるが、生演奏を髣髴とさせる音をしっかりと出してくれる稀有な機器のひとつである。

 ハンコックさんはつい最近SD05を導入されたということなので、我が家の音との比較も含めて、従来お使いの機器との音の差も確認したいところ。我が家ではemmlabsを中心としたデジタル−アナログラインのほうが味付けやオーディオ的な快感度は高い。しかし、コンサートホールの髣髴度合いは、SD05+CDP-MS1の純粋デジタルラインのほうが高いように感じる。より自然な印象なのである。どちらが正解ということは全くないのであるが、その日の気分により使い分けている。

 さらに最近はアナログもはじめたので、現在は3系統の音を楽しめる環境が揃った。贅沢なことであるが、それぞれ違った味わいがあり、この3系統を使い分けながら、音楽とオーディオを楽しんでいきたい。

2006/12/7

忘年会  

 朝の6時半に起きて犬の散歩するのが日課である。3日ほど前から朝の冷え込みが本格的となり、冬の到来を感じることとなった。それ以前はまだ多少の暖かさを感じられたのであるが、もう既に容赦のない寒さとなり、「冬になってしまったな。」という感慨を抱かざる得なかった。

 もう12月であるので当然といえば当然であるが、最近の地球温暖化の影響か、比較的11月は暖かかったので、ここ数日で急に本格的な冬になったという印象を受ける。

 冬は会計事務所にとって「かきいれ時」である。経営的には嬉しいのであるが、多忙を極める日々が続くこととなり、気持ちとしては嬉しさ半分といったところである。「確定申告が終わる3月まで春はやってこないな。」というやや重苦しい気分になってしまうのである。

 12月はまた忘年会のシーズンである。アルコールの分解能力の低い私にとって忘年会シーズンもやや気分が重い。今日は今年最初の忘年会であった。当然午前様となってしまった。それほどの量を飲んだわけではないが、アルコールをすぐさま分解できないので、結構酔ってしまった。家に着くなりソファーに倒れこみ、しばらく寝てしまった。

 その後少し音楽が聞きたくなり、SIR GE0RG SOLTI指揮CHICAGO SYMPHONY ORCHESTRAでマーラーの交響曲第2番の第1楽章を聞いた。LPである。しかし、体内に相当なアルコールが分解されずに残っている状態であったので、聴覚が全くさえない。その結果音も全くさえないものとなってしまう。

 「飲んだら乗るな。飲むなら乗るな。」飲酒運転撲滅の標語であるが、オーディオに関しても同様なことが言えそうである。「飲んだら聴くな。聴くなら飲むな」・・・軽くたしなむ程度のアルコール量であるなら、音楽との相乗効果でいい気分に浸れそうであるが、ある程度以上の量となっていまうと音楽鑑賞できる聴覚ではなくなってしまうようである。

 今週来週は相当数の忘年会の予定が入っている。体もつらいが、音楽を聴いてもつまらない日々が続くことになりそうである。

2006/12/6

朝シャン  

 バブル華やかなりし80年代後半「朝シャン」というものが巷に流行った。朝出かける前にシャンプーをし、しっかりブローするのである。特に若い女性に流行り、シャンプーのいい香りをさせて通勤するのである。たまに時間が間に合わず生乾きの人もいたようであるが、猫も杓子も「朝シャン」という一時代があった。

 私も結構「朝シャン」をする。夜風呂に入るのであるが、そのときはシャンプーをせず、朝歯磨きと顔を洗ってからシャンプーをするのである。ドライヤーでさっと乾かすと髪の毛がふんわりとし、シャンプーのいい香りがして、朝から気分がいいのである。しかし、これからの季節は「朝シャン」には向かない。寒い季節では頭が冷えてしまって、風邪をひきかねないのである。

 今日は青梅市のクライアントを訪問した。金属の精密加工を行っている会社である。そこの事務所には、相当古いオーディオ機器がその片隅に置いてある。気になって今日改めてよく見てみた。パイオニアのレコードプレーヤー、ヤマハのチューナーとプリメインアンプ、そしてダイヤトーンのスピーカーというラインナップである。おそらく30年近く前の機器だろうと思われる。

 ヤマハのプリメインアンプは切り替えスイッチや出力メーターが数多く並び、メカニカルな面持ちであるが、デザインが洗練されていて、かなり精悍な印象を与える。ダイヤトーンのスピーカーは3ウェイで当時流行した中型のスピーカーである。「これ鳴るんですか?」と社長に聞くと「現役ですよ。鳴らしてみましょうか?」とフォークソングのレコードをかけてくれた。

 これが結構いい音である。そのレコードはどう見ても40年近く前の代物のように思えた。「いい音ですね、このレコードあまりパチパチいわないですね。」と感想を述べると「レコードは洗っているのできれいですよ。水でぬらして洗剤を使って洗うんです。」とおっしゃる。「この真ん中の紙のところは大丈夫なんですか?」と聞くと「ぜんぜん平気です。ジャブジャブ水をかけてスポンジに中性洗剤をつけてゴシゴシ擦るんです。きれいになって音も良くなります。」と社長はあっさり答えた。

 この社長は決してオーディオマニアではない。しかし、少なくともこの機器を30年以上使っているようだ。聞いているのはFMとレコード。レコードは40年近く前のフォークソングがメインのようだ。自分の青春時代に聞いたレコードを大事にしている。ということは水でジャブジャブも傍目には荒っぽく映るが、効果的なクリーニング法なのかもしれない。

 ということで早速私も洗ってみた。正直多少勇気がいったがレコードに水をさっとかけて、中性洗剤をつけたスポンジで軽く洗ってみた。その後、水ですすいで、軽く水切りをし、ティッシュを大量に使って水気をふき取った。しばらく乾かしてからレコードプレーヤーにかけてみた。

 これがいいのである。見た目もきれいになるが、音も良くなる。見透しが良くなり音のかさかさした感じがなくなり、潤い感が音色に付加されるのである。心配していたセンターの紙の部分も全く問題がなかった。試したのは1974年録音の中古レコードで30年以上前のレコードであるが、この方法によりかなりの音質改善効果があった。

 これからは「朝シャン」ではなく「レコシャン」に精を出す日々が続くことになりそうである。といってもまだレコードは数枚しかないため、ほんの数日で終わってしまうが・・・新たな習慣となりそうである。

2006/12/5

最後のピース  

 朝スーツを着て出かけるとき、財布・名刺入れ・キーホルダー・腕時計・携帯電話を持ったか必ず確かめる。スーツの上からあるべき場所を手で押さえて確認するのである。そのいずれもが揃っていて初めて安心感を持って出かけられる。そのうち何かが欠けていると、あちらこちらを探すはめになってしまう。

 純粋デジタルラインにおいて、私にとって必要条件ともいえるものはSD05・サウンドデザイン特製デジタルケーブル・relaxaそしてCDP-MS1(改)の四つである。そして最後のピースであるCDP-MS1(改)が今日サウンドデザインから届いた。

 中古で取得したCDP-MS1を先週、サウンドデザインに送った。前回のCDP-X5000と同様の改造をお願いしたのである。そしてその改造が完了したCDP-MS1が送られてきたのである。早速開梱しCDP-MS1を取り出す。

 まずはCDP-X5000でマラーの交響曲第2番の第1楽章を聞いてみる。その音の印象が耳に残っているうちに、CDP-MS1に送り出しを変更して同じ曲を聴いてみた。

 「排気量が違う車のようだ。」そう思わずにはいられない。同じスピードを出していても、1500ccの車と3000ccの車では体感的なスピード感や快適性が相当違う。やはり排気量が大きい車の方が余裕感と言うか、ゆとりがある。体の疲れも相当違うし、精神的な緊張感の度合いも違ってくる。

 CDP-X5000よりもCDP-MS1のほうが排気量が大きいのである。音の伸びやかさやゆとり感そして低域のどっしり感が一回りいや二回り違う印象である。特に低音の踏ん張りは明らかな差が出てくる。相当なスピードで走っていてもタイヤがしっかりグリップしている感じがCDP-MS1にはある。CDP-X5000も踏ん張っているのであるが、多少タイヤがグリップを失いスリップしはじめてお尻が振られる感じなのである。

 使用しているメカは同じであるので、躯体の差がこのような音の差となって現れるのであろう。しかし、不思議なものである。

 純粋デジタルラインはこれでピースが全部埋まった感じである。かなり完成度の高い音世界を構築してくれている。

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2006/12/4

師走  

 状況は変わる。昨日上手くいったことが、今日もそのまま上手くいくとは限らない。ましてや1年も2年も前の事がすべて今日も同様に運用されているわけではない。周囲を取り巻く環境も変わるし、社会の意識も変わる、不変なものというのはごくまれである。

 会社も同様だ。100社近い顧問先の会社のうち年に1,2件は必ず倒産する。関与している会社は中小零細企業ばかりである。会社の倒産イコール代表取締役の自己破産ということになる。ここ2,3年はそれでも倒産件数はかなり減った。そういう意味では景気は悪くないのかもしれない。あるいは厳しかった数年間のうちに危ないところは淘汰された結果なのかもしれない。

 こうやって会社の数字を見ていると、「栄枯盛衰」という言葉を連想させる現場に出くわすことがやはりあるものである。小さな規模の会社の場合、経営者の性格や決断力、そして行動力というものが大きな比重を占めている。会社が利益を上げるのも、倒産の憂き目にあうのも経営者の資質次第ということができるであろう。

 「優柔不断」が会社の経営にとって悪い結果を招くことは多数見てきた。慣性の法則のまま惰性で進んでしまった場合、多くの場合結果は悪い。特に競争や変化が激しい業種の場合、その傾向は顕著である。どちらかというと即断即決即行動タイプの人間が中小企業の経営者には向いているようである。そういった経営の現場を見慣れてきたせいか、私もどちらかというと即断即決即行動タイプのパターンに分類されるだろう。

 しかし、これがオーディオの世界となると、全く勝手が違うのである。「石の上にも三年」あるいは「鳴くまでまとうホトトギス」的な精神構造を有した人の方がいい結果を残しやすいようである。私はこの行動パターンのためオーディオの世界ではずいぶんと失敗を繰り返す羽目となってしまった。

 もう12月である。今年は私にとって実質上の「オーディオ元年」であった。あまりに多くの事を経験したために、多少消化不良となってしまっているきらいがあるが、「お腹一杯」状態でこの1年を終えそうである。

 しかし、多くの経験をしたことで見えてきたこともある。来年はそれらの経験を踏まえて落ち着いた熟成の1年にしたいところだ。

 今日もアナログを試してみた。アナログを弄っているときは、不思議と和やかな気持ちになれる。まさにアナログは私にとって「ライナスのタオル」的な存在となってくれそうである。今日試したのは、フォノイコライザーのゲイン切り替えとインピーダンス切り替えである。これが結構楽しい。もちろん音が変化する。こうやってる時間自体が至福の一時となっているのかもしれない。

2006/12/3

水平出し  

 今日の日曜日は久し振りに家族サービスに精を出した。午前中は車で30分程の日帰り温泉に連れて行き、のんびり過ごした。今日は結構気温が低くかったので、温泉からは盛大に湯煙が立ち上っていた。露天風呂に入っているとその湯煙越しに、丁度雲間から淡い陽光が差し込んできて、一種幻想的ともいえる光景を目の前に展開してくれた。こういった何気ない日常生活の中のエアポケット的な時間というのは、とてもありがたく感じる。

 コンサートやオーディオで音楽を聴き、感動することができた時間というのも、この日常生活の中に潜むエアポケット的なものと同様な良い作用を心身に与えてくれるような気がする。このような時間においては、日常の中の現実的でいやおうなく突きつけられ動かされているような生活から隔絶し、心のリズムが本来のものとなる気がするのである。

 そして、午後は近くにできたショッピングモールと呼ぶのであろうか、様々な専門店が集まった複合施設に行って、昼食とショッピングを楽しんだ。こうして家族4人揃って出かけるのは、久し振りかもしれない。中学生になった上の娘はもう親と一緒に行動することは喜ばない年頃になったし、私はゴルフやOFF会などで一人で出かけることが多くなってしまったからだ。こういった以前では当たり前であったことも、これからは稀になってくるのかもしれないと思うと少し寂しい気がするものである。

 今日は日中は家族サービスで過ごしたが、夕食後は自分の時間を確保。そして、アナログの調整をしてみた。アームの水平を図ってみたところややお尻が上がっている状態であったので、それを水平にすることから始めた。

 しかし、これがなかなか厄介な調整で、六角レンチを片手に1時間ちかく格闘した。どうにか水平がほぼ出た後、針圧をデジタル針圧計で計測。1.52gであった。HELIKONの適正針圧計は1.65〜1.70gとあるので、微調整して1.68gにしてみた。その上で音を確認。レンジが広くなって音の密度感が上がった感じがする。とりあえず、この段階でしばらく聞いてみることにした。

 インサイドフォースキャンセラーやインテリジェントカウンターウェイトに関しては全くいじってはいないが、これは後日いろいろ試してみよう。アームの水平と針圧の調整でも結構音の質感に変化があった。かなり良い方向へ音が変わったので今日は結構上機嫌である。

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2006/12/2

名シェフ  

 今日の午前中、下の娘をスイミングに連れて行った。そして1時間ほどその様子を見学コーナーで見ていたのであるが、周囲はレッスンを受けている子供の母親達が多数陣取っていて、賑やかに喋り捲っていた。しかも、レッスンを受けている子の妹や弟が連れて来られていて、その喧騒を一層際立たせていた。

 スイミングが終わり、昼食をとることになったのであるが、娘の希望は「マクドナルド」。あまり気乗りがしない。ハッピーセットのおまけがどうしても欲しい娘の希望なので仕方のないところ。ダブルチーズバーガーを頼んだが、やはり相当大味な感じである。たまに食べるのにはいいが、これがしょっちゅうだと辟易してしまうだろう。この味に舌が慣れてしまうと、繊細で多様な味わいの深さを感じ取る味覚が鈍くなってしまうような気がした。

 今日の午後はハンコックさんと一緒にゴローさんのお宅を訪問した。ゴローさんはマルチチャンネルとツーチャンネルの双方を実践されていて、その達しているレベルの高さは相当なものとの噂を聞いていたので、「どんな音が聞けるのだろう?」と胸躍らせながらの訪問となった。

 そのお宅は閑静な住宅地の一角にあった。周囲は静かな環境である。リスニングルームは17畳程度の広さである。一般のお宅ではリビング兼ダイニングとしても充分に使える広さである。まずはB&W802をフロントに3チャンネル、リアにジェネレックのパワードスピーカーを使ったマルチチャンネルから聞かせていただいた。

 教会録音かと思しきソフトが最初に流れてきた瞬間、その広く高い音場と澄んだホールトーンに耳を奪われる感じであった。その音の響きの澄んだ感じは、深い水底をどこまでも見通せるような透明感である。

 ツーチャンネルと比べてマルチチャンネルの場合、ひとつのスピーカーにかかる負荷が相対的に軽くてすむので、歪みの発生しないレベルでの使用が可能である。そのことが、この澄んだ響きに貢献しているようである。低音の量感も相当出ているのであるが、だぶついた感じや濁った感じが皆無である。どこまでも澄んだ響きが全体を包んでいる。マルチチャンネルのメリットが十二分に感じられる音である。

 次は映像を見せていただいた。116インチのスクリーンに大型プロジェクターで観るハイビジョン映像は、その高精度さを遺憾なく発揮していた。ハイビジョンの情報量はやはり凄い。その解像度の高さは見ている者をその場に居合わせるような感覚に引き込む臨場感を持っている。先ほど聞いたマルチチャンネルの音と同じような感覚であった。

 最後にマルチアンプ駆動のツーチャンネルを聞かせていただいた。そこにはマルチチャンネルとはまた違う高度な味わいがあった。音色の深みというか彫りの深さがとても美味しいのである。音楽に引き込まれるような感覚はむしろこちらの方がある感じがする。求心力とでもいうべきものをより感じるのである。
 
 非常に情報量の多いハイビジョンは、映像としてのクオリティーは素晴らしいものがある。そして臨場感において極めて有利な面を持っている。映画のフィルム映像は情報量では劣るが、その陰影感や彫りの深さは味わい深いものがあり、比較的感情移入しやすいように感じる。そういった映像における対比と同様な感じをマルチチャンネルとツーチャンネルの音にも感じた。マルチチャンネルの高精度な音と臨場感、ツーチャンネルの音の味わい深さと求心力、いずれも高度な調整の結果もたらされた至福の音である。

 いずれにしても、この音のレベルの高さはゴローさんの優れた聴覚の賜物であろう。名シェフの作る繊細にして妙なる味わいを連想させる音である。まだ胃に残っているダブルチーズバーガーの大味さとは対極にあると感じてしまった。このような高度な音体験は私の耳の感覚をより鋭敏にしてくれるはず。「こういった経験は貴重ですね。」とハンコックさんと共にうなずき合いながら帰路に着いたのであった。



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