2006/9/8

マトリックス  

 夢というものは妙なリアリティーがあるものだ。冷静になって合理的な思考回路が機能しているならば、決してそのようなリアリティーを感じるはずがないような不合理な展開であっても、夢の中では極めて強いリアリティー感を持つ。夢からさめた時には「夢でよかった〜」と一安心することも多い。また「もう少し夢をみていたかった。」と感じることもあるものだ。

 そういった不合理であるが妙なリアリティーを持つものは夢だけではない。強い変性意識のもとでは覚醒時であっても、同様な状況が生じることが起こりうる。少し前に世間を騒がせた「ハーレム男」もその人間の意識の闇を利用した一人である。実は事件の舞台となった東大和市は何を隠そう私の自宅のある市なのである。

 「悪霊が取り付いている。」「数年で死にいたる。」などと強い恐怖感を植え付けると人は強い変性意識の状況となり、現実的で合理的な判断能力が著しく落ちてしまう。そして他者への強い依存意識が芽生え、冷静な目で見ればどう考えてもおかしいと感じるようなこともリアリティーのあるものとして自己に取り込んでしまう。

 こういった変性意識は悪用されれば怖いものであるが、いい方向へ持っていけば、より良い人生を築くうえで有用なものとなる可能性もある。巷の本屋に溢れている「成功哲学」がそれである。潜在意識へ良い情報を強い感情を伴って繰り返しインプットすることにより、その良い情報を現実化するための行動がオートマティックに行うことができるようになるというのが、その概要である。そしてそのインプットの際には強い変性意識のもとで行うとよりスムーズにそしてより深く情報が蓄積されるのである。

 なぜならそのような変性意識のもとでは、冷静な判断能力が低下しているので、情報が跳ね返される率が減少するからである。

 オーディオを趣味とするようになってから、私は軽い変性意識のもとにあるような気がする。そしてその度合いがやや深まっているようである。変性意識を引き起こすにはトリガーと呼ばれるきっかけとなる言葉や状況があるのが一般的であるが、私の場合「オーディオ」という言葉やオーディオ機器が持っている独特な匂いなどがそれにあたるのかもしれない。

 そのトリガーによって、変性意識の状態になると普段の冷静沈着な判断能力が失われ、金銭感覚も通常のそれとは一桁あるいは二桁ほどずれてしまうのかもしれない。そして夢の中と同じように、その意識のもとでは感情が増幅されて不条理な状況でも妙なリアリティーを感じることとなってしまうのだろう。

 今日、床もはがされ、天井も壁もむき出しになったリスニングルームの無残な様子を見ていると、なんとなく夢の中の出来事のような気がしてくる。「どうしてこのようなことに陥っているのだろう?」とふと自問したくなった。疑問を持ってしまうと変性意識から覚醒してしまうかもしれないので、もう少し、夢の中にいよう。幻想であってもマトリックスのなかで過ごそう。そのなかではリアリティーをもって空も飛べるのだから・・・



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