2006/9/30

再会  

 「何かしら2週間前の音と印象が少し違う。セッティングは見たところ変更はないようだ。しかし、ピアノの音に密度感というか、コクというか、音色的に充実感がでてきたような気がするのだが・・・」と心の中でブツブツつぶやいていた。

 もちろん我が家の話ではない。我が家はまだまだ工事中で、細かな埃がまい散っている状態である。今日はハンコック邸にお邪魔したのである。2週間前に来たばかりであるが、ノーライオットさんがお見えになるというので、私にもお誘いメールが一昨日あり、オーディオの聞けない私には、渡りに船という感じで参加させてもらった。

 ノーライオットさんとは約1ケ月ぶりの再会。(先日のOFF会では夜遅くまでお邪魔させていただき、奥さんお手製の美味しいピザなどもご馳走になったのであった。)オーディオという共通の趣味があるので、3人の会話は手品師が帽子から万国旗をスルスルと引っ張り出すように尽きることがない。

 さて、ハンコック邸の音であるが、ピアノの音に変化が感じられた。その旨を話したが、セッティングは全く変更はないとのことであった。2週間前のOFF会の少し前にCDPの下にBDRのコーン型インシュレーターを3個(前2後1で先端側を機器に)挿入したのが、時間がたってなじんできたのでは・・・とハンコックさんはおっしゃられていた。

 なじむ・・・時間の経過とともに物理的に落ち着いてくるということがやはりあるようだ。それによって音にも変化がもたらされる。その変化は概ねいい方向へのものである。目ではっきりと認識できる変化ではないが、音は確かに変わっている。それにしても、オーディオというのはやはり摩訶不思議な世界である。

 音の質感に良い方向での変化を感じたが、総体的には2週間前の印象からがらりと変わるといったことは当然ない。均整のとれたプロポーションを思わせるバランス感覚に優れた音である。今日持参したCDはベルリオーズの幻想交響曲。その4曲目「断頭台への行進」を聞いた。もう少しワイルドな迫りくる感じが欲しくなったので、ソファを若干スピーカーに近づけてみた。こちらの方が狙った音の切迫感は感じられる。

 しかし、夜のナイトクラブでグラスを傾けながら紫煙の漂うなかで聴くようなジャズ・ボーカルなどの場合は従来の試聴ポジションの方が良かった。ジャンルや曲によって試聴位置をずらすというのも必要なのかもしれない。

 後半はちょっとした実験も行った。持参したWasatchの電源ケーブルを取り出し、「聞き比べしませんか?」・・・お二人とも身を乗り出し「やりましょう!」・・・予想していたことととはいえみんなケーブルは好きである。そしてその結果は、音の鮮度感や浮き立つ感じはWasatch、たゆたうような哀愁感はハンコックさん愛用のMITという結果となった。ハンコックさんにはMITが合っているようだ。

2週間ぶりの再会
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2006/9/29

第2層  

 通勤には車を使っている。今日、いつものように事務所から自宅に帰る間、NHK FMを聞いていた。すると丁度、広田智之 オーボエ・リサイタルを放送していた。つい先日NHK BS hiで、池田昭子 オーボエ・リサイタルを見て、その音の美しさと優しい暖かみに心癒されたばかりであったので、ついつい耳をそばだてた。

 すると家に到着する少し手前で「ソナタ ト短調 BWV1030b」ヨハン・セバスティアン・バッハが演奏された。この曲は池田昭子さんのリサイタルの時にもプログラムの中にはいっていて、もっとも心惹かれた曲であった。そして、第1楽章が終わる頃家に着いたのであるが、そのまま家の車庫に車を止めたまま、ドラバーズシートを少しリクライニング状態して、第2・第3楽章を車の中で聞いた。やはり心にしみるいい曲であり、いい音色である。意図することなく同じ曲を日を空けず聴いた。たまたまの偶然ではあるが、こういった奇遇はとても意味深く感じられることがある。

 物事には時として何かしら潮流のような一定の流れを感じることがあり、「これは何かを気付かせるためのメッセージなのだろうか?」と自問したくなるような事象が連続して起こることがある。良いことばかりなら良いのであるが、逆のケースいわゆる「泣きっ面にはち」的な流れもあるが・・・

 今回はオーボエの音色の中に、私の嗜好性をピンポイントでついてくるツボがあるようだ、ということを気付かせてもらえた。そうであれば、このバッハのオボエ・ソナタをオーディオを調整するうえでの指針とすることもできるような気がする。

 とはいっても、まだ当分の間はオーディオを聞けないので、調整はしばらくお預けである。今日リスニングルームをのぞいたらこんな感じであった。

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 第1層目の壁はほぼ完成した。これにさらに第2層目の壁を取り付ける作業が明日から始まるようである。その第2層目の壁の厚みは10.5cmある。この第2層目の壁の厚みだけ部屋が狭くなってしまうのであるが、美しい音響とより完全なる遮音のためには必要なものである。

 完成のほうは、やはり遅れそうである。当初の予定よりはおそらく1週間はずれ込みそうな按配である。しかし、工事は確実にゴールへと向かっているようである。早く聞いてみたい思いはやまやまであるが、ここはじっくり待つしかないのである。

2006/9/28

増幅のツボ  

 昨晩はNHK BS HIVISIONで深夜の1時から、クラシック倶楽部 −池田昭子 オーボエ・リサイタル−を見た。プログラムは次のとおり。

「オーボエ・ソナタ ト短調 Wq.135」カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ
「アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70」シューマン
「エピタフ」ルトスワフスキ
「サロン風小品 作品228」カリヴォダ
「ソナタ ト短調 BWV1030b」ヨハン・セバスティアン・バッハ
「ヴァーティカル・レイン」茂木大輔
(オーボエ)池田 昭子
(チェンバロ)大塚 直哉
(ピアノ)石田三和子

 オーボエの澄んでいてしかも暖かみのある音色に心が癒される思いがした。人生それなりの年数を生きてくると、その途中で様々な出来事を経験しているもの。もちろん嬉しい体験も多くしているわけであるが、思い出すと古傷が痛むように感じられる「イタイ」体験も数多いものだ。それらは心の中に小さなひび割れのようになって痕跡を残している。そして人生も40年を経過するとその傷の数もそれなりの多さとなってくる。

 今日聞いた池田昭子さんのオーボエの音は、そんな心のあちこちに点在するひび割れた傷跡に染み入り、癒してくれるような印象を受けた。特に「ソナタ ト短調 BWV1030b」ヨハン・セバスティアン・バッハを聞いた時、その感を強くした。心にすっと染み入ってくる、そして何時しか静かな喜びの感情で満たされる・・・現実に体験したり、見聞きするネガティブなものを浄化し洗い流してくれる・・・そんな印象である。

 もちろん立派なオーディオ装置で聞いているわけではない。32型の薄型テレビで見ているというか、聞いているのである。しかし、音楽に深く癒され感動することができた。音楽を受け入れるあるいは必要としている心の状態がそうさせたのか、あるいはオーディオを聞けない状況が比較的長く続いているので音に飢えていただけなのかもしれない。

 オーディオ装置がなくても音楽に感動することはできる。では高価なオーディオ装置の必要性は本当にあるのか?という疑問も当然生まれる。

 以前リフォーム工事の打ち合わせの際に来ていただいた松浦さんから、打ち合わせ後の食事の際に「オーディオは感動の増幅装置だ。」という趣旨の話を聞いて強く心に残った。つまり、ラジカセで聞いても音楽に感動することはできる、オーディオはその感動を増幅し、より精緻で力強いものにするためにある。

 とても分かりやすく良い話だと感じ入った。そして人それぞれ効率良く増幅できるツボがあり、自分自身のツボを把握し、オーディオ装置やセッティングをそのツボに合わせていくことが重要だとも教わった。まだ明確にというわけではないが、私自身の増幅のツボが分かり始めてきた。しかし、そのツボにセッティング等をあわせていくのは、まだまだこれからということであろう。そのツボは十人十色であるから、人のツボを真似てもいまいちな結果となるので、その見極めが重要なのであろう。

2006/9/27

遅れ気味?  

 防音ドアの傷の件は、今日仕入れた会社の担当者の方がみえて傷を確認した上で、補修で対応できるとのことであった。擦り傷のようなもので、へこんだりしていないのでドアの表面全体に上からプリントシートを貼ることで見えなくできるようである。どうにかこれでこの件に関しては乗り切れそうである。

 今日も大工さんが1日作業をした。いつものように帰宅後リスニングルームを覗いてみるのであるが、素人目にはそれほど進んでいるようには見えない。概ねパネルで覆われているが、2、3日前と比べて見た目的にはそれほど変化がないように見えてしまう。それは早く工事が完了して欲しいという私自身の焦りからくるものなのであろうか?

 今日は9月27日、工事予定表でいくと10月4日完了の予定である。ということは日曜日が1日入るので、あと6日間の作業で完了するはずであるが、大丈夫なのであろうか?それとも工事予定表は文字通り予定表に過ぎず、かなり高い可能性で工事の完了は予定よりも遅れるものなのであろうか?

 建築関係の仕事には全く知識がないのであるが、予定表どおり完了しないことはある程度当たり前の世界なのかもしれない。まあ、数日遅れたからといって大きな支障はないのであるが、この埃っぽさからは1日も早く開放されたい。細かな埃がまっているので、隣接している部屋や廊下が結構汚れる。居住しながらのリフォーム工事はそれなりに大変なものだと思い知った。

あまり変わり映えしない気がするのだが・・・
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2006/9/26

傷モノ  

 今日夕方顧問先の会社から出て車に乗り込もうとしたら、携帯が鳴った。相手はリフォーム工事の現場監督の方であった。納品されて取り付けを待っていたヤマハ製の防音ドアに傷があるので取り換えた方がいいのではないか、という内容であった。

 防音ドアはリフォーム業者の方で用意する予定であったが、仕入れルートの関係で定価からの割引がほとんどなかった。そのため、妻が通うピアノ教室を運営している会社に連絡してみたことろ、その会社から仕入れた場合の方が割引率が良かった。そのため、そちらから個人ルートで仕入れることにしたのである。

 そのドアを大工さんが設置しようとして梱包をあけたところ、ドアの表面に運送途中でできたと思われる傷があったのである。小さい傷であればそのまま使いたいところであった。しかし、それなりに目立つ傷であった。とりあえず仕入れた会社に電話し、明日見に来てもらうこととなった。このドアは発注から納品まで3週間ほどかかった。もし取替えとなると同様に結構な日数がかかるはず。そのために完成が遅れる可能性もある。比較的順調に進行していた工事であるが、予定通りの完成に暗雲が垂れ込めてきた。

 このような建築関連の工事には予定外のトラブルはつきものでがあるが、やはり避けることはできなかった。私としてはどうにもできないので、ことの成り行きを見守るしかない。取り換えによりあまりに日程が遅れるようであれば、傷に目をつぶってそのまま続行するしかないであろう。気になるといえば気になるが、気にしなければ目に付くこともないであろう。

 オーディオ機器に傷がついていれば結構気にする性質であるが、防音ドアの傷であれば目をつぶることもできるはず。

写真ではほとんど分からないが、斜めに擦り傷が・・・
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2006/9/25

禁断症状  

 リスニングルームのリフォーム工事が始まってからはオーディオは聞けない。聞けないことによる一種の禁断症状であろうか?もうワンセットオーディオシステムが欲しくてしょうがない。昨日の記事でも書いたが、事務所のミーティングスペースにサブシステムをセッティングすることを結構本気で考えたりしている。

 これはstereo10月号の「音響人生是魔物的悦楽」で紹介されていた山口県萩市の岩谷一さんの影響もあるのかもしれない。なんと岩谷さんは5つのシステムを別々の部屋にセッティングしているとのこと。まさに「驚異の世界」である。

 5つとはいわないが、自宅のメインシステム以外にサブシステムがもう1セットあれば、精神衛生上良い効果がありそうな気がする。サブシステムのほうはオーディオ的にあまり突き詰めることなく、気軽に音楽に接することを主眼におき、オーディオ的な必死度をあえて控えめにしておく。

 そうするとメインシステムで煮詰まった時など、気分転換を図れるとともに、初心に帰ることができる。ややもすれば本末転倒して音楽ではなく音にばかり気をとられてしまい、音楽を楽しむという本来の目的を失念しがちな傾向を修正するのに役立つのではないか・・・

 と何かと理屈をつけてその欲望を正当化しようとするのであるが、単なる浮気性、あるいは飽くなき所有欲に過ぎないのかもしれない。

 この一時的な禁断症状もリフォーム工事が完了するとともに、すっかり収まってくれることを願いたい。さもなくばさらなる出費を強いられることとなりかねない。それだけは避けるべきであろう。

 しかし、複数システムを持つという楽しみは、オーディオの世界でもひとつのジャンルとして成り立つものであろう。完全に独立したシステムではなくとも、駆動系はひとつであるが2種類のスピーカーを鳴らし分けるとか、あるいは逆にレコードプレーヤーを複数持ちジャンルでそれぞれを使い分けるなど、変則的複数システムなどを楽しまれているマニアの方は結構多いものであろう。そして、それぞれの味わいの違いを確認して、このソフトはこっちだな〜と悦に入ったりするのであろう。それはそれで楽しいオーディオライフだとうらやましく思ったりする。

2006/9/24

二つあればいいのに  

 今日の午前中は上の娘の学校の文化祭に家族そろって行ってきた。大学まで同一敷地にある学校のため、敷地は結構な広さがある。中学と高校の合同文化祭であるので比較的にぎやかであった。ブラスバンドのパレードや合唱部のミュージカルなどを見て、さらに幾つかの模擬店を見てきた。

 娘のクラスの模擬店も見に行ってみた。内容は中学生らしい幼いものであったが、和気藹々とした雰囲気であり、一緒に連れていった下の娘などは結構楽しんでいた。気持ちが清々しくなるような快晴のもと楽しいひと時を過ごした。

 ダンス部の発表会を見る妻と娘の残して一足早く学校を出て、自分の事務所に向かった。溜まっている仕事をこなすためである。絶好の行楽日和であるが、事務所で4時間ほど仕事をした。当然スタッフはいない。クライアントからの電話もかかってこないため休日出勤は仕事がはかどる。

 今日はパーテーションで区切られたミーティングスペースで仕事をしていたのであるが、ふとこの空間をニアフィールドリスニングスペースとして活用できるのではと考えた。パーテーションで仕切られたこの空間は4畳半程度の広さがある。ミーティングテーブルと4つの椅子、それと観葉植物が置いてあるだけで後は何もなくがらんとしている。

 スペースファクターに優れた小型スピーカーとCDプレーヤーとプリメインアンプを設置するなら充分な空きスペースがある。エントリークラスの製品のなかから、デザインの優れたものを選びさりげなくセンターラックでセッティングして、休日出勤時や普段の日の休憩時間などに音楽を気軽に聴くのはどうであろうか?

 AUDIO BASICの一つ前の号に「スモールオーディオ」の特集が載っていたが、それを見ながら自分ならこんな組合わせ良いかなと思ったのが、CDプレーヤーがPRIMARE CD21・プリメインアンプPRIMARE I21・スピーカーPIEGA TS5というもの。こんなセットがこのスペースにあったらな、休日出勤もそれほど苦にならないのに思ってしまった。

 家のシステムはしっかり音楽に浸る時に、事務所のシステムは気軽に音楽を楽しむためにと使い分けることもできる。以前放映されていた生命保険会社のテレビCMではないが、「二つあればいいのに・・・」と思わずにはいられない。 

2006/9/23

折り返し点  

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 今日は祝日であったが大工さんが来てくれて、1日作業をしていた。リスニングルームのリフォーム工事は今日で実工事日数が14日となった。グラスファイバーの設置が完了し、その上の遮音シートの貼り付けも終わり、天井部分は薄手のボード(コンパネと呼ばれているものか?)が貼られた。その様子は上の写真のとおり。この壁及び天井の作業は来週一杯かかる予定である。

 電源工事の方は壁工事が完了した後の10月2.3.4日で行う予定である。引込み線を極太のものに取り替える工事もその日程のなかで行われるのであろう。これは東京電力の方で行う工事なので確かな日程は分からないが。

 来週と再来週の2週間でこのリフォーム工事も終わる予定である。いよいよ完成が近づきつつある。低域がうんと伸びてかつきれいに出て、長めの残響時間が得られるコンサートホールのような部屋が得られるのであろうか、期待とともに不安な感じも、完成が近づくとともに高まってくるものだ。

 話は全く変わるが、今日ブロクの容量というところにふと目が留まった。そこには、10.4/100MBと表示されていた。これは100MBの容量のうち10.4MBを現在までで使用したという意味であろう。ということは今までの記事の9倍の量の記事をこれから将来書いてしまうと容量が一杯となってしまう、ということである。

 そうなれば新しい記事を書き込むには、古い記事を削除して空き容量を作らなければならなくなるということか。古い記事を読み返すことはあまりないのであるが、何年かしてブログを始めた頃の記事を読みたくなってもできなくなるのは、やはり少し寂びしいものがある。まあ、無料で使っているブログなので贅沢を言える立場ではないが・・・

2006/9/22

サズ、ウード  

 サズ、ウード・・・といっても何のことか分からない人が大半のはず。私も今日のコンサートを聴くまでは、全く見たことも聞いたこともない楽器であった。両方ともトルコの伝統的な古典楽器である。今日はそれら西アジアの伝統的な楽器の奏者としても有名な大平清さんのコンサートに行ってきた。

 それほど人が集まるイベントではないので、小ホールでのコンサートである。しかし、ほぼ満席。入場料が1500円と安いせいか、あるいはシルクロードを連想させる異国情緒に惹かれてか、私が予想していたよりも多くの方が聞きにこられていた。

 このようなイベントのせいか、いつも行くクラシックのコンサートに比べて平均年齢が相当高く感じた。大半がリタイアした方ばかりで、現役と思われる人は1割にも満たない印象を受けた。高齢化社会が日本を席巻している様をまざまざと見せ付けられたような気がしてしまった。

 サズとウードはともにギターの先祖のような楽器である。それぞれ特徴のある音色を発するのであるが、サズは手で胴体を叩くことにより太鼓のような役目も果たす一人二役的な性格も有していた。

 どちらも比較的乾いた音色であるが、それでいて弾力感があり、悠久の時の流れを感じさせる。特にウードの音色は魅力的であり、饒舌ではないが朴訥と核心を突いてくるような印象を受けた。その音色は上質のスウェードの触感を連想させるものがあった。

 そんな普段ほとんど耳にすることのない楽器の演奏会を聴き終えて我が家に帰宅。玄関を入り、すぐさまリスニングルームのドアを開けてみる。「どれどれ、どのくらい進んだかな?」・・・断熱材を部屋の周囲及び天井に張り終え、その上から黒いシート状のものが貼られていた。これは遮音シートであろうか?そのため部屋全体が暗い感じとなっていた。このシートの上からさらに特殊な構造の壁を作製していくのであろう。まだまだ壁工事は続くようである。

 サズやウードは古くからある伝統的な楽器である。そのため響きの豊かさという点においては、現代のギターなどに比べるとあっさりしたものである。最初はものめずらしさがまさって興味深々で聞いていたのであるが、後半はその響きのあっさりさに多少物足りなさも感じた。豊な響きになれた耳には粗食感を感じさせるのであろうか。私の部屋の音響設計にあたっては、吸音率が若干低めに設定してあり、豊な響きが得られるようになっている。今日のコンサートを聞いていて、やはり豊な響きは私の耳には必須のようだと感じた。

2006/9/21

安心できるコミュニティ  

 私はこのようにブログを書いてはいるが、パソコンやインターネット等の知識は本当に低次元のレベルでしかなく、恐らく近所の小学生の方がはるかに詳しいであろう。仕事でパソコンは使うのであるが、パッケージソフトをそのまま使っているだけであり、その中身等については全く分からない。

 このようなパソコン等にほとんど無知な私であっても、ブログは運営できるのでとても助かっている。そして現在ブログが日本でこのように流行っているのも、その手軽さにあるのであろう。

 しかしネットの世界は便利であるとともにその匿名性ゆえ陰の部分も多いようで、トラブルもあるようだ。そのような匿名性ゆえの弊害を排除する環境を作って急激に会員が伸びているのがmixiに代表される会員限定のコミュニティ型のWebサイトである。

 mixiとAudio-Phile-SNSをそれぞれfairbrookさんとAkimitsuさんから紹介されていたのであるが、コミュニティ型Webサイトについてその仕組みが良く分からなかったのでしばらく登録しないでいたが、オーディオに関する様々な情報を得るもうひとつのソースとして役立つのではないかと思い、遅ればせながら登録してみた。

 そしてそれぞれのWebサイトをのぞいてみたのであるが、ホームページやブログをお持ちの方も結構登録されていて面識はないけれどホームページやブログを通じてお名前を拝見していた方の日記などを見ることができ、とても参考になることが分かった。

 コミュニティ型のWebサイトは、参加者が互いに友人を紹介しあい、友人関係を広げることができる。そして誰が自分のページを閲覧したかも分かり、会員の情報も見ることができる。そこでは匿名性がなくお互いが直接または間接的な知り合いの場合が多い。

 車に何人の人間が乗り込めるかの実験を行った際、互いに知り合いであるメンバーの場合とそうでない全くの見ず知らずのメンバーの場合、その人数に差が出るこを何かの本で読んだことがある。互いに知り合いの場合その数が少なくなってしまうのである。つまり面識がある人間同士の場合他者への思いやりの心情が生じ、他者を圧迫することに躊躇いの心情が生じるため、そのような結果になるのである。このような会員限定で匿名性を排除したコミュニティ型のWebサイトでは、同様にメンバー間に思いやりの心情が生じ、ネットで時々起きるような非難中傷によるトラブルはほとんどないようである。

 そのような中では比較的安心して日記を書いたりメッセージを送りあえる。mixiがこれだけ爆発的に規模を拡大し、上場を果たすまでに急成長した理由は、そのようなネット上での匿名性の弊害を排除した、日本人にとても向いている、安心できるコミュニティ環境を作り出したことにあるのであろう。

 オーディオに関する新たな情報源が得られるとともに、新たな人間関係が生まれる可能性もあり、これから活用していきたい。 



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