2010/10/23

1684:6杯目  

 5杯目のジョッキが運ばれてきた。「あらためて乾杯しますか・・・」そういってジョッキを掲げた。「そうね・・・」そういって「寧々ちゃん」はジョッキを合わせる。ジョッキが重なる冷たい音が鈍く響く。

 「taoさんは甘党?」「えっ・・・甘いものも嫌いではないですね・・・」「じゃあ、コーヒーはブラック、それとも砂糖を入れる?」「そうですね、つい最近になってからですけど、ブラック派に転向しました。それまでは砂糖入りのカフェオレ派でした」「ずいぶん甘口から辛口に転向したんですね・・・」「そうそう・・・」

 話の切り口が変わった。話がコーヒーに関することに向かったので、付け焼刃であるけど、最近コーヒー豆を専門店で買って、自分でコーヒーをネルで淹れていることを話し始めた。「寧々ちゃん」もコーヒーは好きなようで、家にはエスプレッソマシンがあって、もっぱらエスプレッソを好んで飲んでいるようであった。

 「私たちもブッラクコーヒーのままでいましょう・・・」「寧々ちゃん」はいたずらっぽい笑顔で言った。「ブラックコーヒーってどういう意味ですか?」「砂糖を入れないってこと・・・」相変わらず目は笑っている。

 「砂糖を入れない・・・?」「そうシュガーレス・・・」「もしかして、それってセックスレスの意味ですか?」「そうそう、セックスは砂糖・・・甘い誘惑に満ちている。でも、コーヒーの味を台無しにするの・・・」

 5杯目のジョッキは8割がたが空いた。「寧々ちゃん」はその残りをゆっくり喉の奥に流し込むためにジョッキを傾け始めた。「寧々ちゃん」の首筋はほっそりしている。40歳を超えているので数本の線が入ってしまっているが、魅力的な首に見えた。

 「エスプレッソは、ブラウンシュガーを入れるのが通だそうですよ。溶けにくいブラウンシュガーを・・・そして、けっしてかき混ぜないんです。すると、カップの底にブラウンシュガーはたまります。上は苦いエスプレッソのまま。それをゆっくり飲んでいくんです。すると最初のうちは苦いけれど、徐々に砂糖に近づいていく。だんだん甘くなって、最後は濃厚な甘さが待ち構えている。味の変化を楽しむんです・・・」

 「寧々ちゃん」は空になった5杯目のジョッキをテーブルに置いて、こちらをチラッと見てささやくように話した。「じゃあ、ゆっくり飲んでください。小さなカップに注がれた少量のエスプレッソを本当にすこしづづ・・・底にブラウンシュガーが潜んでいるかどうかは秘密です・・・」

 私も5杯目のジョッキを空けた。「潜んでいるほうに賭けましょう・・・濃厚でどろどろに溶けた甘い液体が・・・琥珀色に輝く欲望が・・・」

 残念ながら6杯目以降の会話は記憶があやふやである。確か「コーヒーにブランデーを入れるのはどう思います?」といったようなことを話したような気がする。スプーンの上に置いた角砂糖にブランデーを浸す。それに火をつけてコーヒーに沈める。淡い青い炎が漆黒の海に沈んでいく・・・その様子はロマンチックでどことなく神秘的である。

 「それは邪道ね・・・」「寧々ちゃん」はつれない。「純粋なものが好きなの・・・」そう彼女は言ったような気がする。気がするだけで確かではない・・・



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ