John Bolton解任を最も喜んだとされるのが、FOX NewsのTucker Carlsonキャスターである。彼は保守系の論客であるとされるが、サンフランシスコの複雑な家庭に生まれた彼は、ジャーナリストだった父が奔放で富裕なご婦人と結婚をした経緯があり、エリート層の行く学校を出た。社会の貧困層を知る幼年時代と富裕層を知る少年時代を過ごした彼は、世の中を複眼的に見ることができ、しかも父親譲りのジャーナリスト魂を持っているので、その世界で脚光を浴び、FOX Newsのキャスターとして人気を博している。
そして、彼はトランプ大統領がしばしば電話で話をする仲間であり、トランプ大統領が以前イランへの爆撃を計画していたのに、直前に中止したのは、Carlsonにやめろ、と言われたから、というのが定説になっている。
なぜ、トランプがCarlsonの言うことを聞くのかというと、彼がトランプ陣営を支持する層を代表するオピニオンを発信するからである。
アメリカは、民主主義国家であるとされる。大統領は、国民が選んだ代議員によって各州から選ばれる、というシステムになっている。二大政党制が確立したアメリカでは、共和党または民主党のいずれかの候補者になる予選と、共和党vs民主党という対決になる決勝の二段階を経ることになっている。そして、予選では、複数候補の中で最高得票を得ることが目標であり、決勝では相手候補より以上の代議員数を獲得することが目標となる。
そういうシステムでは、アメリカ国民の誰にとっても得になる政治公約を掲げることに意味はなく(そもそもそんな政策は存在しない)、一定の耳ざわりの良い人格イメージを植え付ければ勝てる、という構図があった。
それで、大統領の勝ちパターンというのは、4年間または8年間大統領職を務めた前職に国民は飽きているので、それとは違った種類のフレーバーを提供すれば良い、というのが定番だった。
パパ・ブッシュが地味過ぎて経済が停滞したので、ビル・クリントン、スキャンダルまみれでカネにもオンナにも緩い大統領からリフレッシュするために、息子のブッシュ、テロとの戦いというミリタリー傾向に飽きた国民が次に選んだのは黒人が売りのバラク・オバマ、そして次は女性である、というジェンダーが売りのヒラリー・クリントンが絶対優位だったのに、彼女は民主党内でバーニー・サンダースに苦戦し、決勝ではドナルド・トランプに敗北する、という結果になった。
それは何を意味するのかと言うと、黒人キャラ、女性キャラ、というキャラ設定だけで大統領選を勝つことができなくなった、ということだ。トランプ陣営は、AIを政治に持ち込んだ最初の政権だろう。彼らはツイッターで政策を情報発信し、どんな政策がどこでどれだけ受けるかを分析して、最終的に51%の代議員数を獲得できるまで発信を繰り返す、という地道な作業に没頭した。そんなAIと伝統的な選挙のプロが戦えばどうなるかの結果は、AI碁とプロ棋士の場合と同様であり、いかに歴戦のプロ選挙師であっても、AIには勝てない。
そんなAIが、2020年の大統領選で勝つためにどんな政策を実行すれば良いかを決めるには、どのキャスターの意見が、トランプ支持層に最も受けるかを分析すれば良い。そして、AIが選んだベスト・キャスターこそが、FOX Newsのカールソンだった。このカールソンの言うことを聞いてさえいれば、2020年の大統領選で勝つこと間違いなし、がAIによる大預言である。
トランプ陣営にとって重要なことは、彼に投票するであろう51%の選挙民だ。そのためには49%の選挙民からどんなに嫌われても全然OKとなる。なぜなら民主主義の根幹は、51%の支持者から支持されることであり、49%の非支持者のことはまったく考慮する必要がない、というのが、そのシステムを最適化して利用するための心得だからだ。
さて、ボルトンは何ゆえに採用されたのかと言うと、アメリカ外交の連続性を担保するためだったろう。日本の場合だったら、突如鳩山由紀夫氏が首相になっても、一応、外交の連続性は外務省などが維持しようとする。辺野古移設反対論についても、同氏を沖縄に出張させ、おそらく米軍関係者を引っ張り出して説得してしまったのは、外務省などの功績(?)だろう。
しかし、アメリカでは、官僚に政治的なポジションはない。外交の連続性を保証してくれるのは、外交のサークルの内部にいた者だけだ。それで、本当はもっと適任な者がいくらでもいたと思われるが、多くの政治家はトランプ政権に入ることが自分のキャリアを傷付けると思ったのだろう、ボルトンくらいしか引き受けなかった、ということであると思う。
しかし、二年半にわたって外交を実行して来た政権は、そろそろ自分たちと意見の異なるボルトンを必要としなくなり、ボルトンの主張(いわゆるタカ派である)が邪魔であるので、排除しました、ということになるのだろう。それについては、カールソンが全面的に支持を発表したので、要するにトランプ支持層のお墨付きを得た、という状況だろうと思う。
ちなみに、カールソンのポジションはどんなものかと言うと、体制を維持することは必要だが、弱者を苦しめてまでそれを実現することは倫理的に許されない、というものだろう。あるいは、強者のサークル("deep state"とも呼ばれる)の論理がまかり通ることは許さない、と言っても良い。北朝鮮やイランに強硬姿勢を発信し、できれば戦争くらいしたい、というのが、いわゆる軍産複合体という強者のサークルの希望だが、それはカールソンおよび彼を支持するアメリカ国民の階層にとっては邪悪な政策であることになる。
アメリカの貧困層にとって挑戦を仕掛けて来る"Made in China"製品群は、はっきりした敵であるが、北朝鮮やイランは敵とは認められない。それゆえ、これからのボルトンなきアメリカ外交の行き先は、北朝鮮への宥和政策の再起動、そして中東地域への放置(すなわち、ロシアのプーチンにお任せする、という態度)の実行だろう。さっそく、サウジの石油基地を攻撃したのはイランである、という的外れな論評をアメリカのミリタリー側では主張しているが、それは嘘、という証拠がすぐに出ている。
そんなこんなで、アメリカ政治の本質は、すべては選挙で51%の得票を取るため、という民主主義のあられもない本性がもたらしたものである、と見るのが適当であろう。("deep state"にとっては、まことに困った状況と言わざるを得ない。)

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