韓国は日本との間で2016年から続けて来たGSOMIAを停止する、とのこと。
それに対して、日本のメディアは大方「何やってんねん!」とお怒りのようで、「アメリカに怒られるで!」という他人任せの意見も少なくない。
しかしそこには、報道に必要な分析もなければ、想像力もほとんどない。
それで例によってしかたがないので、「何でそうなるの」か、一応の推測をしてみることにする。
"I have a dream."と言えば、Martin Luther King, Jr.牧師が黒人の公民権運動の中で、演説の一節として語った名文句だ。子どもたちが、白人であれ黒人であれ、あるいは何人であれ、皆で一緒に楽しく遊べるようなそんな世界、自分はそんな世界が来るのを夢見ている、という文脈で語られたものだ。
どんな人も、それぞれの夢を抱いている。
沖縄県民の願いは、「基地のない沖縄に住みたい」ということであろう。拉致被害者家族の願いは、「拉致被害者をひとり残らず取り戻す」ことだ。北方領土の元島民の夢は「北方領土を取り戻す(ただし、戦争はいやだけど)」というものらしい。島根県民の夢はたぶん「竹島とその領海は日本のものです」ということであろう。
そういう具合に、誰にも実現したい夢があるところ、韓国5千万、北朝鮮2千5百万の人々が均しく願っているのは、祖国の統一であろう。今さらそんなことが実現するわけない、という説も根強い。それは東西ドイツが統一される前にも、普通の国際世論だった。しかし、「求めよ、さらば与えられん」ということもあって、今やドイツはひとつである。
なぜ南北朝鮮が統一されなかったのかと言うと、北はソ連や中国の勢力に支配され、南はアメリカの勢力下に入っていたからだ。地球が冷戦構造によって分断されていたために、韓半島もまた、分断される悲劇を経験した。ところで、世界はいつまで冷戦を続けているのであろうか。気が付けば、冷戦終結が宣言されてからもう二十年にもなろうとしている。冷戦は終わっているのに、それが原因ではじまった「分断された韓半島」という現実はまだ続いている。
その状況が変わったのは今年だ。北朝鮮から見れば、核やミサイルなど、様々な挑発行動を行った成果として、米朝会談が実現した。ロシアや中国にも出向いて、それぞれの首脳と意見交換を行っている。金正恩主導の南北統一は、着々と進んでいるのである。
それに対し、文在寅政権も黙ってはいない。民族の悲願は南北統一であっても、彼らの悲願は、彼ら自身の手による民族統一である。5千万人の韓国人をそのまま金正恩の手に引き渡すのが自分の仕事、とはまさか彼も思っていない。むしろ、彼らは2千5百万人の圧政に苦しむ北朝鮮人民を解放することこそが自らの使命である、と考えていることであろう。
そうなると、あらゆることは、金正恩との政争の材料であると考えるのが自然である。
先に米韓軍事演習をやった時には金正恩側のメディアから口汚い罵声を浴び、その上、トランプ大統領にまであれはカネの無駄使いだったと言われ、すっかりはしごを外されてしまった。ラウンド終了のゴングが鳴った時には、明らかに相手にポイントを稼がれたのである。このままでは、北朝鮮側でも韓国側でも文在寅は頼りにならない、という世論が定着してしまう。
そこで、オレだって、世界を相手に戦えるのだ、というところを南北の人民に見せる必要がどうしてもある、というのが、文在寅の現在位置であるだろう。
そんな折も折、徴用工訴訟で大審院は、日本の日本製鉄や三菱重工に対し賠償金支払いを求め、日本政府が反論を言い募りはじめた。そして、輸出管理規制を個別審査に切り替えるような経産省令を発した。よし、というわけで、文在寅政権は、金正恩がアメリカ、ロシア、中国を相手に立ち回っているとすれば、自分は日本を引き摺り回してみせよう、というのが、今回の話だろう。
そもそも、徴用工判決にしたところで、実際には日鉄の資産として差し押さえたのがPOSCOとの合弁会社の持ち株、三菱の場合は特許権、ということで、いずれも換金する手段がほぼないので、意味が極めて薄弱だ。河野外相が、もしも実害が出たら報復する、と言っているが、日本企業に本当に実害が出るのかどうか、甚だ微妙であると言わざるを得ない。今度のGSOMIAにしたところで、北朝鮮情報、日本から韓国に出るのと、韓国から日本に出るのとで、どちらがどれだけあるのか分からないが、韓国としては、日本から情報なんかもらわなくても問題ない、というのがその判断だろう。日本側もまた、別に韓国から情報をもらわずとも、アメリカからの情報で判断すれば良いだけであろうと思う。
文在寅としては、日本が汗ばんで、何らかの動きをすればするほど、7千5百万人の韓民族へのアピールになるので、何とか日本からヒステリックな反応を引き出したいところだろう。
日本政府は、一応、「外交ルートを通じて」非難をした、ということだが、それ以上のことをする意味もなければ、必然性もない。輸出管理は自分の判断で決めれば良いのと同様、軍事情報を共有するかしないかも自分の判断だ。韓国政府が意味ない、と思うのだったら、締結以前の状態に戻るだけで、ただそれだけのことだ。
中谷元氏あたりが、「常軌を逸した行動だ」と騒いでいるくらいが文氏の思うツボであるが、現職大臣でもない一介の国会議員の発言では、ほとんど有効打とも言えないだろう。
文政権、なかなかポイントが稼げないので、金正恩はにやついている場面だろうと思う。

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