昨日は今回の仕事第一日目で、ほぼ予定通りの進捗になった。
現地在住の日本人の方より、じゃあ晩飯を、ということになって、古い女子修道院で今は旅館として使われている施設内のレストランに行く。部屋の仕切りがほぼアーチ状にくり抜かれており、装飾もある程度オリジナルを復元したもので、食事はバイエルンの家庭料理っぽい味の濃いものであったが、趣きは十分に楽しめる場所だった。
メルケルさん大丈夫か、については、昼飯の時のドイツ人の皆さんの感想は、あの選挙の結果は、メルケルさんの政策に対するよりも、バイエルンの保守議員どもがあまりにも現状にあぐらをかいて何もしないから、それで与党に刺激を与えるために「じゃない」政党に投票した結果なので、あんまりメルケルさんとは関係ないね、という意見が主流だった。これからどこの政党と連立を組むかが決まるが、どちらにしても与党は自分たちだけでは決められない、という事態になったわけだから、連立相手の言うことを聞かざるを得ない状況で、まあそれは悪いことじゃない、という楽観論である。
それで、晩飯時の話題の方は、メルケルさんの中国依存症がちょっと問題じゃないか、というものだった。米中の貿易が急速に冷えるのに反比例して、中国とドイツの経済関係は超蜜月である。クルマであろうと発電所であろうと、中国という巨大市場は、ドイツ企業にとって魅力的であり、売れるものは何でも売る、という姿勢である。そして、中国製品についても買えるものは何でも買う、という明確なスタンスがある。
しかし習近平の中国が本当にドイツから買いたいのは、ドイツの「製品」ではなく、ドイツの「技術」だ。トランプ政権が中国に喧嘩を売っているのも、中国製品を買いたくない、という動機であるよりは、中国に技術を出したくない、というのが、その主要な理由だ。なぜかと言えば、中国に技術を出せば、いずれ世界は"Made in China"の洪水になるからだ。その昔、"Made in Japan"に危機感を抱いて、日本製の商品を壊したり、燃やしたりするパフォーマンスを演じていたアメリカは、今まさに中国製品が土石流のように自分たちを圧し潰すのを予防するために、まず自分たちの技術が中国に流出することを堰き止めようとしている。
しかし、中国はけっこう平気である。トランプはああいうヤツだが、メルケルは違う、と自信たっぷりである。かくして、一帯一路で結ばれる両国経済は、その間に挟まれる巨大なユーラシア大陸を内包して、一大商圏を形成するようになることだろう。そして、今のうちはドイツの工場からは工業製品が、そして中国の工場からは食品やアパレル製品などがその商圏に流入するが、いずれそのうちに、ドイツの技術でつくられた中国の工業製品がドイツ製にとって替わるようになるはずである。
そういう巨大な話は一転して、彼の少年時代の話題になり、その昔、近所に古墳があって、子どもの頃はよくそこで遊んでいたのだが、ちょっと穴を掘るといくらでも昔のものが出て来るので、小学校の先生からは、あそこからモノを取ってはいけません、もし何かを見つけたらもとあったところに戻しなさい、と指導されたものだった、それがある日宮内庁から、この古墳はXX天皇陵であると特定されたので入ってはいけない、と禁止された、という話になった。そこで、そうそう、ですから日本では歴史研究が奈良時代以降しかできなくて、それより昔の歴史研究は宮内庁が禁止している、ということですよねえ、という話をしていたら、先ほどネット・ニュースの中に、仁徳天皇陵(とされている大山古墳)を宮内庁と堺市とが共同で調査をはじめることになった、という驚くべきニュースが出ているのを見た。仁徳天皇は日本書紀によれば、わが国の第16代天皇であり、日本書紀に書かれている年代を機械的に西暦に変換すれば、彼は紀元313年から399年までわが国を統治していたことになる。
同天皇は、もはや歴史学がその実在を認定することもできない天皇であることと、何しろ世界最大の墳墓として世界遺産申請をしようとしているのに、中身が何かは分かりません、というブラックボックス状態では世界遺産なんかに認定できるわけがないので、おそらくユネスコが納得できる程度に発掘して、出土品なんかを見せるつもりであろう。しかし、本当にいろんな物が出て来て、その年代が特定されれば、それは日本書紀の記述が捏造である、ということを証明する結果になるので、じゃあ仁徳だけが捏造で、それ以外は正解だ、という推定なんかとてもできない。
結局のところ、これはユネスコ向けのパフォーマンスとして始められても、行き先は日本書紀の記述がフェイク・ヒストリーであることを雄弁に語ることになり、要するに奈良時代以前の日本史というものが完全に書き換わることになると推定している。
しかもそれは厳密に言うと、奈良時代以前に日本史というものは存在していないのであり、そこにあるのは東アジア史である。東アジア史の全貌が分かれば、その一部である日本列島における権力構造の解明もできるはずだ。そして、本当に日本列島をひとつのまとまりとして統治できるようになった最初の権力が奈良朝だった、というより確からしい結論に至るものと思う。
AI化によって社会も大きく変革されて行くが、歴史もまた大きな変革の時代を迎えたかと思うと、妙に楽しくなって来る。

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