果たして日本の景気は良いのか悪いのか、という問いに対する自分の個人的な感想は、オレの周辺では景気が過熱して困っている、ということだ。
それは半導体業界なのであるが、これまで半導体ビジネスには、いわゆるシリコン・サイクルというのがあるとされていた。タマ不足の局面になれば作っただけ売れるので、熱くなってせっせと設備投資をするが、設備投資が一巡したら今度は価格が下落して、業界一同冷え切ってしまう、というサイクルが数年置きに繰り返される懲りない業界、というのが、我々の世界だった。ところが、一昨年あたりからはじまった投資拡大局面は、今年になっても全然冷めることがなく、むしろ過熱しっ放しの状況が続いている。
これはもう尋常のシリコン・サイクルではない、いっそスーパー・サイクルと呼ぼう、というアナリストも現れている。ではそれはどんな要因で起こっているのかと言うと、これまでのシリコン・サイクルには、それを牽引する何らかの「製品」が存在していたことが分かる。
最初のそれはIBMなどが牽引した電子計算機であった。電子式に演算や記憶の保持を行うために、大量の半導体チップが必要とされた。それでそれが一巡すると、今度はアップル社やマイクロソフト社がパーソナル・コンピュータという市場を作り出し、世界の誰もがコンピュータを駆使して音楽制作や事務部門のデータ処理や文書作成、さらには電子メールやインターネットの閲覧などをはじめることになった。おやおやすごいことになったと思ったら、それは戦争映画でしか見たことがなかった無線電話機と合体するようなことになり、スマートホンという新たな市場が登場して、やはりアップル社とかサムスン社などがその世界の覇者になった。
それだけなら、まだしもシリコン・サイクルで間に合っていたはずなのだが、今やIoT時代がはじまり、自動車でも防犯カメラでも、何でもかんでもAI化がはじまって、半導体を使ったセンサや照明やメモリーや、とにかく半導体の用途は一気に広がっているので、油圧とか電動とか、そういう20世紀的な動作原理を使ったものが、どんどん半導体製品に代替されて来ている。
だから、一般機械、電気機械がどんどん伝統的な市場を奪われているのに反比例して、今や半導体は新時代を迎えているのだろう。すなわち、これまでのシリコン・サイクルは、今までになかった新たな市場の創造だったのに対して、今度のサイクルでは、既成の産業を食い始めた、という点が特徴なのだと思う。
そういう新時代に起こっていることを国別に見ると、どう見えるのだろうか。
アメリカや中国では、一般ユーザ向けの新たなサービスを提供することが、最先端のビジネスになっている。アメリカではFAAMG(Facebook, Amazon, Apple, Microsoft, and Google)、中国ではAlibabaやTencentなどがそうだろう。それで彼らはそれらのサービスを実現するために各種の半導体製品の需要を作り出しているのだが、その半導体製品を提供しているのが、台湾、韓国、および日本の半導体産業、という構図である。さらにアメリカと欧州と日本がその下のレイヤーにあって、半導体製造装置産業というものを構成している。
半導体というのは、タレとコンロがあればいくらでも作れる、というようなものでもない。超巨額投資をしなければ揃えることができないような物理学や化学の最先端の学問的知見を傾けた高額な装置を、厳密に管理されたクリーンルームで粛々と動作させてつくられるものだ。そうした装置を提供できる企業は、やはり物理学や化学の基礎研究のできる技術者が大量に雇用できる国にしかなくて、そのうちのひとつが日本である。
かくして、日本の半導体産業も大忙しであるのと同様、というかそれ以上に忙しいのが半導体製造装置産業であって、そうした装置は超絶技巧的に精密な部品を要求する場合が多く、そのために、ボールねじなど、一般産業でも使われるような部品の調達が非常に困難、というようなのが、現在のこの業界の姿である。
ただし、台湾、韓国(および彼らが積極的に工場建設を進める中国)、そして日本の半導体工場の生産能力が世界の需要を一応満たすであろう数年後がひとつのピークとなって、現在の工場建設ラッシュは終焉を迎えるはずである。その時、半導体製造装置産業は、これまでにない絶好調から谷底に向かって垂直落下することが予想される。
その時、日本の経済を支える新たな産業が生まれているのかどうかは、分からない。少なくとも、スーパー・サイクルで燃えているわが業界の場合には、スーパー不景気が到来するだろう。
それにしても、この業界で需要の起点になっている新サービスを続々生み出しているのは、アメリカと中国である。中国は、伝統的な工業で後れを取った分、実験的な最先端技術の市場投入が半端なく早い。人類の新しい技術革新がそこで生まれつつあることは間違いない。ではニッポンはどうするのか、という問題提起は、おそらく問題を提起すること自体が誤りであって、対策する当事者はニッポンではなく、オレだ、というのが今の時代の起業者精神だろう。資本がなければ起業できない、という古い常識はもうここにはない。単純に、やるかやらないか。ここでできなければ、あそこでやれば良い。そういう流動的な起業環境で勝つか負けるかはアナタ次第なのであり、これはオリンピック競技とは違って、国別対抗戦などでは全然ないのだろうと思う。

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